東南アジアとアフリカのフィンテック連携、テック活用で金融の恩恵を(シンガポール、ケニア)

2019年8月30日

ケニア中央銀行(CBK)とシンガポール通貨金融庁(MAS、中央銀行に相当)は7月15、16日の2日間にわたって共同で、ケニアの首都ナイロビでアフリカと東南アジアのフィンテック関係者を集め、初の「アフロ・アジア・フィンテック・フェスティバル」を開催した。同イベントの開催を機に、テクノロジーを活用して幅広く人々に融資や送金などのサービスを受けられるようになる「ファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂)」の分野を中心に、東南アジアとアフリカとの間での連携や相互進出が加速すると期待されている。

アフリカとシンガポールの連携で低中所得者向け金融サービスを開発

CBKとMASが共同開催したアフロ・アジア・フィンテック・フェスティバルは、東南アジアとアフリカがフィンテック分野で連携する初めてのイベントだ。イベントには、ケニアをはじめアフリカおよびシンガポールの政府や中央銀行、金融、フィンテック分野のスタートアップ関係者ら43カ国から約2,000人が参加。さらに、ケニア最大の通信会社サファリコムをはじめ、シンガポールのフィンテック企業など約100社が出展し、政府、金融関係者100人以上が登壇するなど、ケニアでは最大規模のフィンテックのイベントとなった。


ナイロビ郊外で開催された「アフロ・アジア・フィンテック・
フェスティバル」の会場の様子(ジェトロ撮影)

同フェスティバルで焦点となったのは、シンガポールとアフリカの金融機関が連携して開発した低中所得者向けの新たな金融サービスである。フェスティバルに出展したシンガポールを本社とするフィンテック分野のスタートアップ、ピンボックス・ソリューションズ(pinBox Solutions)は7月16日、ケニアの大手保険会社や銀行などからなる企業団と共同で、低所得者向けの少額の年金スキームの開始を発表した。ピンボックスは、これまで年金サービスの恩恵を得られていない1,500万人もの労働者を対象に、国家身分証明システムに連動した、民間主導の少額のスキームを提供する予定だ。同社は2018年12月14日から、ルワンダで始まった月当たり10米ドルずつ積み立てる、一般大衆向けのデジタル少額年金スキーム「エジョ・ヘザ・スキーム」の開発に当たっている。

また、シンガポール本社のインフォコープ(Infocorp)は同日、同社のブロックチェーンのプラットフォームを活用して、ルワンダの小規模な酪農家が自分の牛を担保に融資が受けられるスキームの実証実験の開始を発表した。このほか、同じくシンガポールを本社とするクレドラブ(CredoLab)も同フェスティバルで、サハラ以南のサブサハラ地域で金融サービスの恩恵を得られていない人々に、携帯電話の利用データなど既存の信用情報とは異なるデータを通じて信用スコアを提供する計画を発表した。同社は既に、南アフリカ共和国に進出しており、近くガーナに進出し、2020年までにケニアとナイジェリアにも進出する予定だ。

盛り上がるケニア、そして東南アジアのフィンテック投資

今回、フェスティバルが開催されたケニアはアフリカの中でも、中低所得者向けのモバイル金融サービスを中心に、フィンテック分野で最も先端的な取り組みが行われている。シンガポールのターマン・シャンムガラトナム上級相は7月15日、同フェスティバルでのパネル会議で、「製造業ではアジアはアフリカよりも先行している。しかし、フィンテックにおいては、エムペサ(M-Pesa)に代表されるように、多くの金融分野において、アフリカは先端的な取り組みがアジアよりも進んでいる」と指摘した。ケニアの最大手通信会社サファリコムは2007年、世界に先駆けて携帯電話を通じた送金サービスを開始した。同社によると、2017年時点で、エムペサの携帯銀行口座の利用者は約2,000万人に上り、ケニア国内の銀行口座の約半数に達する。世界銀行の2017年グローバル・フィンデックス・データベース(2018年4月発表)によると、ケニアの15歳以上の成人で金融機関に口座を持つ割合は2017年時点で27%にとどまるが、モバイルマネーの口座保有率は73%に上る(図1参照)。

図1:東アフリカ主要国の金融機関の口座とモバイルマネー口座の保有率(単位:%)
ケニアの15歳以上の成人で金融機関に口座を持つ割合は2017年時点で27%に留まるが、モバイルマネーの口座保有率は73%に上る。

