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中国で社会的議論になった働き方「996」とは?

2019年7月22日

中国で社会的議論にまで発展した「996」と呼ばれる働き方。「午前9時から午後9時まで、週6日出勤」という勤務体制を意味する。2019年3月下旬、ソフトウエア開発プラットフォームのGitHubに「996.ICU」というプロジェクトが立ち上げられ、プログラマーを中心に過酷な労働環境の実態やそれを批判する投稿が多く寄せられたほか、過度な残業を強いる企業は「ブラック企業」として名を挙げられた。本稿は、中国の「996」を巡る論争を紹介する。

著名なIT企業も非難される

「996.ICU」というプロジェクト名は、「996」の過酷な労働環境の下で体調を崩した労働者が、ICU(集中治療室)に運ばれる様子をやゆしている。「ブラック企業」には、電子商取引(EC)大手のアリババ集団や京東(JD.com)、ドローン大手のDJIなど、中国の著名なIT企業が含まれた。 アリババは、時価総額4,000億ドル超の巨大企業に成長し、世界の時価総額ランキングで第7位まで上りつめた(2019年6月末時点)。創業者の馬雲(ジャック・マー)会長は世界の富豪ランキングで第22位となり、いまやアジアで最も稼ぐ人物だ(注1)。しかし、「996」を巡っては批判の対象となった。

馬雲会長は社内の会議で、「『996』で働けることは幸せなことだ。多くの企業や個人は、『996』で働く機会すらない。むしろ誇りに思うべきだ。若い時に『996』をしなければ、一体いつできるのか。他人を超える努力や時間を費やさなければ、自分が望む成功を手にできるだろうか」などと語り、「996」という長時間労働を容認する姿勢を示した。

また、京東の劉強東会長は、起業時の苦しさを振り返り、「『996』を強制するようなことはできないが、努力の精神も欠かせない」とSNSに投稿した。

これらの発言は大きな波紋を呼び、企業経営者として身勝手な考え方であるとの反論がネット上で多数寄せられた。現地報道も「『996』を擁護することは、企業経営者のおごりを反映しているばかりか、不当であると同時に非現実的である」と批判した(「人民日報」4月14日付)。

長時間労働が恒常化する中国の民間企業

なぜ今、中国で働き方が社会的議論になるのか。その背景には、中国の民間企業で長時間労働が当たり前になってきていることがある。

人材紹介サイト智聯招聘が、「996.ICU」を通じて集めたホワイトカラー1万1,024人の労働実態を調査した結果によると、調査対象の8割で残業が常態化している。うち、週3時間未満の残業が最も多かったものの、週20時間以上の残業が9.2%を占めた(図1参照)。「中国人は残業しない」という固定概念を持つ人がいたならば、それは遠い昔の話と言わざるを得ない。日本の厚生労働省は月80時間の残業を「過労死ライン」と定めているが、中国でもこの基準を超えるような働き方が増加しつつある。

図1:中国のホワイトカラーにおける1週間の残業平均時間
全く残業していないと回答した者は全体の18.1%を占め、3時間未満は26.4%、3時間以上5時間未満は16.1%、5時間以上10時間未満は18.2%、10時間以上20時間未満は12.1%、20時間以上は9.2%だった。

出所:智聯招聘「2019年ホワイトカラー996勤務体制に関するデータ」

週10時間以上残業するホワイトカラーについて詳しくみると、比率が最も多かったのは自動車製造業で29.7%だった(図2参照)。プログラマーが含まれるIT・通信・電子・インターネット産業は第5位にランクインした。

図2:週10時間以上残業するホワイトカラー比率上位5業種
1位は自動車製造業で29.7%、2位は不動産・建設業で28.1%、3位は交通・運輸・物流・倉庫業で23.6%、4位はエネルギー・鉱業・環境産業で22.5%、5位はIT・通信・電子・インターネット産業で19.4%だった。

出所:智聯招聘「2019年ホワイトカラー996勤務体制に関するデータ」

同調査で、「996」または「995」(午前9時から午後9時まで、週5日出勤)の勤務体制で就労しているホワイトカラーは、全体の17.2%を占めた。うち、不動産・建設業は20.7%、自動車製造業は19.9%、IT・通信・電子・インターネット産業は18.5%だった。

