EUの新しい食品産業政策「Farm To Fork戦略」を読み解く
一段と明確化される持続可能性と環境重視の方向性

2020年8月28日

欧州委員会は2020年5月20日、「Farm to Fork戦略外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(以下、FTF戦略)を発表した。Farm to Forkは農場から食卓までを意味し、EUの今後の食品行政の大きな方向性を示したものだ。2019年12月に発表された「欧州グリーン・ディール政策」を食品産業の分野に関してより具体化し、同政策の中核を成すものとして位置付けられる。「環境」「持続性」といった価値を従来重視してきたEU食品行政のポジションを一段と明確化し、今後の対応を加速化するものでもある。EU市場で事業展開する日本の食品企業にとっても、重要な内容を含んでいる。

本稿では、特にEU域外からの輸入食品への影響に着目し、FTF戦略の概要を紹介する。

「Farm to Fork」が目指すもの

FTF戦略は、大きく3つの目標を掲げている。具体的には、「EUのフードシステムの環境・気候変動フットプリント(注1)を削減し、フードシステムの自発的な回復力(resilience)を強化する」「気候変動や生物多様性の喪失に直面する中で、食の安全保障を確保する」「競争力と持続可能性の両立に向けた世界的な移行(transition)の先頭を行く」だ。これら目標の達成により、具体的には以下の実現を目指すとした。

  1. 「フードシステムが依拠する土壌、淡水資源、海洋資源の保護・回復」「気候変動の緩和とその影響への適応」「土地、土壌、水、空気の保護、動植物衛生、動物福祉の確保」「生物多様性の回復」を実現し、食料の生産・輸送・流通・販売・消費を含むフードチェーンが環境に中立または良い影響を与えるようにする。
  2. アレルギーや食の好みを考慮し、食の安全や質、動物福祉の水準を高く保ちつつ、栄養があり持続可能な食に誰もが十分にアクセスできる状態を確保する。
  3. 単一市場の統一性を確保した上で、EUの食品供給部門の競争力の発揮、フェアトレードの推進、新しいビジネス機会の創造を実現し、究極的には、最も持続可能な食を最も購入しやすくなるよう、サプライチェーンの中で公平な経済的見返りを生み出しつつ、食への手頃なアクセスを確保する。

以上の3つを実現した状態への「移行(transition)」を加速させるため、欧州委は2023年中に持続可能なフードシステムの法的枠組みを提案するとした。

以下では、この「移行」に当たり、生産・流通・消費の各段階で取り組むべき事項としてFTF戦略に示されている内容を順に解説する。今後、文末にある表のスケジュールに従い、これらの内容が順次法制化されていくものとみられる(表参照)。

持続可能な食料生産の確立

フードチェーンの最上流に当たるのが、第一次産業だ。その第一次産業を持続可能なものとするために必要な事項として、農業と林業を通じた炭素隔離(注2)とバイオ・エコノミーへの移行を掲げた。バイオ・エコノミーとは、バイオ肥料やバイオエネルギー、バイオケミカルといった生物由来資源を中核とした気候中立的な循環型経済を意味する。また、化学農薬の使用削減も掲げ、化学農薬の総使用量とその使用に伴うリスクを2030年までに半減させるための追加的措置を実施するとした。抗生物質耐性菌についても目標を設定。家畜と水産養殖向けの抗生物質の販売はEU全体で2030年までに50%削減を計画する。動物福祉についても言及した。最新の科学的証拠に基づき動物の輸送や食肉処理に関する法律を改正する。また、食品のラベル表示に動物福祉に関する内容を追加することを検討するとしている。有機食品市場の拡大についても取り上げられた。欧州委は、加盟国が有機食品の需要と供給の双方を促進し、2030年までにEUの農地の少なくとも25%が有機農地となるよう、有機食品に関する行動計画を進めるとした。

以上を実行し達成するために、共通農業政策(CAP)を通じた支援を導入する。加えて、持続可能な水産養殖に関する各加盟国の計画策定を支援するEUガイドラインを採択した。これは、陸上での動物生産よりも養殖魚や水産食品の方が環境負荷が小さいためだ。具体的には、欧州海洋漁業基金による支援、藻類産業のサポートといった措置を講ずるとしている。

