次世代自動車産業でスタートアップが果たす役割とは(ドイツ、日本)
現地を直結してオンラインセミナー開催

2022年4月18日

2022年2月10日、次世代自動車と関連スタートアップをめぐってセミナーが開催された。ドイツ南部には、静岡県と同様に自動車産業が集積する。その現状を探るのが狙いだ。

このセミナーは、ジェトロ浜松と浜松市が共催。公益財団法人浜松地域イノベーション機構と浜松商工会議所から後援名義、ドイツ・バイエルン州インゴルシュタット市とIFGインゴルシュタットから協力を受けた(注1)。形式としては、オンラインで実施。当日は、ジェトロ・ミュンヘン事務所、ジェトロ本部(スタートアップ支援課)、IFGインゴルシュタットの3者をオンラインでつないだ。

本レポートで、講演の概要を紹介する。

次代に向けて、スタートアップ企業との連携が重要

自動車産業を巡る環境は目まぐるしく変化している。カーボンニュートラルや電動化への対応などが進み、100年に一度の変革期と言える。一方、地域間・業種間のボーダレス化には一層拍車がかかる。製造業は、絶え間ないイノベーションに対応し、新たなステージへ進んでいくことが必要になってきている。次代に向けては、新たなテクノロジーを駆使し、短期間での商品開発に挑むスタートアップ企業との連携が重要な選択肢の1つになるだろう。そうした問題意識から、ドイツの動向を参考にするべく、現地から最新情報を伝えてもらうセミナーを企画・開催した。

セミナーでの基調講演は、ジェトロ・ミュンヘン事務所所長の高塚一から提供。(1)欧州・ドイツの次世代自動車の最新動向、(2)ドイツの完成車・部品メーカーの次世代自動車への対応、(3)南部ドイツ(注2)の自動車産業集積とクラスターについて説明した。

特筆すべきは、自動車産業のサプライチェーン間でデータを共有するためのプラットフォームと、その運営組織「カテナ-X(Catena-X)」の存在だ。カテナ-Xは2021年5月に運営組織が正式に立ち上がり、2022年2月時点で約60社・団体が参加。非競争領域の情報・データを交換することで、自動車産業全体の競争力強化を目指している(2021年5月11日付ビジネス短信参照)。

またクラスターとして、「バイエルン・イノバティーフ(Bayern Innovativ)」がある。バイエルン州政府などにより、州都ミュンヘンで1995年に設立された。州内産業のイノベーション喚起が、その目的だ。バイエルン・イノバティーフの傘下には、テーマごとに下位クラスターが存在。モビリティー分野では、州内自動車関連企業の国際的な競争力強化が活動の主眼とされる。また、バイエルン州の西方バーデン・ビュルテンベルク(BW)州には、「イー・モビール・ベーベー(e-mobil BW)」がある。このクラスター組織にも、州政府が出資。持続可能なモビリティーに転換する上で州内自動車産業を支援している。こうした組織を通じて、集約的な窓口と企業サポート体制が整備されていることになる。


ジェトロ・ミュンヘン事務所の高塚一所長による講演の様子(ジェトロ撮影)

続いて、ジェトロ・ミュンヘン事務所所員の大河原楓から、(1)ドイツ南部のスタートアップ・エコシステムの概況と(2)モビリティー関連スタートアップ企業について説明した。

ドイツの16州ごとに、集積するスタートアップの業種は異なる。自動車産業集積地の南部2州では、自動車・同部品やIoT(モノのインターネット)ソフトウエアが集まっているのが特徴だ。

一方でドイツには、スタートアップ企業への投資が活発な環境がある。スタートアップ支援組織「スタートアップ・ディテクター(startupdetector)」によると、2020年に資金調達に成功したドイツ国内のベンチャー企業のうち過半数以上が、エンジェル投資家(注3)やベンチャーキャピタル(VC)から支援を受けた。バイエルン州のエコシステムは、(1)起業支援機関、(2)アクセラレーター、(3)大手企業(注4)、(4)コワーキングスペース(注5)、(5)行政機関、(6)VC、(7)大学・研究機関から成り立っているという分析がある。特に、(4) (3) (7)による支援プログラムが充実している。当地でスタートアップ企業が生まれ育ちやすいゆえんだ。既存BtoB企業との協業や顧客獲得につながりやすいビジネス環境があることも、ものづくり系スタートアップの企業集積を促している。あわせて、モビリティー関連スタートアップ企業として、「電気自動車の充電インフラ・蓄電池・水素エンジン」「自動運転」「電動垂直離着陸機(空飛ぶタクシーなど)」の3分野から事例を挙げた。

