キーワードは、起業家同志のつながりと信頼(トルコ)
新型コロナ禍でも成長するスタートアップ・エコシステム

2020年9月1日

「イスタンブールは、ドバイやモスクワ、ブリュッセルを上回り、世界16位の新興スタートアップ・エコシステムとなった。テクノロジー分野のスタートアップにおいて、われわれのポテンシャルは高い。目標も大きい。」バランク産業科学相は、自身の公式ツイッターにこう投稿した。

米国のスタートアップ調査会社スタートアップ・ゲノムは例年、「グローバル・スタートアップ・エコシステム」を取りまとめている。その 2020年版外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます に盛り込まれた「トップ100新興エコシステム」で、イスタンブールが世界16位に位置づけられた。また6月には、ゲーム会社ピークがトルコ初のユニコーン企業となった。こうした事実や産業科学相の投稿から、国内のエコシステム成長への手応えが感じられる。

目下の経済は、新型コロナウイルスの流行により深刻な影響が懸念されている。その中でも、今後のトルコ経済を牽引するエンジンの1つとして、スタートアップに対する期待が国内で高まっている。

2020年上半期のスタートアップ投資は新型コロナ禍でも堅調

「トルコのスタートアップ・エコシステム四半期報告(2020年第2四半期)」(2020年7月7日付、注1)によると、2020年第2四半期(4~6月)のベンチャーキャピタル(VC)によるスタートアップ投資は2,900万ドルだった。四半期の実績としては、2019年第4四半期(10~12月)、2017年第4四半期に続き、直近3年間で3番目に大きかった。投資案件を分野別にみると、2020年第1四半期(1~3月)は、SaaS、フィンテックなどが上位を占めた。これらはいずれもトルコが得意とする分野だ。一方第2四半期は、ヘルスケア、カスタマーエクスペリエンス、スポーツ分野への投資が見られた。例えば、トルコ発の瞑想(めいそう)アプリ「メディトピア(Meditopia)」は、日本語を含め多言語展開を進めている。コロナ禍での新たなライフスタイルにおいて注目を集めた。その結果、6月に欧州のVCから1,500万ドルの資金調達に成功した(図1、表1参照)。

図1:四半期別トルコのVCの投資動向
四半期別トルコのVCの投資動向。投資額は2017年2Qは2,100万ドル、3Qは2,500万ドル、4Qは4,000万ドル、2018年1Qは2,100万ドル、2Qは1,300万ドル、3Qは1,600万ドル、4Qは1,200万ドル、2019年は1Qは500万ドル、2Qは800万ドル、3Qは1,200万ドル、4Qは8,000万ドル、2020年1Qは2,000万ドル、2Qは,2900万ドル。投資件数は2017年2Qは49件、3Qは39件、4Qは60件、2018年1Qは25件、2Qは19件、3Qは32件、4Qは33件、2019年は1Qは17件、2Qは20件、3Qは25件、4Qは38件、2020年1Qは30件、2Qは28件。

出所:スタートアップウォッチ

表1:2020年4-6月の主なVC投資
企業名 概要 資金調達額 投資家
Meditopia 瞑想アプリ 1,500万ドル Creandum(スウェーデン)
Pisano カスタマーエクスペリエンス・プラットフォーム 250万ドル Elevator Ventures(オーストリア)
Scoutium サッカー選手のデジタルスカウティング
プラットフォーム
200万ドル Twozero Ventures(トルコ)
Virasoft AIベースのデジタル病理診断プラットフォーム 190万ドル TT Ventures(トルコ)
Diffusion Capital Partners (トルコ)
Figopara サプライチェーン・ファイナンス・ソリューション 100万ドル Revo Capital(トルコ)
Endevour Catalyst(米国)他
WeWalk スマート・ステッキの開発 75万ドル Vestel Ventures(トルコ)他