食の安全保障の確保

新型コロナウイルスの流行により、労働者不足や消費パターンの変化など、食料システムのさまざまな課題が明らかになった。こうした点も踏まえ、緊急時における食の安定供給や安全を確保するための対策を策定するとした。

持続可能な食品加工・卸売り・小売り・ホスピタリティー・フードサービスの促進

食品加工、卸・小売り、フードサービスといった部門については、以下の内容を提起している。 まず、食品事業者・業界に対して、環境フットプリントを削減するための道筋を示す対応を求めている。例えば、健康的で持続可能な食品の選択肢や、安価で入手しやすいものを増やすことだ。また、エネルギー効率の強化、社会的弱者や健康面で不安を抱える人のニーズをくみ取ったマーケティング戦略に改めること、食品の値引き販売によって人々の食品に対する価値感を過少にさせないこと、梱包(こんぽう)を減らすこと、といった対応を求めている。梱包の削減は、新しい循環経済行動プラン(2020年6月4日付地域・分析レポート参照)に即したものにする必要がある。とりわけ肉類に関して、「非常に低い価格で宣伝するキャンペーンは避けなければならない」とし、消費抑制の方向性を明確にしている。

欧州委は、上記に関する食品事業者の取り組みをモニタリングする。不十分な場合は法制上の措置を検討する。例えば、食品事業者の企業戦略の中に持続可能性を含めることを求めること、脂肪や糖、塩分の多い食品の販売促進を制限するために「栄養プロファイル制度」の導入を検討することなどに取り組むとした。

栄養プロファイルとは、栄養構成に応じて各食品をスコア化し、一目でその食品の健康レベルや栄養レベルが分かるようにするものだ(図参照)。EUでは、2006年に食品の栄養や健康に関する強調表示に関する「欧州議会・理事会規則(EC)No1924/2006外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」が成立した際、2009年1月までに栄養プロファイル制度を導入することとされた。しかし、全ての食品を統一的にスコア化する基準作成の難しさから、いまだ実現に至っていない。他方、フランスやベルギーなど一部の加盟国では、EUの統一基準を待たずに独自の栄養プロファイル制度を既に導入済みだ。

このため、EUとしては、栄養プロファイルの域内共通ルールを早急に作成する必要がある。そこで、今回のFTF戦略によってあらためて道筋を示されることになった。FTF戦略では、2022年第4四半期(10~12月)までに域内共通の栄養プロファイル制度を法制化するとした。EU全域で同制度が義務化されれば、EU域外からの輸入食品にも同様のスコアを付すことが求められ、EU向けに食品を輸出する事業者は対応が求められよう。

図:栄養プロファイルの例
栄養面で最も優れた食品にAが付され、最も劣る食品にEが付される。
栄養プロファイルの例。A~Eの5段階評価。(栄養面で最も優れた)緑色枠のAから右へ順に、黄緑枠のB、黄色枠のC、橙色枠のD、赤色枠のEと表す。

出所:欧州委員会サイト

そのほか、特に食品包装に関して、関連規制の改正による食品の安全性と公衆衛生の向上や、再利用・リサイクル可能な素材を使った食品包装の使用の支援、フードサービスでの再利用可能な包装・食器の使用に関する法整備などの取り組みを掲げている。

加えて、持続可能性や食品ロス削減の観点からの農水産物の販売基準見直しや、地理的表示(GI)制度への持続可能性に関する基準導入の検討、食品の1次生産から販売に至るまでの食品供給行程の短縮への支援なども掲げた。

持続可能な食品消費および健康的で持続可能な食生活への移行の推進

フードチェーンで、最も川下に位置するのが消費者だ。FTF戦略では、その消費活動にも切り込んだ。その前提として、EUでの消費の現状について、(1) 赤身肉(牛肉、羊肉、豚肉など)や砂糖、塩、脂質の平均摂取量は、推奨値を超えている、(2) 対して、穀物や果物、野菜、ナッツ類などの消費は不十分で、環境・健康の両面で持続可能性が低い、と指摘した。その上で、欧州委として、食品消費の持続可能性を高めるため、以下の2つの目標を提起した。

