成長するインド・チェンナイの不動産市場
コスト競争力や人材が魅力

2025年5月7日

インドの南部都市チェンナイは、港湾へのアクセスが良好なことから、「南インドの玄関口」として、製造業を中心に多国籍企業や日系企業の進出が進む。近年では、同地の地理的な優位性に加え、豊富な理工系人材などを背景に、研究開発(R&D)センターやグローバル・ケイパビリティー・センター(GCC、注1)などの集積が進み、オフィス需要の高まりでも注目を集めている。本稿では、米国系不動産大手クッシュマン・アンド・ウェイクフィールド(Cushman & Wakefield)(注2)の取締役兼GCCアドバイザリー・オペレーション部長のV.S.スリダール氏へのインタビュー(2024年10月29日取材)を基に、チェンナイの不動産動向について紹介する。


クッシュマン・アンド・ウェイクフィールドのV.S.スリダール氏(同社提供)

リース面積は全国の1割超に

質問:
チェンナイの不動産市場の現状は。
答え:
チェンナイの商業用不動産市場は、ここ数年で更なる成長を遂げていると言える。特にグレードAおよびグレードA+(注3)のオフィス分野でその傾向は顕著だ。新型コロナウイルスの感染拡大以降、延床面積3,000万平方フィート(約279ヘクタール)程度のグレードAおよびグレードA+のビルが開発され、世界標準の設備が提供されている状況だ。このようなオフィススペースは、日系企業を含む多国籍企業各社のニーズに合わせてカスタマイズされている。
全インドの総リース量に占めるチェンナイのシェアは変動した。2019年には構成比9%だったが、2021年には同13%、2022年から2023年には同11~12%と徐々に拡大傾向にある。また、2022年から2024年にかけて、チェンナイでは延べ面積1,268万平方フィートがリースされており、2025年から2027年にかけては1,929万平方フィートにまで拡大すると予想されている。なお、2024年第4四半期(10~12月)現在、チェンナイは約6,900万平方フィートのグレードAおよびA+にあたる空きオフィススペースがある。グレードA+の空きスペースは、チェンナイのグレードA及びA+オフィス空きスペース全体の約40%を占めている。
質問:
チェンナイのオフィススペースの賃料は。
答え:
Central Business District (CBD)以外も、チェンナイの商業不動産市場はエリアごとに違ったメリットを提供している。地域の発展度合いや賃料の面で違いがある。チェンナイは、インドの他の主要都市と比較しても賃貸料が比較的安価であり、コスト競争力の高い選択肢となっている。
表1:チェンナイの主要地区におけるオフィススペースの賃料(2024年第4四半期、1平方フィートあたりの月額賃料)
エリア 1平方当たりの月額賃料
(ルピー)
1平方当たりの月額賃料
(ドル、注)
  • オールド・マハーバリプラム・ロード(OMR)
  • ラジブ・ガンディー・サライ(チェンナイのITハブ)
90~100 1.08~1.2
ギンディ 80~85 0.96~1.02
  • マナパッカム
  • マウント・プーナマリー・ロード(MPR、IT業や金融・保険業の集積地)
75~80 0.9~0.96
  • パリカラナイ・トーライパッカム・ラジアル(PTR) ロード
  • ラジアル・ロード
65~70 0.78~0.84

注:1ルピー=0.012ドルで換算、1平方フィート=約0.0929平方メートル。
出所:同社提供資料からジェトロ作成

他方、一部地域ではオフィススペースに対する需要の高まりから、賃料の上昇傾向が確認できる。チェンナイ西部のギンディ、アショク・ナガル、バダパラニ、マナパッカム、エカドゥタンガルなどでは、新型コロナウイルス禍の影響により、2019年第4四半期から2020年第4四半期にかけて、1平方フィートあたり月額79.26 ルピー(約135円、1ルピー=約1.7円)から同74.26 ルピーへと、一時的に賃料が下落した。しかし、その後賃料は上昇、2024年第3四半期には1平方フィートあたり月額80.56ルピーに達した。
質問:
物件を探す際に確認すべき項目や留意事項は何か。
答え:
一般的には次の15項目を精査する必要がある。
  1. 提供エリア
  2. スペースの種類(経済特区/非経済特区)
  3. 建物の種類(IT/ITES/商業用、注4)
  4. 駐車場の割り当て(一般的には、オフィススペース面積が1,000平方フィートまたは1,500平方フィートあたり1スロット)
  5. 駐車料金(一般的には、1平方フィートまたは1スロットあたり2,500~5,000 ルピー)
  6. バイク駐車場の割り当て(一般的には、オフィススペース面積が1,500平方フィートあたり1スロット)
  7. バイク駐車料金(一般的には1平方フィートまたは1スロットあたり500~750ルピー程度)
  8. リース期間(注5)
  9. ロックイン期間(一般的には3年または5年、注6)
  10. リース終了または更改通知期間(一般的に3~6カ月)
  11. 賃料上昇率(一般的には年率5%~15%)
  12. フリーレント期間(一般的には3~6カ月)
  13. メンテナンス料金(一般的には1日12時間の場合、1平方フィートあたり月額10~16 ルピー。1日24時間の場合は1平方フィートあたり月額15~24ルピー)
  14. 保証金またはインタレスト・フリー・リファンダブル・セキュリティー・デポジット(IFRSD。月単位で、一般的には10カ月)
  15. リースレジストレーション料(一般的には、賃借人負担、注7)