今般の「996」をはじめとする過酷な労働環境は、プログラマーが抗議の声を上げたことで明るみとなったが、中国の長時間労働はプログラマーのみならず、自動車製造業や不動産・建設業など幅広い業種でみられる。このような状況下で不満を抱く労働者を中心に、働き方が社会的議論にまで発展したとみられる。

高給であるとはいえ、労働法などに違反

しかし、アリババなど一部のIT企業は、基本給が高いことで有名だ。2018年の中国インターネット企業の平均給与ランキングで、アリババは平均月給3万2,570元(約52万1,120円、1元=約16円)で第1位であった(注2)。また中国では、裁量労働制をとる企業もある。このような企業に勤める労働者は、長時間労働の対価を得ているとの指摘もある。

とはいえ、「996」をはじめとする残業などは、労働法などに違反する。表のとおり、中国では原則として、毎日8時間・毎週40時間の標準労働時間制が適用されている。競天公誠律師事務所の苗暁艶弁護士によると、雇用主が労働行政部門に許認可を得ず、従業員との協議を経なければ、従業員に対し「996」勤務体制を実施することは、中国の法律や行政法規の労働時間制に関する規定へ違反となる。また、「996」勤務体制で従業員が毎日平均3時間残業する場合、毎週の残業時間は18時間、毎月の残業時間は72時間に達し、第41条の労働時間の延長についての規定にも違反となる。

表:中国の労働に関する主な法律や行政法規
法律名 条名 内容
労働法 第36条 国家は労働者の毎日の労働時間が8時間を超えず、毎週の平均労働時間が44時間を超えない労働時間制度を実行する。
第39条 企業は、生産の特徴により第36条および第38条の規定を施行することができない場合には、労働行政部門の認可を経て、その他の勤務時間および休憩時間の制度を施行することができる。
第41条 雇用主は生産経営上の必要により、労働組合および労働者との協議をした上で、労働時間を延長することができるが、原則として毎日1時間を超えてはならない。特殊な原因により労働時間の延長が必要な場合は、労働者の身体の健康を保障した上で、延長する労働時間は毎日3時間を超えてはならならず、毎月36時間を超えてはならない。
従業員勤務時間の規定 第3条 従業員は、毎日8時間勤務し、毎週40時間勤務する。

出所:中国労働法および従業員勤務時間の規定よりジェトロ作成

多様化する働き方への考え方

中国では毎日、平均1万6,500社の新しい企業が登記されている(注3)。アリババの馬雲会長は、「996」を巡る議論では世間から批判を浴びたものの、中国では今、彼に影響を受け、事業を立ち上げる起業家が続々と誕生している。中国政府も2015年6月に「大衆創業、万衆創新(大衆による起業、万人によるイノベーション)」政策を打ち出し、起業を後押ししている。

今後も起業が続く機運にある中国だが、起業家精神にあふれる起業家のたまごの中には、起業に向けた経験値や資金の貯蓄のため長時間労働をいとわない、むしろ、そのような勤務体制にある企業に希望して就労する者がいる、というのも今の中国の現実だ。一方で、「996」が社会的議論に発展するほど、長時間労働が問題視されているというのも実情である。先述した残業実態を把握する調査結果の中で、智聯招聘の郭盛CEO(最高経営責任者)は「求職者の意識や労働モデルは変わりつつある」と指摘しており、中国で今後、どのような議論がされていくのかが注目される。


注1:
胡潤研究院「2019年胡潤世界富豪ランキング」。
注2:
湖南優就業「2018年インターネット企業平均給与TOP10」。
注3:
「人民日報」2019年5月8日。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課
清水 絵里子(しみず えりこ)
2016年4月、ジェトロ入構。海外調査部海外調査計画課を経て、2017年6月より現職。 中国の経済概況や電子商取引(EC)、日系企業動向、消費動向などについて調査、講演、リポートの執筆に従事。

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