「午後の紅茶」を未来につなぐ、キリンの取り組み(スリランカ)
2026年2月9日
日本で広く親しまれている「午後の紅茶」ブランドを手掛けるキリン。紅茶葉の主要調達先であるスリランカを中心に、紅茶サプライチェーンにおける人権課題への対応を強化している。紅茶葉については2022年から人権デューディリジェンス(DD)を開始し、現地監査で課題を確認、改善に取り組んできた。現在は取引先と共同でDDを実施するなど取り組みを拡大。さらに、農園のウェルビーイングや環境再生型農業の推進にも注力している。本稿では、同社CSV戦略部の美鳥佳介氏と須賀香菜美氏、調達部の閻珒(エン・シン)氏へのインタビューを基に、持続可能な調達に向けたキリンの最新の取り組みを探る(取材日:2025年11月21日)。

「午後の紅茶」を支えるスリランカの紅茶農園
- 質問:
- 紅茶葉の主な調達先と調達比率は。
- 答え:
- スリランカ、インド、ケニアなどといった、主な紅茶の産地から紅茶葉を調達している。その年の収量などによって調達比率は変動するが、スリランカから多く調達している。日本全体で輸入している紅茶葉の4割はスリランカ産で、そのうち25%がキリンの「午後の紅茶」ブランドに使われている。
- 質問:
- 他の産地と比べてスリランカの紅茶サプライチェーンの人権リスクはどうか。
- 答え:
- 人権課題の優先度はキリンとして、(1)調達国の人権リスク、(2)キリングループの関わりの深さ、の2軸で考えている。(1)に関しては、機械化がどこまで進められるかによって、人権リスクの起こりやすさは異なる。例えば、ケニアは平地が多く、茶園への機械導入が比較的進めやすい一方、スリランカは山岳地帯が多く、地形上の制約から機械化を進めたくても困難な地域が少なくない。さらに、スリランカでは、高品質な茶葉を安定して提供するために、誇りをもって手摘みが行われている。その結果、機械化が進みにくく、茶摘み作業は人力に依存せざるを得ないため、労働環境はより厳しいものとなりやすい。なお、茶摘み作業に従事するのは、女性がメインだ。また(2)に関しては、上述のとおりスリランカの紅茶葉への依存度が最も高い。こうした背景から、スリランカの紅茶サプライチェーンについては優先度高く対応してきた。
- 他方で、労働時間の長さや単純作業の多さといった農業ならではの性質によって、人権リスクが発生しやすい環境であることはいずれの産地も共通だ。今後は、インドやケニアなどもスコープに入れていきたい。
- 質問:
- スリランカの紅茶農園の特徴は。
- 答え:
- 農園の規模を見ると、大農園もあれば、小規模農家もいる。大農園はエステートと呼ばれ、現地のプランテーション企業が所有・管理している。プランテーション企業は、かつて政府系や半官半民だった大企業が多く、通常、複数のエステートを所有している。エステートには、保育施設や学校といった社会インフラも整備することが法的に定められている。したがって、多くの人々が暮らし、働くコミュニティになっている。
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スリランカの紅茶農園(キリン提供) 
茶摘みを行う女性たち(キリン提供)
紅茶サプライチェーンの人権課題解決に向け、取引先と協働も
- 質問:
- スリランカの紅茶サプライチェーンにおける人権デューディリジェンス(DD)の取り組みは。人権DDを通して明らかになった人権課題は。
- 答え:
- 2022年に、スリランカの紅茶サプライチェーンにおける人権DDを開始した。事前のデスクトップ調査では、労働時間の長さや賃金の支払いに関するリスクが高いことがわかった。これらはスリランカだけでなく他国・地域でも、また、紅茶産業に限らず農業全般の課題でもある。労働時間に関しては、ノルマ制の残っている農園や、天候不良などで必要な量が収穫できなかった場合に、長時間労働のリスクがある。まずは同年11月、第三者機関に依頼し農園と紅茶葉加工工場の実地監査を行った。その結果、賃金に関しては、法定賃金が上昇し続けている中で、プランテーション企業が実際の支払額に反映できていなかったケースがあった。これらの課題に対し、キリンは一次取引先・二次取引先と協力しながら、改善に取り組んだ。2023年11月にキリンの調達部監査担当者が現地農園を訪問してフォローアップ監査を行った際には、指摘事項が改善されていることが確認された。
- なお、実地監査の中で、プランテーション企業が運営する農園を中心に、グッドプラクティスも見つけることができた。プランテーション企業は、農園管理や従業員の指導をしっかり行っている。例えば、農園内に救急車が用意されていてけが人が出た際に即座に病院に搬送できる体制があり、それがプランテーション企業による福利厚生に含まれていることが挙げられる。環境・労働安全衛生に関しては、農薬散布のための防具が適切に用意されていること、規定やルールがそろっているなど、マネジメント体制が整っていることが確認された。