注:15歳以上の成人の口座保有率。
出所:世界銀行「2017年グローバル・フィンデックス・データベース」から作成

ケニアを拠点とするフィンテックへの投資は近年、急拡大している。携帯電話の業界団体、GSM協会(本部:英国)のレポート(2019年7月16日発表、注)によると、サブサハラ地域のフィンテック分野のスタートアップ投資は2018年に総額3億5,700万米ドルと、前年の約4倍に拡大した。このうち、最大の割合を占めるのがケニア、ナイジェリア、南アのフィンテックへの投資だ。ケニアでのフィンテックの普及を支えるのが、携帯電話の急速の普及だ。ケニア通信局によれば、2009年3月に1,709万人だった同国の携帯電話利用者は10年間で約3倍の5,103万人(普及率106.8%、2019年3月)に増加した。2007年にサファリコムが導入したモバイルマネーサービスの利用者は、開始から12年間で3,206万人に拡大している。この間、ケニア国民の正規金融サービスへのアクセスは26.7%(2006年)から82.9%(2019年)と大幅に改善した(ケニア統計局、2019年)。

一方、東南アジアのフィンテック投資も近年、活発だ。米国テック調査会社CBインサイツによると、東南アジアのフィンテックへの投資も2018年、過去最高の4億8,471万米ドルと、前年比143%増加した。東南アジアの中でも、シンガポールにはフィンテック分野のスタートアップが、域内でも最多の約480社(2017年11月時点、Tracxn 社集計)あり、東南アジアでは最大のフィンテック拠点だ。先進国のシンガポールでは15歳以上の成人の金融機関での口座保有率は約7割だが、その周辺の国々では依然、口座の保有率が低い(図2参照)。これら国々では近年、スマートフォンの普及が急拡大しており、今後はケニアで普及したようなモバイルマネーが、広く普及していく余地がある。

図2:東南アジア主要国の金融機関、モバイルマネーの口座保有率(単位:%)
先進国のシンガポールでは15歳以上の成人の金融機関での口座保有率は約7割だが、その周辺の国々では依然、口座の保有率が低い。

注:15歳以上の成人の口座保有率。
出所:世界銀行「2017年グローバル・フィンデックス・データベース」から作成

アフリカ進出に動き出す、シンガポールのフィンテック

ケニアとシンガポールの両国政府は、アフリカと東南アジアの今後のフィンテック分野の成長を支えるための基盤となるインフラの構築で協力していく方針だ。CBKのパトリック・ンジョロゲ総裁とMASのラビ・メノン長官はフェスティバルの初日の7月15日、フィンテック分野での相互協力で覚書(MOU)に署名した。共同発表によると、両中央銀行は、ケニアで共通の基準に基づく身分証明、本人確認(KYC)、データを含むデジタル・インフラの構築で協力することが盛り込まれた。調印式に立ち会ったケニアのウフル・ケニヤッタ大統領は基調演説で、「デジタル・インフラの強化により、アフリカとアジアの間で、投資や貿易を促進できる」と期待を示した。

前述のピンボックス・ソリューションズ、インフォコープ、クレドラブなど、今回のフェスティバルにはアフリカでのビジネス展開を始めているシンガポールのフィンテックやテック系企業が19社、出展した。フィンテック企業だけでなく、シンガポール本社のベンチャーキャピタル(VC)、アントラー(Antler)がナイロビで2019年8月から、アクセラレーター・プラグラムを開始している。一方、南アのメディア会社ネスパーズ傘下のペイユー(PayU)は7月5日、シンガポール本社のフィンテック分野のスタートアップ、レッド・ドット・ペイメントの過半数の株式取得を発表した。同社はレッド・ドットへの投資を皮切りに、東南アジア市場への進出を本格化する方針だ。こうしたアフリカと東南アジアのフィンテック分野のスタートアップの相互進出により、両地域が抱える金融の課題の解決が期待されている。


注:
GSM協会が2019年7月16日に発表した「2019年サブサハラ・アフリカ、モバイル・エコノミー(The Mobile Economy Sub-Saharan Africa 2019)」は同協会のウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます からダウンロードできる。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。
執筆者紹介
ジェトロ・ナイロビ事務所 調査・事業担当ディレクター
久保 唯香(くぼ ゆいか)
2014年4月、ジェトロ入構。進出企業支援課、ビジネス展開支援課、ジェトロ福井を経て現職。2017年通関士資格取得。