爆発事故に学ぶ契約上の紛争予防(マレーシア)
不可抗力条項に留意を

2025年8月12日

製造業企業が数多く集積するマレーシア・スランゴール州で2025年4月、ガスパイプラインの大規模な爆発・火災事故が発生した。この事故によりガスの供給が停止し、日系企業を含む複数の事業者が一時操業を止めたほか、代替措置を講じるため追加支出を強いられた事例もあった。

こうした事故で損害を被った事業者が、ガス供給事業者に対して法的責任を追及できるかどうかは、当事者間があらかじめ締結した契約内容に大きく左右される。今後、同様の事故が発生した場合に備え、企業が留意すべき契約・法務上のポイントについて、日本国弁護士の西川大貴氏に話を聞いた(インタビュー日:2025年4月24日)。

日系企業の操業にも大きな影響

2025年4月1日午前8時過ぎ、スランゴール州プトラハイツでガスパイプライン火災(注)が発生。国有石油会社ペトロナスのガスパイプラインのガス漏れが原因で、大規模爆発と火災を引き起こした。火災は約7時間半後に鎮火されたものの、約150人の負傷者や200軒超の家屋損傷のほか、500人以上が避難を余儀なくされた。6月30日、スランゴール警察および労働安全衛生局(DOSH)は、事故の原因はパイプ周辺の地盤が軟弱であったためであり、パイプ自体は既定の技術基準を満たしていたとの調査結果を発表した。

日本企業も被害を受けた。ジェトロのヒアリングによると、ペトロナスから供給される天然ガスを国内で配給するガス・マレーシアと直接契約を締結してガス供給を受けている企業や、その企業からさらにガス供給を受けている企業では、主にガスの供給停止による混乱が一定期間続いた。事故発生地から遠く離れた、北部ペナン州や東海岸地域の日本企業にも、ガス供給断絶により操業に影響が出たり、製造ラインが滞ったりした例があった(表1参照)。ガス供給は4月中旬に再開したが、それでも必要量の60%程度にとどまっていたとの指摘もあった。

いずれにせよ事故以降、正常に操業できなくなった供給会社からの燃料供給に困難が生じたのは事実だ。その結果、代替燃料の利用や競合他社から部材購入に動かざるを得なくなった場合も生じた。そのための費用について、損害賠償を検討する企業も出ている。

なおガス・マレーシアは、事故後の4月17日、声明で7月1日をめどに完全復旧を目指すと表明していた。実際、7月から供給制限は解除された。

表1:ガスパイプライン火災による日系企業に対する被害の類型
類型 事故発生後の状況 損害項目 導入した対策
ガス供給停止自体の影響
  • 一時的な操業停止
  • 近隣国からガスを調達して対応
  • ガス復旧後も、従来量の60%の供給にとどまる
A:ガス供給が停止したことによる工場操業停止など、操業上の損害
  • ガス・マレーシアに直接出向き嘆願書を提出
B:代替のガス供給を受けるために要した追加的支出などの損害
  • 自社グループ海外サプライチェーンからの製品輸入を手配
C:Aの操業停止などで製品製造が滞ったことにより、製品などの販売ができなくなったことに伴う損害
  • 他サプライヤーに製品の代替生産を依頼し、ライン停止を回避
  • 競合他社からの材料購入で納品を継続
ガス供給停止に起因する間接的な影響
  • 取引先の工場が停止
  • 製品納入が遅延
D:Cにより製品が供給されなくなったことに伴う損害
  • 隣国から必要部材を緊急輸入

出所:各政府資料、企業へのヒアリングから作成

履行者を免責する不可抗力条項の存在

このような事故を受けて対応するためには、何に留意しておくべきか。西川大貴氏(日本国弁護士/ジェトロの中小企業海外展開現地支援プラットフォームコーディネーター)は、企業が対応を検討する上で契約上の不可抗力条項がカギになると説明した。

供給契約に基づき、ガスや製品などの供給を受けている企業(需要者)が、供給停止により損害を被った場合、需要者は、相手方の供給事業者(供給者)に対し、契約不履行に基づく損害賠償を請求することが考えられる。一方、供給者は「供給停止の原因が、契約上の不可抗力(Force Majeure)事由に該当する」と主張、その適用を宣言して賠償を拒絶することがある。

