ベトナムにおける日本マンガの発展
キムドンに聞く30年

2026年10月21日

ベトナムではアニメ、マンガ、ゲームを中心とする日本コンテンツへの関心が高い。人口約1億人に加え、若年層の厚い人口構成を背景に、書店では日本マンガの翻訳版が大きな棚を占めている。「ドラえもん」「ドラゴンボール」「名探偵コナン」といった長年親しまれてきた作品から、「呪術廻戦」「SPY×FAMILY(スパイファミリー)」といった近年の流行作品まで、幅広い作品がベトナム語で出版されている。日本マンガは娯楽にとどまらず、日本語学習や日本文化への関心の入り口としての役割も果たしている。

ベトナムでの日本マンガの翻訳出版事業は30年以上の歴史を持ち、キムドン・パブリッシング・ハウス(KIMDONG Publishing House、以下、キムドン)はその中心的な役割を果たしてきた。ベトナムにおける日本マンガの普及の過程と、現在の市況、今後の展望について、キムドンのブイ・トゥアン・ギア(Bui Tuan Nghia)社長にインタビューを行った(取材日:2026年8月19日)。


ブイ・トゥアン・ギア社長(キムドン提供)

キムドンの沿革と日本との協力関係

キムドンは1957年に設立された老舗出版社だ。設立当初は主に6歳から14歳が対象の児童向け出版を中心としていたが、2000年以降はティーンエージャー向け、近年では青年向けや幼児向けにも事業を拡大し、現在では若年層全般を対象とする出版社となっている。文学や科学分野の書籍から絵本、塗り絵まで幅広い出版物を手掛け、なかでも近年はマンガ事業の重要性が高まっている。

同社はハノイ市の本社に加え、ダナン市とホーチミン市に支社を置き、従業員総数は200名を超える。出版事業に加え、全国で直営書店を15店舗展開する。同社によると、定期刊行や重版を含めるとベトナムのマンガ市場で6割以上のシェアを有しているという。日本マンガの翻訳出版を長年にわたり牽引してきた企業であり、同社の動向はベトナムのマンガ市場全体の方向性を見る上で注目される。

質問:
日本の出版社との協力関係は。
答え:
ドイモイ(刷新)政策(注1)以前、ベトナムの国際関係は限られていた。1986年以降、UNICEF(国連児童基金)とACCU(ユネスコ・アジア太平洋文化センター)の支援を通じ、日本との文化交流が始まった。キムドンが最初に出版した作品は「窓ぎわのトットちゃん」で、1989年のUNICEFプロジェクトを通じ、ベトナムの子どもたちへの贈呈品として出版された。
マンガでは「ドラえもん」が皮切りとなった。タイ出版協会会長の紹介がきっかけで出版に至った。
「ドラえもん」はベトナムで子どもたちに愛されるようになり、これは単に1つの作品が成功したというだけではなく、日本のマンガがベトナム市場で受け入れられることを示す象徴的な出来事だった。その後、日本の出版社とのライセンス契約拡大にも大きな影響を与えた。1996年には小学館と「ドラえもん」の正式な翻訳出版権契約締結に至った。この時期、藤子・F・不二雄先生がキムドンの招待を受けてベトナムを訪問した。藤子先生は、1992年から1995年の間にベトナムでの出版から得たロイヤルティーを全額、貧しい子どもたちへの奨学金基金の設立に充てることを決めた。この基金は現在も運営されており、今年で30周年を迎えている。記念式典も予定しており、交流は続いている。
小学館との関係を皮切りに、同社のほかの作品や、集英社や講談社など他社との協力関係を広げた。小学館とは「名探偵コナン」の翻訳出版権契約を正式に締結した。集英社・講談社とは2004~2005年に交渉を開始し、2008年にかけて「ドラゴンボール」「ワンピース」「セーラームーン」などの正式契約に至った。
当初は、ベトナムにおける著作権保護制度の整備状況や市場規模の小ささなどから、版権(翻訳出版権)交渉が難航した。しかし、これらの大手企業との契約実績を積み重ねたことで、その後は他社との協議も円滑に進むようになった。近年では、日本の出版社からコンタクトを受けるケースも増えている。

キムドンの翻訳出版物(同社提供)
質問:
ベトナムでの日本のマンガの普及状況は。
答え:
ベトナム市場では、日本マンガは圧倒的な存在感がある。20年前には韓国・中国作品も一定のシェアを占めていたが、現在は日本作品が市場の中心だ。8歳頃から20代の若年層では、個人差はあるものの大多数が日本マンガを読んだことがあるといってよいだろう。