注:トルコでの創業後、欧州に拠点を移転しているケースが含まれており、報道などによっては欧州企業として記載されている可能性あり。
出所:スタートアップウォッチ、各種報道、ウェブサイトからジェトロ作成

買収・セカンダリー取引については、2020年上半期に9案件あった。その中には、18億ドルの大型買収となったピークの事例( 2020年6月4日付ビジネス短信参照)を含む。取引額は過去最高だ。エグジット案件の1つに、ペイグル(Payguru)の例がある。同社は6月に、中東・アフリカ地域でビジネス展開するアラブ首長国連邦(UAE)のティーペイ・モバイル(TPAY Mobile)に買収された。フィンテック分野はトルコのスタートアップで成長分野の1つだ。2019年にもフォリバ(Foriba)、パラシュート(Parasüt)、イイジコ(iyzico)などの成功事例が見られた(図2、表2、表3参照)。

図2:買収・セカンダリー取引件数・金額
投資額は2010年は100万ドル、2011年は3億7,900万ドル、2012年は6,600万ドル、2013年は9,700万ドル、2014年は2億2,800万ドル、2015年は6億9,200万ドル、2016年は2億2,900万ドル、2017年は4,500万ドル、2018年は11億6,200万ドル、2019年は2億8,300万ドル、2020年1~2Qは18億9,500万ドル。 投資件数は2010年は2件、2011年は13件、2012年は8件、2013年は28件、2014年は29件、2015年は17件、2016年は17件、2017年は15件、2018年は31件、2019年は19件、2020年1~2Qは9件。

出所:スタートアップスウォッチ

表2:2020年4-7月の主な買収・セカンダリー取引案件
企業名 概要 買収額 投資家
Peak モバイルゲーム開発 18億ドル Zynga (米国)
Payguru モバイル決済プラットフォーム 非公表 TPAY Mobile (UAE)
Natro クラウド・ホスティングソリューション 非公表 team.blue (ベルギー)
Peoplise B2Bクラウド人材採用プラットフォーム 165万ドル Logo (トルコ)
CepteTamir オンデマンド携帯電話修理サービス 非公表 Servvis (トルコ)

注:トルコでの創業後、欧州に拠点を移転しているケースが含まれており、情報によっては欧州企業として記載されている可能性あり。
出所:スタートアップウォッチ、各種報道、ウェブサイトからジェトロ作成

表3 :直近のフィンテック投資案件
企業名 概要 時期 買収額 投資家
Parasüt 中小企業向け財務マネジメントソフトウエア 2019年 非公表 Mikro, Zirve(トルコ)
Foriba 電子請求書や税務報告に関する会計ソリューション 2019年 非公表 Sovos(米国)
iyzico オンライン決済サービス 2019年 1億6,500万ドル PayU(オランダ)

注:トルコでの創業後、欧州に拠点を移転しているケースが含まれており、報道などによっては欧州企業として記載されている可能性あり。
出所:スタートアップウォッチ、各種報道、ウェブサイトからジェトロ作成

大企業もイノベーション創出を目指す

トルコを代表する大企業も、イノベーション創出に向けた取り組みを強化している。ターキッシュ エアラインズ(Turkish Airlines)は7月、スタートアップ支援プログラムの「 ターミナル外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」プロジェクトを開始。マッチングやメンタリングといったスタートアップ支援、機内での投資家向け情報発信、特別サイトでのAPI提供などのプログラムを進めている。トルコの大手家電メーカーであるアーチェリック(Arçelik)も、ハッカソン・イベント「ハック・ザ・ノーマル」を5月にオンラインで開催した。ポスト・コロナ時代の新しい生活様式に向けたソリューションを生み出すのがその狙いだ。このイベントには5カ国34都市から1,000人以上の参加があった。トルコで開催されたハッカソン・イベントとして、過去最大だったとも言われる。

