ミッドパークで操業中の企業に聞く
モロッコの航空産業と人材育成(2)

2024年5月21日

モロッコのカサブランカ空港に隣接する「ミッドパーク自由貿易地域」(以下、ミッドパーク)は、航空機産業専用に開発された自由貿易地区で、現在143社の生産拠点が集積している(2024年5月2日付地域・分析レポート参照)。ミッドパークで操業中の2社に事業内容や事業環境について聞いた。

TDM

TDMは、ミッドパークに2,000平方メートル生産拠点を持つモロッコ資本100%の企業で、航空機用チューブやねじ部品を生産している。2023年9月に最高経営責任者(CEO)に就任したアデル・ビダウィ(Adel BIDAOUI)氏と、プログラムマネジャーのマロエン・アブデリラ(Marouane ABDELILAH)氏に、ミッドパークでの操業状況について聞いた。(取材日:2024年2月26日)


左がアブデリラ氏、右がビダウィ氏(ジェトロ撮影)
質問:
事業内容は。
答え:
チタンやCRES(ステンレス銅の一種)を素材としたチューブやねじを航空機用に製造している。TDMは、2017年にMoroccan Aerospace Investment Companies (MAIC、注1)と投資協定を結び、2018年4月に設立した。2018年12月にはボーイングと長期契約を結び、モロッコ政府とボーイングが締結した覚書の枠組みに参入した。2019年にミッドパーク内に敷地を確保した。2020年3月にはボーイングの品質システム認証(Boeing Quality Systems)を受け、2020年6月にはスピリットエアロシステムズ(Spirit、以後、スピリット、注2)との長期契約を締結した。しかし、2020年5月から3カ月間、新型コロナウイルスの影響で閉鎖を余儀なくされた。状況が収束を始めた2021年12月に生産を開始し、2022年3月に初めて製品を納品した。2023年9月にはモロッコ人のCEOとして私が経営を託された。
ミッドパークに立地している多くの欧米の大企業と違い、TDMはスタートアップのようにゼロから始まった新しい企業だ。設立から2、3年の間にティア1サプライヤーとして製品を生産し、ボーイングやスピリットといったハイレベルな顧客に製品を提供するサイクルを作り上げた。現在、航空機翼部に使われるチューブを中心に、次の製品を生産している。生産数は、ボーイングとスピリットに向けて毎月約7,000チューブだ。TDMは現在、ボーイングとスピリットの品質クライテリアでほぼ100%の高品質を記録している。
  • ボーイング長期契約 Boeing 787
  • ボーイング受注分 Boeing 777/767/737
  • スピリット長期契約 Boeing 787
  • スピリット契約 Boeing 777/767/737

TDMで製造している部品(TDM提供)
質問:
事業成功のカギは。
答え:
生産能力と人材だ。
工場のフロアの空いているスペースを見て分かるとおり、TDMの現在の生産能力は約2倍に拡大できる。1万8,000チューブの生産を目標に掲げ、毎月の生産可能な最大値を最終的には3万チューブまで増やしたい。最近はエアバス(Airbus)から少量発注も受けるようになった。こうした少量発注にも応え、顧客を拡大するには、さらなる生産能力の引き上げが必要だ。また、ボーイング787モデルのチューブの受注生産を増やしていきたい。
人材については、ミッドパークに隣接するIMA(Institut des Métiers de l'Aéronautique)を大いに活用している。新型コロナ禍の閉鎖期間を経てTDMも多くの人材を失ったが、モロッコの技術者の質は高く、トレーニング環境も整っている。IMAには必要な人材について相談し、戦略を立てるのを手伝ってもらった。IMAで学んでいる学生を1カ月のうち2週間はIMAでのトレーニングに当て、残りの2週間をTDMの工場でインターンとして実際の生産に従事してもらうため、効率的に必要なスキルを持った人材を確保できている。
質問:
TDMの今後のビジョンは。
答え:
TDMは創業当初から、モロッコ資本が完全に所有するティア1サプライヤーとなるべく、戦略的に事業を拡大してきた。戦略目標として次の4項目を掲げ、実現を目指している。
  1. 航空機チューブ生産の中心プレーヤーとして、品質、コスト、提供期間で最高レベルを実現する。
  2. 航空機産業の原材料・配合材料の主要ディストリビューターと戦略的に協業する。
  3. ボーイング、エアバスのニーズに応え、顧客ベースのプラットフォームを開拓する。
  4. 新たな素材や、より大きな直径のチューブの生産とそのための技術を開拓する。
TDM はミッドパーク内で唯一の100%モロッコ資本の企業で、こうした企業を航空機産業に育てていくのは大きなチャレンジだ。ここでモロッコ人のCEOとして任命された期待に応えたい。

