インド経済減速、その背景と識者の見方

2019年7月4日

インドで5月末に第2次モディ政権が発足したが、インド経済は2018年末を境に公的支出と消費支出がともに大きく落ち込んでおり、実質GDP成長率も鈍化が続く。総選挙前の政策の空白という事情に加えて、信用収縮(クレジットクランチ)が拡大していることが大きな要因だという。不良債権は国営銀行を中心に金融機関に大きく積み上がっており、貸し出しを伸ばしてきた大手ノンバンクでも債務不履行が発生し、信用不安が広がっているとも言われている。一方で、この状況は金融の透明化や消費拡大に向けた施策の浸透がいまだ途上にあるための一時的なものだという見方もされている。

自動車販売は歴史的な落ち込み

2018年度第4四半期(2019年1~3月)の実質GDP成長率は前年同期比5.8%となり、2018年度は第1四半期(2018年4~6月)の8.0%をピークに、3四半期連続で減速した。これを受け、通年の2018年度GDP成長率は6.8%(推計値)と、2013年度の6.4%以来最も低い水準となった。

景気の低迷を顕著に示すのが自動車販売の落ち込みだ。5月の乗用車販売台数は前年同月比20.5%減の23万9,347台にとどまり、4月に続いて2桁減、また直近18年間で最大の減少率となった。これに対し、インド自動車工業会(SIAM)は「各メーカーが値引きキャンペーンなどを実施したものの、自賠責保険料の引き上げ、燃料価格の上昇、自動車ローンを扱う金融機関の貸し渋りなどの悪影響が続いている」とコメントしている。

その中でも大きな要因といえるのが、信用収縮により個人や企業が融資を受けにくくなる、いわゆる貸し渋りではないかとされている。ある自動車メーカーは「信用不安により、ディーラーでさえ金融機関から在庫保持のための融資を断られていると聞いている」とコメントした。トヨタ・キルロスカ・モーター副会長のビクラム・キルロスカ氏は「ノンバンクセクターの信用不安は、自動車の販売落ち込みに少なからず影響を与えている」としており(「インディア・トゥデイ」6月24日)、地場HDFC銀行のチーフ・エコノミスト、アビーク・バルア氏も「ノンバンクは自動二輪車金融、低利率の住宅ローン、金購入向けのローン、中古車金融などで重要な役割を果たしており、ノンバンクの不振はこれら消費に影響を与えるだろう」とコメントしている(「ビジネス・トゥデイ」6月30日)。

販売減をもたらしたその他の要因として、新たな環境規制の施行を2020年に控えた買い控えや、第2次モディ政権による税の低減を期待する購入時期の先送りなどが影響したとする声もある。

市中に回らないカネ

インド準備銀行は政策金利(レポ・レート)を3会合連続で切り下げており、6月6日の金融政策決定会合では、5.75%と9年ぶりの低水準となった。こうした利下げにもかかわらず、銀行は依然として貸し出しを抑制する方針であり、市中金利についても低下の傾向は見えない。この背景には、商業銀行の不良債権比率は3月時点で9.3%となっており(注)、2018年3月末時点(同11.5%)をピークに改善傾向にはあるが、引き続き国営銀行を中心とした金融機関に不良債権が大きくなっていることへの懸念や、貸し出しを伸ばしてきた大手ノンバンクでも債務不履行が発生し、ノンバンクでも信用不安が広がっていることもあるようだ。さらに、ある銀行関係者は、2016年破産倒産法が十分に機能していない点に触れ、「企業の破産手続きが思うように進んでおらず、企業が倒産するのか存続するのか判断がしづらい。銀行は企業の倒産リスクを避けるために(優良な企業に)貸出先を絞り込まざるをえない」と指摘した。

地場コタック・マヒンドラ銀行のウダイ・コタック社長は「インド経済は現在、成長の低迷と財政余地が限られているという課題に直面しており、金融セクター改革のための大胆な手段を講じる必要がある」と語った(「ビジネスライン」6月24日)。

政策成果の波及には時間も必要

複数の金融関係者の間では、「昨今の経済成長の落ち込みはこれまでにもあり、決して珍しいものではない」とする声が多く聞かれ、「政府は必要な手だてを打ってきており、この効果が出てくれば改善されるだろう」と口をそろえる。具体的には2016年の高額紙幣の廃止によるブラックマネーの撲滅や、2017年の物品・サービス税(GST)導入による企業会計税務の明確化などだ。また、低所得者層への税の減免、農民層に対する補助の拡大なども消費を喚起する効果があると見られている。

今後の短期的な動向については、間もなく発表される2019年度予算案を待ちたいが、大幅な金融緩和や消費刺激策など、現状を早急に改善するための特効薬はなさそうだ。新聞報道の論調にも悲観的なものは見られていないが、今後の動向を注視していく必要があるだろう。


注:
アジア新興国の不良債権比率はおおむね3%以下とされており、インドの不良債権比率は高い。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
古屋 礼子(ふるや れいこ)
2009年、ジェトロ入構。在外企業支援課、ジェトロ・ニューデリー事務所実務研修(2012~2013年)、海外調査部アジア大洋州課を経て、2015年7月からジェトロ・ニューデリー事務所勤務。