「サプライチェーンと人権」で、日本企業に期待と責任(ASEAN)
政府、法律家、国際機関、企業の識者が語る

2022年1月26日

世界的に、サプライチェーンにおける人権尊重への取り組みの機運が高まっている。そうした中で、日本企業としても、生産、調達などの現場で適切に取り組むことが求められている。進出先の法令に加え、ビジネスと人権に関わる国際的なガイドラインや欧米をはじめとした他国法令などを踏まえなければならない。

特に日本企業が多数進出し、サプライチェーンの大動脈というべき存在が、ASEAN 地域だ。当地域でも、企業が自らの経営判断として取り組むべき喫緊の課題になってきたといえる。

こうした状況を踏まえ、経済産業省とジェトロは2021年12月8日、ウェビナー「サプライチェーンと人権:世界の潮流とASEANでの日本企業の役割と取り組み」を開催した。本レポートでは、同ウェビナーの講演内容を基に報告する。現地事情や実例を踏まえ、企業にとって人権にかかるリスクとは何か、いかに人権問題の改善に取り組むのか、などに触れる。

日本政府、企業の声に応じた対応を進める

冒頭、経済産業省通商政策局特別交渉官(併)通商戦略室長の田村英康氏が、日本政府の取り組みなどを紹介した。

欧米諸国では、人権を理由に、企業のサプライチェーンに影響する規制を導入する動きが加速している。規制には、地域ごとの特徴もみられる。欧州では、企業の人権デューディリジェンス(以下、人権DD)に重きを置く。これに対し、米国、カナダ、オーストラリアなどでは、輸出入規制に注力する傾向がある。

「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(CPTPP、いわゆるTPP11)にも、労働にかかる章が設けられた。当該章で規定されたのは、(1) 労働者の権利保護(結社の自由、団体交渉権の承認など)が義務づけられることや、(2)強制労働により生産された製品を輸入しないよう、締約国に奨励すること、などだ。今後の通商協定にも、労働や人権にかかる要素が含まれるようになると思料される。

日本での取り組みについて説明する。まず、2011年、国連人権理事会で、人権の保護・尊重・救済の枠組みとして「ビジネスと人権に関する指導原則」が全会一致で支持された。その上で、当該指導原則の普及と実施に関する国別行動計画(NAP)を作成することを各国に推奨。日本も2020年10月、「ビジネスと人権」に関してNAPを策定し、企業による人権DDの取り組みに期待することなどを明記した。

経済産業省は、「ビジネスと人権」について、産業界への情報提供を強化している。また2021年9~10月、人権への取り組みについて、政府として初の調査を実施した(経済産業省ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。対象は、東証1部・2部上場企業など、約2,800社。回答企業(760社)のうち、約7割が人権方針を策定、5割強が人権DDを実施しているとの回答を得た。この際、人権方針策定や人権DDなどを実施済みの企業からは、「ガイドライン整備」「国際的な制度調和」を要望する声が出た。他方、未実施の企業からは、「ガイドライン整備」「企業の意識向上」などを求める声があった。こうした結果を踏まえ、関係省庁とも議論しつつ、対応していきたい。

事前のトラブル防止策としても人権DDは重要

続いて、法律専門家の立場から、各国での法制化の動きや企業の対応について、アジアを中心に事例紹介があった。登壇したのは、長島・大野・常松法律事務所の弁護士2人。バンコク・オフィスでパートナー兼オフィス代表を務める佐々木将平氏、そして東京オフィスでカウンセルの福原あゆみ氏だ。

国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」が、2011年に採択された。欧米各国で構築が進む国内法制度は、本指導原則に基づいている。

アジアに拠点を置く企業にとっても、米国の1930年関税法に基づく「貨物引渡保留命令(WRO)」は注目に値する。これは、生産工程で人権侵害(例えば強制労働)があった場合、それを理由にして米国への製品輸入が規制される制度だ。WROが一度出されると、覆すのは容易でない。

一方アジア各国でも、欧米の影響を受け、法制度が構築されつつある。例えば、タイは2019年10月、アジアで初めてNAPを公表した。このほか、シンガポールは国内上場企業に対し、サステイナビリティ報告書の提出を義務付けている。その報告事項には、人権関連も含まれる。

アジアで事業活動を進める上で、人権問題に発展しないものかについても注意が必要だ。一例として、マレーシアでの森林伐採に当たり、地域住民に土地移転を求めたところ、人権侵害(強制移住土地に対する慣習権の侵害)が指摘されたことがある。またフィリピンでは、化石燃料関連企業の事業が地球温暖化に拍車をかけ、結果、気候変動に伴う人権侵害につながりうると指摘された例もある。

