2025年のチリ大統領選挙を占う
前回選挙の顛末(てんまつ)を振り返る

2025年5月16日

チリでは、2025年11月16日に大統領選挙が行われる。その約4年前の前回選挙では、中道勢力が擁立した候補者が敗北し、チリ史上最年少の大統領が率いる左派政権が誕生したことで話題を呼んだ。本稿では、同政権が誕生するに至った流れと、その社会的な背景を考察する。2022年から始まった現政権の振り返りと、次期大統領選へ向けた展望については、別稿で執筆する。

予備選挙でみられた兆候

チリでは、大統領選挙への立候補に先立ち、会派ごとの予備選挙が行われているのが通例だ。2021年7月18日の大統領選予備選挙は、中道右派の「チレ・バモス(Chile Vamos、以下CVと表記)」と左派の「アプルエボ・ディグニダ(Apruebo Dignidad、以下ADと表記)」がそれぞれの会派からの候補者を1人に絞り込む目的で実施された。特筆すべき事項として、次の3点を順に見ていく。

ADとCVの候補者間の得票率の開き

まず特筆すべきは、両陣営の候補者の得票率に開きがあった点だ。ADの候補者2人の得票率合計がCVの候補者4人の得票率合計を10ポイント超も上回る結果となった(表1参照)。

表1:2021年チリ大統領選予備選挙結果

チレ・バモス(Chile Vamos)
候補者名
(★が各同盟の勝者)
政党
(当時)
主な経歴(当時) 得票数 得票率(1)
(分母:各同盟の得票数)
得票率(2)
(分母:投票総数)
ホアキン・ラビン
(Joaquín Lavín)
独立民主同盟党
(UDI)
  • 2021年6月までラス・コンデス区長を務める。
  • 第1次ピニェラ政権(2010~2014年)では複数の閣僚ポストを務める。
  • 1999年、2005年に大統領選へ立候補するも、落選。
416,604 31.1% 13.5%
イグナシオ・ブリオネス
(Ignacio Briones)
政治進化党
(EVOP)
  • 第2次ピニェラ政権で2021年1月まで財務相を務める。
  • 第1次ピニェラ政権でも、財務省の要職などを務める。
131,996 9.8% 4.3%
★セバスティアン・シチェル
(Sebastián Sichel)
無所属
  • 2020年12月までチリ国立銀行(Banco del Estado de Chile)総裁を務める。
  • 第2次ピニェラ政権で産業開発公社(CORFO)の副総裁、社会開発家族相を務める。
660,250 49.3% 21.3%
マリオ・デスボルデス
(Mario Desbordes)
国民革新党
(RN)
  • 第2次ピニェラ政権で2020年12月まで国防相を務める。
  • チリ警察、憲兵隊等を務めた後、RNに入党し、下院議員に。
131,622 9.8% 4.3%
「チレ・バモス(Chile Vamos)」計 1,340,472 100.0% 43.3%
アプルエボ・ディグニダ(Apruebo Dignidad)
候補者名
(★が各同盟の勝者)
政党
(当時)
主な経歴(当時) 得票数 得票率(1)
(分母:各同盟の得票数)
得票率(2)
(分母:投票総数)
★ガブリエル・ボリッチ
(Gabriel Boric)
社会収束党
(CS)
  • 下院議員として予備選挙へ出馬。
  • 2012年までチリ大学で学生運動に傾倒。
1,059,060 60.4% 34.2%
ダニエル・ハドゥエ
(Daniel Jadue)
共産党
(PCCh)
  • レコレタ区長として予備選挙へ出馬。
  • パレスチナ移民の子孫であり、親パレスチナ派として活動。
693,862 39.6% 22.4%
「アプルエボ・ディグニダ(Apruebo Dignidad)」計 1,752,922 100.0% 56.7%

有効投票数 3,093,394
出所:チリ選挙管理委員会(SERVEL)

この大きな要因となったのは、紛れもなく、2019年10月に発生したチリの「社会騒乱(Estallido Social)」だろう。当初は首都サンティアゴの地下鉄運賃値上げを巡っての政府と市民の小競り合いにすぎなかった。しかし、当時の経済相による市民の生活困窮を軽視した発言(注1)が引き金となり、抗議活動と破壊行為が入り混じったチリ史上最大の騒乱が、国内全土へ広がる事態を招いた(2019年10月29日付ビジネス短信参照)。一連の騒乱によって、セバスティアン・ピニェラ大統領が率いる当時の中道右派政権への支持率は急落した(注2)。


放火によって損傷したバス(ジェトロ撮影)

サンティアゴ中心地に派遣される軍部隊
(ジェトロ撮影)

防犯のために封鎖されたサンティアゴ市内の地下鉄
(ジェトロ撮影)