このような直近の動向を踏まえ、トルコのVC・212のシニア・アソシエイトであるバシャル・イェニドゥンヤ(Başar Yenidünya)氏は、7月7日に開催されたスタートアップスウォッチ社主催のオンラインセミナーで、「新型コロナウイルスの流行にもかかわらず、2020年のスタートアップ投資は過去最大になるだろう」と予想した。VC・500イスタンブールの創業パートナーのエニス・フルリ(Enis Hulli)氏も「ドゥンヤ」紙のオンラインインタビュー(6月26日)で、「今年からは年に1社ずつ、ユニコーン企業が誕生するだろう」とトルコの成長に自信をにじませる。

エコシステム成長を支えた「先輩」起業家とのつながり

コロナ禍でも活発に動くエコシステム、その基礎を形成する上で重要な役割を果たしてきたのが起業家同志の信頼だと言われる。エンデバー・インサイト(Endeavor Insight)、エンデバー・ターキー(Endeavor Turkey)、トルコ産業科学省、イスタンブール開発機関が2019年10月に発表した「マッピング・ジ・イスタンブール・テック・エコシステムPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(17.25MB)」は、起業家同志のつながりに注目している。この調査によると、800社以上あると言われるイスタンブールのテック企業のうち3分の1以上が、何らかのかたちでイスタンブールの初期の代表的なテック系企業4社(注2)につながっている。つながりの形態としては、投資やメンターシップ、勤務経験、シリアルアントレプレナーシップなどが挙げられる。「先輩」起業家が成功したことで得た資金と経験、人材、ネットワークをトルコの若いスタートアップ企業に還元してきた結果として、エコシステムが成長。起業家同志の強いつながりや信頼感が生まれたというわけだ。調査を実施したエンデバー・ターキーのエムレ・クルツテペリ(Emre Kurttepeli)氏は、ウェブラジ主催のオンラインセミナー(6月26日)で、「他の都市でも、同様の調査を実施している。しかし、他国と比べ、トルコのエコシステムは起業家同志が信頼し合っており、協業・協力がうまくいく傾向にある」とコメントした。

日用品配送プラットフォーム・ゲティル(getir)(注3)の創設者ナズム・サルール(Nazım Salur)氏も、「先輩」起業家から支援を得た1人だ。サルール氏は2015年の創業時、最大手ECサイトの1つギッティ・ギディヨル(GittiGidiyor)の創業者に直接プレゼンテーションを行い、支援を勝ち取った。創業後、順調にビジネスを拡大しながら資金調達を重ねてきた。2020年1月にもシリコンバレーの投資家らから38万ドルの投資を受けている。短時間で日用品を届けるゲティルのビジネスモデルは、コロナ禍の人々の生活を支えた。5月時点で利用者は200万人を超え、若者から高齢者までが利用するサービスに成長したのだ。自身の経験を振り返り、サルール氏はビル・ノクタ・ビルによるオンラインインタビュー(7月15日)で、「新規参入者を『先輩』起業家がサポートしていくことが、時には、政府の支援以上に重要になる」とコメントした。

もちろん、体制整備も大切な課題だ。トルコのエコシステム成長の背景には、政府の各種助成制度やVC・コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)、各種アクセラレータープログラムの整備が進んだことも挙げられる。その上で、「起業家同志のつながりや信頼」がトルコのスタートアップ・シーンを読み解く上での1つのキーワードと言えるだろう(図3参照)。(注4)

図3:スタートアップ企業がつながるトルコ・エコシステム
設立年別に企業を円状に配置し、シリアルアントレプレナーシップ、勤務経験、メンターシップ、エンジェル投資等の面から各企業がどのようにつながっているか矢印で表現。またつながりの多い企業は大きさく表示。エコシステムの中で、最も大きなつながりを持つ企業はイェメキペティ、マイネット、マルカフォニ、ポジトロンの4社。

出所:マッピング・ジ・イスタンブール・テック・エコシステム


ゲティルの配送車(ジェトロ撮影)

