ドゥテルテ政権の経済政策、税制改革法(CREATE法)とは(フィリピン)
投資インセンティブを抜本的に改革

2022年2月18日

2021年4月11日、フィリピンにおいてCREATE(法人のための復興と税制優遇の見直し)法が発効した。同法は、法人所得税の減税など、景気浮揚を目的とした措置と、これまで投資誘致機関が提供してきた各種インセンティブの整理・合理化が盛り込まれており、ドゥテルテ政権は最も重要な経済政策の1つと位置付けてきた。本レポートでは、同法の主要な措置である法人所得税の減税とインセンティブの整理・合理化について、その概要と背景となる議論の一部を紹介する。

CREATE法の概要

フィリピンのドゥテルテ大統領は2021年3月26日、CREATE法案に署名し、4月11日に同法案は発効した。同法の概要は、(1)法人所得税率の引き下げ、(2)最低法人所得税率の一時的引き下げ、および(3)投資インセンティブの整理・合理化となっている。それぞれの主な内容は次のようになる(CREATE法(和訳)PDFファイル(974.42KB))。

(1)法人所得税率の引き下げ

  1. 内国法人の法人所得税率を、現行の30%から25%へ引き下げる。なお、課税所得が500万ペソ(約1,150万円、1ペソ=約2.3円)以下、かつ総資産(法人の事務所・工場・設備が立地する土地は算入から除く)が1億ペソ以下の内国法人は、20%となる。新しい税率は、2020年7月1日から遡及(そきゅう)して適用される。
  2. 居住外国法人に課される法人所得税率を、フィリピンを源泉とする課税所得に対して、現行の30%から25%へ引き下げる。新しい税率は、2020年7月1日から遡及して適用される。 3. 非居住外国法人の法人所得税率は、2021年1月1日から25%となる。

(2)最低法人所得税(MCIT)率(注1)の一時的な引き下げ

  1. 内国法人および居住外国法人に課されるMCIT率を、2020年7月1日から2023年6月30日にかけて現行の2%から1%へ引き下げる。

(3)投資インセンティブの整理・合理化

  1. 政府の定める戦略的投資優先計画(SIPP)に該当する新規事業に対して、税制優遇措置を適用。事業の立地や業種、あるいは輸出企業と国内市場向け企業のどちらに該当するのかに基づき、享受できる優遇措置が決まる(表1と表2参照)。該当する新規事業について、例えば、輸出企業の場合は、4~7年の法人所得税免税(ITH:インカム・タックス・ホリデー)を受ける。その後、(A)10年間にわたって総所得(Gross income earned)に5%の特別法人所得税率を適用、もしくは、(B)10年間にわたって各種の追加控除を利用した上で一般法人所得税率を適用、のいずれかを選択する。

    表1:CREATEでのインセンティブ概要

    ITH期間中
    インセンティブ項目 輸出企業 国内市場向け企業
    法人所得税免税(ITH:インカム・タックス・ホリデー) 4~7年間 4~7年間
    ITH期間終了後のインセンティブ・オプション(A)
    インセンティブ項目 輸出企業 国内市場向け企業
    総所得(Gross income earned)に対して5%の特別法人所得税率 10年間
    ITH期間終了後のインセンティブ・オプション(B)
    インセンティブ項目 輸出企業 国内市場向け企業
    各種の追加控除 10年間 5年間

    出所:フィリピン財務省(DOF)ウェブページを基にジェトロ作成

    表2:ITHの付与期間と投資地域・産業との関係
    投資地域/産業 ティア1 ティア2 ティア3
    マニラ首都圏(NCR) 4年間 5年間 6年間
    大都市圏もしくはNCRに隣接する地域 5年間 6年間 7年間
    その他の地域 6年間 7年間 7年間

