インペリアル大学スピンオフ企業、日本市場への挑戦(英国)
2025年10月22日
ジェトロは2025年9月17~18日、経済産業省、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と 、Global Startup EXPO 2025を共催した。このイベントでは、ディープテック分野を中心とし、5テーマ(「地球との共存」「人口に頼らない社会(注1)」「豊かな生活」「健康と長寿」「新技術のルールメーク」)に沿って展示会とピッチセッションを開催。国内外のスタートアップを招聘(しょうへい)し、世界規模の課題解決に向けた共創の場を提供した。
英国からも、スタートアップ3社を招いた((1)ホクストン・ファームズ、(2)スィミア、(3)ニューボンド)。この記事では、(3)を取り上げる。家庭でのリハビリを可能にするウエアラブルデバイスで、業界のゲームチェンジャーを目指す企業だ。
ニューボンドの柏倉淳平共同創設者に、日本市場参入に向けた意気込みを聞いた(取材日:2025年6月16日)。

リハビリ業界に、なおも課題
- 質問:
- ニューボンドは、アンメット・メディカル・ニーズ(注2)を特定し、技術を確立していった企業なのか。
- 答え:
- 当初はインペリアル大学(ロンドン)の研究者として、義手の開発をしていた。1年弱の開発期間を経て、スイス・チューリッヒ工科大学が主催する国際競技大会サイバスロン(注3)に参加した。独自開発した義手で商業化を目指したものの、事業拡大の限界を感じた。
- 次のフェーズで考えたのが、ニューラルインターフェイス(注4)事業だ。共同創業者のパトリック・サガステギ氏と、研究室教授のダリオ・ファリナ氏と協議を重ね、脳卒中後のリハビリ領域に着目した。
- 既存のリハビリ治療には、脳可塑性(注5)を促進できるゴールドスタンダード治療(注6)がある。しかし、まだまだ課題が残っていた。(1)いまだに多くの人的ソースに頼っている点や、(2)新たな技術なども非日常的動作によるリハビリ運動に頼っている点〔ゲーミフィケーション(注7)などはその一例〕、(3)グローブタイプの大きな装置のため汎用(はんよう)性に欠ける点などだ。
- 徹底したマーケットリサーチを通し、義手開発で培ってきた技術で一層コンパクトなウエアラブルデバイスを実現できること、しかも日常生活の動作が直接リハビリにつながる世界観を構築できること、を確信。その結果、創業に至った。
-
インタビューに応じる柏倉氏(ジェトロ撮影) - 質問:
- 日本市場をどのように見ているか。
- 答え:
- 高齢社会により脳卒中症例が増加している。新規と再発を含め、脳卒中の年間発症数は約27万件(2021年)に上る 。また、生涯脳卒中の発症率は世界平均が4人に1人と言われる中、日本はそれを上回る。つまり、総人口に対する割合が高いことになる。
- 確かに市場規模だけを見ると、米国市場が優先になるだろう。しかし、日本の脳卒中患者にわれわれの技術を届けることで得られるビジネスモデルやノウハウは、米国にも展開できると感じている。
- (1)リハビリによって、高いクオリティー・オブ・ライフ(QOL)を実現できること、(2)さらには、患者の社会参画を促すこと、(3)これらが医療費削減につながることは、昔から言われてきた。われわれはこの問題を早急に解決していきたい。課題としては、日本のリハビリ業界でニューラルインターフェイスの認知度や受け入れ態勢がどこまで高いのか、いまだ不明瞭なことだ。
- しかし、技術的にわれわれのデバイスほどコンパクトなものは現状、実臨床に存在していない。臨床現場に導入されているものの多くは、特定患者にしか対応しておらず、エビデンスレベルとしても低いと認識している。一方、われわれはこれまで、エビデンスを確立することに重きを置いてきた。
- また従来のリハビリは、理学療法士個々人の技術レベルに大きく依存してきた。一定の技術レベルに達するまで、10年弱かかることもある。われわれのデバイスを導入しさえすれば、均一化したリハビリ機会の提供につながりそうだ。理学療法士が技術習得する手間も軽減できるだろう。
エコシステムプレーヤーから創業支援を受け
- 質問:
- 創業に至るまで、どのような支援を受けてきたか。
- 答え:
- インペリアル大学には、エンタープライズラボという自前のアクセラレーターがある。すなわち、起業家を生み出していくための環境に恵まれている。起業の仕方から、自社のビジネスモデルなどを説明するピッチデックの作り方、マーケティングに関するワークショップの開催が数多く、インペリアル大学の学生なら誰でも無料で参加できる。
- 私も研究者の時から参加して、起業まで支援してもらった。創業してからは、大学のネットワークを活用し、投資家などとつながる機会をもらい、特許出願のサポートも受けている。ピッチコンペティションに参加する機会もあり、さまざまなステークホルダーとつながれたのは、非常に良かった。
日本と英国、ビジネス環境に違い
- 質問:
- 日本と英国のビジネス環境の違いは。
- 答え:
