Jポップを世界へ、JFK Musicの挑戦(フィリピン)

2025年11月12日

フィリピンは近年、アニメや音楽など、クリエーティブ産業の活性化に力を入れている。

フィリピン統計庁のデータによると、同国内でクリエーティブ産業の総付加価値額(名目)は2024年に1兆9,399億ペソ(約5兆437億4,000万円、1ペソ=約2.6円)で、国内総生産(GDP)の7.3%を占めた。同産業の雇用者数は2021年以降、増加し続け、2024年は前年比3.9%増で751万3,130人に上った。また、貿易産業省(DTI)とフィリピンアニメーション協会(ACPI)が2025年9月30日、フィリピンアニメーション業界およびクリエーティブ産業全体の成長を加速させるための覚書(MOU)を締結。10月7日には、政府は音楽、映画、デジタルメディアなどを含むクリエーティブ産業の強化を目的として、「フィリピンクリエーティブ産業開発計画(PCIDP)2025–2034」の展開を正式に指示している。

同国では、日本のアニメが浸透して久しい。70年代に放送を開始した「超電磁マシーン ボルテスV(ファイブ)」が、その一例だ。この作品は、テレビの普及や、フェルディナンド・マルコス元大統領(第10代)による放送中断と再放送(注1)といった時代背景もあって、大ヒットした。同アニメ主題歌の認知度は、国歌に次ぐとさえ言われる(2023年10月27日付海外発トレンドレポート「フィリピンにおけるコンテンツ産業市場調査」参照)。

JFK Music(神奈川県横須賀市)は、フィリピンでビジネスチャンスを見出し、アニメ主題歌(アニソン)やJポップをさらに普及しようと孤軍奮闘している。その古川賢行代表に聞いた(取材日:2025年10月8日)。


古川代表(同社提供)
質問:
御社の概要は。
答え:
2021年に創業した。日本とフィリピンで、各種イベント・コンサートを企画、制作、運営している。そのほか、アニソン歌手など出演者ブッキングや、メディアコーディネートを手掛ける。また芸能事務所として、所属歌手やコスプレイヤーをマネジメントしている。
今年は、大手日系銀行フィリピン支店レセプションに出演者をブッキング。また、一般旅行者向け旅行博「Travel Madness Expo 2025」(マニラで開催)の日本政府観光局(JNTO)ブースに所属歌手が出演。アニソン歌唱を披露したほか、日本人アニソン歌手の現地ライブ制作・運営をサポートするなどした。日本でも、アニソンを中心にゲストを迎えた音楽フェスを開催。企画・制作から、フィリピン人歌手のブッキング、来日サポートや当日運営まで携わる。
所属歌手Nanaoは、現地大手レーベルKDR Music Houseからのデビューが内定している。楽曲のリリースは2026年春頃を予定。フィリピンにルーツを持たない日本人女性歌手が、現地大手レーベルよりメインストリームへ向けたオリジナル楽曲でデビューした例は過去になく、これは大きなステップと思っている。まずは、音楽ストリーミングサービスのスポティファイ(Spotify)やSNS全体で1,000万再生を目指している。

所属歌手のNanao氏/Travel Madness Expo2025の日本ブースで歌唱中(同社提供)
質問:
フィリピンでの活動を始めたきっかけは。
答え:
自身がフィリピンで2年半ほど、音楽と英語を勉強したことがきっかけだ。飲食店などで毎晩歌う武者修行中に、現地のプロミュージシャンやスタジオ関係者と出会い人脈を構築した。 当時、当地に日系の大手コンテンツ会社はなく、進出していたのは東映アニメーション、ソニーミュージックだけという状況だった。そのため、音楽が生活に根付いた土地柄もあって、Jポップにビジネスチャンスがあるのではと考えた。
質問:
日本のアニメ・音楽コンテンツ市場としてのフィリピンの特徴は。
答え:
日本のコンテンツは、東南アジア全体で人気が高い。中でもフィリピンは、特に日本アニメ・アニソンが浸透していると思う。
長く米国統治下にあったことから英語話者が多い。そのため、日本を含む諸外国の文化に対しても親しみを持ちやすく、柔軟に受け入れる国民性があると考えている。また、子どもたちの生活を見ると、日本とは異なり外遊びが少ない。むしろ、自宅で安価にインターネットを繋いでアニメなどを見る習慣があるようだ。そのため、日本のアニメを好きになり、大人になってからもビデオケ(屋外カラオケ、注2)で歌い、コスプレイベントに参加するなど幅広い世代に日本アニメのファンがいる。
この夏、テレビアニメ『ONE PIECE』の初代エンディングテーマなどを歌う大槻マキ氏をブッキングし、セブ島のビサヤ大学でライブを企画した。観客の学生たちが、大きな声援を送る姿にこちらも感動した。日本のアニメ・アニソンの浸透率は、それほど高い。

