中国 ‐ 「コト」消費を追い風に

2017年9月25日

体験や文化を楽しむ「コト」消費が広がっている。高所得層や若年層には、日本の文化や生活スタイルに親しみを覚えている人も多い。「コト」消費の成長は、体験や文化を発信する日本のサービス業企業にとって追い風となりそうだ。


商業施設内の多様な「コト」消費(左上から時計回り:テコンドー道場、子ども向けの室内遊戯場、デジタル音楽教室、スケートリンク)

体験型消費を求める高所得層

「コト」消費とは、「製品を購入して使用したり、単品の機能的なサービスを享受するのみでなく、個別の事象が連なった総体である『一連の体験』を対象とした消費活動のこと」(注1)である。いわば「体験型」消費のことだ。中国では上海市などの沿海部から始まり、最近では内陸部の都市においても多様なジャンルで浸透しつつある。

中国で「コト」消費が拡大しているのはなぜか。所得の増加に伴い、消費者が「モノ」を所有するだけでは満足できず、「新しい」「面白い」「勉強になる」といった楽しみを伴う体験を求めるようになってきているからだろう。消費支出の内訳を所得階層別に見ると、高所得層ほど文化・教育・娯楽などへの支出が多い。

「コト」消費の拡大は、商業施設のテナント構成にも如実に表れている。ショッピングモールや百貨店のテナントは、アパレルや化粧品の店舗が大半だ。だが、これらの店舗は eコマース(電子商取引)普及の影響を受け、不振に陥っている。代わって外食店や「コト」消費を提供する店が増えている。eコマースに代替されにくいからだ。例えば、洋書・日本語書籍やデザイン性の高い雑貨などを豊富にそろえた複合型書店、シネマコンプレックス、フィットネスジム、英会話や音楽などの教室、スケートリンク、工作や陶芸を楽しめる DIY(手作り)エリア――などがそれである。最近では、自分の歌声を録音できる電話ボックス式の 1人カラオケも登場した。

商業施設にとっては、「コト」消費を提供する業態を取り入れることで、ライバル商業施設と差別化が図れる。家族連れや若者などの集客にも期待できる。「万象城」「大悦城」「万達広場」といった有力ショッピングモールや外資系の施設も、こうしたテナントを積極的に誘致している。

温浴施設からお化け屋敷まで

体験の価値を売る「コト」消費分野に早くから取り組んでいる日本企業は、その強みを生かし、中国でも日本式の体験や文化を発信している。例えば日本で温浴施設を運営する極楽湯(本社:東京都)は、2013年に日本式日帰り温浴施設の中国1号店を上海市に開業。16年11月には内陸部(湖北省武漢市)にも開業した。約130元(約2,080円、1元=約16円)の入場料を払えば、大浴場、露天風呂、休憩所、岩盤浴などを利用できる(食事は別料金)。従来湯船につかる習慣がなかった中国の消費者にとっては新鮮な体験である。利用者の多くは若いグループや家族連れだ。

料理・菓子作りの教室もこれまではなかったものだ。夫婦共働きが多く外食が一般的な中国においても、最近はお菓子や料理作りを趣味として楽しむ人が増えている。ABCクッキングスタジオ(本社:東京都)は沿海部のみならず四川省成都市や重慶市にも教室を展開している。今後は内陸部でも「料理教室」文化の浸透が期待される。

中国内で既に約200店舗を展開している良品計画(本社:東京都)の「無印良品」は、17年6月に上海市で新たな飲食業態「MUJI Diner(ムジダイナー)」をオープンさせた。コミュニケーションスペースを設けて、食に関するワークショップやイベントを開催するほか、関連書籍や食器、調理器具なども販売する。カルチュア・コンビニエンス・クラブ(本社:東京都)は17年5月、中国CITICグループの出版子会社と資本業務提携について合意した。日本で培った生活提案のノウハウを武器に、中国大陸における出店も目指す考えだ。

日系のみならず地場系でも、「コト」を売りにする企業がある。中国における複合型書店の先駆け的存在は、「方所」である。広東省発祥の同社は、書籍や雑貨を販売しつつ講演会やワークショップを開催。文化を提案する場として若者の人気を集めている。

「コト」消費のノウハウを提供する日本企業の事例もある。東京急行電鉄(本社:東京都)は上海市の企業とライセンス契約を締結、駅構内店舗の開発・運営ノウハウを生かすべく上海地下鉄駅構内における店舗開発コンサルティング業務を開始した。先進的で質の高い日本の駅構内店舗開発・運営のノウハウは中国でも注目されている。東急電鉄では同事業を通じて、日本の文化や流行を発信し、中国で新しいライフスタイルの提案を目指す。三井不動産(本社:東京都)は17年3月、同社子会社を通じて上海市で「三井ショッピングパーク ららぽーと上海金橋(仮称)」建設に着工した。シネマコンプレックスやアミューズメントといった体験を軸とした時間消費型のコンテンツを充実させたいとしている。20年に開業予定。


繁華街にある複合型書店「方所」(成都市)

「コト」消費の流行は、コンテンツ展開にも追い風になり得る。松竹(本社:東京都)の「松竹お化け屋本舗」は16年夏、重慶市において期間限定でお化け屋敷「呪鈴」をプロデュースした。同社にとってはこれが海外では初の開催。17年春には上海市でも興行が行われた。今後も中国各地で同様のイベントを行うという。また、「東京ガールズコレクション(TGC)」をプロデュースするW TOKYO(本社:東京都)は17年7月、中国の大手SNS「微博(Weibo)」の日本総代理を務める企業と連携し、TGCを中国で展開すると発表した(注2)。

「コト」の高度化にニーズ

eコマースによって、消費者は日用品の購入をネット上で済ませることができるようになり、買い物だけのために商業施設に足を運ぶことがなくなりつつある。一方、イベントに参加したり新しい体験を楽しんだりすることには意欲的である。こうした消費志向の変化を受け、中国には新たな業態が登場したが、まだ発展の余地は大きい。

体験型消費の主役となっているのは高所得層。この層には、日本を旅行した際に日本のサービスや生活スタイルを体験した人が多い。また、若年層はコンテンツを通じて日本の文化に親しんでいる。魅力的な体験やカルチャーを消費者に発信・提案することは、日本企業にとってのチャンスとなり得よう。


注1:
経済産業省地域経済産業グループ「平成27年度地域経済産業活性化対策調査報告書」
注2:
いずれも各社プレスリリース発表時点の情報。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課
小宮 昇平(こみや しょうへい)
2013年、ジェトロ入構。海外調査部中国北アジア課に配属。2016年3月より1年間の海外実務研修(中国・成都事務所)を経て、2017年3月より中国北アジア課に所属。