    出所:フィリピン財務省(DOF)ウェブページを基にジェトロ作成

    優遇措置の適用対象となる産業(ティア1からティア3)については、今後発表されるSIPPにおいて具体的な産業が規定されることとなっている(注2)。なお、CREATE法の実施細則(IRR)では、産業の概要について以下のように規定している。
    • ティア1:雇用創出の可能性が潜在的に高い経済活動。市場の失敗により十分な供給が行われていない基礎的物品・サービスに関する経済活動。イノベーションを通じた価値創出が見込まれる経済活動など。
    • ティア2:地域内でこれまで生産もしくはサービス提供されておらず、かつ産業開発や輸入代替の観点から重要と考えられる財・サービスを生産・供給する経済活動。
    • ティア3:研究開発活動(明確に高付加価値を創出する、生産性を高める、科学・健康分野で画期的であるなどの条件が課される)。新しい知識や知的財産を生み出す経済活動。高度な技術を使用した製造業。経済を大きく変革させる上で重要な活動など。
    フィリピン財務省(DOF)によると、投資地域と産業の組み合わせで優遇措置を提供することで、高度な産業もしくは開発が比較的に進んでいない地域への投資に対して、より長期間の優遇措置が付与される。
  2. CREATE法では、同法発効前の時点で、投資誘致機関の登録を受け、既に優遇措置を受けている企業に対する経過措置を次のように定めている。
    • CREATE法の発効前に法人所得税免税(ITH)のみを享受している場合、登録時の条件に基づき、ITHの残存期間について同優遇措置を享受できる。
    • CREATE法の発効前にITHを享受しており、かつ当該優遇措置においてITH適用期間終了後に、総所得に対して5%の特別優遇所得税率を享受できる場合、ITHと5%の特別優遇所得税率を、合わせて10年間を上限に享受できる。
    • CREATE法の発効前に総所得に対して5%の特別優遇所得税率を享受している場合、10年間は5%の特別優遇所得税率を享受できる。
  3. 省庁横断的な機関として、財政インセンティブ審査委員会(FIRB)が新たに設置された。FIRBはインセンティブ制度の政策立案を行い、投資誘致機関のインセンティブ制度運用について監督権限を有する。10億ペソ以下の投資案件については、投資誘致機関に同案件に対する税制上のインセンティブ付与を委任する。

法人税制改革の背景

CREATE法の成立前、フィリピンの法人所得税率は30%であり、ASEAN加盟10カ国の中で最も高い水準にあった(図参照)。

図:ASEAN主要国の法人所得税率(2022年1月時点)
ASEAN主要国の法人所得税率は、シンガポールが17%で最小でCREATE法成立前のフィリピンが30%で最大である。CREATE法成立後のフィリピンは25%となる。

出所:各国政府発表からジェトロ作成

一方で、フィリピンでは複数の投資誘致機関が一定期間、法人所得税免除や特別税の適用、関税の免税など、さまざまな優遇措置を付与してきた。例えば、フィリピン経済区庁(PEZA)は輸出加工区への投資に対して、投資委員会(BOI)は政府が設定する投資優先計画(IPP)で指定された分野への投資に対して、それぞれ優遇措置を付与している。そのほか、クラーク開発公社(CDC)、スービック湾首都圏庁(SBMA)、サンボアンガ特別経済区庁や地域投資委員会(ムスリム・ミンダナオ自治区)など、特定の地域や経済特区への投資に対して優遇措置を付与する投資誘致機関が存在する。CREATE法の成立前、これらの投資誘致機関は財政当局であるDOFからある程度の独立性を保ち、投資誘致機関ごとに独自の基準で優遇措置を付与していた(表3参照)。

表3:主な投資誘致機関の例
投資誘致機関名 概要 主な投資優遇措置の例
投資委員会(BOI) 投資優先計画(IPP)で指定された分野に投資する企業に対し各種優遇措置を付与。 一定期間の法人所得税の免除(ITH)、労務費に関する追加控除、委託生産設備の無制限使用、埠頭税・輸出税・課徴金等の免除。
フィリピン経済区庁(PEZA) フィリピン各地に位置する公営、および民営の輸出加工区に投資する企業に対し各種優遇措置を付与。輸出企業、パイオニア企業、自由貿易企業等が適用対象。 一定期間の法人所得税の免除(ITH)、特別税の適用、関税等の免税、登録済み輸出製品の輸出に対する埠頭税・輸出税・賦課金または料金の免除。ITサービス輸出企業およびIT関連製品の輸出企業に対する優遇措置。
スービック湾首都圏庁(SBMA) ルソン島マニラ北部に位置する米軍基地跡のスービック湾自由港に投資する企業に対し各種優遇措置を付与。 関税・付加価値税(VAT) 等の免除、一切の国税および地方税を免除され、それに代えて総所得の 5%の特別優遇税率が適用。
クラーク開発公社(CDC) ルソン島マニラ北部に位置する米軍基地跡のクラーク特別経済区に投資する企業に対し各種優遇措置を付与。 関税・付加価値税(VAT) 等の免除、一切の国税および地方税を免除され、それに代えて総所得の 5%の特別優遇税率が適用。
オーロラ特別経済特区庁(Aurora Pacific Economic Zone and Freeport Authority) ルソン島中部に位置するオーロラ特別経済区に投資する企業に対し、PEZA企業への優遇措置と類似した各種優遇措置を付与。 固定資産税を除き、国税および地方税(法人税、物品税、フランチャイズ税)が免除され、それに代えて総所得の 5%の特別優遇税率が適用。

