ジェトロ世界貿易投資報告 2025年版
第Ⅰ章 世界と日本の経済・貿易
第1節 世界経済の動向 第3項 2026年に向けた世界経済の展望とリスク
財政出動により公的債務は拡大、新型コロナ禍のピーク上回る水準に
2025年以降、貿易摩擦等によって生じる経済への逆風に対応するため、主要国政府は財政支出の拡大による競争力の維持・強化を重要な政策手段に位置付けている。他方、世界的な財政状況の悪化、債務リスクの拡大など新たな政策的課題も顕在化している。2025年4月にIMFが公表した「財政モニター」の推計によれば、世界の公的債務は2025年にGDP比95.1%(前年比2.8ポイント増)、2026年に96.7%と拡大し、2030年には100%に迫る水準(99.6%)に達する。これは新型コロナ禍のピーク(2020年、98.9%)を上回る水準となる。さらに、最も厳しいシナリオの下では、同割合は2027年までに117%に跳ね上がり、「第2次世界大戦以来の高水準となる」可能性がある。また、貿易政策など地経学的不確実性の高まりが、世界全体でGDP比0.1%の歳入減少と、同0.9%の持続的な歳出増加をもたらし、中期的には債務水準を同4.5%ポイント押し上げると推計される注1 。
特に米国、中国、オーストラリア、ブラジル、ドイツ、フランス、インドネシアなどを含む世界のGDPの約75%を占める国々で、2025年の債務が前年比で増加する。IMFは各国に対し「戦略的な財政支出」による財政の健全化を求めている。特に、エネルギー補助金の見直し、年金制度改革、税収拡大による財政余地の確保を推奨している。
中国では、国家発展改革委員会、人力資源社会保障部、商務部、中国人民銀行(中央銀行)が2025年4月、米国の対中追加関税などによる中国企業への影響を踏まえた販売拡大支援策や雇用の安定化措置などを打ち出している注2 。IMFの推計では、地方政府基金や社会保障基金を活用した大規模財政支出に伴い、財政赤字は2024年のGDP比7.3%から、2025年には8.6%に拡大、また公的債務は2024年の88.3%から2025年には96.3%へ急増すると見込まれている。
米国では、IMFの推計で、2025年の財政赤字がGDP比6.5%、2026年に5.5%と、2024年の7.3%から段階的に縮小する。他方、同推計値は関税収入の増加を前提としており不確実性が高いと報告された。また、公的債務は2024年の120.8 %から2025年に122.5%、2026年に123.7%に上昇すると見込まれる。金利上昇と高水準の債務残高により、利払い費用が拡大し社会保障や公共投資を圧迫するリスクが指摘された。
なお、米国議会予算局(CBO)が2025年6月、減税や歳出削減、債務上限引き上げなどを柱とする、いわゆる「大きく美しい1つの法案(OBBB)」に関し、下院で可決した案が実施された場合の財政への影響試算を発表した。同試算によると、2025年から2034年の10年間で歳入が約3兆7,000億ドル減少し、歳出が約1兆3,000億ドル削減される結果、財政赤字は2兆4,000億ドル増加するという。利払い費も含めた場合、同額は3兆ドルに拡大するという。これに伴い、財政赤字のGDP比は2025年1月時点の予測値117.1%から123.8%に達すると推計されている注3 。
なお、日本については公的債務が2025年時点でGDP比234.9%と、主要先進国の中でも突出して高い水準となる。また、財政赤字については2024年の2.5%から2025年は2.9%に拡大する見通しである。高齢化の進行による社会保障費支出の増加や利払い費の高止まり、円安等による名目GDPの下押しなどが背景にある。IMFは、とりわけ金利上昇による利払い費の増加を懸念し、社会保障や公共投資などの必要支出を圧迫すると警鐘を鳴らしている。エネルギーや食料の輸入依存度が高い日本の場合、貿易摩擦の激化が輸入価格を上昇させ、円安の進行とともに交易条件を悪化させるリスクが高い。景気下支えのための財政支出は優先順位付けを行うとともに、制度改革などによる支出効率の改善が急務といえる。
深刻化する人材不足への対応は喫緊の課題に
世界の労働市場は、2023年以降、急速な回復を見せる一方で、構造的な人材不足という新たな課題に直面している。国際労働機関(ILO)の報告(2025年1月)によれば、2024年の世界全体の失業率は5%と歴史的低水準にある注4 。またOECD(2025年6月)も、同加盟国・地域の失業率が2025年4月時点で4.9%と約3年間、5%以下の水準にあり、新型コロナ禍前を0.5ポイント前後下回る状況にあると報告している注5 。
ILOは、(1)世界の労働者の約60%がインフォーマルな雇用形態にあること、(2)若年失業率は12.6%(2024年)と成人層の2倍以上であり、NEET(教育・就労・訓練いずれにも属さない若者)の割合も高水準で推移していること、(3)女性の労働参加率が男性に比べて著しく低く、特に低所得国ではその差が顕著で、ジェンダー格差が固定化していること、(4)農業から製造業、そして高付加価値サービス業への移行が進まず、労働生産性の伸びが鈍化していること、などを労働市場の課題として指摘する。
IMFの報告注6 によれば、世界の人口成長率は新型コロナ禍以前の年間1.1%から、2080~2100年にかけてほぼゼロにまで減速する見通しである。これに伴い、世界の平均年齢は2020年から2100年までに11歳上昇すると予測されている。特に先進国では、人口高齢化が労働供給と生産性に与える影響が中長期的に深刻化し、公共財政に対する圧力を段階的に高めることで、経済成長の制約要因になると懸念される。IMFは、労働市場の柔軟性を高め、生産性を向上させるための構造改革を推奨している。
