スペイン・モンドラゴンに学ぶ起業家教育エコシステム
日本人起業家の挑戦と示唆

2026年2月9日

スペイン北部、独自の文化と言語を持つバスク地方。ここには、世界中から政策立案者や経営学者が視察に訪れる「モンドラゴン協同組合(Mondragon Corporation)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」がある。この組織は、利益追求型のコングロマリット(巨大企業体)ではなく、相互扶助による地域経済の底上げを目指す「協同組合エコシステム(注1)」であり、分断が進む現代資本主義の文脈において、その有効性があらためて見直されている。近年では、その教育部門であるモンドラゴン大学外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます から若手起業家が次々と輩出されている。本稿では、モンドラゴンが築いてきたレジリエンスの仕組みとそこから派生する実践的起業家育成モデルを概観する。また、このエコシステムに参画し、移民・難民人材とデジタル技術を結びつけた新たな社会的包摂(注2)の事業モデル創出に挑む日系スタートアップ、ロボコープ(Robo Co-op外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )の取り組みを紹介する。

労働者がオーナーとなる分散型経済圏

モンドラゴン協同組合は、1956年にホセ・マリア・アリスメンディアリエッタ神父と5人の若者によって設立された工場を起源とする。現在では製造、流通、金融、教育・研究など、約250の協同組合から構成され、約7万人を雇用する世界最大級の労働者協同組合グループへと成長した。

最大の特徴は、資本家ではなく「働く人がオーナーとなる」というガバナンスを徹底している点にある。出資者は労働者自身であり、意思決定は出資額に関係なく1人1票。経営陣と現場の賃金格差は制限され(最大6倍程度)、利益は個人への還元、事業再投資用の内部留保、そして教育や地域社会への貢献に配分される。

このモデルを支えるのが、「金融・産業・社会保障」が連動した強固な「相互支援システム」だ。グループ金融機関「ラボラル・クチャ(Laboral Kutxa)(スペイン語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」は各協同組合の資金の一元管理、個人・法人向け金融サービスの提供、およびベンチャーキャピタルとして、新規事業への投融資や経営支援を行う。独自の社会保障組織「ラグン・アロ(Lagun Aro)(スペイン語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」は、ある組合が経営不振に陥った場合でも、雇用調整助成金のような機能を果たすほか、グループ内の好調な部門へ余剰人員を再配置する。個社の失敗をグループ全体で吸収するこの仕組みは、短期的な高成長を志向するモデルとは異なる。リスクを共有しながら挑戦を継続できる、しなやかな分散型のスケール戦略として、地域密着・社会課題解決型スタートアップなどにとって示唆的といえる。

図:モンドラゴンの組織図
常設委員会で組織される議会を最上位に、その直下に一般諮問委員会における総裁があり、その下に、産業 (自動車、建設、機器、工作機械、産業オートメーション、サービス)が39.7%の組織人数構成比、金融が3.2%、教育が2.1%、流通が55%を構成し、合計で68,743人の組織となる。

出所:モンドラゴン資料を基にジェトロ作成

教室も教師も存在しない「実践型」起業家教育

この協同組合精神を次世代に継承し、イノベーションを生み出し続けているのが、グループのナレッジ部門を担う「モンドラゴン大学」だ。特にビジネス・アントレプレナーシップ学部(MTA)が提供する学位プログラム「レーン(LEINN)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」は、欧州で唯一の「チーム起業(Teampreneurship)」の学位として知られる。


LEINNのカリキュラムには、従来型の「講義」や「教員」は存在しない。学生たちは入学と同時に15〜17人のチームをくみ、実在する「法人(チーム・カンパニー)」を設立する。チームコーチの伴走のもと、顧客開拓から営業、請求、納税までを実践し、「在学中に一定の利益を上げること」が卒業条件となる。ここではリアルなビジネスの厳しさと、チームで課題を解決する「チーム起業家精神(Teampreneurship)」を徹底的に叩き込まれる。


また、LEINNは「旅する大学(Travelling University)」として、ビルバオやベルリン、ソウル、シリコンバレーなど世界各地を巡りながら学習・事業開発することで、グローバルな視座を獲得する。ビルバオ市のイノベーション施設「BBF(Bilbao Berriekuntza Faktoria)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」では、学生のチーム・カンパニーと、卒業生が設立したスタートアップ、既存企業のオフィスが同居しており、教育、企業、産業が分断されないエコシステムが形成されている。この取り組みは、起業家育成を「教育政策」ではなく「産業政策」として捉える発想の転換といえる。


BBFの様子(ジェトロ撮影)

バスクで挑む日系スタートアップ「Robo Co-op」の挑戦

バスク独自の「共創」の土壌に可能性を見出し、日本から参画しようとするスタートアップがある。「難民主導の協同組合」を掲げるRobo Co-opだ。


同社は2021年より、ITスキルを習得した難民人材に、ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)開発や人工知能(AI)エージェント構築業務を委託する「インパクト・ソーシング(注3)」事業を展開している。スペイン国内で、テック人材は約12万人不足しているといわれる(スペインのデジタル産業団体DigitalIESの報告)。深刻化するテック人材不足と、就労機会を求める難民・移民のニーズを結びつけようと、スペイン・バスク州への進出を決めた。特徴的なのは、単なる労働力提供ではなく協同組合という形で、難民自身がオーナーシップを持ち得るキャリア形成を目指している点にある。

Robo Co-opの 金辰泰(キム・ジンテ)代表は、進出の理由として「モンドラゴンが体現してきた人間中心の技術活用と民主的な組織運営が、当社の目指す難民の自立支援モデルと深く共鳴するため」と語る。既に、ガザ地区出身のエンジニアなどをスペインに招聘(しょうへい)し、同州で新たな協同組合拠点を設立する準備を進めている。自治体の起業支援機関「ベアス(BEAZ)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」やスタートアップ支援・イノベーション拠点「BAT(Bizkaia Accelerator Tower)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」、高度人材誘致機関「Bizkaia Talent外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」とも連携し、協同組合エコシステムをベースに、難民・移民人材の就労、起業、地域定着を一体で支える人材受け入れモデルの実装に取り組もうとしている。


Robo Co-op 金代表(Robo Co-op提供)

AIやデータが特定の巨大テック企業に集中する中で、バスクでは「データ主権(Data Sovereignty)」といった考え方もガバナンス設計に根付きつつある。技術を社会全体の共有資源として管理・活用する「協同組合型AI(Cooperative AI)」データに関する決定権を、地域社会が持つとする考え方だ。日本の技術力と、バスクの協同組合システムをいかに接続し、イノベーションを通じて包摂性と成長を両立させるか。Robo Co-opの挑戦は、日本発スタートアップがグローバルな社会課題に向き合う上での、新たな実装モデルを示している。


Robo Co-op 金代表(右から1人目)とモンドラゴン大学のエコシステム関係者(ジェトロ撮影)

注1:
協同組合、金融、教育など複数の組織が連携しながら、地域の経済・社会を支える仕組み全体を指す概念。 本文に戻る
注2:
所得や出自などにかかわらず、誰も社会や制度から排除されずに、機会やサービスへアクセスできる状態を目指す考え方。 本文に戻る
注3:
弱い立場にある人々に業務を外注し、ビジネスの成果と社会的インパクト(雇用・能力向上)を同時に生み出すアウトソーシング手法。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部スタートアップ課
加賀 悠介(かが ゆうすけ)
英エコノミスト・グループでの勤務、フランスでの医療系スタートアップ勤務などを経験後、2022年、ジェトロ入構。イノベーション促進課を経て、2023年から現職。