ノー・ディールの場合の日英ビジネス実務への影響
英国政府によるノー・ディールに備えた措置
2019年5月23日
英国のEU離脱(ブレグジット)は、最長で2019年10月31日まで延期された。英国が2018年11月にEUと合意した離脱協定案を批准した上で離脱するのか、批准できずにEUとの合意がないまま離脱日を迎えるのかを現時点で見通すことは難しい。英国は、離脱協定案の批准を目指しながらも、合意なき離脱(ノー・ディール)に備えて多くの対応策を発表している。日本と英国との2国間ビジネスの実務に与えうる影響について、日本政府側の発表も踏まえながら紹介する。
ブレグジットによりEU法の英国への適用が終了
英国政府は、欧州理事会(EU首脳会議)に対して離脱通知を行った2017年3月29日から2年後の2019年3月29日までに、EUと合意したEU離脱協定案の議会承認を得ることができなかった。EU基本条約第50条では、「EUからの離脱を通知したEU加盟国へのEU諸条約の適用は、欧州理事会が全会一致で合意しない限り、通知から2年で終了する」と規定されている。英国は、EUからの合意なき離脱を避けるため、EUに対して離脱延長を申請し、欧州理事会は4月10日に最長2019年10月31日までの延長に条件付きで合意した。EU基本条約にあるとおり、「ブレグジット」とはEU基本条約やEU法が英国に適用されなくなることであり、英国政府によると、英国内で適用されているEU規則〔例:EU一般データ保護規則(GDPR)〕の数は約1万1,000、加盟国における国内法化を経て適用されるEU指令(例:VAT指令)は約7,900に及ぶ。
英国政府は、EUとの合意に基づく離脱を目指す一方で、ノー・ディールにより膨大な数のEU法が英国に適用されなくなることによる、市民生活や企業活動の混乱の衝撃を緩和するため、ノー・ディールの場合に導入するさまざまな法制度を発表している。
ノー・ディール時に英国は一部品目を除いて関税撤廃
政府は、ノーディールの場合の輸入関税について、最大12カ月間の暫定措置として、英国の輸入の87%(金額ベース)に当たる品目を無関税とし、輸入の13%に相当する畜産品や完成車など一部品目のみに関税を課す「暫定的関税枠組み(Temporary rates of customs duty)」の導入を発表(*1)した(表1参照)。この枠組みの対象は、全世界からの輸入であるため、日本からの輸入にも適用されることになる。
12カ月の暫定措置の終了後は、英国は輸入に際して、WTOに申請中の英国独自の関税率を適用すると考えられる。EUは域外国に対して共通対外関税を適用しているため、EU加盟国は独自の関税率を持っていない。そのため、英国政府は2018年6月、英国がEUから合意に基づいて離脱することを想定し、英国独自の関税率をWTO事務局に提出した(*2)。この税率は、EUの共通対外関税と同じに設定してある。現時点で、WTO側は英国が提出した税率を承認していないが、暫定的関税枠組みの終了後は、英国の輸入関税率はEUが関税賦課を一時的に停止している一部の品目を除いて、EUと同様となる可能性が高い。
品目 | 暫定的関税枠組み | 英国WTO 税率 | 日EU・EPA |
---|---|---|---|
乗用車 | 10% | 10% | 8.80% |
二輪車(シリンダー容積250立方センチメートル以下) | 8% | 8% | 6.70% |
自動車用エアコン | 0% | 2.70% | 0% |
自動車用ワイパー | 0% | 2.70% | 0% |
乗用車用ゴム製空気タイヤ | 0% | 4.50% | 0% |
カラーテレビ | 0% | 14% | 11.70% |
リチウム電池 | 0% | 2.70% | 0% |
眼鏡用フレーム | 0% | 2.20% | 0% |
緑茶(発酵していない正味3kg以下の直接包装したもの) | 0% | 3.20% | 0% |
日本酒 | 0% | 1ℓ当たり0.77ユーロ | 0 |
醤油 | 0% | 7.70% | 0% |
牛肉(冷凍、枝肉及び半丸枝肉) | 6.8%+93.3ユーロ/100kg | 12.8%+176.8ユーロ/100kg | 0 |
注:日EU・EPAの税率は、2019年2月1日時点。
出所:英国政府、欧州委員会
また、英国政府は2019年2月、スイス、ノルウェー、イスラエルなど、EUが通商協定を締結している10カ国・地域との自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)の内容を、英国がノー・ディールの際に継承することで相手国・地域と合意・署名したと発表している(*3)(表2参照)。英国がEUにとどまる限り、英国は第三国と新たな通商協定について自由に交渉することはできないが、EUの既存の通商協定に限ってはノー・ディールの際にその継承を相手国・地域と交渉することは可能なようだ。英国政府(2019年2月時点)によると、日EU経済連携協定(EPA)の継承について日本と交渉しているものの、離脱日までの合意・署名はできないとしている。他方、日本の財務省関税局は3月22日、ノー・ディールによる離脱の場合は、英国に日EU・EPAは適用されなくなる旨を発表している。そのため、ノー・ディールの場合は、日本から英国への輸出に際しては暫定的関税枠組みによる関税率が適用されることになりそうだ。なお、日EU・EPAでは、特恵関税の恩恵を受けるためには英国での輸入通関時に原産地申告手続きが必要となるが、暫定的関税枠組みはその対象が全世界であることから、特別な手続きを行うことなく、日EU・EPAとほぼ変わらない水準の低い関税率が適用されることになると考えらえる。
国・地域 |
英国との貿易額 (2018年:輸出入) |
英国のEU域外貿易に おける割合 |
---|---|---|
交渉妥結・署名済み | 61,760 | 12.7 |
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28,906 | 5.9 |
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25,741 | 5.3 |
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2,445 | 0.5 |
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1,708 | 0.4 |
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1,082 | 0.2 |
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330 | 0.1 |
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254 | 0.1 |
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109 | 0.0 |
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102 | 0.0 |
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66 | 0.0 |
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64 | 0.0 |
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49 | 0.0 |
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28 | 0.0 |
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21 | 0.0 |
