ポテンシャルを秘めた中央アジア市場
中国の存在感の高まりとビジネス環境改善の動き
世界主要国・地域の最新経済動向セミナー報告 中央アジア
2018年3月2日
カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギス、タジキスタンの5カ国を中央アジアと呼ぶ。いずれもソ連邦を構成していた国で、1991年のソ連崩壊とともに独立、それから四半世紀が過ぎた。これらの国々では、製造業、プライベートセクターが脆弱(ぜいじゃく)で、経済の柱となる産業の育成が課題である。一方、国によって差はあるが、石油、天然ガス、ウランなどの地下資源が埋蔵されており、企業も個人も少しずつお金を持ちはじめている。目下、ロシア、中国の広域経済圏が中央アジアを取り込もうとしており、そこに韓国、トルコ、欧州、米国の各企業もビジネスを展開しようとしている状況にある。
拡大の見込まれる市場
中央アジアでは所得水準も高まり、今後人口も増加するなど市場規模の拡大が見込まれる(表)。カザフスタンの2016年の1人当たりの国内総生産(GDP)は8,585ドルだが、これは最近の通貨テンゲの切り下げによるもので、数年前にはすでに1万ドルを超えていた。1万ドルは中東欧のポーランド、ハンガリー、あるいはトルコに匹敵する水準だ。予測では、5年後に1人当たりのGDPはカザフスタンで1万2,000ドル、トルクメニスタンでも同様の水準になる。現在、中央アジア5カ国の人口は約7,000万人だが、70年後には1億人に達する見込みだ。
項目 | カザフスタン | ウズベキスタン | トルクメニスタン | キルギス | タジキスタン |
---|---|---|---|---|---|
国土面積 (平方キロメートル) |
272万4,900 | 44万8,900 | 49万1,200 | 19万9,900 | 14万3,100 |
人口 (2017年推計) |
1,819万 | 3,172万 | 554万 | 620万 | 884万 |
名目GDP (2017年推計) |
1,562億ドル | 675億ドル | 417億ドル | 71億ドル | 72億ドル |
実質GDP成長率 (2016年推計) |
1.1% | 7.8% | 6.2% | 3.7% | 6.9% |
実質GDP成長率 (2017年予測) |
3.3% | 6.0% | 6.5% | 3.5% | 4.5% |
1人当たりGDP (2017年推計) |
8,585ドル | 2,128ドル | 7,522ドル | 1,140ドル | 819ドル |
外貨準備高 (2017年推計) |
332億ドル | 287億ドル | n.a | 19億ドル | 7億ドル |
対外債務残高 (GDP比、2017年推計) |
110.1% | 22.2% | 25.9% | 73.1% | 59.5% |
- 出所:
- IMF World Economic Outlook Database, Regional Economic Outlook, October 2017
貿易ではカザフスタンの貿易額がとびぬけて大きい。カザフスタンはカスピ海で原油を採掘しており、欧州連合(EU)との貿易では、EUの対カザフスタン輸入の8割以上が原油。EUはカザフスタンに石油関連設備・機械を輸出して、カザフスタンからは採掘した石油を輸入するという分かりやすい構図になっている(図2)。
外国直接投資については、カスピ海沿岸での石油採掘関係の投資が欧米諸国からカザフスタンに流入している(図3)。
図3:外国直接投資受け入れ推移
日系企業の対カザフスタン投資では、以前には日系自動車メーカーによる自動車の組み立てや、コンビニの開設もあったが、残念ながら撤退した。最近では、現地法人の工場開設、合弁での輸入代理店開設、製品のアフターサービス強化のための現地法人開設、建機の販売代理店開設などがある。キルギスでは3件(銀行の子会社化、外国人の技能実習生送り出し機関の設置、中古車センターのコールセンター開設)の事例がある。タジキスタンでは、漢方の甘草エキスの抽出を行っている合弁企業、トルクメニスタンでは国際協力銀行(JBIC)のバンクローンや、貿易保険を利用した案件がある。
なお、ビジネスのしやすさを示す世界銀行の「Doing Business」のランキングでは、ウズベキスタンの順位が最近上昇しており、総合で74位になった。2年ほど前の順位は3桁であった。それでも腐敗認識度は176カ国中156位、経済自由度は180カ国中148位と厳しい状況だ。
存在感を増す中国
中央アジアはソ連邦の構成国であったが、最近、中央アジアにおける中国の存在感が増している。中国政府は「一帯一路」構想を掲げ、自国から欧州へ至る広範な地域に現代版シルクロードという中国主導の経済ベルトを確立しようとしている。「一帯一路」のスローガンが実際に進出している中国企業の活動にどのような影響を与えているのかを調べるため、ジェトロは2017年2月末から3月初めにかけて関係機関や企業へのヒアリングを実施した(調査レポート「一帯一路」は追い風か(2017年6月)参照)。
中央アジア進出中国系企業の幹部は異口同音に「わが社は市場原理に基づき進出した」と言っていた。一方、中国系の銀行からは、政府が「一帯一路」のスローガンを掲げることにより、さまざまな中国企業が中央アジアに注目し、ビジネスチャンスが生まれるとのコメントがあった。