- 質問:
- その後の取り組み状況はどうか。
- 答え:
- 2025年からは、取引先と共同で人権DDを実施している。キリンは現地で直接紅茶葉を買い付けているわけではないため、2022年の実地監査では、農園などのサプライチェーン最上流へのアクセスの難しさを実感した。この経験から、一次取引先やスリランカ現地の二次取引先など、サプライチェーン上流の取引先と一緒に取り組む必要性を感じた。キリンと取引先は、安定した品質の紅茶葉を供給する農園を育成するために、指定した農園から調達・供給する「指定茶園制度」の取り組みを実施してきた。今回の共同DDでは、取引先主導で指定農園に対するDDを実施。現地監査の際など、キリンも一部同行している。その結果得られた課題や知見は両社で共有し、キリンにできることをともに議論する。その後改善に取り組み、PDCAを回していくことを想定している。
- 質問:
- 取引先との共同DDについて、これまでの進展は。
- 答え:
- 2025年は、4農園でDDを実施した。2026年は、対象を10農園に拡充する予定だ。これまでに重大な人権課題は見つかっていないが、軽微な労働環境上の課題が確認されている状況。例えば適切な作業装備を着用せずに働いている労働者もいるが、こうした点については現地の文化や考え方との違いによる部分もあってアプローチが難しい。そのような状況を踏まえつつ、キリンとして現地の実情を尊重しながら、適切な是正措置や支援の在り方を検討していきたい。
- なお、リスクの軽減や予防、是正にあたっては、現地パートナーとの協力がカギだ。特に、茶葉の輸出を担う現地の二次取引先は多大な協力をしてくれている。彼らがいうと農園が協力してくれるということもある。
現地語で労働者の本音を聞くことが重要
- 質問:
- 実地監査やアンケートではどのような項目をチェックしているか。
- 答え:
- 基本的には、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」をはじめとした、国際的な人権の考え方に則ってチェックしている。中でも、賃金および労働時間については重点的にチェックしている。現地に赴いた際には、労働者本人に加え、労働組合の代表者、監督者・責任者など多様なステークホルダーへのインタビューも通して、エビデンスを丁寧に収集するように努めている。
- さらに最近では、ウェルビーイングの視点を新たに組み込んでいる。スリランカの若い世代が紅茶農園で働くことを敬遠する傾向があり、長期的にはキリンにとっても、紅茶葉が確保できないというリスクにもなり得る。そして何より、われわれが調達している農園の労働者には、より生き生きと働いてほしい。こうした背景から、農園で働く労働者のウェルビーイングを構成する要素と課題を明らかにした上で、キリンとして支援すべきことを考えることにした。
- 具体的には、東京大学と協力して、現地で労働者一人一人にインタビューしている。インタビューは、東京大学とパイプのある現地の学生などにアシストしてもらいながら、現地語で実施している。英語だと、プランテーション企業のオーナーの声は聞けるが、労働者の本音までは十分に汲み取ることが難しい。現地語でインタビューを行うことで、ウェルビーイングを構成する要素や、日常的に困っていることなどが徐々に明らかになってきた。今後は、現地の労働者に加え、社内の調達担当者、マーケティング担当者などさまざまなステークホルダーとのエンゲージメントを重ねながら、具体的な解決策を検討していくところだ。
- 質問:
- 苦情処理(グリーバンス)メカニズムについて、何か工夫している点はあるか。
- 答え:
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ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)
に正会員として加盟している。社外ステークホルダーからの人権に関する苦情・通報は、グループ共通で、JaCERの通報フォームにて受け付けている。キリンは、JaCERウェブサイトの言語に、スリランカの公用語であるシンハラ語とタミル語を追加してもらった。これにより、スリランカの農家も、フォームにアクセスできれば母国語で通報できる。そして、この仕組みについて知ってもらうことが重要なので、キリンから毎年取引先に周知しているほか、現地に訪問した際には農家にも直接伝えている。
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紅茶葉小規模農家の人々との意見交換(キリン提供)
レインフォレスト・アライアンスとの長年の協働は新たなステップへ
