近視抑制で人々の目の健康実現へ(シンガポール)
参天製薬、シンガポールのスタートアップと連携

2020年12月16日

参天製薬は2020年6月、プラノ(Plano)に出資して戦略的提携を結んだ(出資額は未公表)。プラノは児童の近視を予防するスマートフォン・アプリを開発するシンガポール発のスタートアップだ。今後、シンガポールを拠点に近視の早期進行を抑制することで、世界の人々の目の健康実現に取り組んでいく。提携の背景について、プラノを創業したモハメド・ディラニ氏と、参天製薬の古山邦彦ビジョン・ソーシャル・イノベーション室長に聞いた(11月27日)。


プラノの創業者、モハメド・ディラニ准教授(右から2人目)と同社の幹部メンバー(プラノ提供)

初のシンガポール・スタートアップへの投資

参天製薬は、2013年にシンガポール法人を設立した。同社が同国スタートアップに投資するのは初となる。両社の発表によると、近視人口は現在、世界人口の約28%に相当する20億人。2050年には50億人にのぼると推定される。その健康課題の解決に向けて、連携して取り組んでいく方針だ。

今回、参天製薬が出資したプラノは、近視抑制に特化したヘルステック分野のスタートアップだ。子どもたちの目を守るために、スマートフォンの使用状況を管理するアプリを開発。11月11~13日にシンガポールのギャレン・グロース社が開催した「2020年グローバル・ヘルステック・サミット」で、世界各国のヘルステック系スタートアップ64社の中から「世界で最も革新的なスタートアップ賞」に選ばれたことでも注目を集めた。同社を2017年に創業したのは、オーストラリア出身でデューク・シンガポール国立大学(NUS)大学院に勤めるモハメド・ディラニ准教授だ。眼科専門の研究者で、シンガポール眼科研究所(SERI)の主任研究員でもある。

ディラニ准教授は「近視は眼鏡やコンタクトレンズで矯正できる軽度の症状というのは、大きな誤解」と述べる。近視は子どもの時に進行する。近視によって眼球が伸びることで目がダメージを受けやすくなり、深刻な目の疾患につながる恐れもあるという。プラノのアプリがターゲットとするのは、2~15歳の子どもたち。スマートフォンの使用時間を制限し、使用時の照明や姿勢が悪いとアラートを発信する。子どもたちがアラートどおりに行動すれば、ポイントが与えられ、集めたポイントを使ってプラノのオンライン店舗でゲームやジップクライミングといった屋外アクティビティーなどを購入できる。こうした仕組みで正しいスマートフォンの利用を促す。また、親もこのアプリを通じて、子どもたちのスマートフォンの利用状況を管理できる上、提携する眼科医で定期的な検査を予約することもできる。アプリの利用者は11月時点で約50万人に上る。このうち約6万人がシンガポールの利用者だ。プラノはさらに、人工知能(AI)を用いて利用者のスマートフォンの使用歴や、性別、年齢、環境など総合的なデータを分析し、将来の眼病などのリスクを予測するシステム開発にも取り組んでいる。

目の健康に向けたエコシステムづくりでも連携

参天製薬の古山邦彦ビジョン・ソーシャル・イノベーション(VISION Social Innovation)室長によると、プラノとの戦略的提携を決めた理由は「近視の課題解決を通じて人々の幸せを実現するという共通の目標があった」からだ。古山室長は現在、プラノの役員を兼務する。参天製薬は7月7日に発表した2030年までの長期ビジョン「Santen 2030」で、目の疾患の治療だけでなく、世界の人々の目の健康を通じて幸福な人生を実現するという目標を掲げた。古山室長は「参天製薬としては、近視はこれから取り組むべき重要な疾患と捉えている」と指摘する。

参天製薬は現在、SERIと共同で軽度・中程度の近視進行を遅らせる薬剤「DE-127」(アトロピン硫酸塩)の開発を進めている。古山室長は「人々は疾患としての近視に対する認識が薄いため、(近視を抑制するため)治療薬利用などの医療介入という方法にはなかなか至らない」と指摘。しかし、プラノのアプリを使うことで「目の健康に向けた道筋をつくるためのエコシステムを作っていく上で、補完関係があると考えている」と、同社との連携の背景を説明した。プラノの取り組みは、アプリを通じた子どもたちの近視抑制だけではない。シンガポール健康促進庁(HPB)と連携して、近視の問題を広く知ってもらうための子ども向け説明会も開催している。さらに、近視の問題を楽しく解説する子ども向けの本を発行するなど、近視対策の啓蒙活動に積極的だ。参天製薬としては、消費者に目のケアを伝えていく上でプラノとの連携が有効に働くとみている。

小学6年までに65%が近視、近視大国のシンガポール

シンガポールは「世界の近視の首都」と呼ばれるほど、世界的にも近視率が高い。保健省によると、同国の児童の65%が小学6年生になるまでに近視になるとされる。さらに、2050年までに18歳以上の成人の80~90%が近視になり、そのうち15~25%が強度の近視になると予想されている(注)。保健省管轄下のHPBは2001年から国家近視抑止プログラムを実施。幼稚園や小中学校での定期的な目の検診などを行っている。2019年3月には、同プログラムに基づく毎年の学校での視力検査でプラノのアプリの紹介も行った。

ディラニ准教授は「プラノがシンガポールを拠点としたのは、マーケットとして注目しただけではない。ここが近視研究で国際的な権威だからだ」と指摘する。同時に、「当地は近隣市場への進出拠点として非常に良いハブだと認識している」と語る。古山室長はシンガポールについて「SERIを核とした眼科アカデミアの存在があり、そこからプラノのようなヘルスケアのスタートアップが生まれている。また、アジア、世界へと社会的なイノベーションを発信していく拠点として、さまざまな面で魅力的」と述べた。同室長は「近視は全世界的な課題」と指摘した上で、「日本、中国を含めたアジアは、近視の割合が高く、人口も多い。まずはアジアを重点的な地域として取り組んでいきたい」との方針を示した。


注:
シンガポール近視センター開設時(2019年8月16日)のラン・ピンミン上級国務相(保健担当、当時)の演説外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 参照。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。