【コラム】ベトナム人気は「優秀な人材」との評価に
在ベトナム12年の駐在員の視点から読み解く(前編)
2021年3月26日
ベトナムは近年、日本企業の海外展開先として注目を集めている。本コラムでは、その要因の1つである「人材」に焦点を当て、ベトナム人の特徴や人材の育成・活用の在り方について、在ベトナム12年の駐在員の視点から2回に分けてみていく。今回は、各種調査結果や時代的背景などから、同国への進出を決める理由の1つとして挙げられるベトナム人の優秀さについて考察する。
新型コロナ禍でも海外展開先として人気
日本企業の海外展開に関して、かねてベトナムは人気があったが、新型コロナウイルス禍の中でもベトナムは感染の抑え込みに成功したことで、引き続き注目されている。その人気を各機関が実施した各種調査からみてみると、以下のような状況だ。
- 取引先海外現地法人の業況調査報告
- 調査機関:日本政策金融公庫
- 実施時期:2020年8~9月
- 対象:中小企業海外現地法人(回答社数:1,529社)
- 質問内容:今後3年程度の事業展開における有望国・地域
- 結果:ベトナム(28.0%)が1位となった(7年連続)。次いで、中国(7.4%)、ミャンマー(7.3%)、インド(6.2%)、インドネシア(6.1%)となっている。
- わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告
- 調査機関:国際協力銀行
- 実施時期:2020年8~11月
- 対象:海外現地法人を3社以上有する企業(回答社数:530社)
- 質問内容:今後3年程度の有望な事業展開先国
- 結果:ベトナムは得票率を維持し前年に続き3位(36.8%)、ASEANの中では筆頭国。1位は中国(47.2%)、2位はインド(45.8%)となっている。
- 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査
- 調査機関:日本貿易振興機構(ジェトロ)
- 実施時期:2020年10~12月
- 対象:海外ビジネスに関心が高い日本企業(本社)(回答社数:2,722社)
- 質問内容:今後、海外で事業拡大を図る国・地域
- 結果:ベトナムは前年に続き2位を維持、支持率を2ポイント上げて40.9%になった。1位は中国(48.1%)、3位は米国(40.1%)となっている。
人気面だけでなく、実際の投資でも、ベトナムへの投資意欲は際立っている。日本政府が進める海外サプライチェーン多元化等支援事業の第1回と第3回(設備導入補助型)の採択事業者60社のうち半分の30社はベトナムでの実施を計画した企業だった。
国際的な指標やコンテストで優秀な結果修める
なぜ、ベトナムは事業展開先として人気が高いのか、その主な理由として考えられるのは、(1)若くて安価・豊富な労働力、しかも、人材の質が高く優秀、(2)将来が期待できる1億人弱の消費市場、(3)安定した政治体制にあると思う。その中で、本コラムのテーマである人材の質の高さ・優秀さに関して少し掘り下げていこう。
まず、実際にベトナム人の優秀さを示すものを以下のとおり列挙する。
- 東南アジア教育大臣機構(SEAMEO)と国連児童基金(UNICEF、ユニセフ)が公表した東南アジア初等教育学力指標(SEA-PLM)2019(参加6カ国:ベトナム、ラオス、ミャンマー、マレーシア、カンボジア、フィリピン)では、読解、筆記、数学の各項目で第1位。
- 国際数学オリンピック2020(高校生対象、参加105カ国)では、獲得メダル数で105カ国中17位(日本は18位)。
- アジア太平洋放送連合(ABU)が主催するアジア大洋州地域の大学対抗のABUアジア・太平洋ロボットコンテスト(ABUロボコン)で、第1~18回(2002~2019年)の優賞回数では、中国を抑えて第1位。
このように、ベトナムは、初等教育から高等教育の各段階で、華々しい成果を上げている。
基礎的学力の高さに加え、歴史的、社会的背景も