国内で長期的かつ大型の投資を得られる環境が必要

一方で、資金調達が今後の課題と言えるだろう。VC・500 イスタンブールのフルリ氏も、前述のインタビューでこの課題に触れた。例えば、トルコではヘルスケア分野への投資件数が限られている点に言及。「商業化に6~7年かかる上、一定の資金力も必要だ。トルコのような新興エコシステムでは、VCはこのような長期投資よりも、1~2年で商業化できるプロジェクトを求めがちだ」と指摘した。また、ディープテック分野についても、「トルコにも、起業家の卵となり得る人物はいる。しかし、適切な資金調達の仕組みがなければ、リスクを取ることもできない。さらなる成長には、政府によるディープテック・ファンドの設立が必要だ」とコメントしている。エンデバー・ターキーのクルツテペリ氏も同様に、オンラインセミナーで「トルコのスタートアップにとって、国内でシリーズA以降の資金調達を行うのは容易ではない。結果的に海外の投資家に頼らざるを得ない」と発言。あわせて、エコシステムの強化のため、政府によるスタートアップ・ファンドの設立を提案した。確かに、トルコ政府によるアーリーステージの支援策はある。また、国内にエンジェル投資家もいる。しかし、長期的な投資や大型投資には、海外投資家に頼らざるを得ないのが現状のようだ。

加えて、不安定な地域情勢や通貨の下落が、投資家にとってネガティブな要素となっている。成功事例が出てきている一方で、投資件数は減少傾向と指摘する声もある。

新興エコシステムの1つとして着目を

さらなる飛躍のためには課題が残る。新型コロナウイルス感染症拡大に伴う問題を含めてだ。しかし、昨今の活発な動きからすると、現時点ではトルコのスタートアップ・エコシステムに対するコロナ禍の影響は限定的にみえる。コロナ禍で面談したモノのインターネット(IoT)やヘルステックのスタートアップは、国内外の投資家と活発に交渉を進めていた。また、実際に新たなプロジェクトが動き始めている。

一方で、日本企業との関係を見ると、投資・協業・提携などの事例がほとんどない。トルコは資金・人材の面で欧米とつながりが強く、起業家の目も欧米に向きがちだ。加えて、日本側から見ても、具体的にトルコのスタートアップのイメージがわかないことも、その理由の1つだろう。

トルコの企業情報は、確かに得にくい。また、トルコ人同士のつながりが強いコミュニティーだけに、参入の糸口が見いだしにくいかもしれない。しかし、EC、マーケティング・テック、フィンテックなどを中心に、確かな技術力とアイデアを武器に国内外で評価を得ているスタートアップが出てきていることも事実だ。

コロナ禍でも勢いを維持する新興エコシステムとして、トルコにも目を向けてみてはどうだろうか。


注1:
スタートアップスウォッチが発表するレポート。スタートアップスウォッチスは、トルコの投資家向けスタートアップ調査会社だ。
注2:
マイネット(Mynet)、イェメッキセペティ(Yemeksepeti)、マルカフォニ(Markafoni)、ポジトロン(Pozitron)の4社。
注3:
国内6都市で1,500品目以上の日用品を配送するモバイルアプリ。自社で地域ごとに倉庫を持ち、バイクなどを活用して配送する。24時間いつでも、平均10分程度で必要な日用品を届けるプラットフォームを誇る。
注4:
トルコ政府による支援策。各プレーヤーの動向などはジェトロ「 中東地域におけるスタートアップ動向調査」(2019年3月)を参照。
執筆者紹介
ジェトロ・イスタンブール事務所
エミネ・ギョンジュ
テキスタイル会社勤務、日本の大学院留学、日本の通信社記者を経て、2013年からジェトロ・イスタンブール事務所に勤務。
執筆者紹介
ジェトロ・イスタンブール事務所
中村 誠(なかむら まこと)
2008年、ジェトロ入構。対日投資部、海外市場開拓部、生活文化産業部、ジェトロ北海道を経て、2015年12月から現職。