日タイ企業の絆、育てる3つの力
BLCPとアルガルバイオに聞く
2025年10月21日
微細藻類の研究開発を行うアルガルバイオ(本社:千葉県柏市)と、タイの独立発電事業者(IPP)のBLCPパワーは2025年3月、微細藻類を活用した二酸化炭素(CO2)固定化技術と、藻類バイオマスの商業利用の実証を目的とした共同研究開始に合意した。両社連携の背景や今後の日タイ企業間連携の可能性などについて、アルガルバイオの大江真房・最高執行責任者(COO)と、BLCPパワーのユッタナー・チャロンウォン・マネジングディレクターに話を聞いた(2025年7月2日に取材)。
今後の連携継続には「市場創出」「単純化」「信頼」がカギ
アルガルバイオは、東京大学での20年以上にわたる研究成果を基盤に創業された藻類バイオテックベンチャー(2018年設立)だ。100種に上る藻類株ライブラリーの構築と培養技術を活用し、健康・美容領域からCO2固定化技術まで、多岐にわたる分野でソリューションを提供する。
BLCPパワーは、タイのエネルギー大手バンプーグループとタイの大手発電事業者エレクトリシティー・ジェネレーティング・パブリック・カンパニー(EGCO)グループの合弁企業で、ラヨーン県で石炭火力発電所〔発電能力は1,434メガワット(MW)〕を運営する。同社は現在、持続可能性の推進とCO2削減に取り組んでいる。

