米国で急速に広がる経済再開に向けた動き、感染者数のリバウンドを懸念する声も

2020年5月25日

米国のトランプ大統領は4月16日、新型コロナウイルス対策により抑制していた市民生活や経済活動の再開に向けたガイドラインを発表(2020年4月17日付ビジネス短信参照)。それから、1カ月余りが経過した。これに呼応して堰(せき)を切ったように、各州で経済再開計画やビジネス規制の緩和などが相次いで実施に移されている。州レベルでの経済再開に向けた取り組みの状況と日系企業の事業活動への影響や課題について、ジェトロが在米日系企業を対象に実施したアンケート調査の結果なども踏まえて報告する。

50州が50通りの再開プラン

トランプ大統領は、経済活動再開に向けたガイドラインを発表した記者会見で、「ガイドラインはあくまで州知事を支援するもので、再開の裁量は知事にある」とした。実際に経済再開は、基本的に州単位で措置されている。合衆国と言われるだけあり、各州が独立した国家のように、さまざまなパターンで再開に向けた計画やビジネス規制の緩和を発表している。5月20日には、北東部のコネチカット州が経済活動再開の第1段階として、小売業、飲食業(屋外のみ)、オフィスワークなどの活動再開を認め、これにより50州全州が、自宅待機令によって抑制されていた経済活動の再開に踏み出したことになる。わずか1カ月前には、全米42州で自宅待機令が発動されていたことを思うと様変わりだ。なお、連邦政府のガイドラインでは、経済活動再開の条件として14日間にわたり新型コロナウイルスの新規感染者または検査における陽性反応の割合が減少傾向にあることなどを挙げているが、こうした基準をクリアできていない州でも経済再開が進められている。

経済再開には、複数のステップを設けて、感染や医療体制の状況をみながら段階的に経済活動を緩和していく州が多い。しかし、ステップの取り方や各ステップで認める経済活動の内容も州ごとに差がみられる。極端にいえば、50州が50通りの再開プランを進めている。共通しているのは、安全を求める州民と経済低迷に悲鳴を上げる州民とのバランスをどう取るのか、経済再開の指揮を執る知事が難しいかじ取りを迫られているというところにある。

経済再開のパターンはさまざまだ。ただし大きくみると、(1)自宅待機令が解除された州、(2)自宅待機令を維持したまま、経済活動の制約を部分的に緩和する州、の2つに分類できる(表参照)。それぞれ、順に特徴をみていきたい。

表:米国における経済再開の状況(5月25 日現在)
経済再開の状況 該当する
州の数
主な州 知事が
共和党
知事が
民主党
自宅待機令を解除 36 アラバマ、ジョージア、フロリダ、テネシー、テキサスほか 25 11
自宅待機令は維持しつつ規制を一部緩和 14 カリフォルニア、ニューヨーク、ワシントン、ミシガン、イリノイほか 1 13

注1:「自宅待機令を解除」には、もともと州全土で待機令を未導入の州も含む。
注2:規制の一部緩和には、州全体でなく地域的な緩和を含む。
出所:各州ウェブサイトなどからジェトロ作成

グループ(1):自宅待機令を解除

4月下旬から5月中旬にかけて、多くの州で自宅待機令の期限を迎え、延長せずにそのまま失効させた州がグループ(1)に当たる。自宅待機を義務付けはしないものの、引き続き推奨しつつ、社会的距離(6フィート=約1.8メートル)の確保、衛生対策、建物の収用能力に対する一定割合の人数制限などの条件を課して、非エッセンシャルビジネスの職場(オフィス、工場など)での経済活動を認めている(注1)。もともと州全土での自宅待機令を発動していなかった8州を含めると、このグループは36州と全体の7割を占める(注2)。地域的には南部が多く、知事の所属政党が共和党の州が25州と大半を占めている。また、このグループの州は、そもそも相対的に新型コロナウイルスの感染者数が少ないという特徴もある。

このうち、例えば、ジョージア州は、自宅待機令が失効する4月30日を待たずに、美容院、スパ、スポーツジム、ボーリング場、レストランなどの営業を認めた。経済再開を推進するトランプ大統領さえ、あまりに早すぎると同州のケンプ知事を批判したほどだ(2020年4月24日付ビジネス短信参照)。 一方、アラバマ州では、ナイトクラブ、映画館、ボーリング場などのエンターテインメント施設も含め、ほとんどのビジネス活動が認められている。 小売業も、収容人数の50%以下という条件で営業可能だ。

グループ(2):自宅待機令を維持したまま、ビジネス活動の制約を部分的に緩和

自宅待機令は維持しながらビジネス活動の制約を何らかの形で緩和する州が、グループ(2)に当たる。地域的には、北東部、西海岸、中西部の一部など感染者数が比較的多い州が占めている。該当する14州のうちニューハンプシャー州以外の13州は、知事の所属政党が民主党となっている。緩和の内容は、州によって幅がある。例えば、イリノイ州、ワシントン州などでは、小売業は店頭持ち帰り方式に限り営業再開を認める、といった限定的な緩和にとどめている。かと思えば、ミシガン州のように、一定の条件の下、非エッセンシャルビジネスの建設業、製造業などの再開を認めている州もある。一方、 州内を地域レベル、郡レベルに細分化して、一定の基準をクリアした地域ごとに部分的に経済再開を進めようとする州もある(注3)。こうした州には、ニューヨーク州、ペンシルベニア州などがある。

