インド人の海外旅行熱高まる、ASEAN訪問者数が日本人ピーク超え
2025年7月29日
インドからASEANへの訪問者数が2024年(暦年)に初めて600万人を超え、日本からASEANへの訪問者数のピークだった2019年の565万人を上回った。所得の増加を背景に海外旅行を楽しむインドの人口が増える中、特にASEANは観光目的の訪問者が多い地域で、2029年には800万人を超えるとの予想もある。インドからの訪日客も2024年は前年比4割増と拡大しており、インドの海外旅行者が存在感を増している。
ASEAN訪問者は観光目的が突出
インド観光省によると、2024年のインド人出国者数は初めて3,000万人を超え、10年前から48%増加した。中でもASEANは観光・レジャー目的の訪問割合が突出して高い。2023年の地域別訪問目的データでは、インドの出国者の観光割合は、ASEAN地域とほぼ等しい東南アジア地域で72.9%に達した。インドからの国別訪問者数でASEAN加盟国のタイ、シンガポールを上回るのは、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、米国のみだったが、地域別の観光割合では、中東を表わす西アジア地域が28.4%にとどまり、北米地域も36.4%で、東南アジアの半分ほどだ。2025年1~3月の最新のデータでも、東南アジアが74.0%、中東(西アジア地域の項目から変更)が27.1%、北米が31.2%で大きな変化はない。
著名な旅行ブロガーのインドラニ・ゴーセ氏は、インドからのASEAN旅行が人気を得ているのは、格安航空による低運賃や宿泊費の安さのほか、インド人の好む料理が豊富にあるためと語る(7月12日のヒアリング)。

インドからASEANへの訪問者数が初めて100万人を超えたのは2004年で、2014年には300万人を突破し、2024年にはさらに倍増して600万人(注1)を超える急激なペースで拡大している。それ以前のピークは新型コロナウイルス禍前の2019年の531万人だった(表参照)。
年 | ブルネイ | カンボジア | インドネシア | ラオス | マレーシア | ミャンマー | フィリピン | シンガポール | タイ | ベトナム | ASEAN計 |
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2015 | 6,379 | 36,671 | 319,608 | 5,492 | 722,141 | 59,692 | 74,824 | 1,013,986 | 1,069,149 | — | 3,307,942 |
2016 | 7,193 | 46,131 | 422,045 | — | 8,249 | 38,537 | 90,816 | 1,097,200 | 1,076,970 | — | 2,787,141 |
2017 | 8,691 | 59,571 | 536,902 | 4,343 | 552,739 | 86,907 | 107,278 | 1,272,077 | 1,415,197 | 109,464 | 4,153,169 |
2018 | 8,635 | 65,882 | 595,636 | 4,864 | 600,311 | 102,702 | 121,124 | 1,442,277 | 1,598,346 | 132,371 | 4,672,148 |
2019 | 8,925 | 75,286 | 657,300 | 8,152 | 735,309 | 117,317 | 134,963 | 1,417,931 | 1,995,363 | 168,998 | 5,319,544 |
2020 | 1,750 | 12,919 | 111,724 | 1,743 | 155,883 | 24,831 | 29,014 | 175,522 | 261,778 | — | 775,164 |
2021 | 119 | 846 | 6,670 | — | 3,916 | 1,454 | 7,202 | 54,380 | 6,544 | — | 81,131 |
2022 | 1,263 | 34,016 | 281,814 | 3,568 | 324,548 | 8,069 | 51,542 | 686,469 | 997,913 | — | 2,389,202 |
2023 | 3,555 | 68,836 | 606,439 | 12,093 | 671,846 | 14,392 | 70,286 | 1,070,178 | 1,628,542 | 145,340 | 4,291,507 |
2024 | 5,922 | 77,632 | 710,207 | — | 1,365,387 | — | 78,995 | 1,197,107 | 2,129,149 | 501,427 | 6,065,826 |
注:―は不明、非公表。
出所:ASEAN Stats(2023年まで)、各国観光統計(2024年)からジェトロ作成
日本からASEANへの訪問者の傾向と比較すると、日本からは2004年に350万人、2012年に400万人を超え、2019年に565万人に達したものの、コロナ禍明け後も回復は鈍く、2024年は355万人(注2)にとどまる(図1参照)。