この騒乱を象徴するフレーズとして、「30ペソではなく、30年だ(No son 30 pesos, son 30 años)」というものがある。これは、騒乱の表面上の原因は30ペソ(約5円、1ペソ=約0.15円)の地下鉄運賃の値上げだが、その根本には、1990年の民主化以降の30年にわたって、国民の生活の向上を軽視してきた政府への強い不満(注3)が存在していたことを表している。この30年間のうち、チリでは1990年から2010年までは一貫して中道左派が、2010年以降は中道右派と中道左派が交互に政権を担っていた(表2参照)という事実はあるものの、社会騒乱発生時の第2次ピニェラ政権、すなわち中道右派に対して、より強い反発の念が生まれることとなった。予備選挙にて、政治的にその対極に位置する左派のAD候補者の得票率が高かった要因としては、そういった事情が挙げられるだろう。

表2:チリにおける政権の変遷
期間 大統領 政治思想
1990~1994年 パトリシオ・エイルウィン 中道左派
1994~2000年 エドゥアルド・フレイ 中道左派
2000~2006年 リカルド・ラゴス 中道左派
2006~2010年 ミシェル・バチェレ 中道左派
2010~2014年 セバスティアン・ピニェラ 中道右派
2014~2018年 ミシェル・バチェレ(2回目) 中道左派
2018~2022年 セバスティアン・ピニェラ(2回目) 中道右派
2022~2026年 ガブリエル・ボリッチ 左派

出所:外務省

それぞれの陣営の勝者

先述の内容も踏まえると、2021年の大統領選では、特に中道右派に属する候補者はある種のハンディキャップを背負って戦いを強いられたと言えるだろう。そのような中で、伝統的にCVを構成してきた3政党からの候補者ではなく、第2次ピニェラ政権下で閣僚を務めながらも、無所属として立候補したことでその「色」を薄めたセバスティアン・シチェル氏が中道右派の勝者となった。過去に大統領選への立候補経験を持ち、事前の予想では有力候補とされていたホアキン・ラビン氏をシチェル氏が打ち破った背景には、社会騒乱を通じてあらわになった、伝統的な中道勢力への忌避があるように思える。

左派のADでは、当時35歳という圧倒的な若さ(注4)で立候補したガブリエル・ボリッチ氏が、共産党から立候補したダニエル・ハドゥエ氏を大差で下した。社会騒乱の発生というショッキングな事象によって、中道以外の勢力への期待が高まる中、若いボリッチ氏よりも社会経験が豊富な(注5)ハドゥエ氏にとって、またとない機会だった。しかし、ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領への支持を表明するなどの政治思想が多くの国民には受け入れられなかったためか、ボリッチ氏が勝利を収める結果となった。

右派と中道左派の不在

その他には、予備選挙へ意図的に参加しなかった右派と、参加に向けた準備が間に合わなかった中道左派の存在が挙げられる。右派の共和党からは、ホセ・アントニオ・カスト氏が予備選挙を経ずに立候補した。彼はもともと独立民主同盟党(UDI)所属の議員だったが、2017年の大統領選の際に離党し、敗北後の2019年に共和党を立ち上げた人物だ。中道勢力との同盟関係を好まず、当時はブラジルのジャイール・ボルソナーロ前大統領との類似性も指摘されていた。

中道左派の「ウニダ・コンスティトゥジェンテ(Unidad Constituyente)」は、2018年に中道右派へ政権を明け渡して以降、ミシェル・バチェレ元大統領の後継となる候補者を確立できずにいた。その結果、会派内の政党間にも不和が生じ、候補者登録期日までに意見がまとまらなかったことで、予備選挙への参加を断念した。しかし、その後も会派としての統一候補擁立についての議論を継続、2021年8月21日に非公式に予備選挙を実施し、当時上院議長を務めていたジャスナ・プロボステ氏を統一候補として選出した。

中道陣営の敗北、勝敗は決選投票へ持ち越し

2021年11月に実施された大統領選挙では、予備選挙で選出された候補者3人(うち1人は非公式の予備選挙によって選出)と、予備選挙を経ずに立候補した4人の計7人が争うこととなった。その結果、いずれの候補者も過半数の票を獲得できなかったため、得票数1位のカスト氏と、2位のボリッチ氏による決選投票が行われることとなった(表3参照)。

表3:2021年チリ大統領選結果(第1ラウンド)(-は記載なし)
候補者名
(★の2名が決選投票へ)
政党(当時) 得票数 得票率
★ホセ・アントニオ・カスト
(José Antonio Kast)
共和党
(PRCH)
1,961,779 27.9%
★ガブリエル・ボリッチ
(Gabriel Boric)
社会収束党
(CS)
1,815,024 25.8%
フランコ・パリシ
(Franco Parisi)
人民党
(PDG)
900,064 12.8%
セバスティアン・シチェル
(Sebastián Sichel)
無所属 898,635 12.8%
ジャスナ・プロボステ
(Yasna Provoste)
キリスト教民主党
(PDC)
815,563 11.6%
マルコ・エンリケス・オミナミ
(Marco Enríquez-Ominami)
進歩党
(PRO)
534,383 7.6%
エドゥアルド・アルテス
(Eduardo Artés)
愛国連合
(UPA)
102,897 1.5%
有効投票数 7,028,345

出所:チリ選挙管理委員会(SERVEL)