不可抗力条項(Force Majeure Clause)は、一般に「契約に基づく引き渡しや履行を実質的に不可能または著しく困難にする、予測不可能な外的要因・状況が発生した場合に適用される条項」で、当事者間の契約に盛り込む。契約上、当事者が負う債務について、通常の履行不能や履行遅滞の場合、いずれかの当事者に何らかの帰責性があることが多いため、その当事者が責任を負うのが公平だ。一方、当事者がコントロールできない事由が発生した場合、いずれの当事者にも帰責性が認められない。そのことから、法的帰結(履行責任の全部または一部の免除や履行期限の延長、代替手段の実施、契約の解除など)について、あらかじめ当事者間で合意しておくことになる。

なお、マレーシアの契約法上、「不可抗力」の定義は設けられていない。一方で、当事者が不可抗力事由を定めることを禁止する規定も存在しない。

そして、履行当事者の責任を免除する不可抗力条項が契約に明記し、かつ契約不履行の原因(例えば「爆発」「火災」「電気・ガス等のインフラの供給停止」など)を不可抗力事由として明記している場合、供給者は当該条項の適用を主張・宣言し、契約不履行責任を否定する可能性がある。

不可抗力条項の適用の宣言を受けた場合の対応策

今回の事故のようなケースで不可抗力条項の適用を主張する「供給者」としては、少なくとも2通り想定できる。(1)ガス供給事業者と、(2)ガス供給停止により取引先への納品が、期限内にできなかった製品供給者、などだ。それぞれについて、以下の通り異なる解釈が適用される。

(1)ガス供給事業者が不可抗力条項の適用を宣言する場合

仮にガス供給事業者が不可抗力条項の適用を宣言しても、ガスの需要者は、当該事由が不可抗力に該当するか否かを慎重に検証すべきだ。不可抗力条項は、契約当事者がコントロールできない事態について、責任を免除するための規定だ。需要者の立場からは「事故の原因に人為的なミスが含まれていないか」「相手方が適切な予防措置を講じていれば、事故の発生を防ぐことができたのではないか」といった観点からの精査が不可欠である。

西川弁護士は、不可抗力条項適用の可否については、個別具体的に検討すべきとしつつ、「本件のような事故の場合、ガス供給事業者が、爆発などの原因となったパイプラインについて、保守点検などができる立場にあると、供給停止はコントロールの及ばない事象とは評価されない。つまり、不可抗力条項の適用が否定される可能性が高い」と述べる。他方で、パイプラインに管理権限を持たないガス供給事業者の場合には、供給停止は供給者のコントロールの及ばない事象と評価され、不可抗力条項の適用が正当化される可能性が高いとの見解を示した。

(2)ガスが供給されなかった結果、期限内に取引先に納品できなかった製品供給者が不可抗力条項の適用を宣言する場合

ここでは、日本企業が製品供給者として宣言するケースを想定し、考えてみる。ガスの供給寸断による製造停止に際し、製品供給者が需要者に対し不可抗力を主張した場合、供給停止は、製品供給者にとってコントロールの及ばない事象である。このことから、契約書上「電気・ガス等のインフラの供給停止」が不可抗力に挙げられている場合、不可抗力条項の適用が正当化される可能性が高い。

そのため、製品需要者としては、直接の契約関係にないガス供給事業者に対して法的責任を追及することも想定できる。しかし西川弁護士は、「製品供給途絶による需要者の売り上げ減少などの損害については、製品需要者とガス供給者との間に契約関係がなく、かつ事故と損害との因果関係の立証は困難であるという点で、請求には高いハードルがある」との見解を示した。

この場合、需要者としては、後述するように供給停止が一定期継続した場合に備えた代替措置に関する保証条項が存在すれば、それにより解決を図ることになる。

事故に備え、契約のリーガルチェック徹底を

マレーシアは、判例法を中心としたコモンロー(Common Law)の法体系の国であり、日本のような大陸法系とは契約解釈が異なることに留意が必要だ。日本法の下では、契約解釈にあたり契約書の記載事項だけでなく、当事者間の協議状況や交渉内容、取引慣習などの「契約書に記載されていない」事項も考慮材料になり得る。しかし、マレーシア法に基づく契約解釈では、裁判所は契約書と矛盾または契約内容を変更するような他の証拠を原則として考慮しない。また、多くの英文契約書には、契約締結前の協議状況などを一切考慮しない旨の条項(Entire Agreement Clause)を盛り込んでいる。このような事情から、契約当事者となる企業には、締結段階での入念なリーガルチェックが求められる。

