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アジア太平洋の経済統合で米国の役割を再確認する一方、保護主義の台頭を懸念
ジェトロがCSISとセミナーを開催

2019年7月25日

ジェトロは6⽉19日、ワシントンで「米国はアジア経済の枠組みから切り離されようとしているか(Is the United States Decoupling from Asia’s Economic Architecture?)」と題したセミナーを、戦略国際問題研究所(CSIS)と共催した。ジェトロの佐々木伸彦理事長の基調講演のほか、連邦議員や米政府高官が講演した。引き続いて2つのパネルディスカッションが行われ、日本、中国、シンガポール、米国の有識者が、アジア太平洋地域の経済統合の動きと絡めて、米中貿易摩擦や保護主義的措置、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、いわゆるTPP11)や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の展望、デジタル貿易を巡るルール形成の必要性、日米に期待する役割などについて議論を交わした。

米国のTPP離脱は深刻な戦略上の誤り

セミナーではまず、ステファニー・マーフィー下院議員(民主党・フロリダ)が来賓あいさつを行い、自由貿易を推進する立場を表明し、米国の環太平洋パートナーシップ(TPP)協定からの離脱については「深刻な戦略上の誤り」との考えを示した。米国が離脱してから発効したCPTTPについては、妥結に向けリーダーシップを発揮した日本を評価する一方で、米国の企業や農家は相対的に競争上、不利な立場に置かれるとの懸念を表明した。


ステファニー・マーフィー下院議員による
来賓あいさつ(ジェトロ撮影)

米中関係については、対立と競争の時代に突入したとの共通認識が米国で形成されつつある、との考えを示した。中国に対抗するためには、「中国の不公正な貿易慣行による懸念を米国の同盟国と共有し、解決に向け共に取り組むことが重要」との認識を示した。

「自由で開かれたインド太平洋構想」を通じ、米国はアジア地域への関与を強化

続いて、マーク・ナッパー国務副次官補(日韓担当)が来賓あいさつを行い、米国はアジアの経済構造から切り離されてはおらず、むしろ「自由で開かれたインド太平洋構想」を通じて、同地域への関与を強めていると訴えた。また、同盟国およびパートナーと協議し、デジタル経済、インフラ、エネルギーなどの分野を経済開発のターゲットとしていると述べ、協力事例を紹介し、アジア太平洋地域における米国の関与を強調した。


マーク・ナッパー国務副次官補(日韓担当)による
来賓あいさつ(ジェトロ撮影)

また米国は、ASEANへの支援を構想の中核に据えるほか、APECを通して(1)透明かつ効率的な越境貿易の促進、(2)ビジネス環境の改善、(3)経済的機会創出のための政策の強化、(4)自由で公正な貿易・投資慣行の推進を実現することで、米国企業のための環境整備を図ると述べた。

日米両国によるデジタル貿易の枠組みづくりが肝要

ジェトロの佐々木理事長は基調講演で、アジア太平洋地域におけるイノベーションの動きや通商環境の変化を取り上げ、地域の経済発展に向けて、イノベーションやデジタル貿易などが拡大しやすい環境づくりの重要性と、その実現に向けて日米両国が協力することへの期待を示した。また、G20デジタル閣僚会合で、安倍晋三首相が提唱する「データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト(信頼性のある自由なデータ流通)構想(DFFT)」が合意された点を紹介し、日本がその動きを主導していることを強調した。


佐々木ジェトロ理事長による基調講演
(ジェトロ撮影)

他方で、米国と中国による新たな追加関税の賦課によって、アジア太平洋地域で事業展開する企業は、より困難な状況下に置かれていると述べた。また、関税を2国間交渉における「ツール」として使うことは米国自身のためにもならず、技術開発や地域のイノベーションへも影響しかねないと懸念を示した。

ASEANへの米中貿易摩擦の影響はまだ限定的、長期化すればサプライチェーン移転の動きが強まる

最初のパネルディスカッション「インド太平洋の地域経済統合に関する見方」では、日本、中国、シンガポールの有識者が、アジア地域の経済統合の動きと絡めて、CPTPPやRCEPの展望、米中貿易摩擦などについて議論を交わした。

中国の対外経済貿易大学の屠新泉教授は、米中貿易摩擦は双方の国内経済を傷付けるのみならず、世界経済を危うくすると述べ、米国の対中追加関税はWTOルールを侵害するものだとして批判した。また、中国国内では「自国の利益を守るために、米国の圧力には決して屈しないというコンセンサスが取られている」と強調し、米中通商交渉の妥結は米国がどこまで中国に譲歩できるかにかかっているとの認識を示した。カギとなるのは、(1)全ての対中追加関税の撤廃、(2)合意内容が合理的な内容であること、(3)合意内容が公平かつ平等であることの3点だと主張した。

シンガポールのシンクタンク、アジア貿易センターのバイスプレジデントであるデボラ・エルムズ氏は、ASEANにおける米中貿易摩擦の影響について、ASEANは多様な国で構成されているため一概に論じるのは難しいとしつつも、現時点での影響は限定的との見方を示した。理由の1つとして、中国から他国へサプライチェーンを移転する動きは懸念されているよりも鈍いと述べ、「移転によるコストが膨大かつ、中国と同規模の生産性を備えた施設をASEANで整えるのが容易ではないため」と分析した。他方で「米中貿易摩擦が長期化すれば、サプライチェーンを移転する動きは強まるだろう」との見方を示した。