レンタル工場など中小企業向けニーズに対応

質問:
チェンナイにおけるレンタル工場の現状は。
答え:
デベロッパーは現在、中小企業のニーズに応えるため、レンタル工場やビルド・トゥ・スーツ(テナントの仕様に沿った建設方式)を提供している。オラガダムやスリペルンブドゥールのような地域は、サプライチェーンの観点から人気も高い。総じて、安定的な電力と水道が供給されることや、床材や照明のカスタマイズが可能であること、サプライヤーや物流ハブへ近いといった点が売りとなっている。
質問:
チェンナイの各種施設の平均賃料は。
答え:
チェンナイ市内および近郊の各種施設の平均賃料は次の通り。
表2:チェンナイおよび近郊における各種施設の平均賃料(2024年第4四半期、1平方フィートあたりの月額賃料)
施設 1平方当たりの月額賃料
(ルピー)
1平方当たりの月額賃料
(ドル、注)
工業団地 25~28 0.3~0.34
オフィス 75~110 0.9~1,32
市内中心部店舗スペース/ショールーム 260~360 3.12~4.32
駐在員用住宅賃料(1物件あたり) 150,000~450,000 1,800~5,400

注:1ルピー=0.012ドルで換算、1平方フィート=約0.0929平方メートル。
出所:同社提供資料からジェトロ作成

質問:
不動産市場におけるチェンナイの強みやアピールポイントは何か。
答え:
チェンナイでは、GCCによるリース割合が、2019年には18%だったのが2024年第3四半期には36%へと大幅に上昇した。過去3~4年間、チェンナイ中心部で外資系企業が借り手となるケースは、全体の約60~65%と高い割合を記録している。チェンナイ南西部及び南郊外での外資系企業のリース比率は約30~35%で、外資系企業はチェンナイ中心部をターゲットに進出していることが分かる。不動産市場におけるチェンナイの魅力は、安価な賃料に加えて、次の5点が挙げられよう。
  1. インセンティブ政策:チェンナイが位置するタミル・ナドゥ州は、インドで初めてGCCに対するインセンティブ政策を導入した州であり、企業誘致に積極的な州である。
  2. 人材プールの有無:チェンナイに所在する大学は、STEM(科学・技術・工学・数学)分野の卒業生を多く輩出し、特にIT、エンジニアリングや金融・保険分野で人材が豊富である。
  3. 安全性とセキュリティー:チェンナイはインドで最も安全な都市の1つで、グローバル企業にとって理想的な選択肢となっている。
  4. 市場の安定性と成長性:多角的な経済構造であるチェンナイは、製造業のほか、IT、ヘルスケア、銀行などの様々な分野で安定性と成長の機会がある。
  5. 低い離職率:チェンナイは比較的高い労働力定着率を有している。

不動産会社も活用した多角的な情報収集が重要

今回ヒアリングを行ったクッシュマン・アンド・ウェイクフィールドだけでなく、チェンナイでは多数の不動産会社が同地進出を検討する企業に対してサービスを提供している。また進出時のオフィス契約にあたっては、不動産会社と密に連携して計画を立てることが重要である。本稿を契機に、インド進出を目指す日本企業にとって、チェンナイが進出先の選択肢のひとつとなれば幸いだ。


注1:
企業のITサービス、エンジニアリング、研究開発などの機能を担うグローバルな拠点のこと。
注2:
同社は世界全体で5万2,000人の従業員を擁し、インド国内ではチェンナイを含む10拠点で事業を展開する。
注3:
ビルのグレードは全部で4つのクラス(グレードA+、A、B、C)に分類される(政府による基準等は存在せず、不動産会社が格付けを行う形で運用されている)。最上位はグレードA+。グレードA+はグレードAの仕様に加えて、環境に優しい、持続可能性が高い等のグリーン面の特徴を備えていることが求められる。 なお、グレードAビル(A+ビル)の主な特徴は次のとおり。(1)高品質の空気ろ過システム、(2)最新式エレベーター、(3)フードコートや託児所などのコミュニティ・スペース、(4)空港や公共交通機関へのアクセスの良さ、(5)ブラックストーンなど大手投資会社・機関の保有資産であること。
注4:
ITとは、テクノロジーを使用し、情報を生成、管理、保存、交換すること。ソフトウェア開発やハードウェア設計、ネットワーク構築などがそれにあたる。他方ITESとは、ITまたはインターネット使用し、事業強化ためのサービスを提供すること。カスタマーサポートや、データ分析等を指す。
注5:
インドでは、商業目的のリースには期限が定められており、9年契約で、3年ごとに賃料の値上げがあるケースが多い。
注6:
インドでは契約期間内に、実際にレンタルスペースを使用するかに関わらず、ロックイン期間分の賃料を支払うことに同意する必要がある。ロックイン期間に中途解約はできない。
注7:
インドにおける賃貸契約では、法的信憑(しんぴょう)性確保を目的に政府に登録料金の支払いをする必要がある。
執筆者紹介
ジェトロ・チェンナイ事務所
山下 純輝(やました じゅんき)
2016年、ジェトロ入構。本部で農林水産物・食品の輸出支援業務に従事後、ジェトロ・アディスアベバ事務所、ジェトロ新潟を経て2023年3月から現職。事業担当として、主にスタートアップ、大学連携、日本製品の輸出支援業務を担当。
執筆者紹介
ジェトロ・チェンナイ事務所
アソカン・アルナ
2014年からジェトロ・チェンナイ事務所勤務。ジェトロ・チェンナイ事務所で総務関連、大学連携、日本製品の輸出支援業務を担当。