では、なぜ、ベトナム人はこのように優秀な成績を修めているのかを考えてみたい。 まず、ベースとして考えられるのは、ベトナムの教育システムだ。社会主義国のベトナムは教育の均等な普及に力を入れている。ユニセフによると、ベトナムの初等教育と中等教育の修了率は、タイやインドネシア、フィリピンといった、ベトナムよりも所得水準が高い周辺国と比べて遜色がない(表1参照)。
国名 | 初等教育 | 前期中等教育 | 後期中等教育 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
男 | 女 | 男 | 女 | 男 | 女 | |
ベトナム | 96 | 97 | 81 | 87 | 50 | 61 |
タイ | 98 | 98 | 76 | 88 | 50 | 62 |
インドネシア | 91 | 92 | 64 | 59 | 40 | 37 |
フィリピン | 89 | 95 | 75 | 88 | 54 | 66 |
注:2012~2018年の期間内に入手できた最も新しい年次のデータ。
出所:ユニセフ「世界子供白書2019」から作成
こうした教育システムに裏打ちされた基礎的学力の高さに加え、ベトナムの歴史的、社会的な背景も大いに関係しているのではないか、と筆者は考えている。
ベトナムがこれまで歩んできた道は、他国からの侵略とそれに対する抵抗の歴史である。漢から唐までの1,000年に及ぶ中国王朝支配、その後も中国の干渉を受け続け、近代に至っても、フランスによる統治、日本による占領、ベトナム戦争と長きにわたり苦難の歴史が続いた。この国難が、いかに生き延びるか、敵を撃退するためにいかに創意工夫するかの遺伝子を国民に植え付け、育てきたと言えるのではないか。
また、今のベトナムの社会状況を見てみると、大きな所得差もなく、階級対立もなく、1億総「中の下流」か「下の上流」といったところだ。民族や人種、宗教の対立もない。国民に教育も含めて機会は均等に与えられている。そのような状況下で、自分の能力・努力次第で、給料は増え、上のステージに駆け上れるとなれば、必然と自己研さんに励み、優秀な人材に育ってゆく。
こうしたベトナム人の優秀さは、実際に外国に進出している企業からも評価されている。例えば、ジェトロの調査によると、経営上の問題点として「従業員の質」を挙げる進出日系企業の割合はASEANの中ではシンガポールの次に少ない(表2参照)。
国名 | マレーシア | インドネシア | ミャンマー | フィリピン | タイ | ラオス | カンボジア | ベトナム | シンガポール |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
割合 | 51.8 | 51.6 | 49.2 | 48.1 | 46.7 | 46.0 | 45.7 | 38.7 | 29.4 |
出所:ジェトロ「2020年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」から作成
また、既述の日本政策金融公庫が実施した調査で、「今後3年程度の事業展開における有望国・地域に選んだ理由」としてベトナムを選択した理由のうち、「優秀な人材」を選んだ企業数は292社中73社(25.0%)で、ミャンマーを選択した企業数は76社中21社(27.6%)、インドネシアを選択した企業数は64社中10社(15.6%)、中国を選択した企業数は77社中10社(13.0%)だった。ミャンマーに比べるとやや見劣りするが、インドネシアや中国に比べると割合が高い。
余談になるが、今のベトナムの1人当りGDPは3,442ドル(2019年)で(ベトナム共産党資料)、日本の1970年代前半に相当する数字だ。ベトナムが今後、こうした優秀な人材を生かし、日本と同じような成長路線を歩むことを期待したい。
後編では、この質の高く優秀なベトナム人の性格を考察し、彼らをうまく採用して育成し、自社のビジネスにどう貢献してもらうかを考えてみたい。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ホーチミン事務所 経済連携促進アドバイザー
近藤 秀彦(こんどう ひでひこ) - 電機メーカーに37年間勤務。国内外営業に従事。海外駐在は、ハノイ、ホーチミン、プノンペンに所長として合計14年間。2017年4月から現職