全体最適化の実現で生産効率が向上
中国企業のIIOT導入が加速(2)
2025年8月4日
中国では近年、データドリブンによるインダストリアルインターネット(IIOT:Industrial Internet of Things)が急速に発展し、中国企業の導入が加速している。この連載は、中国で導入が進むIIOT(以下、「中国版」IIOT)の実態を2回に分けて紹介する。第1回目では、中国政府がどのようにIIOTの発展を後押ししてきたかについて概観した。連載2回目の本稿では、「中国版」IIOTを形成する産業のエコシステムの構造を整理し、中国企業が実際にIIOT化した取り組み事例を参照する。その上で、進出日系製造業がIIOT導入にどう取り組むべきか、方向性について提言する。
水平分業が進むエコシステム
政府の発展支援の下で、中国国内のIIOT市場規模は拡大を続けている。賽迪顧問(CCID Consulting/工業情報化部傘下の市場調査会社)の発表(2024年8月)によると、2023年から2026年にかけての同市場規模の年間平均成長率(CAGR)は、約14.7%と予測されており、2026年の同市場規模は1兆4,862億元(約30兆円、1元=20円)に達する見込みだ(注1)。
IIOTは一般的に、エッジ層、プラットフォーム層〔Platform as a Service(PaaS)、Infrastructure as a Service(IaaS)〕、応用層〔Software as a Service(SaaS)〕の3層から成る。エッジ層では機械機器・設備とデバイスを接続し、データの収集・処理を行う。これらのデータをプラットフォーム層で処理・分析し、応用層で各業界・機能別の領域に活用する。
図では、中国のIIOTを形成する各層での主なプレイヤーを整理している。概観すると、階層ごとに水平分業が進んでいる特徴がみられる。PaaSでIIOTプラットフォームを提供する企業には、中国大手企業が多い。百度(Baidu)、テンセント、華為技術(ファーウェイ)、アリババグループ、京東グループなどのITジャイアントが軒並み参入している。また、大手メーカーが自社開発したIIOTプラットフォームを外販するケースもみられる。後述する家電大手のハイアールによるCOSMOPlatや重機製造大手の三一重工によるROOTCLOUDなどが例として挙げられる。他方で、SaaSではPaaS・IaaS企業が開発した基盤(プラットフォーム)を基に、業界や機能ごとに開発したソリューションが提供されている。PaaS・IaaS企業がSaaSも手掛けるケースのほか、中小企業やスタートアップも多く参入している。また、エッジ層にも中小企業が多く参入しており、PLC(Programmable Logic Controller)などの特定領域では、外資系企業の存在感も大きい。
図:「中国版」IIOTの全体像(階層別)

出所:中国IIOT研究院による「中国IIOT産業経済発展報告書(2024年)」ならびに 各種公開資料より野村総合研究所(NRI)作成・提供
中国企業のIIOT導入に、自社開発型と他社活用型
中国メーカーのIIOT化の取り組み事例を見ると、大きく2つの型がある。(1)大手メーカーなどが自社でIIOTプラットフォームを開発する「自社開発型」と、(2)他社が構築したプラットフォームを活用する「他社活用型」だ。
中国企業のIIOTの取り組みに明るいNRI上海の陸成アソシエート・パートナーによると、「自社開発型」の場合、エッジのセンサーやPLC通信機器(注2)などでは他社設備も採用しながら、設備との接続からシステム全体の統合を自前で行っている。また、自社でサーバーを立ち上げた上で、プラットフォームの構築、製造オペレーション管理システム(MOM)などソリューションの開発まですべて行っているケースが多いという。代表例として、既述のハイアールのCOSMOPlatや三一重工のROOTCLOUDが挙げられ、これら企業は、自社開発したプラットフォームやソリューションを他社にも販売・提供している。
ハイアールは、自社開発したIIOTプラットフォームのCOSMOPlatにより、マス・カスタマイゼーションを実現し、製品の競争力の向上につなげている。マス・カスタマイゼーションとは、マス(大量生産)とカスタマイゼーション(個別の受注生産)の双方のメリットを組み合わせた生産体制を意味する言葉だ。これにより、低コストで高効率な大量生産のメリットを維持しながら、顧客の個別のニーズに応えることが可能になる。また、同プラットフォームで在庫を一元管理し、売れ行きが不調な製品を効率的に減らすことで、運営コストの低減にもつなげる。同社ウェブサイトなどの説明によると、具体的には開発・原材料調達・製造・物流・販売までのサプライチェーンをデジタルプラットフォームで一元管理し、サプライヤーと情報を共有・連携しているという。サプライヤーからのリアルタイムの注文データに基づいて、発注・調達計画をシステムで機動的に調整可能にしている。製造計画では、AIがモジュラーを組み合わせて、顧客のカスタマイズされたニーズに対応して作成・調整する。
