ムンバイ・プネ地域で、駐在員の一時退避方針を示す日系企業が増加(インド)
第2回緊急アンケート結果から

2021年5月10日

連日30万~40万人の新型コロナウイルス新規感染者を記録しているインド。猛威を振るう新たな変異ウイルスや、医療用酸素不足による患者の死亡、医療提供体制の逼迫などが、日本でも連日報道されている。

インド最大の感染州でもある西部マハーラーシュトラ(MH)州は4月29日、同月末までとしていた活動制限措置の期限を5月15日まで延長することを通達した。5月2日には日本外務省が「インド滞在中の皆様への注意喚起(インド国内の医療提供体制のひっ迫)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を発信し、これまでにない表現で一時退避の検討を勧めている。

この状況下、ジェトロ・ムンバイ事務所は4月上旬に続き(2021年4月19日付地域・分析レポート参照)、在MH州日系企業に向けて「一時退避方針に関する緊急アンケート(第2回)」を実施した。本稿では、アンケート回答結果から日系企業の動向を分析する。

外務省「注意喚起」で退避方針を変更した企業も

アンケートは、MH州政府による活動制限措置の延長を受けたものだ。ジェトロ・ムンバイ事務所が、ムンバイ日本人会とプネ日本人会の協力を得て実施した(回答期間2021年4月29日~5月3日)。対象は在MH州日系企業で、両日本人会の法人会員(ムンバイ95社・プネ53社、計148社)にアンケートを配信した。回答があったのは85社。回答期間中の5月2日に前述の外務省の注意喚起が発信され、既に回答していた企業のうち10社程度が帰国方針を変更したため回答を修正した。

今回のアンケート結果のポイントは、以下のとおり(回答結果詳細は添付資料 PDFファイル(617.43KB)参照)。

  • 回答のあった85社のうち、現在もMH州内に駐在員が滞在する企業は62社
  • そのうち36社が「退避の予定なし」と回答(約58%)
  • 同18社が「全駐在員をインド国外(日本など)へ退避させる」と回答(約29%)
  • 同8社が「一部駐在員をインド国外(日本など)へ退避させる」と回答(約13%)

前回のアンケートでは、約8割の企業が「退避を検討せず」と回答していた。すなわち、この1カ月弱の間に多くの企業の退避方針が変わったことが見て取れる。4月中に一時退避完了済みの企業が今回のアンケートで「MH州に駐在員なし」と回答した例が一部にあったことにも注意が必要だ。しかし、依然として駐在員が残留している企業の半数以上が「退避の予定なし」としている。ほとんどの駐在員が退避した2020年との違いが、今回も際立った。

退避理由は「医療事情」、残留理由は「事業継続」「在宅勤務」「移動リスク」など多様

退避理由を見てみると、ほぼ全ての企業が「医療提供体制の逼迫」を挙げている。また、前述の外務省の注意喚起が判断の決め手となった企業も複数見られた。この場合の「医療提供体制の逼迫」は主に「新型コロナウイルスに感染した場合の医療提供体制」を指している。現時点で退避を決定した企業のほとんどが懸念するのもこの点だ。

このほかにも、医療環境の悪化に関して、ムンバイでは次のようなことがよく聞かれるようになった。

  • 事前予約しワクチン接種を受けようとしたところ、在庫がなく受けられなかった。
  • 海外渡航目的でのPCR検査は現在行っていないと言われた。
  • PCR検査の結果判明まで36~48時間ほどかかり、フライトに間に合わない恐れが出てきた。
  • そもそもPCR検査希望者が多くて受け付けできないと断られた。
  • (日本帰国用のPCR検査陰性証明の)日本政府の指定フォーマットへの対応が困難として断られた。

ワクチンの存在は、残留を決定する大きな要因と考えられる(2021年4月19日付地域・分析レポート参照)。従って、ワクチン接種体制が逼迫する現状は退避検討の大きな要素となり得る。さらに、インド政府は5月から接種対象者をこれまでの45歳以上から18歳以上へ大幅に引き下げた。このため、接種希望者が膨れ上がり、ワクチンの供給不足が連日報道されている。

PCR検査体制の悪化要因としては、(1) 第2波による感染急拡大によって検査数が増加した、(2) 工場や事業継続を認められた事業所の操業条件としてPCR検査の陰性証明携行が求められるようになった結果、これまでになかった検査需要が一気に増加した、ことなどが推測される。また、世界各国(注)でインドからの入国禁止措置・規制強化がとられていることが、心理的な影響を与えたことも考えられる(もっともこの要因は、今回アンケートでは確認されなかった)。

