社会事情に応じたフレキシブルな保険販売を(インドネシア)

2026年1月19日

日本では、少子高齢化と人口減が進む。その結果、生命保険市場が成熟・縮小局面にある。一方、インドネシアでは人口が増加し、若年層に厚みがある。それを背景に、今後も生命保険事業に成長余地がある。

しかし、同国の所得間格差は都市部(ジャワ島)と地方(ジャワ島以外)で依然として大きい。その影響もあって、インドネシアの生命保険普及率(注1)は0.8%。ASEAN新興国の中で、著しく低い水準になっている(注2)

本稿では、インドネシアの生命保険市場について都市部と地方で異なる販売チャンネルの特徴や、販売商品のトレンド、規制強化の影響などを追う。また、その結果を踏まえ、市場の現状と今後の展望を明らかにしていく。

都市部は銀行窓販、地方はエージェント経由で販売拡大

生命保険市場を販売チャンネル別に見ると、銀行が窓口で保険商品を販売する銀行窓販と代理店(エージェント販売)が、過去10年以上にわたり定着している。いずれも3~4割と拮抗(きっこう)し、両者で全体の約7割を占める。残りは団体保険などが占める構成になっている。銀行窓販の最大の強みは、既存の顧客基盤(預金客)を活用できる点にある。特に、中・高所得者層に効率的にアプローチできるのが大きい。そのため、貯蓄性商品など、比較的高額な保険商品を販売する上で親和性が高い。そうしたことから、近年の生命保険市場の拡大をけん引してきた。

しかし、この手法だけで全ての顧客層に十分アプローチできるとは、言い難い。それは主に、銀行口座の保有率が低い理由にある。インドネシアの銀行口座保有率(15歳以上)は、図のとおり56.3%にとどまり、世界平均(78.7%)を大きく下回る。銀行窓販は、銀行口座の保有を前提に窓口で契約を結ぶ仕組みのため、口座を保有しない層を含む幅広い層をカバーするのは困難である。特に地方は、銀行支店数も限られており、そのことから銀行口座を保有していない国民が相対的に多いと言える。

なお、インドネシア金融サービス庁(OJK)の統計によると、2025年6月時点の銀行支店数は、全国で2万9,450支店(商業銀行:2万3,538支店、地方銀行:5,912支店)にのぼる(注3)。これら支店の多くは、ジャカルタをはじめとする大都市圏や経済活動が集中する地域(ジャワ島、バリ島など)に立地している。地方銀行でも同様で、約7割がジャワ島に集中する。

こうした地理的偏在を背景に地方では、銀行窓販を通じた販売が十分に行き届かない。その結果、代理店の保険販売員(エージェント)が直接、顧客のもとを訪問して販売できる「エージェント販売」が中心になる。現地保険会社によると、銀行窓販チャンネルが弱い地域ほど、人的ネットワークを活用したエージェント販売の重要性が高いという。

このように、インドネシアの生命保険は、(1)都市部では銀行窓販が中心、(2)地方で代理店(エージェント)中心という市場になっている。

図:銀行口座の保有率(15歳以上に限る)
日本は、2011年96.4%、2014年96.6%、2017年98.2%、2021年98.5%、2024年98.5%。全世界平均は、2011年50.6%、2014年61.7%、2017年69.3%、2021年73.8%、2024年78.7%。インドネシアは、2011年19.6%、2014年36.1%、 2017年48.9%、2021年51.8%、2024年56.3%。

出所:世界銀行(World Bank Group)のデータを基にジェトロ作成

規制強化に伴い販売にブレーキ

当地の生命保険料収入総額(新規・継続)は2024年、111億2,000万ドル(注4)。過去10年間で約1.3倍と、市場規模は着実に拡大してきた。

市場成長を牽引してきたのは、資産形成を目的にする貯蓄性商品である。中でも、「ユニットリンク」(保険と投資を組み合わせた投資型連動商品)(注5)が、主力で保険料収入総額の約4割を占めるまでになっている。従来型保険(定期・終身・養老保険)が残りの6割を占める。