ロシアとの関係について、ウズベキスタンはロシアが主導するユーラシア経済連合(EEU)に加盟はしていない。しかし、ミルジヨエフ大統領は親ロシア派であり、ロシアも大きな人口を抱えるウズベキスタンをEEUに引き込みたいと考えている。
ウズベキスタンがEEUに加盟すれば、国内市場にロシア製品が大量に流入することは必至で、ウズベキスタンがようやく育成した製造業に大きな影響を与えることになる。それゆえ前大統領はロシアとの関係に一線を画していた。ミルジヨエフ大統領が今後どのようにかじを取っていくのかが注目される。
ウズベキスタンで外為制度改革
ウズベキスタンでは2016年9月にカリモフ大統領が死去し、ミルジヨエフ首相が大統領に選出された。ミルジヨエフ大統領は急進的に改革を推進している。
まず、人事刷新だ。ウズベキスタンには一つの自治共和国、12の州、一つの特別市(タシケント市)合計14の自治体があるが、このうち八つの自治体の長を交代させた。また、省庁再編を行い、ほぼすべての省庁で大臣を替えた。
長年の懸案事項であった外為規制の緩和について、2017年9月に為替の一本化と外貨売買の自由化を実施した。これまでウズベキスタンでは通貨スムが2重為替になっており、1ドル=4,000スムの公定レートと1ドル=8,000スムの闇レートが併存していた。これを公定レートの引き下げにより一本化。公定レートは1ドル=8,000スム程度になった。
今まで個人や企業は自由に外貨を購入することができなかったが、外為規制の緩和により銀行で公定レートに基づいて外貨を購入できるようになった。国際通貨基金(IMF)は今回の為替の一本化、外貨購入の自由化を高く評価している。
なお、外貨の売買が自由化されて3カ月ほどたった2017年12月時点では、銀行での外貨調達はそれほど進んでいないようだ。その理由は、企業が銀行で外貨購入する際に自社の活動内容を明らかにするのを嫌がるためだ。つまり、銀行で外貨を調達する場合には、自社の活動内容、取引の契約内容を明らかにする必要があるが、そうした情報が当局の調査を誘発しかねないという事態を恐れているのだ。
日ウ民間ビジネスの萌芽(ほうが)も
投資環境の改善と並行し、最近ウズベキスタンでは自動車産業の動きが活発化している。すでにGMが乗用車を、いすゞは中型バス・トラックを、ドイツのマンが大型トラック生産しているが、最近では、マン(大型観光バス生産)、ロシアのカマズ(トラック生産)、フォルクスワーゲン(ピックアップトラック生産)、韓国の現代トラック(トラック生産)が投資を表明している。
ウズベキスタンでの日本企業のビジネスについては、いすゞのバス・トラックの組み立てなど民間の事例もあるが、円借款や国際協力銀行のバンクローン、日本政府の無償資金援助を使ったインフラ、社会支援の案件が中心である。特に金額が大きいのは円借款で、発電所の近代化が最優先の課題。日本企業の担当者からは、信用ベースでのビジネスモデルの定着は難しいとの意見もある。
しかし、そういった中でも少しずつプライベートのビジネスも生まれつつあるようだ。最近では、日本の繊維機械メーカーのウズベキスタン企業への機械輸出、日本の商社によるウズベキスタン綿糸の輸入と贈答用タオル製造などの事例がある。
2017年にウズベキスタンでの機械見本市に参加した日本の機械メーカーに話を聞くと、前年と比較して、ブースを訪れる人の客層、意気込みがかなり変わってきているのを感じたという。「ウズベキスタンの工作機械市場は黎明(れいめい)期で、宝の山だ」と言った人もいる。
ウズベキスタンでは今後も公的資金案件がビジネス中心であることに変わりはないと思うが、ここ10年ほど活動停止していた欧州復興開発銀行(EBRD)が2017年9月から活動を再開したり、中国のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の登場などで、資金調達の手段も増え、ビジネス環境が向上してくるものと期待される。日本製品に関し、ウズベク人の意見は、品質の良いのは分かるが、イニシャルコストが非常に高いということだ。それに対してどういうふうにアピールしていくかが課題だ。
ジェトロは2017年12月6日、東京でロシア・中央アジア最新経済動向セミナーを開催した。セミナーではジェトロのロシアおよびウズベキスタンの海外事務所長が、経済の現状と日本企業にとってのビジネスの可能性について講演した。本稿は、そのうち中央アジア部分を本部海外調査部で取りまとめたものである。
取りまとめ
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課ロシアCIS班
今津 恵保(いまづ よしやす)
講演者紹介
ジェトロ・タシケント事務所長
下社 学(しもやしろ まなぶ)
1994年、ジェトロ入構。海外調査部ロシアNIS課長、和歌山県農林水産部食品流通課長などを経て2014年7月より現職。タシケント駐在は2000~2006年に続き2度目。主たる著作・執筆協力として「中央アジア経済図説(東洋書店)」、「中央ユーラシアを知る事典(平凡社)」、「ロシア経済の基礎知識(ジェトロ)」、「カザフスタンを知るための60章(明石書店)」、「現代中央アジア(日本評論社)」など。