日本のマンガの現在

質問:
日本のマンガ作品の選定において、何が成功のカギとなるか。
答え:
近年もっとも重要な要因はアニメ化だ。かつては日本での販売部数や内容を踏まえて検討していたが、現在では権利者側から作品を紹介される際に、アニメ制作スケジュールも含めて提示されることが多い。アニメ化は大きな宣伝効果があり、Netflixなどの動画配信サービスの普及で、日本との公開時差もなくなりつつある。日本ではマンガが先行し、ヒットを受けてアニメ化されるケースが多いが、翻訳出版を行うベトナムでは日本とは逆に、アニメ作品の人気を受けてマンガ販売が牽引される傾向がある。
ただし、日本でヒットした作品がベトナムで必ず成功するとは限らない。作品選定には一定のリスクが伴うため、内容を精査した上で選定している。その上で、キムドンは「スパイファミリー」や「鬼滅の刃」「呪術廻戦」などは、刊行後5巻に満たない早期の段階で翻訳出版権を取得しており、これらの作品はその後、大ヒットを記録した。早期に翻訳出版権を取得することにより他社との競合を避け、タイトルへの投資に集中できるメリットがある。
質問:
出版のスピードは。
答え:
内容の審査や翻訳リソースの確保に加え、検閲への対応など、さまざまなプロセスが存在する。契約締結から校了・装丁確認まで、6カ月程度であれば早いとされ、著者の承認が必要なケースでは1年以上かかることもある。例えば、ワールドカップ開催時期に合わせてサッカーマンガを発売するなど、人気のタイトルや企画に応じて特定の時期に出版する場合、日本側に優先対応を求める場合もある。
現在では、作品の完結前に翻訳出版権の取得を交渉することが一般的だ。理由は、読者のニーズを踏まえ、日本での各巻の刊行時期に合わせて出版する必要があることに加え、作品の完結後では他社との権利獲得競争が激しくなるためだ。ただし、刊行中の作品については、後のエピソードの展開に検閲対象となる表現が含まれる可能性がある。その場合には個別に出版社や作者と協議し、修正など必要な対応を行う。
質問:
課題は。
答え:
著作権侵害は引き続き深刻な問題だ。主な課題は、スキャンされた画像データのアップロードと偽造品の流通の2つだ。特に近年では、ECプラットフォーム上では正規品の写真を載せ、実際には偽造品の販売を行うケースが増えている。いずれも摘発が難しく、出版関係事業者の売り上げに影響を与えている。
ただし、直近では首相公電第38号(注2)が発出されて以降、当局による取り締まりが急速に進んでおり、状況の改善を期待したい。
質問:
どのようにプロモーションしているか。
答え:
SNSを通じた情報発信を行うほか、対面のイベントを開催している。2022年以降、ハノイ市、ホーチミン市を中心に日本のマンガやポップカルチャーに関するイベントが増えている。キムドンもこれらのイベントに販売ブースを出展するほか、ステージを設けてファンミーティングなどを行っている。
2024年には「名探偵コナン」連載30周年を記念した展示を2カ月間開催し、多くの来場者を集めた。以前は無料だったイベントが有料化されても来場者数は減少していない。「体験に対価を払う」という考えが若い読者層に定着しつつある。イベント運営を経費にとどめず、収益を確保することで、持続可能なプロモーション施策としている。

対面イベントの様子(同社提供)

日越のコンテンツ文化のさらなる発展に向けて

質問:
今後の事業展開は。
答え:
書籍にとどまらず、関連商品を展開することが次のステップだと認識している。これに関して日本企業との積極的な協業を検討したい。また、日本や他国のイベントをベトナムに誘致することも強く希望している。
出版事業では、マンガだけでなく文学や科学などの書籍も展開していきたい。ベトナムの読者は、日本のマンガを高く評価すると同時に、文学や科学分野の書籍も求めている。
質問:
日本企業へのアドバイスや期待は。
答え:
期待することを一言でいえば、「ベトナム事業者との真の協業」だ。現地の事業者と共同でバリューチェーンを構築し、安定的かつ長期的な取り組みを通じて、双方の成長につなげることができる。
マンガをきっかけに日本文化に興味を持ち、日本への留学や就職を選んだベトナムの若者は多い。30年以上にわたる文化的懸け橋としてのマンガの役割は今後も変わらず、ベトナム人が日本に親しみを覚えるきっかけの1つであり続けるだろう。

キムドンが強調する「真の協業」という言葉は、現在のベトナム市場を象徴している。ベトナムの消費者は購買力の向上に伴いさまざまな商品を求めるようになっている。マンガ市場でも、日本と同様に特装版が売れ始めていることもその一例だ。ベトナム側のパートナーはそうした消費者のニーズ、商機を目の前にしている。日本企業にとっては単なるライセンス供与や販売ではなく、現地パートナーとともに市場を育成する姿勢が、長期的な成功のカギとなりそうだ。

ベトナムにおける日本マンガの普及は、単なる出版ビジネスの成功にとどまらない。アニメ、ゲーム、グッズ、イベントなど周辺市場への拡大も見込まれ、日本企業にとっては、現地パートナーとの連携を通じて事業機会を探索する可能性がある。特に若年人口の多いベトナムでは、コンテンツを起点とした幅広いビジネス展開が期待される。


注1:
「ドイモイ(刷新)政策」は1986年に行われた経済改革政策。社会主義国でありつつ市場経済原理を取り入れることを決定し、外国投資の受け入れの開始につながった。 本文に戻る
注2:
首相公電第38号(38/CĐ-TTg)は2026年5月5日に発出され、知的財産権侵害行為の取り締まりや厳正処分の強化を関係機関に求めた。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所 ディレクター
河野 尭広(こうの たかひろ)
2015年、ジェトロ入構。新興国進出支援課、国際ビジネス人材課で高度外国人材活躍推進事業の立ち上げに従事。2021年、ハノイでの語学研修(ベトナム語)、企画課を経て、2024年8月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所
ファム・トゥイ・ティエン
2022年からジェトロ・ハノイ事務所勤務。ジェトロの日本企業と海外バイヤーをつなぐオンラインマッチングプラットフォーム「Japan Street」事業を担当。