この大統領選挙第1ラウンドを総括すると、シチェル氏が4位、プロボステ氏が5位となって敗北したことで、大多数のチリ国民が抱く伝統的な中道勢力への忌避があらためて示されたと言えるだろう。さらには、民主化以降の30年にわたって政権を握った中道勢力の敗北と同様に、人民党(PDG)から立候補したフランコ・パリシ氏(注6)が米国に滞在して選挙活動のほとんどをオンラインで行いながらも3位に付けたという結果も、大きな驚きをもって受け止められた。しかし、この点については、政治思想としては中道路線を志向しつつも、伝統的な中道勢力への投票を嫌った国民にとって、PDGがその受け皿として機能したとも考えられる。つまり、真の意味でのPDG支持者はそれほど多くはなく、大多数はカスト氏、ボリッチ氏という、中道とは一線を画した候補者の思想に共感しきれず、一種の消去法によってパリシ氏に投票したということが言えるのではないだろうか。その意味で、2021年の大統領選でのパリシ氏の得票率は、当時のチリを取り巻いていた非常に特殊な社会的要因によって生じたもので、その後の政界に中長期的な影響を与えるものではなかった(注7)とも言えるだろう。

ボリッチ氏の勝利、変革の到来

2021年12月の決選投票では、第1ラウンドで2位に付けたボリッチ氏がカスト氏を逆転し、10ポイント超の大差をつけて勝利したことで、チリ史上最年少の大統領となった(表4参照)。

表4:2021年チリ大統領選結果(決選投票)(-は記載なし)
候補者名
(★が勝者)
政党(当時) 得票数 得票率
★ガブリエル・ボリッチ
(Gabriel Boric)
社会収束党
(CS)
4,621,231 55.9%
ホセ・アントニオ・カスト
(José Antonio Kast)
共和党
(PRCH)
3,650,662 44.1%
有効投票数 8,271,893

出所:チリ選挙管理委員会(SERVEL)

両者が決選投票に進むに当たって、社会騒乱勃発の引き金となった第2次ピニェラ政権はカスト氏への支援を表明した(注8)。カスト氏の背後にピニェラ政権の影が見え隠れしたことは、社会の変革を期待する国民の投票を呼び込む上ではネガティブに作用した可能性はあるだろう。加えて、討論番組などで両者が対峙(たいじ)する際、カスト氏が若さと経験不足という分かり易い弱点を持つボリッチ氏を非難することに終始し、国民の期待に応える政策を提示することでその支持を得るという、本質的な政治活動が疎かになっていたという見方もある。他方で、ボリッチ氏は、自陣営にハドゥエ氏が所属する共産党(PCCh)を抱えつつも、同党がベネズエラ政府やグアテマラ政府への支持を表明した際には厳しく批判するという姿勢を一貫している。同じ会派を構成しながらも、独裁政権を肯定する極左勢力とは異なるボリッチ氏の政治思想が表明されたことは、中道勢力を支持していた国民の投票を呼び込む上で追い風になったと考えられる。

いずれにせよ、ボリッチ氏の勝利によって、政治的な実権を30年間保持し続けた中道勢力の時代は終焉(しゅうえん)を迎え、チリ国民も確かな変革の到来を実感したことだろう。その後、4年の時を経て、2025年にチリでは再び大統領選が行われるが、その展望については別稿で執筆する。


注1:
サンティアゴの地下鉄は、時間帯によって利用料金が異なる体系となっており、値上げ対象となったのは「オフピーク」を除く「ピーク」と「通常」の時間帯だった。当時の経済相は、値上げを批判する国民に対して「地下鉄料金を節約したいのであれば、(「ピーク」と「通常」の時間帯を避けて)早起きをすればいい」と発言した。
注2:
民間調査会社カデムによると、当時30%台を推移していた支持率が一時は9%まで下落した。
注3:
同30年間の安定的な経済成長を指して、国際的にチリは「南米の優等生」として評価されている。しかし、この間にも富める高所得層とそれ以外の国民を分かつ壁は高く、中間所得層以下の多くの国民は不満を募らせていた。2010年にチリがOECDに加盟したことで、南米以外の先進国との比較がメディアなどで取り上げられるようになった影響もあったと考えられる。
注4:
チリでは大統領選挙への立候補資格として、年齢の下限を35歳と定めている。
注5:
学生運動に傾倒した直後に下院議員となったことで、一般的な社会人経験をほとんど持たないボリッチ氏に対し、ハドゥエ氏は建築士としての自らの素養を生かしつつ、約15年にわたって数々の地方創生プロジェクトに従事した。
注6:
かつては政府系機関のアドバイザーや、大学教授を務めた。2021年の大統領選に立候補した時点では米国に在住していたが、前妻への養育費の未払いによって批判を受けていた。
注7:
2021年の大統領選と同じ日程で行われた国会議員選挙で、PDGは下院で6議席を獲得したが、2025年3月時点では上下院の双方で議席数0となっている。
注8:
通常、大統領選挙の第1ラウンドで敗北した陣営は、決選投票までにいずれの候補者を支持するかを表明し、国民の投票を誘導する。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課 課長代理(中南米)
佐藤 竣平(さとう しゅんぺい)
2013年、ジェトロ入構。経理課、ジェトロ・サンティアゴ事務所長などを経て、2023年9月から現職。