中国建設機械最大手の三一重工は、デジタル・スマート化を自社のコア戦略に掲げ、IIOTに取り組んでいる。同社ウェブサイトによると、同社は、製品の設計から生産工程の開発、ライン計画、製造、納品に至るまで、全工程を自社開発のIIOTプラットフォームROOTCLOUDでデジタル管理し、全体効率の向上を図っている。また、複数の生産工場の連携、物流総合管理システムを導入することで、企業活動全体でヒト・モノ・カネ・情報の一元管理を実現している。中国国内に40以上のスマート工場を有し、そのうち北京工場と湖南省長沙市に所在する長沙18号工場は、ライトハウス工場に認定されている。長沙18号工場では、デジタルツイン(注3)を活用した全工程の効率化を図り、仮想空間における生産工程の開発、顧客の需要予測に基づいた生産対応や生産ライン計画のシミュレーション、生産スケジューリングの最適化をすべて一元化し、リアルタイムで反映・確認できるシステムを構築している。さらに、2022年には自社のIIOT技術の横展開として、インドネシアでライトハウス工場を建設。中国建設機械業界として初のクロスボーダーでのIIOT化の試みになった。ROOTCLOUDを通じて3,000キロ以上離れた中国本社の生産管理システムのセンサーとリアルタイムに情報を共有している。
他方、「他社活用型」では、自社工場のIIOT化に際し、設備の接続、IIOTプラットフォームの導入などで外部のソリューションまたはベンダーを活用している。自社開発に比べ初期投資が抑えられるほか、早期の導入効果の刈り取りが可能になる。例えば浙江省杭州市を本拠地とするキッチン機器大手メーカーの老板(ROBAM)電器は、同社のIIOT工場を建設・運営するに当たり複数のソリューション提供企業と連携している。同市に所在する同社工場のうち、第3工場棟は2016年に工業情報化部からスマート化製造モデル工場に選出された。2020年には全面アップグレードし、デジタル・ネットワーク・インテリジェント化をさらに推進すべく、5G、クラウド、AIなどの応用を進めている。現在までに、ほとんど全ての工程(取り付け工程を除く)で完全無人化を実現している。また、サプライヤーへの発注・納品状況も同社の管理プラットフォームで一元化しており、在庫を極力持たないよう、生産・販売状況を踏まえてサプライヤーに必要分をオンデマンド発注している。同社は、同IIOT工場を構成するシステムインフラ、クラウドアーキテクチャはアリババクラウドから、ERP(注4)や立体倉庫管理システムは他の中国地場企業から提供を受けている(2025年3月のヒアリングに基づく)。
また、広汽埃安(AION)〔広州汽車(GAC)が展開するEVブランド〕は、湖南省長沙市のスマート工場の建設にあたり、広州瑞松智能科技(Risong Intelligent Technology)からスマート製造ソリューションの提供を受けているとされる。
コア技術に関わる自社開発領域を明確化、現地エコシステムの活用も視野に
中国企業は、政府支援の下、自社開発あるいは他社ソリューションの活用により、中国版「IIOT」を積極的に推進し、各拠点単位や生産工程などを1つのプラットフォームに集約する全体最適化を図っている。それゆえ、生産のさらなる効率化を達成し、自社の競争力を強化している。
一方で、製造現場ごとの改善や効率化は、日本企業が早くから取り組みを重ね、強みを有する分野と言える。現地進出日系企業が今後、全体最適の実現に向けた検討を進める場合、ビジネス全体を見据えた総合的なグランドデザインを描く経営的視点と、それらを支えるプラットフォームやシステムの構築が肝要だ。プラットフォームやシステムの構築・導入に当たっては、知的財産保護やコア技術の流出防止に関わるデータ管理が必要だ。自社の強みを維持・強化する上で、自前で構築(あるいは他社と共創)すべき領域と、より安価かつ迅速に効果を得るために他社が提供するプラットフォームなどを活用すべき領域を整理し、全体戦略を策定していくことが重要と言えよう。
- 注1:
- 中国版「IIOT」における市場規模では、(1)産業用ソフトウエア、(2)通信システム、(3)プラットフォーム、(4)スマートデバイス、(5)セキュリティーソリューションの5分野が対象。
- 注2:
- PLC(プログラマブルロジックコントローラ:工場などの自動制御システムに使用する制御装置)とクラウドや他のITシステムをつなぐための通信インターフェースやゲートウエー機器のことを指す。工場の現場データをリアルタイムで収集・分析・制御する役割を担っている。
- 注3:
- 現実世界の物体やシステムをサイバー空間上に再現し、シミュレーションや分析を行う技術を指す。
- 注4:
- ERP(Enterprise Resources Planning)は、企業の業務プロセスを統合し、効率化するためのソフトウエア。財務、人事、製造、販売、在庫管理など、さまざまな部門のデータを一元管理し、リアルタイムで情報共有するのを可能にする。
中国企業のIIOT導入が加速
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- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中国北アジア課
益森 有祐実(ますもり あゆみ) - 2022年、ジェトロ入構。中国北アジア課で中国、韓国関係の調査を担当。