米国内で最も多くの感染者数、死者数を出しているニューヨーク州では州内を10地域に分けて、それぞれの地域が、入院患者数、死者数、検査数、利用可能なベッド数などによる7つの指標をすべてクリアしないと経済再開を認めないというルールにしている(2020年5月14日付ビジネス短信参照)。さらに、再開の段階も4つのフェーズに分けている。5月23日時点では、基準を満たした8地域に、第1段階の建設業、製造業、一部の小売業、農林水産業などの活動再開を認めた。さらに次の第2段階に移行するために、14日間の経過観察期間が設けられている。基準に満たなかったニューヨーク市などは、自宅待機令が5月28日まで延期された。

なお、州レベルに加え、郡・市レベルでより厳しい規制を課している場合があり、複雑な状況だ。例えば、カリフォルニア州では、州としては5月8日以降、製造業の操業を認めているものの、サンフランシスコなどベイエリア7郡・市が自宅待機令を5月31日まで延期した。その中のアラメダ郡フリーモント市に生産工場を構えるテスラは、郡の自宅待機令により生産活動が制限されたことから、同社のイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)がアラメダ郡を訴える事態にまでなった(2020年5月13日付ビジネス短信参照)。ただし、その後、アラメダ郡はテスラの操業を許可している。

事業再開に向け課題も山積

ここまでみてきたように、各州での経済再開の動きは急速に進んでいる。このため、進出日系企業の事業環境も大きく変わりつつある。ジェトロが在米日系企業を対象に実施した緊急・クイックアンケート調査PDFファイル(1.81MB) (2020年4月28~30日実施、954社回答、以下、アンケート調査)によると、現在、在宅勤務または事業を中断している企業が、職場(オフィス、工場など)での事業活動を再開するために必要なこととして、「自宅待機令の解除」を挙げる企業が71.6%で最も多い。これに、「従業員の安全確保の態勢確立」が52.1%で続いた。アンケート調査実施後に自宅待機令の解除が大きく進んでおり、多くの企業が事業再開に向けて準備を開始しているものとみられる。

しかし、同時に再開に向けた課題も多い。同アンケート調査で、事業再開に向けての課題を聞いたところ、「従業員の不安の払拭(ふっしょく)」(62.0%)、「マスクなど防護用具、衛生用品の確保」(60.9%)を選択した企業が6割を超え、「感染者が出た場合の対応準備」(56.7%)、「州などの経済再開ガイドラインの明確化」(55.2%)、「(職場内での)社会的距離(6フィート=約1.8メートル)の確保」(53.6%)もそれぞれ5割を超えた。州によって経済再開の速度が違うため、立地によって操業可能な工場とそうでない工場に分かれる場合は、再開済みの企業のサプライチェーンにも影響が及ぶものとみられる。

党派で政治化する経済再開

また、前述の通り、各州の経済再開の動きには党派による特徴がみられる。自宅待機令を解除し、経済再開に積極的な州は共和党の知事が多い。一方、自宅待機令を維持し、相対的に再開に慎重な州は民主党の知事が多い傾向がみられる。11月の大統領選挙で再選を目指すトランプ大統領は、急速に拡大する失業者などを目の当たりにして、経済再開を急いでいる。特に浮動票の多いスイングステート(激戦州)として、大統領選で重要と目されるウィスコンシン州、ペンシルバニア州、ミシガン州などで、経済再開に慎重な民主党知事への批判を強めている。

今後の各州レベルでの経済再開の行方をみていく上で重要なのは、そもそもの新型コロナウイルスの感染拡大が果たして、順調に終息していくかだろう。急速な経済再開によって、感染者数が再び急増する、いわゆるリバウンドを懸念する声は特に専門家の間で根強い。米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長は5月12日、上院の公聴会で証言に立ち、ガイドラインで示された基準を達成しないまま州や市が経済活動を再開させることに強い懸念を表明。「爆発的な感染拡大が起きるリスクがある」と警告した。

米国での感染者数は160万人を超え、死者数も大台の10万人に迫りつつある(5月24日時点)。新規の感染者数は横ばいからやや減少傾向にあるが、引き続き1日当たり2万人前後の高い水準が続いている。今のところ、経済再開を明確な原因として実際に感染が拡大した事例は確認されていない。それにしても、引き続き状況を注視していく必要があるだろう。


注1:
自宅待機令の発令に伴い、人々の最低限の生活維持に「必要不可欠な事業(エッセンシャルビジネス)」以外は職場での事業を禁止し、在宅勤務を義務付けていた。
注2:
ウィスコンシン州では、同州最高裁が5月13日、エバーズ州知事(民主党)が発令していた5月26日までの自宅待機命令を無効とする判決を下している。このため、自宅待機令を解除した州に分類した。
注3:
イリノイ州やミシガン州なども同様の仕組みだが、既に州内の各地域で第1段階をクリアし、州全体で何らかの経済活動の再開に踏み出している。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 次長
若松 勇(わかまつ いさむ)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・バンコク事務所アジア広域調査員(2003~2006年)、アジア大洋州課長(2010~2014年)、海外調査計画課長(2014~2016年)などを経て、2016年3月より現職。