早稲田大学政治経済学術院の戸堂康之教授は、アジア太平洋地域は多くの特許を生み出しているが、知識生産の共有体制が脆弱(ぜいじゃく)であると指摘し、「国際的な研究協力体制をつくることが、同地域のイノベーションと経済成長を促す上で効果的」と述べた。


パネルディスカッション
「インド太平洋の地域経済統合に関する見方」の様子(ジェトロ撮影)

将来的な中国のCPTPP加盟の可能性を示唆をする発言

このパネルディスカッションの後半では、来場者にその場でアンケートを取りながら議論が進行した。アジア太平洋地域で最も影響力のある経済連携イニシアチブとして聴衆から選ばれたのは「CPTPP」(60%)で、「一帯一路」(30%)、「RCEP」(5%)と続いた。また、今後10年間のアジアの経済統合を定義づける経済連携イニシアチブとしては、「CPTPP」(58%)、「一帯一路」(27%)、「RCEP」(12%)と続き、CPTPPの存在感が大きいとみる参加者の意見が目立った。

これを受け、屠新泉教授は「中国は実利主義的で、適応力が高い。中国にとって利益となることであれば、柔軟に体制を変化させて、CPTPPのルールを受け入れることができるだろう」と述べ、将来的に中国がCPTPPに加盟する可能性もあるとの認識を示した。

エルムズ氏は、既にCPTPPの恩恵を得ている一例として、ベトナムを挙げた。これまでベトナムとカナダは貿易協定を結んでいなかったが、CPTPP締結後、両国の輸出入の増加が顕著であると指摘した。

トランプ政権の通商政策がアジアに与える最も大きな影響として、聴衆から選ばれたのは「米国抜きで進むアジアの経済統合」(81%)で、続く「アジア地域における保護主義の増加」(9%)を大きく引き離した。これに対して、エルムズ氏は「米国の保護主義的な政策は他国にも伝播(でんぱ)し、他国が保護主義に傾く口実を与えることになる」と指摘し、特にアジアでみられるデータローカライゼーションの強制や、自由なデータ移動の妨げなど、デジタル貿易における保護主義の動きに対する懸念を表明した。一例として、インドネシアがWTO規則にのっとらないデジタル製品に対する関税の導入を検討している事例を挙げ、今後の動きを注視する必要があると述べた。

米国政府の対中強硬姿勢は支持するも、関税を用いる手法は問題視

2つ目のパネルセッション「米国の通商政策の現状と影響」では、米中貿易摩擦やデジタル貿易に関する課題などが、民間セクターにどのような影響を与えるかについて、米国の有識者、ビジネス関係者が議論を行った。

米国商工会議所のチャールズ・フリーマン副会頭は、中国の不公正な貿易慣行を問題視し、是正を求める米国政府の方針を支持してはいるが、関税を用いる手法に問題があるとの考えを示した。また、経済安全保障が国家安全保障の中心となっているとし、特に5G(第5世代移動通信システム)問題でみられるように、外国企業が経済全体に及ぼす影響力が大きいとの懸念を示した。さらに、「民間セクターは同盟国、競合相手国との取引関係において、リスクを可能な限り排除し、センシティブな先端技術などを慎重に管理しなければならない」と述べ、米国が保有する知的財産や技術の意図しない流出を防ぐことが重要との認識を示した。

米国の大手穀物メジャーである、アーチャー・ダニエルズ・ミッドランドのシニアディレクターであるロレイン・ホーリー氏は、農業は政治的影響力があることから、常に報復関税の的となっており、中国による報復関税の影響は極めて大きいと述べる一方、米中両国が互いを必要としているため、今後の展開には楽観的との見方を示した。


パネルディスカッション
「米国の通商政策の現状と影響」の様子(ジェトロ撮影)

ソフトウエア産業の業界団体である、ソフトウエア・アライアンスのアーロン・クーパー副会長は、G20(2019年6月)でデジタル貿易に関する議論が取り上げられた点を評価し、デジタル貿易に関してまだ足並みのそろっていないG20参加国も、閣僚会議で一体となり、今後議論を深めるきっかけになるだろうと評した。また、安倍首相が示したDFFTのコンセプトが重要との認識を示した。さらに、G20だけでなく、法的強制力を持つ2国間および多国間貿易協定で議論が行われることも重要であると述べ、TPP、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に続き、日米の貿易協定でも取り上げられることに期待を示した。

また、全ての貿易協定における例外として、国家安全保障を根拠とする対応は合法的なツールだと述べる一方、ソフトウエアの観点でみると、大部分の技術や情報はオープンソースを活用して構築されているため、外国企業の影響を完全に切り離すことは現実的ではないとの見方を示した。


セミナー会場の様子(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所(戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員)
須貝 智也(すがい ともや)
2010年、ジェトロ入構。貿易投資相談センター(2010~2013年)、徳島事務所(2013~2016年)、地方創生推進課での勤務を経て、2017年10月から現職。米国連邦政府の政策に関する調査・情報収集を行っている。

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