こうしたことから、企業には、事前のトラブル防止策としても、人権DDの実施や人権ポリシーの策定が求められる。

ILOに企業支援の仕組み

続いて、国際労働機関(ILO)ヨルダン事務所のベターワーク・プログラム・オペレーションオフィサーの小林有紀氏が登壇。企業が人権DDを実施する上でのポイントなどを説明した。

まず企業は、事業を運営する中で、(1)自社のビジネスが、現地の労働環境やコミュニティに対してどのような影響を与え得るのかを理解することが大切だ。その上で、(2)自社の経営リスクの観点からだけでなく、現地従業員など、実際に人権の主体となる「ライツホルダー」(人権侵害を受ける可能性のある人々)が被るリスクを意識。あわせて、(3)労働組合など当事者との対話を実施し、サプライヤーとも協力して責任ある労働慣行を築いていくことが大切だろう。

この点、ILOの「多国籍企業宣言」は、労働の基本原則を企業がどのように適用すべきかを提案している。具体的には、人権DD、利害関係者との対話、そして人権侵害発生時の救済措置の導入の3者を相互補完的に実施していくことが重要だ。また、人権DDは一度実施したら終わりではない。自社のサプライチェーン特有の優先課題・リスクを見つけ、継続的に是正することも重要な課題になる。その際には、(1)いかにすればサプライチェーン全体で改善できるのか、すべての関係者で考えること、また(2)現地法令はもちろん、国際基準を念頭にビジネスを行うこと、が必要だ。

関連して、ILOは、「ベターワーク・プログラム」に基づいて企業を支援している。より良い労働環境、成熟した労使関係、そして競争力のあるビジネスの実現を目指すのが、その狙いだ。具体的には、企業による自己診断の後、ILOが国際労働基準や国内労働法に基づいて評価し、必要に応じて研修・アドバイス・労使対話に関して支援している。このほかILOには、ビジネスのためのヘルプデスクが設置されている。

社内全体で対応し、外部団体とも連携を

最後に、アシックスでサステイナビリティ統括部長を務める吉川美奈子氏が、企業の立場から、自社のサステイナビリティやサプライチェーンの管理と外部団体との協働について紹介した。

サステイナビリティ管理は、自社の長期ビジョン・中期経営戦略の1つだ。この課題は、人権と環境の両方に対応している。当社は、海外売上高、欧米事業が占める割合が、ともに大きい。そのため、人権にかかる取り組みには、高い意識をもって対応している。

具体的には、社長直下に委員会を設置。委員会は、サステイナビリティ管理やリスクマネジメントを取り扱う。社内の事業部門はもちろん、サプライヤーやILOなどの外部機関とも連携して対応している。

スポーツ服製造は労働集約的で、委託生産に頼る部分が多い。そのため、東南アジアを中心に、多くの国のサプライヤーと取引している。サプライヤー選定の際は、納期、品質、値段に加え、サステイナビリティ管理体制も重要な判断基準の1つになる。

人権DDは、国連の指導原則のガイドラインなどに沿って対応。具体的には、第三者を交えてサプライヤーをモニタリングし、評価・教育・改善を進める。またサプライヤー向けの行動規範(例えば、強制労働禁止)も策定。特に、新規サプライヤー選定の際は、初期段階から社内事業部門と連携して対処する。基準に満たないサプライヤーには、研修を通じて改善を図る。この際、サプライヤーの経営陣の人権理解を促すこと、また短期的なコストではなく長期的なメリットを意識することが重要だ。

近年は、2次サプライヤーを含め、上流もしっかり管理することが求められるようになった。他方、サプライヤーによる自己診断や、その結果を業界全体で共通承認する仕組みなど、サプライヤーの負担を下げる取り組みも出てきている。

そのほか、移民労働者や技能実習生など、弱い立場の従業員が多い拠点では生の声を吸い上げている。具体的には、苦情窓口を設置し、従業員に直接ヒアリングしてきた。特に近年は、ILOの「ベターワーク・プログラム」への参加や業界団体との連携など、外部団体との協働を重視している。これらは、自社だけでは解決できない問題に向け対応手段として有効だ。同時に、専門家の目から現地監査が可能になるなどのメリットもある。

日系企業に大きな期待

ASEANには、既に多くの日系企業が進出し、地域経済で大きなプレゼンスを有している。各地の日系企業は、サプライヤーや現地政府とも密接な関係を持つ。多くの雇用を創出、また人材育成にも取り組んでいる。責任ある労働慣行や企業行動の促進・実施は、これまでも日系企業が重視してきたところだ。

本ウェビナー開催にあたっては、ASEAN政府間人権委員会(AICHR)タイ代表のアマラ・ポンサピッチ 氏からメッセージを受けた。その中で、ASEANに進出する日系企業に人権DDへの真摯(しんし)な対応を求められた。地域全体の人権を含めた労働環境の改善は、日系企業に、今後も大いに期待されるところだ。この取り組みが、結果的に企業価値を高めることにつながるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課リサーチ・マネジャー
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。

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