第1は、2030年までにEU内における肥満率を減少に転じさせることだ。具体的には、加工肉や赤身肉の消費を減らし、植物中心の食生活への移行を促進させることで、疾病リスクや環境への影響を軽減するとした。第2に、消費者が正しい情報に基づき、健康的で持続可能な食品を選べるようにすることだ。これは人々の健康と生活の質を上げるとともに、健康維持に要する費用の削減にもつながるとした。

これらの目標の達成に向けて、欧州委が提起しているのは「食品包装の表面(front-of-pack)での栄養素表示の義務化」「原産地表示の対象拡大の検討(現在は豚肉や鶏肉などの特定の食品のみが対象)」「気候変動、環境、社会的側面などに関する自主的な表示の枠組みの作成」「目が不自由な人々の食品情報へのアクセスの改善」「学校や病院の給食サービスにおける持続可能な食品調達に関する最低義務基準の設定」「有機野菜などに対する付加価値税の軽減など税制上の優遇措置の導入」だ。

食品ロスおよび廃棄の削減など

食品廃棄の削減も、二酸化炭素の排出減に大きく寄与できる取り組みの1つだ。2030年までに小売店・消費者レベルでの1人当たり食品廃棄を半減させるという目標を掲げ、達成のために「食品廃棄の削減に関する法的拘束力のある目標の設定」「『消費期限』と『賞味期限』の誤認・誤用を防ぐためのルール改正」「生産段階における食品ロスの調査と対策の提案」といった措置を講ずるとした。

また、消費者を欺き、正しい情報の入手を阻害する詐欺的行為は、フードシステムの持続可能性を妨げる。このことから、欧州委は欧州刑事警察機構や業界団体などの関係機関とも協力し、食品に関する詐欺行為に対する取り締まりを強化するともした。

世界的な移行を目指して

欧州委は以上のような持続可能なフードシステムへの円滑な移行を実現するため、「調査・投資」と「助言・知見の共有」という大きく2つの支援措置を掲げる。前者に関しては、欧州グリーン・ディール政策の下で、既に2020年に10億ユーロの拠出を予定。後者については、持続可能性に関する客観的で的確なデータを食料品関係者に提供するためのシステム構築を進めるとしている。

FTF戦略は、EUのフードシステムを持続可能なものへと移行させるにとどまらない。戦略では、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」を踏まえ、世界的な移行をEUが主導することをうたう。価値観を共有する全てのパートナーとの「グリーン同盟」を目指すとしているのだ。

具体的には、EUとの間で締結される全ての二国間通商協定の中に、野心的な持続可能性に関する章(chapter)を含めることを求めていくとした。また、EUの貿易政策を通じて、動物福祉、農薬の使用、抗生物質耐性といった分野における第三国との協力を強化し、第三国からも意欲的なコミットメントを得るという。加えて、食品分野の研究と技術革新で国際協力に注力することも盛り込まれた。特に気候変動の緩和と適応、持続可能な景観と土地の管理、環境保護と持続可能な生態系の活用といった分野を例示している。さらには、世界的な森林破壊に対するEUの関与を減らすため、欧州委は2021年に森林破壊に関与している製品のEU市場への投入を防ぐ(または最小化する)ための法制度を提案するとした。漁業分野でも、既に制度化している違法・未報告・未制限(IUU)な漁業に対する規制の厳格化と、持続可能な水産資源管理の推進などを掲げている。

上述の通り、FTF戦略には、栄養プロファイル制度の導入や栄養成分のパッケージ表面への表示義務化など、EUに食品を輸出する日本企業も今後対応が求められるであろう内容が含まれる。そのほか、動物福祉や持続可能性への配慮など、フードシステムの根本的な価値観に関わる内容も多い。仮に環境フットプリントの削減が食品事業者に義務付けられれば、そもそも「遠隔地から食品を輸入する」という行為自体が制約を受ける可能性もある。

EUが「世界的な移行」をどこまで主導できるかは、現時点では計り得ない。ただ、中長期的な持続可能性という点において、われわれの依拠するフードシステムに黄信号がともっていることも確かだ。EUが打ち出す対策いかんにかかわらず、国内の食品産業における環境・持続可能性・動物福祉といった価値観に対する意識をこれまで以上に高めていくことが必要かもしれない。