- 私は以前、トヨタに在籍していた。そこで培ってきた「カイゼン」という哲学は、「今あるものをよりよくしていくために、現場の従業員が自ら、日々の業務の中で問題点を見つけ改善提案する」文化だ。現存することについて質を向上させていくのは、日本人が得意なところと言えるだろう。
- 一方で、枠組みの外でアイデアを考えていくことについては、苦手なのかもしれない。また、チーム内での意見合意に時間がかかる点も、日本の特徴だろう。
- 英国は、アイデア重視。良くもあしくも日本のように細かいことは考えない。全体の方向性が定まったら、そちらに向かって進んでいく。全体のベネフィットがあれば、たとえリスクがあっても、一緒に乗り越えていこうという土壌があると感じる。そのような環境ではイノベーションが起きやすいし、人も集まりやすい。
- マイクロマネジメント(注8)を嫌う傾向があるとも感じる。英国でビジネスをしていく上では、大きな方向性を示すことが重要だ。対して日本では、ある程度マイクロマネジメントを講じた方がうまくいくことがある。
まずは英国で資金調達
- 質問:
- 今後の資金調達の戦略は。
- 答え:
- 最初のマーケットは英国。ここを基軸に、資金調達していく。地盤を固めてから、他の国へ展開していく予定だ。投資家とディスカッションをする際も、われわれの戦略を考慮してくれるところと話していきたい。ある程度ビジネスの土台ができたところで、各国のベンチャーキャピタル(VC)にアプローチをかけていくつもりだ。
- なお、米国のVCは、迅速にマーケット展開する戦略的思考が強い。また、商業先行を重要視する風土を感じる。われわれにも、消費者に幅広く商品展開して企業価値を上げ、早くエグジットするようアドバイスしてきた。当社デバイスを(医療機器というより)ウエルビーイングにつながるカジュアルなウエアラブルデバイスと位置づけてはどうかというのだ。
- しかし、私たちは足元を固める作業を重視している。着実にエビデンスを蓄積していき、各国の規制を確実にクリアしていきたい。その点、英国のVCはわれわれのビジョンに共感してくれるところが多いようだ。米国市場については、臨床試験を実施してマーケティングできそうなタイミングを見計らい、展開を考える。
- 質問:
- キャピタリストの関与を受ける場合、どのような強みを期待できるか。
- 答え:
- 資金調達の際にキャピタリストへどうアプローチをしていくと良いのか、客観的にアドバイスをもらえる。VCが持つ人のネットワークには非常に助けられた。特に専門的な知識を持ち合わせたバックグラウンドの持ち主ということもあり、技術をしっかりと評価してもらえるのは頼もしかった。
- なお、われわれのチームには、英国のVCが期間限定で加わっている。
将来的に、スポーツ分野への応用も
- 質問:
- より長い目線で見て、将来的な展望や戦略は。
- 答え:
- まずは、リハビリ市場でマーケットインをする。従来の病院でのリハビリを日常生活の中でも継続できるようにすることで、既存治療の効果をより高めていきたい。
- われわれの技術の基礎的な部分として、脳波からの信号を読み取って筋肉に刺激を与えるというシンプルなもの。人体がもともと持つ調整機能(恒常性)の範囲に収まる電気信号のフィードバック機能を活用しているため、低侵襲性(注9)という点も利点だ。
- 姿勢維持や、けがの予防、転倒防止のトレーニングや、HAL®(注10)のような既存のアシストデバイスとリンクさせ、さまざまな身体機能をモニターしていくことで、筋肉を正しく動かせているのかを医療従事者と当事者が理解できるようになる。また、脳と筋肉を流れる電気信号を見える化し身体機能が向上したのかも分かるようになると、スポーツ産業へも応用ができると考える。
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柏倉氏/ジェトロ・ロンドン事務所で(ジェトロ撮影)
- 注1:
- 生産年齢人口だけに左右されず、発展し続ける社会のこと。
- 注2:
- 「いまだ満たされない医療上の必要性」を意味する。患者や医師から強い期待があるにもかかわらず、有効な既存薬や治療がない状態を指す。
- 注3:
- 障害者と先端技術者が協力して挑む国際競技大会。
- 注4:
- 脳の神経信号を読み取ったり、逆に脳に信号を送ったりすることで、外部機器と情報をやり取りする技術。
- 注5:
- 経験や学習、損傷などに応じて、脳が構造や機能を変化させる能力のこと。
- 注6:
- 診断や評価の精度が高、最も標準的とされる手法のこと。
- 注7:
- ゲームの仕組みや要素を用いて利用者のモチベーションを高めること。
- 注8:
- 管理者が部下の業務を細部まで把握し、管理するマネジメント手法。
- 注9:
- 患者の体への負担が少ないこと。
- 注10:
- HALは、身体機能を改善・補助・拡張・再生できる世界初の装着型サイボーグ。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所
榊原 達也(さかきはら たつや) - 2023年10月からジェトロ・ロンドン事務所勤務。