ユニットリンクの加入目的は、主に「資産を守る」ためであり、また、富裕層や上位所得層を中心に販売が進んできた。しかし近年は、販売が拡大する過程で、投資商品としてのリスク説明が不十分なまま契約を交わす例が目立つようになった。具体的には、株価下落や金利変動により積立金や解約返戻金が変動し得るにもかかわらず、投資リスクの説明が不十分なまま販売。消費者からの苦情につながる事例が多発した。ジョコ・ウィドド大統領(当時)も、深刻な問題として取り上げた(注6)

これを受け、OJKは2022年3月14日、ユニットリンク商品の販売・管理に関してガイドライン「SEOJK.05/2022」を公表(即日発効)。その狙いは、(1)消費者保護の強化と(2)保険市場の健全な発展にある。内容面では、販売プロセスの適正化や情報開示の義務化などを規定。保険会社の販売規制を一層強化した(表1参照)。

表1:「SEOJK.05/2022」の主な規制内容(一部抜粋)
規制内容 詳細
販売プロセスの義務化
  • 商品内容、費用、リスクを明確に説明する。
  • 販売時の説明を録画・録音し、「ウェルカムコール(注1)」で理解度を確認する。
  • 費用・リスク・リターンなどの見通しを明示する。
販売資格
適合性
  • 販売員は、ユニットリンク専門資格の取得が必須。
  • 顧客のニーズ・財務状況に基づく適合性確認の実施を義務化。
商品設計
運用管理
  • 投資リスクを明確化。
  • 資産は、カストディアン(注2)で管理する。

注1:「ウェルカムコール」は、契約内容の確認・誤解の有無などをフォローするため、商品やサービスを契約した顧客に電話で確認すること。
注2:カストディアンは、保険会社に代わって有価証券(株式、債券など)を安全に保管・管理する金融機関のこと。
出所:OJKの通達「SEOJK.05/2022」を基にジェトロ作成

生命保険の保険料収入は2023年、全体で前年比7.1%減だった。しかし、ユニットリンク商品の販売落ち込みは、さらに大きい。その保険料収入は51億1,000万ドルで、前年(66億1,000万ドル)から22.6%の大幅減になった(注7)。落ち込みペースが速いのは、OJKによる販売規制や説明義務の強化がユニットリンク市場に直接、大きく影響したことを示している。

低価格帯のマイクロ保険で地方市場開拓を

冒頭で述べたとおり、インドネシアの生命保険普及率はASEAN諸国の中でも著しく低い。その要因の1つに、かねて国内で課題に挙がっていた都市部と地方の所得間格差が考えられる。

表2は、州別の月額給与(2025年7月時点)を示している。都市部のジャカルタ特別州(292.7ドル/月)と地方のランプン州(139.3ドル/月)では、2倍以上の所得格差がある。前述のとおり、インドネシアの生命保険市場は、中間所得層以上層が対象になるユニットリンクの販売が中心だ。地方の低所得者層にとっては、加入が困難だった。

このような顧客層へのアプローチの手段として、保険会社は保険料が低廉で手続きが簡単な小口保険(マイクロ保険)を販売している。例えば、アクサ・マンディリ(フランスの大手「アクサ生命」の合弁会社)は、「Perlindungan Mikro Sejahtera」を開発。この保険には、年間保険料わずか2万5,000ルピア(1.5ドル、1ルピア=0.00006ドル)で加入可能だ。その保障内容は、表3のとおりになっている。

表2:州別の月額給与(2025年7月時点)
月額給与(ドル)
ジャカルタ特別州 292.7
中部パプア州 284.9
リアウ諸島州 284.5
東カリマンタン州 266.4
北カリマンタン州 261.3
ゴロンタロ州 150.4
中部ジャワ州 146.5
西ヌサ・トゥンガラ州 142.6
東ヌサ・トゥンガラ州 140.5
ランプン州 139.3

注:月額給与額の上位・下位5州に限る。
出所:インドネシア中央統計機関(BPS)の統計データを基にジェトロ作成

表3:「Perlindungan Mikro Sejahtera」の保障内容
項目 内容
保険商品 Perlindungan Mikro Sejahtera
年間保険料 1.5~4.8ドル(保障プランによって異なる)。
加入年齢 加入後1年間。
保障内容 保障プラン(「Plan Sejahtera 30」の場合)
  • 死亡給付金:最大150ドル
  • 入院給付金:18ドル
  • 年間の支給上限:108ドルまで
  • 永久障害には、給付金を支給