不可抗力条項は、多くの英文契約書が採用する定型的な条項だ。それだけに、十分な検討を経ずに盛り込むことも少なくない。他方、不可抗力条項の適用を一方の当事者が宣言すると、紛争解決までに多大なコストと時間を要しかねない。需要者がこうした事態を未然に防ぐには、「不可抗力条項の適用範囲を必要に応じて限定するなどの工夫が必要」と、西川弁護士は指摘する(表2参照)。

表2:不可抗力条項の適用を受ける需要者の視点に基づく契約上の留意事項
検討事項 内容・ポイント
不可抗力事由の設定
  • 安易に定型文を用いず、不可抗力の範囲を精査する。
  • 事業の性質上、(1)発生リスクが高いもの(予見可能)または(2)予防可能なものは、不可抗力事由から明示的に除外する。
  • 「火災」「爆発」などを不可抗力事由としないよう、条項を修正。
  • 「影響を受ける当事者が合理的な注意を払った場合に発生を阻止できる事項は、不可抗力に当たらない」などの規定を設定する。
  • 「other similar events beyond the reasonable control of the Party」のような包括的な条項は排除する。
代替措置条項の併用
  • 重要な供給契約では、供給断絶が事業に致命的な影響を与え得る。そのことを踏まえ、供給断絶時の代替措置の保証(例:代替品の調達義務や、その調達に要した費用の負担義務など)を置く可能性に向けて交渉。
  • 不可抗力条項に、「不可抗力事由の(発生後速やかに)継続期間中の代替の供給を保証する」旨の条項を設ける。
その他
  • 不可抗力事由に該当しても、一律に全部または一部を免責しない。
  • 影響レベルと不可抗力事由の内容に鑑みて免責割合をあらかじめ定めておく。または、「発生後に協議する」などの規定を設ける。

出所:TNY Consulting (Malaysia) Sdn Bhdからの報告に基づく

例えば、今回の事故のような「爆発」や「火災」は、不可抗力条項で典型的な例として列挙することが多い。しかし、不可抗力事由としての扱いは需要者にとって望ましくはない。加えて、インフラの供給を受けるにあたっては、供給停止が操業にとって重大な影響を及ぼすことがある。そうした契約で需要者にとって重要なのは、何らかの形で安定的な供給を確保することだ。そのため、不可抗力条項とは別に、供給が一定期間途絶えた場合に備えた代替措置に関する「保証条項」(例:供給者に対して代替品の調達義務や、その調達に要した費用の負担義務を負わせる旨の条項)を設けることで、供給断絶リスクを軽減することも有益と考えられる。

契約交渉・締結の段階で、相手方の事業内容やリスク特性を踏まえ、予見可能な事象まで不可抗力にして盛り込んでいないか、慎重に見極めることも重要だ。定型文をそのまま使用するのは、必ずしも適切でない。また、必要に応じて修正交渉を行うことが重要だ。


注:
マレーシアでは「プトラハイツ・インフェルノ」と称し、連日報道があった。
略歴
西川 大貴(にしかわ だいき)
日本国弁護士。TNY Consulting(Malaysia) SDN. BHD.勤務。ジェトロ中小企業海外展開現地支援プラットフォームコーディネーター。マレーシア日本人商工会議所(JACTIM)調査委員会委員。
2019年に弁護士登録。弁護士法人関西法律特許事務所(大阪)で、訴訟・事業再生・M&A業務の案件を担当。その後プログレ法律特許事務所(大阪)に入所し、2024年1月から現職。
マレーシア・クアラルンプールを拠点に、日本企業の海外進出・展開支援、法令規制調査、その他企業法務にまつわるアドバイザリー業務に携わる。また、在マレーシア日系企業向けに、マレーシア法務に関する講演を多数実施。共著『マレーシア法務のポイント』(NNA ASIA)など。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
吾郷 伊都子(あごう いつこ)
2006年、ジェトロ入構。経済分析部、海外調査部、公益社団法人日本経済研究センター出向、海外調査部国際経済課を経て、2021年9月から現職。共著『メイド・イン・チャイナへの欧米流対抗策』(ジェトロ)、共著『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)、編著『FTAの基礎と実践-賢く活用するための手引き-』(白水社)など。