一部の国では、高度人材獲得のための国内制度改正が進む。例えばドイツでは2024年6月、専門技能人材移民法(2023年11月施行)に基づき、EU域外国の熟練技術者のドイツ国内での求職に関し、渡航・滞在を認める「就職支援カード(Opportunity Card)」制度を導入。同カードは、国外の職業訓練資格の認定を受け、ドイツ政府より専門技能人材と見なされた人材に対し、追加の特別要件無しで付与される。受給者に対しては、就労資格がない状態で、1年間の滞在が認められる注7 。また、同月、アルバニアやセルビアなどの西バルカン諸国出身者に対し、ドイツへの入国および認可要件の下での雇用を認める「西バルカン・ルール」を改正し、受け入れ上限枠を2万5,000人から5万人に拡大した。
ドイツ政府は2024年11月、これらの措置開始後の1年間で、前年を10%超上回る約20万件の就労目的のビザが発給され、外国の職業資格の認定措置については約50%増加したと報告している注8 。
中東情勢の緊迫化がもたらすリスク
中東地域は、近年、断続的な武力衝突の連鎖により、国際社会において、最も不安定な地政学的上の焦点となってきた。2023年10月以降のイスラエルとハマスによるガザ紛争や2024年後半以降のイスラエルとレバノンのシーア派組織ヒズボラとの戦闘激化、イスラエルと周辺諸国との関係の緊迫化、前出のイエメンのフーシ派による紅海での商船攻撃など、複数の火種が同時かつ連鎖的に発生している。
こうした状況下で、2025年6月、イスラエルがイランの核関連施設および軍事拠点に対して大規模な空爆を実施したことは、中東地域の安全保障に深刻な影響を及ぼしている。7月上旬時点で両国間は事実上の停戦状態にあるものの、解決には至っておらず、2025年下半期以降の世界経済へ重大な地政学上のリスクをもたらす懸念がある。
第1の懸念は原油価格の高騰を通じた世界的なインフレの再燃である。イスラエルによるイランへの攻撃直後、原油市場は大きく反応し、ブレント原油は攻撃同日の午後には7%の急騰を見せ、一時78.50ドルと年初来の高値を更新した。また、JPモルガンは、紛争の激化により、ホルムズ海峡などの封鎖などの事態が起きれば、最悪のシナリオとして原油価格が1バレル当たり130ドルに達する可能性を指摘している注9 。イランの原油供給(約160万〜200万バレル/日)が制裁や施設への攻撃によって滞れば、さらなる原油価格の上昇要因となる。
第2に海上輸送を巡る混乱の激化である。航行のリスクに直面するホルムズ海峡は、世界の海上原油輸送の約20%、液化天然ガス(LNG)の約25%が通過するチョークポイントである注10 。さらに、ホルムズ海峡だけでなく、前出の紅海などの主要航路においても、フーシ派に代表されるイランの代理勢力による攻撃リスクのさらなる高まりが懸念される。それにより、海上輸送にかかる保険料の上昇、迂回ルートの利用やタンカー・コンテナ輸送船の不足に伴う航行日数の延長、輸送コスト上昇などの影響が想定される。
さらに、第3には、輸送の途絶や紛争当事国・地域に対する経済・貿易に関わる制裁措置、安全保障を名目とする規制の増大などが、近年増加する貿易・投資阻害的措置と絡み合い、貿易や投資の分断が一層進行するリスクである。これが2025年後半以降の世界経済を一層下押しすることが懸念される。
注記
- 注1
- IMF “Fiscal Monitor 2025, Policy under Uncertainty, Chapter 1 ”(2025年4月)
- 注2
- ジェトロ「中国政府、米国関税の影響などを受け、輸出企業などに対する支援策を表明」『ビジネス短信』(2025年5月2日付)
- 注3
- Congressional Budget Office “Debt-Service Effects Derived From H.R. 1, the One Big Beautiful Bill Act ”(2025年6月5日付)
- 注4
- ILO “World Employment and Social Outlook: Trends 2025”(2025年1月16日)
- 注5
- OECD “OECD unemployment rate stable at 4.9% in April 2025”(2025年6月)
- 注6
- IMF “The Rise of the Silver Economy, Global Implications of Population Aging, World Economic Outlook”(2025年4月)
- 注7
- ドイツ連邦政府による外国専門人材向けサイト「Make it in Germany」に記載情報に基づく。
- 注8
- 連邦内務省(BMI)プレス発表(2024年11月17日付)
- 注9
- ブルームバーグ、ロイターなど2025年6月13日付報道に基づく。
- 注10
- 国際エネルギー機関(IEA)“IEA closely monitoring Strait of Hormuz situation, stands ready to act if needed”(2019年7月22日付)
特記しない限り、本報告の記述は2025年6月末時点のものである。
目次
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第Ⅰ章
世界と日本の経済・貿易 -
- 第1節 世界経済の動向
- 世界経済の現状と見通し
- インフレおよび金利・為替の動向
- 2026年に向けた世界経済の展望とリスク
- 第2節 世界の貿易
- 第3節 日本の経済・貿易の現状
- 第1節 世界経済の動向
-
第Ⅱ章
世界と日本の直接投資 -
第Ⅲ章
世界の通商ルール形成の動向
(2025年7月24日)