注:2024年の訪問者数はラオス、ミャンマー除く。
出所:ASEAN Stats(2023年まで)、各国観光統計(2024年)からジェトロ作成
ASEAN側も、インドからの訪問者の誘致に力を入れている。伝統的に中国からの訪問者数が地域の観光業を支えてきたが、2019年には3,200万人超だった中国からの訪問者数は2023年に3分の1の水準に減少した。2024年は1,965万人以上(注3)まで回復しているものの、コロナ禍前の水準には遠く、ASEAN各国は他の市場からの訪問者受け入れを促進している。
国連世界観光機関(UNWTO)の統計で2024年の訪問者数、観光収入ともにASEAN最大の観光立国であるタイは、2023年11月にインド人観光客へのビザなし渡航を導入し、マレーシアも翌月に同様の措置を取った。インドからの訪問者数がコロナ禍前の6割程度にとどまるフィリピンも、2025年6月にインド人観光客のビザなし渡航を解禁した。これに合わせ、インドの航空大手エア・インディアも10月からデリー~マニラ直行便を運航する計画を発表している。
前出の旅行ブロガーのゴーセ氏も、ASEAN諸国がインド人向けにビザなしや、オンラインでのビザ取得を整備していることは旅先を選ぶのに大きな優位点になっていると指摘する。同氏が過去に計画した欧州行きの家族旅行ではビザ取得が間に合わず、シンガポールとタイに行き先を変更したことがあるという。
インドからの2025年のASEAN加盟7カ国(注4)への1~5月訪問者数は前年同期比16.5%増の288万人となった。伸び率は前年ほどではないものの、2桁成長を続けている。
今後もインドの海外旅行需要は好調を維持するとみられる。調査会社ユーロモニターは2024年9月のレポートで、インドからのASEAN7カ国(注5)訪問者数が2029年に838万人に達すると見込んでいる。2025年からの年平均成長率(CAGR)は9.5%と、2桁に近い伸びだ。一方、2029年の中国からのASEAN訪問者数予測は2,397万人で、規模が断トツであることは変わらないものの、CAGRは6.3%と、インドに比べれば緩やかな成長が予想され、コロナ禍前のピークには遠い。日本からの2029年の訪問者数予測は378万人にとどまり、CAGRも3.2%と、インドの3分の1、中国の半分と予測される。
家族旅行フレンドリーの需要根強い
ユーロモニターのデータによると、インド人1人当たりの海外旅行(観光・レジャー)支出額(注6)は2024年に14万8,065ルピー(約25万1,711円、1ルピー=約1.7円)となり、2019年を約3割上回った。日本人の2019年時点の25万1,714円にほぼ等しい。支出先は全世界の平均値ではあるが、インド人観光客は日本人旅行者並みを旅行費用に充てていることが見て取れる。
日本の観光庁の「インバウンド消費動向調査」の統計を見ると、観光・レジャー目的の日本インバウンド旅行の1人当たり支出額は、2024年全体が22万3,431円、インド人の1人当たり支出額は26万5,689円と、平均値を超えた。
日本政府観光局(JNTO)によると、インドから日本への訪問者数は2024年に23万3,061人(暫定値)にすぎないが、前年比で40.1%増加しており、今後も伸びが期待できる。目的別割合が分かる最新の2023年のデータによると、インドからの訪問者のうち、観光目的の割合は53%で、10年前の33%、コロナ禍前の2019年の43%から大幅に上昇している。では、日本がASEANのインドからの観光客誘致の成功に学べることはあるのだろうか。
インバウンド戦略研究所の清水泰正代表は、インド全体の所得が増えて海外旅行が定着したと背景を説明し、「以前とは異なり、インドの旅行会社もようやく、日本市場について本気でみるようになった」と語る。初海外旅行先として人気のASEANと日本では旅行層に違いがあるものの、ASEANから学べることとして、圧倒的に需要の多い家族旅行フレンドリーな点を挙げる(7月12日のヒアリング)。
例えば、シンガポールでは、インドからの航空便に1~2泊のクルーズ船をセットにした「フライ&クルーズ」という商品が人気で、子どもが迷子になる心配がない上に、プールで遊べるなど、家族旅行に優しいところが肝となっている。
また、東南アジアには、家族で楽しめる「夜のにぎわい」がある点も挙げる。昼の暑さを避け、夜の街歩きを好むインドの旅行者にとって、ショッピングモールが午後10時まで営業しているなど、需要に応じられる。日本では、子ども連れで夜の街歩きをできる台湾の夜市のようなコンテンツがまだ少ないため、学べる側面だとみる。
ゴーセ氏は、東南アジアの魅力としてインド人が好む料理を挙げたように、日本でもベジタリアン向けの飲食店が増えれば、誘致が進むとした上で、東南アジア諸国の成功の一因となったインドのメディア企業向けのプロモーションを企画するのも一案と述べている。
インドの海外旅行シーズンは、国内が猛暑を迎える3~6月や、ディワリ(灯明祭)周辺の祝祭期、クリスマスで、東南アジアも日本も傾向は同じだ(図2参照)。ゴーセ氏は、特に4~6月にある学校や大学の夏休みの期間が人気だと話す。
また、清水氏によると、インドからの訪日旅行者数の定番ルートは、東京~富士山~京都~広島で、子どものころからの平和教育により、「広島になじみがある」ことが特徴的という。同氏は、インドからの訪日旅行者数が今後も少なくとも年2割拡大することは間違いないとみており、広島など幾つかの県・市以外の自治体も、競合の少ない「ブルーオーシャン」であるインドからの訪日誘致に取り組み始めることが有効だと指摘している。

出所:各国の観光統計(タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア)、日本政府観光庁(JNTO)(日本)からジェトロ作成
- 注1:
- ASEANのうちラオス、ミャンマーを除く。
- 注2:
- 注1に同じ。
- 注3:
- 注1に同じ。
- 注4:
- タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、ベトナム、カンボジア、フィリピン。
- 注5:
- 注4に同じ。
- 注6:
- 海外旅行者の支出総額を旅行者総数で割って算出。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課
今野 至(こんの いたる) - 出版社、アジア経済情報配信会社などを経て、2023年9月から現職。