日本ではエコシステム内の連携強化が課題

ジェトロ・スタートアップ支援課の課長代理、澤田佳世子からは、スタートアップを取り巻く状況と当構の支援事業について紹介。その中で、海外のスタートアップは一般的にPDCAサイクルが早く、スピード感あるスタートアップが各国で誕生していること、などに言及した。

あわせて、スタートアップを取り巻く各都市の環境についても触れた。スタートアップ・ジェノム(Startup Genome)が公表する「グローバルスタートアップエコシステムランキング(Global Startup Ecosystem Ranking)」では、2021年時点で東京は世界の都市の中で9位に当たる。しかし、評価項目のうち「エコシステム内のつながり」に限ると10段階で最低の評価1だった。日本ではエコシステム内の連携機能を強化すべきであることが、ここから見えてくる。

そのためジェトロでは、日本と海外との「つながり」を強化すべく、次の事業を展開していることを紹介した。

  • 「グローバル・アクセラレーション・ハブ」事業:事業戦略立案などに関してメンタリングし、海外VCなどとのマッチングを支援する。
  • 海外のスタートアップイベント(CESなど)への参加や展示会出展を通じたPRやネットワーク構築のサポート
  • 研修・メンタリングやピッチイベントを実施する「アクセラレーション・プログラム」。
  • 海外スタートアップ企業などと日本企業の連携・協業のためのプラットフォーム「J-Bridge」(一部会員制)。

インゴルシュタット市では地域で支援体制を構築

最後に、自動車産業が盛んなバイエルン州インゴルシュタット市の現況が報告された。浜松を含め日本でイノベーションを活性化する手がかりを探るのが、このセッションの狙いだ。具体的には、同市で経済支援を担うIFGインゴルシュタット(ドイツ語)から、現地スタートアップやエコシステムの特徴などについて説明を受けた。登壇したのは、経済振興・デジタル化担当役員のゲオルグ・ローゼンフェルト氏。氏は、インゴルシュタット市経済局長でもある。

特に特徴的なことは、工科大学や数学、情報工学、経済学に強みを持つ大学があるところにあるという。それら大学をはじめ完成車メーカー、メディア、研究所とも協力し、スタートアップ企業の支援体制や、技術創出を支援する体制を構築している地域だという。また、市が主導して、企業のプロジェクト活動向け施設「イノベーション・キャンパス」も開設。地域全体として、イノベーションが盛り立てられていることを解説した。

受講者から今後に期待する声

セミナー後に実施したアンケートによると、受講者からの評価は総じて高かった。コメントの中では、「最新の情報を聞く良い機会だった。日本と比べると欧州は非常に進んでいるという印象を受けた」「高塚所長の説明内容のうち、データ共有プラットフォーム『カテナ-X』の内容が非常に興味深かった。IFGインゴルシュタットからもあったとおり、異業種間の共通のプラットフォーム構築はドイツ産業界の強みだ。同時に、日本産業界に不足している部分と再認識した」など、現地の取り組みが今後のヒントになっているようだ。また、「ジェトロのスタートアップ支援事業の認識を新たにした」というコメントもあり、当構事業への期待も高まっている。


注1:
浜松地域イノベーション機構は、公益財団法人。またIFGインゴルシュタットは、ドイツのインゴルシュタット市で経済支援を担う独立機関。
注2:
当記事で、南部ドイツは基本的にバイエルン州、バーデン・ビュルテンベルク州を意味する。
注3:
エンジェル投資家とは、創業間もない段階のベンチャー企業に投資する者。
注4:
ここで言う「大手企業」は、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)のこと。
注5:
コワーキングスペースとは、スタートアップ企業などがオフィスの基本的な設備を共有する仕事場所。
執筆者紹介
ジェトロ浜松係長
田辺 知樹(たなべ ともき)
2011年、ジェトロ入構。農林水産・食品部、大阪本部、ビジネス展開支援部などを経て現職。