注:1ルピア=0.00006ドルに換算して算出。
出所:「アクサ・マンディリ」の自社サイトを基にジェトロ作成

またインドネシアでは、急速にスマートフォンの普及が進んだ。所有者は約1億8,000万人(全人口の約7割)で、世界で4番目に多い。低所得層でも、しばしば保有している。こうした環境を踏まえ、近年ではスマートフォンを介して保険加入が可能なインシュアテックプラットフォーム(注8)を展開する企業が出てきた。その代表例は、表4のとおりである。

表4:インシュアテックプラットフォームの展開事例
企業名 事業内容・特徴
コアラ
(Qoala)
  • 2018年に設立。人工知能(AI)やデジタル化を駆使し、販売から保険金請求に対する処理に至るまでのプロセス全体を最適化。
  • インドネシア国内外の保険会社60社以上と提携。生命、医療、旅行など、多岐にわたり保険商品を展開。
  • 保険証券は通常、加入後に保険会社の審査を経て発行に至るのが通例。しかし当該プラットフォームでは、アプリで申し込みが完了した後、即時発行できる。
パサーポリス
(PasarPolis)
  • 2024年に国内最大のオンデマンドサービスゴジェック(Gojek)と戦略的パートナーシップ契約を締結。保険加入から請求までの手続きが、ウェブやアプリ上で完結する。保険証券は、1秒間に約100件発行できる。
  • 旅行・健康・医療のほか、荷物配送や大型荷物配送保険など、各種マイクロ保険をアプリ内で提供する。

出所:各社サイトを基にジェトロ作成

消費者志向の体制整備や地方などに適した商品開発がカギ

市場での動きを踏まえると、生命保険販売の販売チャンネルは今後も、銀行窓販や代理店販売が中心になると見て良い。

ただしOJKは、貯蓄性商品の規制強化を進めている。生命保険各社にしてみると、従来型の販売手法だけでは不十分だ。加えて、顧客の理解度やニーズに沿って商品設計し販売提案できる体制整備が一層必要になる。リスク説明の高度化やアフターサービスの充実など、消費者保護を意識した対応が不可欠だろう。

また、地方や離島ではこれまで、保険市場の開拓が十分には進んでこなかった。しかし、こうした地域でも、マイクロ保険やデジタル技術(スマートフォンアプリなど)を活用した生命保険が段階的に普及しつつある。生活実態に即した顧客のニーズを的確に把握し、適切な保険商品を提供できると、市場拡大の余地は今後も十分に見込めると考えられる。


注1:
GDPに占める年間保険料収入の割合を指す。(1)各国の保険市場規模や国民が保険に依存する度合いを測るため、さらに(2)その結果を国際比較するために、用いる。 本文に戻る
注2:
アリアンツ社の年次レポート「Allianz Global Insurance Report 2025」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.45MB)参照。 本文に戻る
注3:
インドネシア金融サービス庁(OJK)の統計データ「Indonesia Banking Statistic - June 2025」参照(インドネシア語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます本文に戻る
注4:
インドネシア生命保険協会(AAJI)の発表資料(2025年3月3日付)参照(インドネシア語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます本文に戻る
注5:
ユニットリンクは、「保障」と「投資」、2つの機能を併せ持つハイブリッド型商品。保険料の一部を保障(死亡、障害、疾病など)に充て、残りを投資信託型ファンドに割り振る。 本文に戻る
注6:
「テンポ」紙(2023年2月7日付)参照(インドネシア語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます本文に戻る
注7:
「IDNフィナンシャルズ」紙(2024年2月27日付)参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます本文に戻る
注8:
インシュアテックは、(1)保険(insurance)と(2)テクノロジー(technology)を合わせた造語。(1)と(2)を融合し、保険業務の効率化や新しい商品・サービスの開発を支援するシステム基盤のことを指す。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
野本 直希(のもと なおき)
2016年大手生命保険会社入社、2025年から現職。