有識者に聞くマレーシアコンテンツ市場の潜在性
2025年10月9日
マレーシアでは近年、日本のアニメ、音楽、ゲームの人気の高まりとともに、コスプレ文化も広く支持を集めている。首都クアラルンプールでは2025年9月12~14日にかけて、ポップカルチャーイベント「COS-MIC 2025」が開催された。今回4回目の開催で、音楽とライブエンターテイメント事業を展開するバンダイナムコミュージックライブが「Bandai Namco Music Live Festival」を併催した。ジェトロは、同社ゼネラルマネージャーの川野勝広氏と、「COS-MIC」主催企業コズ・ミックCEO(最高経営責任者)のホウ・ウェイ・チュン氏に、マレーシアのアニメ・音楽産業の今について聞いた(インタビュー日:2025年9月14日)。

ゼネラルマネージャーの川野氏(ジェトロ撮影)

(本人提供)
ポップカルチャー進出先として魅力的なマレーシア市場
- 質問:
- マレーシアで日本のポップカルチャーイベントを開催する狙いは。
- 答え:
- (ホウ氏)マレーシアでは、アニメ、音楽、ゲームなど日本のポップカルチャーの人気が高い。強いファン層であるいわゆる「オタク」の数も多いが、「オタク」とまではいかなくても、ほとんどのマレーシア人は何かしらの日本のポップカルチャーに触れた経験があり、裾野の広さでは東南アジアの中でもトップレベルだ。マレーシアでは近年、特にコスプレが人気で、日本のポップカルチャーを体験する目的だけではなく、自分たちの生活様式に受け入れて楽しんでいる。そうした中で、ポップカルチャーイベント「COS-MIC」は、日本のポップカルチャーを単に紹介する場ではなく、日本とマレーシアの文化交流の場として立ち上げた。今年はバンダイナムコミュージックライブと初めて連携し、日本のアニメに関係する音楽アーティストが登壇する「Bandai Namco Music Live Festival」を開催した。「COS-MIC」の3日間で3万5,000人を動員した。
- 質問:
- 日本のポップカルチャー市場としてのマレーシアの特徴は。
- 答え:
- (ホウ氏)日本のポップカルチャーは、東南アジア全体でも人気が高い。しかし、タイやインドネシアでは言語的障壁で、吹き替えや翻訳などの対応に時間がかかることやアーティストとファンとの交流が制約されることが課題となる。また、シンガポールとマレーシアを除き、多くの東南アジアの国々は、所得水準が低い。マレーシアは英語が浸透し、所得水準も東南アジアの中では高い。日本企業には、マレーシアを起点として、日本のポップカルチャーをASEAN域内に浸透させるような戦略を描いてほしい。
- 一方、マレーシアで活動する際の注意点もある。イスラム教徒が多くを占めるため、公共の場で露出の高いコスプレは避けるべきだ。「COS-MIC」でも露出度の高いコスプレの着用は制限している。これは、イスラム教に配慮しつつ、家族で安心してイベントを楽しんでもらうための工夫だ。
コスプレの質に見るマレーシア市場の成熟度
- 質問:
- バンダイナムコグループは世界に広く展開しているが、今回、ライブイベントをマレーシアで開催した意図は。
- 答え:
- (川野氏)イベントの開催地は、日本のポップカルチャーのファンが多いこと、現地の良いパートナー企業が見つかること、グループ会社との事業シナジーが期待できることを基準に検討している。2024年と2025年の7月には、日系人口が多く日本のポップカルチャーのファンが多いブラジル・サンパウロで、地元で長年親しまれているイベントと連携して「Bandai Namco Music Live Festival」を開催した。次の市場として、日本のポップカルチャーファンが多い東南アジアを調査していく中、2024年に「COS-MIC」を視察し、イベントの熱量と参加者の属性が自社の取り組みに合うと感じ、マレーシアで東南アジア初のイベント開催に至った。
- 質問:
- 具体的にどのポイントを重視したのか。
- 答え:
- (川野氏)「オタク文化」がしっかり根付いている国で取り組むことで、顧客にリーチしやすい。その点で、マレーシアは東南アジアの中でも「オタク」の質が高く、収支を見極める上で重要な所得水準や購買力という点でも抜きんでている(注1)。