他方で、「退避の予定なし」と回答した企業の理由は多様だ。最も多かった回答は「工場や事業の継続のため」だった。前掲レポートのとおり、州政府から必需(essential)業種と認められた工場は操業が可能。実際に、多くの日系企業が必需指定され生産活動を継続している。MH州以外の地域では、程度の差こそあるものの、ビジネス活動は比較的継続している。製造業以外でも、駐在員が残留して業務に当たることの重要性が2020年より増していると考えられる。さらに、同年の駐在員退避のための長期間の不在がガバナンスの悪化につながったとの声も聞かれ、そうした経験から、事業継続のためには駐在員の現場管理が不可欠と認識している企業も多いようだ。

また、「在宅勤務で業務が遂行できているため」「移動そのものがリスクとなり得るため」との回答も比較的多かった。帰国のためのPCR検査(施設検査)で接触機会が増加し、感染するリスクを懸念する声も聞かれる。現在は各種配達サービスが充足し、ほぼ家から出ることなく食料品や日用品の購入が可能になった。当初、食料品などの必需品(essential goods)だけ販売が許可されていたアマゾンなどの電子商取引(EC)も、今ではある程度の電化製品や日用品まで販売可能になっている。「巣ごもり環境」は、徐々に改善されているのだ。

このほか、直近の新規感染者数の推移から「MH州内のムンバイやプネといった都市部の感染がピークアウトしつつあるため」との回答や、「日本への帰路がまだ確保されているため」との回答が見られた。前者に関しては実際、MH州やムンバイ市の新規感染者数が直近では若干減少に転じている傾向もある(「タイムズ・オブ・インディア」紙5月3日外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます同紙5月4日外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。インド全体ではなおも30万人以上の新規感染者を連日記録し、「収束に向かっている」とは言い難い。だとしても、ポジティブなニュースであることは事実だ。後者に関しては、デリー~羽田便に加えて、例えば、全日本空輸(ANA)が6月までのムンバイ~成田便の運航日程を発表している。2020年のように「日本への帰路が断たれる」という状況とは、土台が異なっている。

これらの退避しない理由については、前掲レポートの推論がある程度妥当だったことを傍証している。一方で、「ピークアウトした」と評価する企業の回答は新たな視点だ。また、PCR検査や帰国時の移動を「リスク」と評価する会社が現れたことは、現在のインドの状況を反映していると言える。

今後、退避増加の可能性も

外務省のスポット情報が発出されたのは5月2日で、今回のアンケートの回答締め切りは翌3日だった。その間、日本は大型連休中だったため、連休明けに日本側の安全対策担当者が現地側と直近の情報を基に協議し、あらためて退避を検討する可能性も十分考えられる。実際、アンケート締め切り後に退避を決定した企業も複数あり、今後も増加するとみられる。

しかし、前述のとおり、MH州やムンバイ都市圏の感染拡大はピークアウトしつつあるとの見方も存在する。また、現在、ムンバイから日本への臨時直行便は月2往復で、原則として翌々月の運航計画までしか発表されていないため、再赴任の予定を立てることが難しい状況ともいえる。さらに、2020年の一時退避はムンバイ便の中断もあって長期化し、駐在員の税務問題や手当削減、現地法人のガバナンスの悪化などの問題も発生した。これらの状況から「本当は今回退避したくない」との声も多く聞かれる。従って、今後、感染状況や医療状況が徐々に改善すれば、必ずしも退避する企業が時間を追って増加するとは言えないとも考えられる。

今後、残留か退避かを判断する上で、医療提供体制や感染拡大状況、インド経済の継続性、日本への帰路の保証などに、より注目が集まる。特に、医療提供体制や感染状況は地域によって大きく異なる。インドは国土が広大かつ地域性も多様で、国単位でリスク評価をすると本質を見誤る可能性がある。現在、各州政府が感染対策に注力し、一部の州では改善も見られ始めている。

今後、退避や再赴任を検討するにあたっては、州ごとあるいは地域ごとの評価も重要になるだろう。


注:
アラブ首長国連邦(UAE)などの中東諸国、英国やドイツ、イタリアなどの欧州諸国、シンガポールやインドネシアといった東南アジア諸国、米国、オーストラリアなどで、措置が取られている。
執筆者紹介
ジェトロ・ムンバイ事務所
比佐 建二郎(ひさ けんじろう)
住宅メーカー勤務を経て、大学院で国際関係論を専攻。修了後、2017年10月より現職。