日本発プログラミング学習サービス「プロゲート」、現地ニーズを的確に捉えインド展開
コロナ禍で急成長するエドテック市場、企業最前線に迫る

2021年3月30日

日本でも新型コロナウイルス禍をきっかけに、注目を集める教育のデジタル・サービス、エドテック(EdTech、注1)。全世界で1,400社あると言われるエドテック関連企業のうち、全体の4分の1近くにあたる327社がインド企業だ。関連企業数は、米国に次いで世界で2番目。オンライン学習アプリを提供するユニコーンのバイジューズ(BYJU’S)をはじめ、競合がひしめく。そうした中、インドで活躍する日本企業も登場するようになった。

インドのエドテック市場を概観するとともに、インドでプログラミング学習サービスを展開する日本企業のプロゲートにヒアリングした。進出までの経緯、成功のカギ、今後の展望などを紹介する。

ITインフラ普及がエドテック市場の成長を後押し

インドのエドテック市場の成長には、ITインフラの普及が大きな後押しとなっている。インドのインターネット利用者数は、2017年から2019年にかけて、毎年約1億人ずつ増加してきた。2021年には、7億4,000万人に達すると見られている。

図:インターネットユーザー数(単位:100万人)
2017年に3.84億人、2018年に4.64億人、2019年に5.74億人と増加した。

出所:IAMAI(Internet And Mobile Association of India)Mobile Internet Report

また、スマートフォンユーザーは、3億7,000万人(2018年)に上っている。急速に普及が進む中、2022年までには8億2,000万人と2倍以上に成長するとの予測外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます もある。このうち、若年層に限れば、普及率はさらに高いとみてよい。インドでは「デジタル・インディア」(注2)など、最近の主要政策により国全体のデジタル化が目指されている。このことも、ITインフラ普及の主な推進力の1つとなっている。こうした背景から、エドテック企業は、都市部・農村部にかかわらず教育機会を提供することができている。

今後、インドのオンライン教育の市場は、さらなる成長が見込まれる。利用者数は、2016年から2021年にかけて157万人から960万人へと約6倍に。市場規模は、2億5,000万ドルから19億6,000万ドルと約8倍になるとの予測だ〔インド・ブランド・エクイティ基金(IBEF)「FUTURE OF ED-TECH IN INDIA」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 〕。2020年のベンチャーキャピタル(VC)によるインド・エドテック関連企業への投資額を見ても、2019年に5億5,000万ドルだった投資額が、2020年には22億2,000万ドル(インドベンチャーキャピタル協会と調査会社PGA Labsの共同調査)と4倍になっている。ここからも、その注目度の高さがうかがえる。

コロナ禍の中、学校の休校措置を受けて、オンライン教育熱はかつてなく高まってきた。地場企業の資金調達も活発化しており、今後もインドのエドテック市場は大きく拡大すると予想される。

いち早くインド進出を果たしたプロゲート

注目が集まるインドのエドテック市場。しかし、教育制度や言語の違いなどのハードルがあり、日系企業の参入はまだ少ない。その中で、いち早く2018年8月にインド進出を果たし、事業を軌道にのせている日系企業がある。インド南部のIT都市ベンガルールを拠点に、プログラミング学習サービスを展開するプロゲート(Progate)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます だ。プロゲートは、「初心者から、創れる人を生み出す」をビジョンに、世界一わかりやすい学習教材を世界中に届けることを目指している。今回は、インド法人の戦略マネージャーである吉野賢哉氏、駐在員として拠点立ち上げから携わっているインド・海外展開担当の宇野舜氏に、ビジネスの概要や展望を聞いた(2021年1月21日)。

地元の大学と連携して、インドでのサービスを展開

質問:
インド進出までの経緯と現在の状況は。
答え:
IT大国たるインド市場の魅力はもちろん、当社が日本で展開するサービスに、インドユーザーからの自然流入があったことから、インドにも需要があるのではないかと注目していた。サービスのグローバル化の一歩目として、アジア進出を視野に入れ、複数国を視察する中で、インドには2週間滞在し、ユーザーヒアリングを行った。ヒアリングしていく中で、インドではITエンジニアという職種の需要が高く、プログラミングスキルを身につけることで、人生の選択肢が広がることがわかった。 人口が13億5,000万人の市場の大きさとともに、ユーザーへの価値提供の大きさを感じ、視察直後にインドに進出することを決定した。進出地は、インドのシリコンバレーと呼ばれるベンガルールに決定した。