- 質問:
- レインフォレスト・アライアンスとの協働について。
- 答え:
- 2013年から、社会・経済・環境の面で持続可能な農業の規格であるレインフォレスト・アライアンスの認証取得支援を開始した。認証取得費用そのものを負担するのではなく、認証取得に係るトレーニング費用をキリンが支援するかたちだ。トレーニングはレインフォレスト・アライアンスが実施する。
- これまでに94エステート(大農園)と、4,000ほどの小規模農家を支援してきた。全数ではないが、一部の農家について統計をとった際に、「収益性が上がった」「衛生環境が改善し、疾患率が大幅に減少した」といったポジティブなデータが得られた。
- ただ、認証取得については、取れる農園は既に取ってしまったところも多く、頭打ちになってきている。同時に、関心はあるが認証はハードルが高くて取り組めないといった農家もいる。こうした背景から、新たにスコアカードの取り組みに移行しているところだ。
農園のさらなる持続可能性向上へ、環境再生型農業推進
- 質問:
- スコアカードの取り組みとは。
- 答え:
- リジェネラティブ・ティー・スコアカードは環境再生型農業(注)を推進するための取り組みで、学校の通知表のようなもの。レインフォレスト・アライアンスが設定する基準に基づいて農家の状況を評価し、足りない部分について伴走支援をしていく。認証よりもハードルが低く、小規模農家も取り組みやすい。環境再生型農業は、気候変動対策と生物多様性の回復に寄与するほか、農園の多角化や生産コストの削減を通じて、農家の安定的な収益確保につながる。
- 農家側で費用は掛からず、むしろキリンがインセンティブを支払うかたちになっている。取り組みの一環で農薬の使用量を減らすと、一時的に収量が減るともいわれている。2~3年後には回復することが多いが、目先の収量減に尻込みする農家も多いので、インセンティブを設け取り組みを推進している。
- 質問:
- 取り組みの進展は。
- 答え:
- 農園の承認を得て、農家への調査(状況の把握、課題の分析)を実施した。これを踏まえた具体的なトレーニングを行っている。現在、1エステートと、30の小農園で実施している。エステートは大きな組織なので自走できるが、小規模農家は難しい。30農園の中で1人リーダーを決めて、まずリーダーに対するトレーニングを行う。そのリーダーが他の29農園に対してトレーニングを行うといったかたちで、持続的にサポートできる体制を整えている。
- トレーニングは、レインフォレスト・アライアンスを通して実施している。われわれも現地に出張して、トレーニングの様子を見る。実際に、小農園のリーダーによるプレゼンを聞いたり、コミュニケーションを取ったりした。
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水源地保全地域での植樹の様子(キリン提供)
持続可能な調達を通じキリンが描く未来
- 質問:
- 持続可能な調達によって実現したいことは。
- 答え:
- 「午後の紅茶」は自然の恵みを原料としているため、生態系の保全や人権への配慮は重要な課題。自然や人権に配慮しながら、紅茶農園が持続的に生産できる環境づくりを支援することで、商品を通じて社会を豊かにしたい。
- こうした取り組みの必要性は、現地を訪問した際に農家に対して話すほか、スリランカ政府などもうまく巻き込みながら啓発に努めている。2025年11月には、持続可能性に関するキリンの取り組み状況を説明する場として、ステークホルダーを集めたフォーラムをスリランカで実施した。ここに政府関係者も呼んで、国際的な動きや、スリランカにとっての重要性を伝えた。
- また、日本では欧米のような「エシカル(倫理的)消費」の意識はまだ高いとはいえないが、メーカーとしてその意識を喚起していきたいと思っている。人権、ウェルビーイング、環境など、スリランカではさまざまな取り組みを進めており、こうした活動を丁寧に伝えることで、消費者の共感も得ていきたいと考えている。
- また、キリンビバレッジは2025年11月末に発生したサイクロン「ディトワ」による被害に対して、義援金を拠出。現地農園や関連団体と連携しながら、引き続き復興に向けた適切な追加支援を実施していく。
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スリランカのステークホルダーを集めたキリンフォーラムの様子(キリン提供)
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課
宮島 菫(みやじま すみれ) - 2022年、ジェトロ入構。調査部調査企画課を経て、2023年6月から現職。




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