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12 | 0.0 |
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16 | 0.0 |
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16 | 0.0 |
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9 | 0.0 |
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7 | 0.0 |
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870 | 0.2 |
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596 | 0.1 |
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250 | 0.1 |
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146 | 0.0 |
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144 | 0.0 |
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56 | 0.0 |
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270 | 0.1 |
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130 | 0.0 |
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101 | 0.0 |
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29 | 0.0 |
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12 | 0.0 |
国名 |
英国との貿易額 (2018年:輸出入) |
英国のEU域外貿易に おける割合 |
---|---|---|
カナダ | 17,673 | 3.6 |
日本 | 17,548 | 3.6 |
韓国 | 11,098 | 2.3 |
メキシコ | 4,115 | 0.8 |
エジプト | 2,175 | 0.4 |
出所:英国政府、EU統計局
輸入手続きについて、英国内にはEU域外国からの輸入経験がなく通関手続きに慣れていない中小企業が多く、また税関での混乱を避けるため、EUからの輸入に際しては「移行簡易手続き(TSP:Transitional Simplified Procedures)」を導入する(*4)。これは、通関時に輸入申告フォームの提出を不要としたり、関税の支払いに時間的猶予を与えたりするもの。日本からの輸入に際しては、TSPは適用されないので、日本から英国に直接輸出する場合の英国側での通関手続きは、現状と大きく変わることがないと想定される。
また、日本とEUは2010年に認定事業者(AEO)制度の相互承認に合意している。AEO制度は、セキュリティー管理と法令順守の体制が整備された事業者に対して、通関手続きを緩和、簡素化するもの。日本の税関によると、ノー・ディールの場合に日英間でこれを継続できるよう英国政府との間で準備を行っているので、日英間でのAEOの相互認証は現状と変わらない見通しである。
なお、EU側はノー・ディールの場合、英国との貿易において関税や通関手続きに関する特別措置の導入を発表していない。
ブレグジット後も日英間の個人データの自由移転が可能
EU市場で販売する際、特定の製品はCEマークを貼付し、「医療機器指令」「機械指令」「玩具安全指令」など25のEU指令・規則に定められる安全性などに関する必須要求事項に適合していることを示す必要がある。英国政府は2月2日、ノー・ディールとなった場合は英国でCEマークに代わり「UKCAマーク」を導入すると発表している(*5)。UKCAマークが必要となる製品は、EUでCEマークが必要な製品と同じとなる。英国は、一定期間は英国市場におけるCEマークの有効性を認めるとしているため、英国市場に輸出する日本企業は一定期間、現状通りで問題ないことになる。他方、EU市場ではUKCAマークは基準適合マークとしては無効で、EU離脱後に英国の認証機関が認証できるのはUKCAマークのみとなるため、現在、英国においてCEマークを取得しEU市場で販売している日本企業がノー・ディール後に新たにCEマークを取得する場合は、EU内の認証機関での取得手続きなどを検討する必要がある。
また、EUでは2018年5月25日からEU一般データ保護規則(GDPR)が施行されている。GDPRでは、EU域内で取得した個人データを第三国に移転することを原則禁止としているが、日本とEUは互いのデータ保護水準が同等であると認め、2019年1月23日に日EU間の個人データの越境移転を認める枠組みが開始された。英国政府は、ノー・ディールの場合は英国版GDPRを制定し、欧州経済領域(EEA:EU加盟国、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン)のほか、EUがデータ保護水準の同等性を認定している日本、イスラエル、カナダなどへの個人データの移転を認めると発表している(*6)。日本も、個人情報保護委員会が日英間の円滑な個人データ移転を継続する旨を3月に発表しているため、個人データの移転についてはノー・ディールとなっても、現在と変わらない見通しになっている。なお、EUはノー・ディール時に英国を第三国として扱うとしているため、個人データのEUから英国への移転は、GDPRに規定される所定の手続きが必要となると理解される。
ここまで紹介した内容は、英国がノー・ディールでEUから離脱した場合である。EU離脱日(2019年10月31日)までに、英国およびEUが合意済みの離脱協定案を批准した場合は、離脱協定に規定される「移行期間」が導入される。英国にEU条約・法が適用される移行期間は2020年12月末まで(1年または2年の延長が可能)と設定されている。移行期間により、英国はEUおよび第三国との将来関係について協議する時間的猶予を得ることが可能になるが、日本と英国、英国とEUとの通商関係の交渉内容に注視が必要となる。
- 注1:
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英国政府ウェブサイト
- 注2:
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英国政府ウェブサイト
- 注3:
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英国政府ウェブサイト
- 注4:
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英国政府ウェブサイト
- 注5:
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英国政府ウェブサイト
- 注6:
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英国政府ウェブサイト

- 執筆者紹介
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ジェトロ企画部海外事務所運営課 課長代理
鷲澤 純(わしざわ じゅん) - 1998年、ジェトロ入構。ジェトロ大分(2000~2004年)、市場開拓部(2004~2006年)、ジェトロ・ウィーン事務所(2010~2015年)、海外調査部(2015年~2019年)などを経て現職。