- 特に、昨年視察して感じたのが、マレーシアのコスプレイヤーのコスプレ衣装、グッズの精度の高さだ。コスプレに使う素材(衣装の生地やウィッグ、アクセサリーなど)の質が高い点に驚いた。他国のコスプレイヤーの多くは、既製品のコスプレ衣装を購入しているか、一目で安価な素材とわかる衣装を着用していることが多い。コスプレ衣装の精度の高さは、それだけコスプレに出費できるということを表しており、市場を見る上でも重要な指標だ。
更なる事業の拡大には地方都市へのリーチが鍵
- 質問:
- マレーシア市場への展開の課題は。
- 答え:
- (川野氏)東南アジアの中では所得水準が高いものの、限られた可処分所得の中でいかにライブイベントに足を運んでもらうか、そして音楽コンテンツを購入、サブスクリプション(購読)してもらうかが重要になってくる。
- また、今回のイベントに来場してくれた方の大半は首都圏在住者で、今後、マーケットを拡大するためには地方都市や周辺国のファンに足を運んでもらう工夫が必要となる。ファンが遠方からも参加したいと思えるコンテンツを提供し、発信力のあるイベントやパートナー企業と連携しながら認知度向上に努める必要がある。周辺国からのアクセスという観点では、東南アジアの中心に位置するマレーシアは理想的な立地だ。
-
COS-MICの様子(ジェトロ撮影)
他産業との連携にも高いポテンシャル
- 質問:
- 東南アジア、特にマレーシアにおける今後の戦略について。
- 答え:
- (川野氏)東南アジアの中でもマレーシア、シンガポール、タイに注目している。シンガポールは人口が少ないが、近隣諸国からファンが参加している。タイは、当社としては実績が少なく、2025年11月のイベント(注2)をきっかけにこれからファンを増やしていきたい。当面は、マレーシアとシンガポールを東南アジアでの最初のステップとして考えている。
- とはいえ、過去にイベント開催したブラジルと比べるとマレーシアの開催規模は小さい。今後、連携するパートナーやファンを増やしていく段階で、伸びる可能性があると感じている。
- コンテンツ産業は消費者との接点が大きいため、幅広い産業との連携が可能だ。日本のコンテンツ産業では、ポップカルチャーと無関係だった産業や製品が、コラボレーションを通じてマーケティングに成功した事例が数多く見られる。当社がポップカルチャーを活用して海外のファンを増やすことで、他の産業の日本企業も現地で日本のポップカルチャーと連携し、ともに市場を拡大できる可能性があり、そのような未来をとても楽しみにしている。
-
「Bandai Namco Music Live Festival」の様子(ジェトロ撮影)
- バンダイナムコミュージックライブ
- バンダイナムコグループ傘下の音楽・ライブエンターテイメント事業会社。アニメやゲーム作品の音楽制作、声優・アーティストの音楽プロデュースやライブ・イベント企画を手掛けており、国内外に幅広い顧客とイベント開催実績を有する。
- コズ・ミック
- ホウ・ウェイ・チュン氏が創業したポップカルチャーイベント「Cos-Mic」を運営するマレーシア企業。イベントを通じて、マレーシア国内外のIP(知的財産)、コスプレイヤー、クリエイターの交流の場を提供しており、同国のポップカルチャー事情に知見を有する。
- 注1:
- 2025年のマレーシアの1人当たりGDPは1万2,541ドル(2024年)でシンガポール、ブルネイに次ぐ域内3位。
- 注2:
- 2025年11月22日にタイ・バンコクで開催予定の「AniEx Concert」に「Bandai Namco Music Live Festival」として参画予定。

- 執筆者紹介
-
ジェトロ・クアラルンプール事務所
都築 佑樹(つづき ゆうき) - 2016年、ジェトロ入構。サービス産業部、岡山事務所、デジタルマーケティング部を経て、2023年11月から現職。

- 執筆者紹介
-
ジェトロ・バンコク事務所
山本 翔太(やまもと しょうた) - 2019年、ジェトロ入構。デジタルマーケティング部、企画部を経て、2024年7月から現職。