大槻マキ氏/ライブ会場で(同社提供)
質問:
海外展開の苦労は。
答え:
フィリピンでは、この業界の日本人先駆者がいなかった。そのため、すべて手探りだ。文字通り身一つで、フィリピンのクリエーティブ産業のビジネス習慣や芸能関係の潮流を学び、道を作っている。中には報酬が発生しないような調整案件も生じる。しかし、将来への投資と捉え着実にこなしている。イベント当日の朝に来てほしいと言われ、すぐ飛行機に飛び乗ったこともある。そうして獲得した現地関係者との信頼が、今の仕事につながっている。
先日も、セブ商工会議所主催の「Creative Entertainment Business Forum」に参加。フィリピン、シンガポール、インドネシア、中国など各国からクリエーティブ産業の関係者が集まり、国際的な交流・連携をテーマに意見交換した。当社からは、これまでの制作実績や国際的なアーティストコーディネートの事例を紹介。エンタメ分野に関し、日本と東南アジア間での連携と展望について見解を話したところ、「是非協力してほしい」と、前向きな反響があった。

Creative Entertainment Business Forumに登壇する古川代表(同社提供)
質問:
現在の課題は。
答え:
情報を収集する上で、最新の経済や市場規模など経済情報を自らまとめるのは困難だ。紹介を受けたジェトロのセミナーや「新輸出大国コンソーシアム」事業の専門家からサポートを受けている。今後の海外出張には専門家に同行していただいて、実際の現場を見てもらいたい。その上で、さらなる展開可能性に向け助言をお願いしたいと思っている。
また、長らく人材採用で苦戦しており、英語力とエンタメ業界の知見の両方を備えた人を探している。
以前、フィリピンの音楽レーベルから日本の音楽レーベルに日本人歌手の出演を打診した際の話を聞いたことがある。トップアーティストを集めた年一度のコンサートに出演してもらいたいとeメールで持ち掛けたところ、返事がなかったとのこと。恐らく日本側としては、突然海外の見知らぬ企業から英語でメールが届いて、対応に困ったのではないかと想像する。今後はそういった業務(フィリピン側が対日ビジネスで困っていることを間に入って調整)も、発生するだろう。SNSなどで日本のアニメやJポップに関する発信を英語で投稿している人や、両国の経験がある人を探し、直接やりとりして採用しようと考えている。
質問:
今後の予定は。
答え:
直近で11月29日~30日、「フィリピンフェスティバル」(代々木公園で開催)がある。ステージの制作や、日本とフィリピン双方の出演者ブッキングで東奔西走している。 現地メディアとの関係構築も進んできた。将来的に日本人歌手を調整して、どんどんアニソンやJポップを紹介したい。長期的には、現地法人の設立計画を具体化していきたい。その上で、SNSを舞台としたオーディションを実施し、アーティストをデビューさせるなど、新しい取り組みにも挑戦する予定だ。
質問:
最後に一言。
答え:
同業界のフィリピン・東南アジア進出を歓迎する。同志とともに、世界を舞台に日本の音楽文化を盛り上げていきたい。

注1:
「ボルテスV」は、東映、テレビ朝日、日本サンライズ(現・サンライズ)制作の日本アニメ。
フィリピンでは、1978年に放送を開始。視聴者は当時のマルコス政権が敷いていた独裁体制と、アニメで描かれる階級社会を重ね合わせ、その反発から国民の共感を呼んだ。最終回の放送を前に、政府が「反体制的」と見なし放送中止となった。その後、エドゥサ革命と民主化を経て1986年に再放送し、「自由の象徴」として人気を博した。
注2:
ビデオケは、フィリピン独自のカラオケ文化の1つ。路上、公園、屋台の隣などに設置する会場で、安価に歌うことができる。集客効果が高く、飲食店の副業としても人気がある。
執筆者紹介
ジェトロ調査部調査企画課
樋口 彩乃(ひぐち あやの)
映画会社、海外航空会社を経て、2016年ジェトロ入構。
ビジネス展開支援部新興国進出支援課、サービス産業部ヘルスケア産業課、広報課を経て、2025年4月から現職。