表:Farm to Fork 戦略 行動計画一覧

No. アクションプラン 指定時期
1 持続可能なフードシステムに関する法的枠組みの提案 2023年
2 食料供給・食の安全保障を確保するための危機管理計画の策定 2021年第4四半期
持続可能な食料生産の確保
No. アクションプラン 指定時期
3 共通農業政策(CAP)の戦略プランが公式に提出される前に、CAPの9つの目的に関する各加盟国への勧告を採択 2020年第4四半期
4 農薬の使用・リスク・依存度を大幅に削減し総合的病害虫管理(IPM)を強化するため、持続可能な農薬の使用に関する指令の改正を提案 2022年第1四半期
5 バイオ有効成分を含む農薬の販売を促進するため、農薬規制の枠組みの下での関連実施規制を改正 2021年第4四半期
6 データギャップを克服し、証拠に基づく政策立案を強化するため、農薬統計規制の改正を提案 2023年
7 動物輸送や食肉処理を含む既存の動物福祉に関する規制の評価と改正 2023年第4四半期
8 畜産業による環境への負荷を削減するため、飼料添加物規制の改正を提案 2021年第4四半期
9 持続可能な農業の幅広い普及に貢献することを目的として、現在の農家会計データネットワーク規制を農家持続可能性データネットワークに移行させるための改正の提案 2022年第2四半期
10 持続可能性に関連する集団行動に関して、EU競争法の適用範囲を明確化 2022年第3四半期
11 1次生産者のフードチェーンにおける立場を支えるべく、彼らの協力を強化するための立法措置と、透明性向上のための非立法措置 2021年~2022年
12 EU・カーボン・ファーミング・イニシアチブ 2021年第3四半期
持続可能な食品加工・卸売り・小売店・ホスピタリティー・食品サービスの実践の促進
No. アクションプラン 指定時期
13 企業統治の枠組みの向上(食品産業が持続可能性を企業戦略に取り組むことの要求を含む) 2021年第1四半期
14 食品のサプライチェーンにおける責任を伴ったビジネスと販売活動のためのEU規範と監視の枠組みの開発 2021年第2四半期
15 加工食品の原料配合の変更の促進(特定の栄養素の最大含有量の設定を含む) 2021年第4四半期
16 塩・砂糖・脂質の多い食品の販売促進を抑制するための栄養プロファイルの作成 2022年第4四半期
17 食の安全性を向上させ、市民の健康を確保し、食による環境フットプリントを削減するため、食品包材に関するEU規制の改訂の提案 2022年第4四半期
18 持続可能な製品の供給と摂取を保障するため、農作物および水産物のEUマーケティング基準の改正の提案 2021年~2022年
19 単一市場のルールの強化と食品詐欺対策の強化〔欧州不正対策局(OLAF)の調査機能の強化・活用を含む〕 2021年~2022年
健康的で持続可能な食事の助長、持続可能な食品消費の促進
No. アクションプラン 指定時期
20 消費者が健康的な食品を入手できるよう、食品包装の表面での栄養素表示義務化の提案 2022年第4四半期
21 特定の製品に原産地表示を求める提案 2022年第4四半期
22 学校や公共機関でオーガニック製品を含む健康で持続可能な食事を推進するため、持続可能な食品調達に最低限の必須基準を設けるための最善の方法を決定 2021年第3四半期
23 消費者が持続可能な食品を選択できるような食品ラベル表示の枠組みの提案 2024年
24 持続可能な食料生産と消費への寄与を高めることを目的とした、EUの農産物・食品促進プログラムの見直し 2020年第4四半期
25 健康的で持続可能な食品に再び焦点を当てることを目的とした、EU内の学校に関する法的枠組みの再検討 2023年
食品ロスと食品廃棄の削減
No. アクションプラン 指定時期
26 食品廃棄物削減のEU目標を提案 2023年
27 販売期日(「消費期限」や「賞味期限」)に関するEU規則の改正の提案 2022年第4四半期

出所:欧州委員会


注1:
人類が地球環境や気候に与えている負荷の大きさを測る指標のこと。
注2:
植物の光合成を利用した二酸化炭素の大気中への排出を抑制する手段。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
藤本 真由(ふじもと まゆ)
2020年5月~7月、ジェトロ・ロンドン事務所にインターン研修生として在籍。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
市橋 寛久(いちはし ひろひさ)
2008年農林水産省入省、2017年7月からジェトロ・ロンドン事務所。