ASEANのコロナ禍への対応、浮き彫りになる米中との関係
2020年7月3日
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、ASEAN各国は程度の差はあれ、経済的な影響を受けている。ASEANは、積極的なサミットや大臣会合などを開催することで「ASEAN中心性」(アジアの地域協力でASEANが中心的な役割を果たし、推進力となること)を維持しつつ、関係諸国とも協力しながら、この苦境を打破しようとしている。一方、コロナ禍において、中国と米国がASEANに対する協力姿勢を強めており、改めてASEANと両国との関係が注目されている。本レポートでは、コロナ禍に対するASEANとしての対応や、米中とASEANとの関係について報告したい。
コロナ禍におけるASEANの対応
タイで2020年1月13日にASEAN初の新型コロナウイルス感染者が確認されて以降、ASEANはコロナ禍において「ASEAN中心性」を体現すべく、積極的に首脳・大臣級会合を開催、対策協議などを実施してきた。各会合では、治療法やベストプラクティスに関する情報共有、経済・社会的影響の削減に向けたコミットメント、世界保健機関(WHO)・世界貿易機関(WTO)のルールに基づく多国間主義の順守などで合意することにより、ASEANとして明確なメッセージを出している点は評価できる。また、4月9日に開催されたASEAN外相会合では、「ASEAN新型コロナウイルス対策基金」設立で合意した(2020年4月16日付ビジネス短信参照)。また、4月14日のASEAN首脳会合では、ASEAN防災人道支援調整センター (AHAセンター)が管理する倉庫など既存施設の活用を推進し、緊急のニーズに迅速に対応できるよう、医療機器などの備蓄を行うことを検討するとしている(表1参照)。
項目 | 会合 |
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首脳級 |
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経済大臣 |
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外務大臣 |
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出所:ASEAN事務局ウェブサイトよりジェトロ作成
積極的な各種会合開催や新規・既存枠組みの活用などの動きを評価する動きがある一方、首脳会合がWHOのパンデミック宣言(3月11日)から1カ月以上遅れて開催されたことや、各種会合の具体的成果が見えないという批判もある。インドネシア現地紙の「ジャカルタ・ポスト」は6月6日、AHAセンターは災害対策の上で重要な機関だが、2018年9月のインドネシア・スラウェシ地震では、75軒の住宅を再建するのに2年近い時間を要するなど即応性に欠けており、今回の危機に対して迅速な対応ができるのか、枠組みの実効性に対して疑問を呈している。
こうした中、ASEANは域内だけでなく、域外のパートナー国との連携による事態改善を図る姿勢を示しており、特に米国と中国の存在が際立つ。両国は経済関係の観点からASEANにとって重要なパートナーとなっている。2019年のASEANからの輸出総額は約1兆4,136億ドルで、輸出先の内訳ではASEAN域内向けが3,314億ドル(全体比23%)と最も多いものの、続いて中国が2,018億ドル(14%)、米国が1,806億米ドル(13%)とASEAN域内貿易を除けば、米国と中国が主要輸出相手国となっている(ASEANstats )。コロナ禍における、両国のASEANに対する支援内容を確認する。
中国は積極的なマスク外交、米国も医療機器寄贈などを約束
今回のコロナ情勢下において、いち早く経済活動を再開させた中国は、表2のとおりASEAN諸国にいわゆる「マスク外交」を積極的に行い、影響力拡大を図っている。
項目 | 支援内容 |
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ASEAN事務局 | マスク(7万5千枚)、消毒液(300本)、体温計(35個)を寄贈(4月21日) |
シンガポール | 中国政府および赤十字社がマスク(62万枚)を寄贈(5月5日) |
インドネシア |
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タイ |
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フィリピン |
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ラオス | 医療チームを派遣、コロナ対策方法などのノウハウを伝達および医療機器寄贈(4月10-11日) |
カンボジア |
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ミャンマー |
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ブルネイ |
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マレーシア | 医療機器寄贈(3月19日、28日) |
出所:CSISウェブサイトよりジェトロ作成
こうした中国からの支援を、ASEANは基本的に歓迎するも、一部の加盟国からは警戒する声も聞かれる。
国名 | 支援内容 |
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インドネシア |
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タイ | 医療機器(270万ドル相当)寄贈を約束 |
フィリピン |
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ラオス | 医療機器など(350万ドル相当)寄贈を約束、既にマスクなどを寄贈済 |
カンボジア | 医療機器など(400万ドル相当)寄贈を約束 |
ミャンマー | 医療機器など(950万ドル相当)寄贈を約束 |
ベトナム | 医療機器など(950万ドル相当)寄贈を約束 |
マレーシア | 医療機器など(20万ドル相当)寄贈を約束 |
出所:CSISウェブサイトよりジェトロ作成
米国のポンペオ国務長官は4月22日、「米ASEAN健康な未来(the U.S.-ASEAN Health Futures)」イニシアティブを発表し、これまで過去20年間でASEAN諸国に供与した35億ドルの公衆衛生支援に加え、米国は新型コロナウイルス対応支援のため、3,530万ドルの緊急保健資金を供与する。
ASEAN中心性の維持
米国と中国は、ASEANでの影響力を維持するため、コロナ禍においてASEANへの「支援競争」でしのぎを削るが、ASEANは、米中のどちら側につくかという「踏み絵」を試されることを望んではいない。シンガポールのリー・シェンロン首相は6月4日、「フォーリン アフェアーズ 」に「絶滅寸前のアジアの世紀」というタイトルで寄稿し、「新型コロナウイルスに代表される感染症に国境は関係なく、国を超えた協力が試されることになる。しかし、残念なことに米国と中国は、互いを責め合い、関係を悪化させてしまった」と述べている。さらに、「ASEANにとって中国と米国が果たす役割は異なっており、どちらかを選ぶということはできない」と、是々非々での協力関係構築をする姿勢を表明している。インドネシアのレトノ外相は「両国の地政学的対立は、イデオロギーや貿易での対立を超え、WHOを政治問題として扱うなど、多国間での協調体制を弱めてしまっている」と述べた上で、さらに「今こそ、ASEANが地域の安定化に重要な役割を果たすことができる」と発言している(6月17日付「ジャカルタ・ポスト」)。
ASEANは、コロナ禍において多国間主義を守っていくというメッセージを発している。新型コロナウイルス対策を進めながら、世界で保護主義的な動きが見られる中でASEANが多国間協力枠組みとして「ASEAN中心性」を維持できるか、ASEANの真価が問われている。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ジャカルタ事務所
上野 渉(うえの わたる) - 2012年、ジェトロ入構。総務課(2012年~2014年)、ジェトロ・ムンバイ事務所(2014年~2015年)、企画部企画課海外地域戦略班(ASEAN)(2015年~2019年)を経て現職。ASEANへの各種政策提言活動、インドネシアにおける日系中小企業支援を行う。