SABCA

SABCAは、1920年創業のベルギー企業だ。航空機産業としては、機体のデザイン、開発、製造、検査など多くの分野を網羅している。2012年から組み立て拠点をモロッコのミッドパークに構えた。SABCAモロッコのピラタス専任プログラムマネジャーのナジュワ・ラマミ(Najwa Lahmami)氏に、ミッドパークでの操業状況について聞いた。

質問:
ベルギー企業のSABCAがカサブランカに製造拠点を設立するに至った背景は。
答え:
SABCAは1920年、ベルギーで航空輸送のための航空機の設計・生産を目的に設立され、工場をブリュッセルに構えた。第2次世界大戦後の1945年、SABCAはベルギーの軍用機生産の主要パートナーとなった。1989年、エアバス(Airbus)との最初のリスクシェアリング契約(注3)を締結し、SABCAでも民間航空機の生産が急増した。以来、SABCAはA380、A400M、A350 XWBなど、エアバスの全ての新プログラム製造パートナーに選ばれている。
SABCAはまた、ダッソーやガルフストリームのビジネスジェット・プログラム向けの設計・製造も行っている。1992年にはハイテク複合材の製造に特化した完全子会社SABCA Limburg NVをベルギーに設立し、Airbus A4350、A400M、ガルフストリーム650用の高品質部品を生産している。2012年にカサブランカに新拠点となるSABCAモロッコを設置し、SABCAのエコシステムが完成した。
質問:
SABCAモロッコの事業概要は。
答え:
SABCAモロッコは航空機の組み立てを専門としている。リベット打ちと塗装の分野で幅広い専門知識を有し、大手航空会社の需要に応えている。2022年、SABCAは1億8,000万モロッコ・ディルハム(約28億8,000万円、1ディルハム=約16円)以上を投資し、ノウアセウル(Nouaceur)州に1万6,000立方メートルの新しい航空構造組立工場を完成させ、PC-12ピラタスの組み立てを可能にした。
この工場は、金属製や複合材製の航空機構造物の設計、生産と、ほぼ完全な組み立て、航空機用アクチュエーター(注4)の設計で、幅広い専門知識を有している。現在のSABCAモロッコの顧客は主にスイスの航空機メーカーのピラタスだ。 ピラタスの小型機の組み立て、塗装のほか、設備、さまざまな試験なども提供している。
質問:
製造拠点としてのモロッコの魅力は。
答え:
一番の魅力は地理的立地だと思う。欧州へフェリーを使えば、車でアクセスすることができる。まさに、欧州からアフリカへのゲートウェイ、アフリカから欧州へのゲートウェイでもある。組み立てに必要な部品は欧州や北米からトラックや船舶で届く。組み立てが完了した機体は欧州にトラックで納品している。航空機1機分を部品ごとに格納し、トラック1台にまとめて運ぶ。モロッコからベルギーには約3日で到着する。
人材確保の面では、隣接するIMA(Institut des Métiers de l'Aéronautique)がカスタマイズ可能なトレーニングメニューを提供しており、作業ごとに必要な人材が確保できる。数年先の事業展開など長期的なビジョンもIMAと共有しており、拡大に必要な人材の確保に向けてコンサルティングを受けている。

注1:
MAIC は、モロッコの主要投資機関と個人投資家が所有する航空宇宙投資グループ。
注2:
スピリットエアロシステムズ(Spirit)は、2005年にボーイング傘下から分離された、ボーイングの下請け会社。
注3:
航空機やタービンエンジンなど、ばく大膨大な開発費を必要とする機械の製造・設計に当たり、開発費やマネジメントのリスクを一部分担し、共同開発に参画する企業、または契約のこと。
注4:
航空機用アクチュエータとは、飛行制御システムからの入力コマンドを機械的な動きに変換する電気機械式、または油圧式の装置。エルロン、エレベーター、ラダーの位置や着陸装置の伸縮などを制御する役割を担う。

執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課
吉川 菜穂(よしかわ なほ)
2023年、ジェトロ入構。中東アフリカ課でアフリカ関係の調査を担当。
執筆者紹介
ジェトロ・ラバト事務所
ファティマザハラ・ベルビシュ
2017年からジェトロ・ラバト事務所に勤務。経済・産業・市場調査、商談会業務などを担当。