- 質問:
- 両社連携のきっかけは。
- 答え:
- (ユッタナー氏)ジェトロ主催のマッチングイベントで、アルガルバイオと出会った。それまでは(ジェトロ主催ではない)イベントに参加してネットワーキングをしてきたが、当社が求める日本企業には出会えていなかった。アルガルバイオは、二酸化炭素(CO2)回収・有効利用(CCU)に関する素晴らしい技術を持っていたため、当社は興味を持った。対面・オンラインによるディスカッションを重ね、連携に合意した。
- (大江氏)この合意は、ジェトロによるマッチング支援事業のおかげだ。イベントでBLCPパワーと出会えたのは幸運だった。
- 質問:
- 今後の両社の連携の方向性は。
- 答え:
- (ユッタナー氏)今年(2025年)、両社で協力して、オンサイト(BLCPパワー施設内)での実証(FS)を行う。実証が成功したら、ラヨーン県周辺地域コミュニティーを巻き込んだ取り組みへと拡大し、将来的には、タイ全域へと拡大させていきたい。これは、ひいてはタイの経済活性化にもつながる。
- 質問:
- 両社で今後、ビジネスを進める上での課題は。
- 答え:
- (大江氏)米国の環境政策の変化にもみられるように、脱炭素の政策的見通しが不確実という点だ。ただし、脱炭素のみならず、培養された藻類を活用し、さらなる地域・社会課題の解決へ結びつけていくことが両社にとって非常に大切だ。脱炭素の取り組みは中長期的に見て、正しく、必須だと確信している。
- (ユッタナー氏)当社の株主と対話しているが、彼らは引き続き、当社のカーボンニュートラルに向けた取り組みを支持している。今後、取り組みのスピードが一時的に遅れることがあるかもしれないが、アンモニア発電、藻類によるカーボンリサイクルを推進する意思は変わらない。しかし、タイの脱炭素化に向けた潮流は、地政学の変化や近隣諸国の動き、経済見通しなど、さまざまな要素が関係するため、今後どう変化していくのかはまだわからない。
- 質問:
- 両社が今後、連携を続けるために必要なことは。
- 答え:
- (ユッタナー氏)両社が「高い熱量」をもって、連携し続けるためには、マーケットの創出が必要だ。将来のスケールアップに向けて現在、両社で実証に取り組んでいる。両社が直近で取り組むべきステップとしては、ヘルスケア市場への進出が挙げられる。タイでヘルスケア分野に進出するためには、タイ保健省食品・医薬品事務局(FDA)の認証を取得する必要がある。また、タイは農業、ヘルスケア、ウェルネスなどの市場が日本のようには成熟していないが、新型コロナ(ウイルス)禍以降、健康に対するタイ人の関心は非常に高まってきたといえる。タイのサプリメント市場も注目されつつある。ヘルスケアの領域では、病気になってから治療するのではなく病気を未然に防ぐ、予防医療への関心が高まり、マーケットも拡大している。
- (大江氏)両社連携の継続には、事業の商用化(Commercialization)が重要だ。また、その価値をタイの消費者や地域社会に理解してもらうため、社会的なインパクトを分かりやすく伝えることも大切だ。さらに、タイ企業との連携のカギは、共同事業を通じてさらなる信頼を構築していくことにあると考える。
契約で決めた内容以上の連携が可能なのが日本企業
- 質問:
- 連携先としての日本企業をどのようにみているか。
- 答え:
- (ユッタナー氏)当社はこれまで、日本の大手企業と20年以上にわたって長く付き合ってきた。契約上のEPC(注1)の関係だけでなく、長期間にわたる信頼関係を構築してきた。アルガルバイオのようなスタートアップも、また大手企業も含め、日本企業はビジネスパートナーへの理解があり、さまざまな面で協力的だ。非日系企業とはビジネス上の合理的な関係にとどまることが多いが、日本企業とは紙面(契約書)で決めたこと以上の深い連携ができている。日本企業は、双方にとってウィンウィンの解決策を提示してくれる。
- 質問:
- 日本企業(スタートアップ)がタイで連携先を見つけるために必要なことは。
- 答え:
- (大江氏)当社のようなスタートアップが提供する新技術を信用することは、(BLCPパワーのような)相手企業にとってはとてもチャレンジングなことだ。そのため、企業としての信用性が非常に重要で、その点で日本政府の支援が必要だ。例えば、日本政府が当社に補助金を提供しているという実績(注2)は、われわれの信用向上につながる。今回もそのおかげで、BLCPパワーとともにタイで実証ができるまでになった。
日タイ間連携支援には、「脱炭素+他の社会課題」などの枠組みが有効
- 質問:
- 今後、日タイ間で連携が進むとみられるサステナビリティー関連のテーマや技術は。
- 答え:
-
(ユッタナー氏)タイでは政権や政策の変更があっても、クリーンエネルギー市場は今後も伸びると推測される。背景には、クリーンエネルギーを必要とするデータセンターのタイへの設置拡大の動きがある。今後、安定的に導入が進むかは不明だが、タイは2037年までに発電容量に占める再生可能エネルギー(以下、再エネ)の構成比を50%にまで引き上げようとしている。ただ、太陽光や風力発電などの再エネ導入が増加すれば、日照量や風量が少ない季節・時間での停電リスクも発生する。実際、欧州では過去に停電が起きており、電力の安定供給に向けた対応も必要となるだろう。
また、クリーンエネルギーには、水素やアンモニアの利用も含まれる。当社はJERAとともに、石炭火力発電でのアンモニア混焼の実証も行っている。このほか、タイではバイオマスや、2030年代後半以降となるが、原子力(小型モジュール炉:SMR)の利用も検討されている。 - (大江氏)当社の事業にとっては、タイの地域や社会をどのようにケアしていくのかという視点が今後重要になってくる。特に汚水処理の設備は、農業大国タイで需要があると考えている。実際、汚水に関する悪臭対策、浄水、化学物質除去などに対する関心も、タイで高まってきている。
- 質問:
- 日タイ間での企業連携を促進するために必要な支援は。
- 答え:
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(ユッタナー氏)新エネルギー事業を行うに当たっては、政府の後押し(補助金)が必要だ。例えば、水素、アンモニアを商業化するにはコストが高い。特にプロジェクトの初期段階で、タイ政府と日本政府の双方から補助金を拠出し合って支援する枠組みがあるといい。複数の公的機関が同時並行で枠組みをつくっていくことが重要だ。また、日タイで連携プロジェクトを実施することの効果として、少なくともタイ側(企業など)にとっては、日本の技術を学ぶ機会となる。
タイ政府は日本や韓国と同様に、クリーン電力の導入に向けたエネルギー関連規制のサンドボックス(注3)の導入を進めようとしている。まずは小さい領域でもいいので、トライアルで進めていく。 - (大江氏)スタートアップ向けの公的支援制度は、そのインパクトや優先順位から、脱炭素や新エネルギー技術に関するものが多いが、他の社会課題も含めて間口を広げることで、より広く社会課題にアプローチが可能だ。例えば、温暖化の進行を止める技術だけでなく、温暖化により起きた事象へ対処する技術も対象とするなどだ。脱炭素の観点だけでは解決しきれない農地土壌改良や排水利用などの視点も含めるなどが考えられる。「脱炭素+地域社会が抱える他の社会課題解決」へ同時にアプローチしていくことが有効だ。
- 注1:
- エンジニアリング(Engineering)、調達(Procurement)、建設(Construction)契約の頭文字。
- 注2:
- アルガルバイオはこれまで、令和5年度補正「グローバルサウス未来志向型共創等事業費補助金」(経済産業省)や、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などの複数の補助金の対象となっている。
- 注3:
- サンドボックス制度とは、革新的な技術やサービスを事業化する目的で、地域限定や期間限定で現行法の規制を一時的に停止する制度。

- 執筆者紹介
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ジェトロ企画部企画課 課長代理
古川 祐(ふるかわ たすく) - 2002年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(欧州班)、ジェトロ愛媛、ジェトロ・ブカレスト事務所長、中小企業庁海外展開支援室(出向)、海外調査部国際経済課などを経て現職。共著「欧州経済の基礎知識」(ジェトロ)、共著「FTAの基礎と実践」(白水社)。

- 執筆者紹介
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ジェトロ海外ビジネスサポートセンターお客様サポート課
矢田 琴子(やた ことこ) - 2024年、ジェトロ入構。企画部海外事務所運営課を経て現職。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・バンコク事務所
髙橋 凌太(たかはし りょうた) - 2016年、香川県庁入庁。交流推進部、政策部などを経て2024年、民間等出向者としてジェトロ入構。ジェトロイノベーション部エコシステム課(24~25年)を経て現職。