インドオフィスの様子(プロゲート提供)
質問:
インド進出後、サービスの展開にあたって苦労したことは。
答え:
日本とインドのユーザーが求めるギャップに対応することに、最も苦慮した。
プロゲートがインドで提供しているプログラミング教育学習サービスは、最先端の技術を学ぶ上級者向けのものではない。むしろ、主に初学者から中級者を対象とするもので、基礎的な部分から学びたいというニーズを狙うものだ。そのために、ギャップが発生した。
例えば、プロゲートを利用する日本のユーザーは、学習体験自体を重視する場合が多い。しかし、インドのユーザーは、実利面をより重視する傾向があった。学習を積み重ね、転職や就職につなげていきたいという現地ニーズを捉え、就職や転職時にユーザーが企業に提出できる「修了証」を発行する新機能を追加。これが、ギャップ解消につながった。
質問:
どのような顧客層を狙っているのか。
答え:
メインの顧客層・ターゲットは、インドの大学生。多くの大学生は、就職に向けて大学の授業だけでは企業が求めるレベルに到達できないという課題を感じている。大学以外でもプログラミングのスキルを獲得したいというニーズがあるため、当社のプロダクトが彼らの課題を解決できると想定している。
ターゲット層に対して、インドの大学と連携し、当社サービスを体験する「プロゲートを触ってHTML&CSS(注3)を学ぼう」といったイベントを実施し、ユーザーの開拓を図っている。こうしたイベントは頻繁に開催してきた。1カ月間に100校で開催した実績もある。
なお、コロナ禍以前は、オフラインとオンラインの併用だった。しかし、コロナ後は、主にオンラインでイベントを行っている。また、各大学に、プログラミング習得に対して非常に熱心な学生が集まるプログラミングクラブがあるため、ここにアプローチすることも効果的と考えている。
質問:
貴社サービスを利用するための、インドのITインフラの普及状況は。
答え:
通信環境は日本ほど良好ではない。それにしても、学習するには十分なレベルであると考える。当社サービスが、動画による学習ではなく、スライドがベースであるため、動画に比べて通信環境に影響されづらいこともその背景にある。
一方、PC(パソコン)普及率が低いことは課題だ。都市部の学生は、プログラミングに必要なPCを1人1台持っているという印象で、サービス提供に障壁はない。しかし、農村部では、大学などの外では、PC普及率が低く、スマートフォンのみを持っているというケースも多い。
当初、農村部の学生に対しても、プログラミングを本格的に使えるPCで提供できるサービスを主体として進めていきたい思いがあった。しかし、プロゲート独自のプログラミング学習アプリもあるため、このアプリを使って、農村部でPCを持たない層にもプログラミングの楽しさを感じてもらい、エンジニアなどの職業の選択肢を広げる一助になれたらと考えている。アプリでは、キーボードがなくて操作しづらいという欠点を補い、選択式で正しいコードを学べる形式を提供。プログラミングの学びやすさを目指している。

インドでの成功のカギは、適度なローカル化

質問:
現地拠点を設立した利点は。
答え:
現地オフィスを持ち、ユーザーとの接点を直接持てたことには、大きな利点があった。インド展開した当初、自然流入のユーザーはなぜ当社サービスを選んでいるのか、その理由が明確にわからず暗中模索だった。「プログラミング教育に高い需要はないのではないか」と感じることもあった。しかし、現地のプログラミングスクールに1カ月通うなど、現地にいる強みを生かすことで、実際にプログラミング学習に対する需要が確かにあるとわかった。
質問:
ベンガルール拠点のマネジメント体制は。
答え:
吉野戦略マネージャーがトップとして、現地のメンバーまでマネジメントしている。日常的にすべてリモートで実施しているが、特段大きな問題は生じていない。
トラブルが多いと言われるインドにあっても、マネジメントがうまくいっている背景には、従業員のビジョンやミッションへの共感がある。
採用活動において、ビジョンへの共感度の高さを重視してメンバーを選んでいるからこそ、根底にある価値観が近く多様性を受け入れやすい風土を作りやすくなる。最終的に目指すところは同じという仲間意識が、チーム全体のモチベーションや貢献度を高める。
当社は、インドのみならず、世界全体でそういったチーム作りを大切にしている。どの拠点にあっても、従業員はビジョンへの共感度が高い。そのため、バリューとして掲げている「One team, one goal」も浸透している。
質問:
現地に合わせたサービスや機能はあるか。
答え:
例えばインドでは、クレジットカードがあまり普及していない。そのため、フォンぺ(PhonePe)といった電子決済アプリを採用するなど、サービスのローカライズを進めている。
こうしたローカライズを進める上で、現地スタッフの意見は非常に重要だ。ただ、現地スタッフの意見を聞く際には、その背景まで確かめることを意識している。その理由として、どこまで現地に合わせローカライズし、どこまでを日本でのプロダクトと統一するかを、プロゲートとしての世界共通のサービスブランドを考えながら決める必要があるからだ。
背景を踏まえた判断ができるよう、プロダクト開発を行う日本側に改善点を伝える時には、客観的なエビデンスや背景情報を付して伝えるようにしている。