出所:ジェトロ「外資に関する奨励-各種優遇措置」PDFファイル(457.36KB)

このように、複数の異なる投資誘致機関が独自に意思決定を行い、税制上の優遇措置を付与している状況については、ドゥテルテ政権の発足以前から問題視する意見があった。DOFやマクロ経済政策立案を所管するフィリピン国家経済開発庁(NEDA)は、税制改革の必要性を唱えていた。また、国際通貨基金(IMF)や政府系シンクタンクであるフィリピン開発研究所(PIDS)などの一部の経済学者・エコノミストも税制改革の実施を支持していた。以下では、税制改革の必要性に関する主な論点を取り上げる。

1つ目の論点は、複数の投資誘致機関が独自に優遇措置を付与することにより、フィリピン全体での投資インセンティブ制度が複雑化していた点である。PIDSのシニア・リサーチ・フェローであったラファエリタ・アルダバ氏は2006年、フィリピンの外国直接投資政策について分析した同研究所のレポート(PIDSウェブサイト参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(323,23KB))の中で、投資環境(政治・経済的な安定性やインフラの質、輸送コストなど)の脆弱(ぜいじゃく)さと、複雑な投資インセンティブ制度が、近隣諸国と比べてフィリピンへの外国直接投資誘致の失敗の要因、と結論付けた。

2つ目の論点は、既存の投資インセンティブが投資誘致政策・経済政策として効果が高くない可能性がある、との指摘である。特にその効率性が問われていたのが、法人所得税免税(ITH)である。IMFは2008年に発表したフィリピンの投資インセンティブに関する分析レポート(IMFウェブサイト参照)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますの中で、一般的に、ITHは支援すべき産業・分野を十分選定できておらず、税制システム全体に非効率性をもたらす可能性がある、と指摘。その理由として、(1)ITHは、収益性が高い投資が最も大きな経済的な恩恵を受けるため、ITHを付与せずとも投資が実行されていた可能性があり得る、(2)ITHは、必ずしも立地条件に左右されず投資が行われる産業にとってより魅力的な制度設計となっているため、ITH期間終了後、投資が引き揚げられたり、他国・地域へ移転したりする可能性が考えられる、(3)移転価格などを通じて、ITHが企業の租税回避措置として利用される恐れがある、の3点を例示している。

フィリピン大学名誉教授(経済・金融分野)のエピクテトス・パタリンフグ氏は、「フィリピンの投資インセンティブ制度は、企業の経済的なパフォーマンスに基づいて優遇措置を提供するという制度設計になっていない。これまで投資誘致機関は過大に優遇措置を付与してきた」と指摘した(ジェトロが2021年2月、8月の2回に分けて同氏にヒアリング)。

3つ目の論点は、(仮に投資インセンティブが十分な投資誘致効果を有していたとしても)BOIなどが投資認可してきた地域は、マニラ首都圏や中部ルソン地方、カラバルソン地方といった比較的に開発・発展が進んでいるエリアが中心であり、国内の地域間格差を固定化・拡大させている、との見解である。フィリピン政府は、経済成長が(マニラ首都圏だけではなく)フィリピン国内全域で起こることを目指している。また、ドゥテルテ政権は重点政策課題の1つとして、ダバオなどの地方都市への投資誘致を掲げている。インフラや良質な人材が不足している地方都市は、マニラ首都圏およびその近隣地域と比べて投資誘致に不利な環境にある。投資誘致機関がマニラ首都圏へ投資する企業に優遇措置を付与することは、雇用機会や所得格差といった観点から国内格差を拡大させるという考え方である。

これらの理由から、CREATE法成立前のフィリピンの投資インセンティブ制度は、期待されるような経済波及効果を有していない可能性がある、との見解が存在した。解決策の1つとして、フィリピン大学経済学部博士(当時)のレナート・レシーデ・ジュニア氏は2006年に公開したレポートPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(516.07KB)の中で、(1)複数の投資インセンティブ制度を1つの法制度の下で統合し、簡素化すること、(2)優遇対象を十分に精査すること、(3)経済的に非効率な優遇措置の付与を廃し、(インフラ・教育分野への投資の原資となる)財政収入を確保すること、(4)優遇措置の申請者・受益者に対する事前のスクリーニングおよび、優遇措置付与後のモニタリングを強化すること、を提案した。