ソフトウエアにおいてはジャパンブランドが比較的強くないインドで、サービスへの強いこだわり

質問:
インドにおけるエドテックの市場環境は。
答え:
コロナの影響もあり、インドでのオンライン教育市場は急拡大した印象がある。インド最大手であるバイジューズも成長している。ロックダウンで学校に行けず、家で勉強する人の増加による影響は大きい。プロゲートも2020年は前年比10倍以上のユーザーを獲得した。2019年12月時点ではインドでの会員数は7万人だったが、2021年12月時点では21万人となっている。なお、2021年2月時点の会員数は、世界全体で200万人となっている。
質問:
アマゾンがインドの教育市場への参入を発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます した。競合をどのように捉えているか。また、差別化のポイントは。
答え:
当社の競合は、主にプログラミング学習系サービスと就職系サービスの2つのタイプがある。競合が多くより重要な論点となるのが、プログラミング学習系だ。特に、プロゲートのターゲット層でもある初学者は、無料で視聴することのできるYoutubeから学習を始めることが多いため、実質的に最も大きな競合と言える。
こうした競合に対して、プロゲートは、自社の強みである「わかりやすさ」「学習しやすさ」を重視し、差別化を図っている。体系化されたコンテンツの提供に加え、初学者にとって障害となるハードルを徹底的に取り除く仕組みの多さが、差別化のポイントだ。
例えば、PCにプログラミング環境を整える「環境構築」という初期設定。初心者にはハードルが高く、多くの人の挫折原因となる。プロゲートはこれを行うことなく、ブラウザやアプリだけでプログラミングが学べる状態を提供し、「学習しやすさ」を実現している。
アマゾンなどの競合参入も、市場を盛り上げてくれる大きなニュースと好意的に捉えている。オンライン教育市場でメインターゲットの大学生はいろいろなサービスを乗り換えながら、より自分にあったサービスを見つけていく。そのプロセスの中でプロゲートを選んでもらいたい。
質問:
「日本発」のプログラミング教育であることの利点は。
答え:
一般的には、インドで日本ブランドは強いと認識している。もっとも、分野によって状況は異なる。
日本はものづくり系のイメージが強く、ソフトウエア系のイメージは比較的強くはない。また、日本ブランドは、インドでは東南アジアほど訴求力がない。そのため、当社は純粋な「わかりやすさ」「学習しやすさ」を軸にした商品力で戦っている。そうしたこだわりは、日本らしい価値であるのかもしれない。
質問:
今後の展望は。
答え:
今後のインド・エドテック業界全般の伸びには期待している。現在のメインターゲットである大学生は、人口ピラミッドのボリュームゾーンだ。そのため、当社の提供するコンテンツの幅をさらに広げていくことで多様な顧客ニーズを取り込める可能性があり、注力していく価値がある。インド市場は多様な文化が入り混じり、勝ち筋が簡単に見えない難しい市場だ。この多様性の中で価値を発揮できるようになれば、次の世界も見えてくるはずだ。だからこそ、まずはインドでしっかりと根付くことが重要だと考えている。
当社全体の海外戦略として、現在のインドとインドネシアに加え、東南アジアでのさらなる拠点拡大を検討している。「わかりやすさ」、「学習しやすさ」など、プロゲートらしさを大事にしながら、海外展開していきたい。

注1:
エドテック(EdTech)とは、「教育(Education)」と「テクノロジー(Technology)」を組み合わせた言葉。学校、塾など教育を提供する場で活用されるアプリやサービス、自宅などで受講できるオンライン学習サービスが代表的。
注2:
「デジタル・インディア」は、社会のデジタル化を推進するインド政府の政策。
注3:
WEBページは、HTMLやCSSという言語でその見た目が作られている。

参考資料:ジェトロ・「インド教育(EdTech)産業調査(2021年1月)

執筆者紹介
ジェトロ企画部企画課
遠藤 壮一郎(えんどう そういちろう)
2014年、ジェトロ入構。機械・環境産業部、日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)、ジェトロ・ベンガルール事務所などの勤務を経て、2020年6月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
坂本 純一(さかもと じゅんいち)
2018年4月、ジェトロ入構。企画部海外事務所運営課を経て、2020年12月から現職。