CREATE法でフィリピン経済の競争力が向上する可能性も

CREATE法によって政策的に投資を優遇する意義について、直接的に優遇措置の恩恵を受ける企業だけではなく、その便益がほかの企業や産業、国内経済全体に十分に波及することが重要である、とフィリピン貿易産業省(DTI)のラファエリタ・アルダバ次官は考える。

アルダバ次官は2021年12月13日、CREATE法の必要性について、「複雑なインセンティブ制度の是正だけではなく、フィリピン経済のファンダメンタルズを強化する上でも重要である」と述べた。同次官の言うファンダメンタルズとは、近代的なインフラや教育水準、労働者の質、技術力など、ビジネス環境に関連する要素全般で、CREATE法による優遇税制の見直しに伴い、ファンダメンタルズ向上のための投資財源に充当することができるという考え方である。

一方、CREATE法は、これまで優遇措置が付与されてこなかった企業・業種に対して、法人所得税率の引き下げにつながる(前述の通り、法人所得税率は30%から25%に引き下げられた)。フィリピン大学経済学部准教授のレナート・レシーデ・ジュニア氏は2021年12月13日、「CREATE法は課税ベースの拡大と法人所得税率の引き下げを同時に実現している点で、有効な税制改革である」とコメントした。課税ベースを拡大させることで、政府は以前よりも多くの税収を獲得できる。税収源の拡大にともない、政府は法人所得税率の引き下げが可能となる。そのため、CREATE法の便益は、これまで経済特区に入居できなかった企業にも及ぶ、とレシーデ・ジュニア氏は説明した。その上で、フィリピンの投資環境を改善させるためには、法人所得税率の引き下げのみならず、外資に対する資本規制の緩和や、インフラ・人材への投資を進めていく必要がある、と指摘した。

スイスの国際経営開発研究所(IMD)が2021年6月に発表した「世界競争力ランキング2021外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」では、「経済パフォーマンス」や「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラ」といった基準で構成されるフィリピンの順位は64カ国中52位であり、マレーシア(25位)、タイ(28位)、インドネシア(37位)などの近隣諸国と比較すると劣後している。特に、「インフラ」の項目に対する評価は低く、「基礎的インフラ」は57位、「科学インフラ」は58位、「健康・環境インフラ」は57位、「教育」は60位となっている。インフラやその財源となる税収基盤が脆弱であったことは、フィリピン経済の競争力が低い要因の1つとなっていると考えられる。

CREATE法の施行と外資規制の緩和(注3)の進展が、(1)外資・内資による投資の拡大、(2)政府の税収増、(3)政府によるインフラ・教育などのファンダメンタルズへの投資拡大、(4)ビジネス環境の改善、(5)さらなる民間部門の投資拡大、といった正の循環につながり、フィリピンの競争力が高まることを政府は期待している。

フィリピン開発予算調整委員会(DBCC)は2021年7月、インフラ分野への予算支出を拡大する方針を明らかにした(2021年7月28日付ビジネス短信参照)。フィリピン政府の財政計画の中で、2022年には同年の予測GDPの5.8%、2023年は同5.3%に相当する額をインフラ支出に割り当てる予定だ。インフラ支出の対GDP比は、アロヨ政権期(2001~2010年)が平均1.6%、アキノ政権期(2011~2016年)が平均3.0%であった。過去との比較において、フィリピン政府が高い水準でのインフラ支出を継続していく可能性がある。


注1:
課税年度末時点で総所得(売り上げから原価などを控除したもの)に最低法人所得税(MCIT)の税率を乗じて算出される額が、通常の所得税額よりも大きい場合、最低法人所得税(MCIT)として課税される。なお、MCITの適用を受けるのは、当該法人が事業の4年度目以降にある場合(事業が1~3年度目に当たる法人にMCITは適用されない)。
注2:
2022年1月4日時点で、SIPPは策定されていない。SIPPが策定されるまでの移行期間は、2020年度版の「投資優先計画(Investments Priorities Plan:IPP)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に記載された業種・事業が優遇措置適用の対象となる。
注3:
ドゥテルテ政権は、「外国投資法」「公共サービス法」「小売り自由化法」の緩和法案成立を目指していた。これら法案が成立することで、外国からの投資が加速する、とフィリピン政府は期待する。なお、「小売り自由化法」の緩和法案は2021年1月に可決した(2022年1月13日付ビジネス短信参照)。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
吉田 暁彦(よしだあきひこ)
2015年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ名古屋を経て、2020年9月から現職。