カンボジアLDC卒業に向けて、EPA・FTA利用の検討を

2024年5月24日

カンボジアは、2029年に後発開発途上国(LDC)から卒業する見込みである(2024年3月25日付ビジネス短信参照)。LDC卒業により懸念されるのは、LDCに対して認められる優遇措置が受けられなくなることだ。開発途上国・地域の経済発展を支援するため、それらの国・地域を原産地とする輸入品に対して低い関税率を適用する「特恵関税制度」がある。その中でも、特にLDC原産の産品には「特別特恵関税」が適用され、一部の例外を除いて、一律無税(Duty-free)・無枠(Quota-free)の優遇措置が与えられる。つまり、LDCからの輸入に関しては、ほぼ全ての品目において無税措置が適用される。

3年に1度、LDCリストの審査を行う国連開発政策委員会(CDP)は、カンボジアがLDC卒業基準を満たしていると認定し、2024年3月に同国のLDC卒業勧告を決めた。ただし、LDC卒業は複数年にわたるプロセスとなる。CDPの卒業勧告に続いて、国連経済社会理事会(ECOSOC)での承認、国連総会での決議が2024年内に実施されたのち、カンボジアはLDC卒業に向けた「準備期間」に入る。準備期間は、通常3年のところ、CDCはカンボジアに5年の準備期間を認めたため、同国が正式にLDCを卒業するのは2029年となる見通しだ。準備期間中はLDCのステータスが維持されるため、特別特恵関税が引き続き適用されるが、2029年以降は適用が外される見込みだ。なお、LDC卒業後、特恵供与国(輸入国)による具体的な対応については統一の規定がない。特恵関税制度は、国連貿易開発会議(UNCTAD)での決議に基づいた、特恵供与国側による自主的・自発的な貿易措置であり、LDCに特化した措置の一時的な延長や段階的な廃止といった猶予措置の有無などは、供与国の自由裁量となる。

LDC卒業で影響を受ける輸出先と主要品目

カンボジアの貿易統計から主要輸出先を整理し、LDC卒業後の影響を考察する。2023年のカンボジアの輸出額を国・地域別にみると、米国が最大で、EU、ベトナム、中国、日本と続く(表1参照)。

表1:カンボジアの主要国・地域別輸出(FOB)[通関ベース](単位:100万ドル、%)
国・地域名 金額 構成比
米国 8,897 37.9
EU 3,172 13.5
ベトナム 2,973 12.7
中国 1,479 6.3
日本 1,176 5.0
その他 5,774 24.6
合計 23,470 100

注:EUは上位20カ国のうちEU加盟国の合計。小数点以下の四捨五入の関係で合計と一致しない場合がある。
出所:カンボジア関税消費税総局(GDCE)のデータからジェトロ作成

最大輸出相手国の米国は、2020年12月末で一般特恵関税制度(GSP:Generalized System of Preferences)が失効している。そのため、現状もカンボジアから米国への輸出に特恵関税が適用されておらず、LDC卒業による米国への影響はないとみられる。

一方、EUは、LDC卒業後に関税の大幅な引き上げが見込まれる。EUはLDCに対して特恵関税制度(EBA)を認めており、武器兵器以外の全ての製品の輸入関税を無税とし、輸入割り当ても行っていない(注)。2023年におけるEUのカンボジアからの輸入金額上位10品目はいずれもEBA適用品目となっており、カンボジアのLDC卒業により、10%超の従価税や従量税が課されることになる(表2参照)。

表2:カンボジアからEUに輸入された上位10品目と各種関税率(2023年)(単位:100万ドル、%)
順位 HSコード 品目 金額 構成比 MFN GSP-EBA
1 87120030 自転車 314 6.1 14% 無税
2 61103099 女性用ジャージー、カーディガン類(人造繊維製) 229 4.4 12% 無税
3 64041990 履物(本底がゴム製またはプラスチック製) 194 3.7 16.9% 無税
4 61046300 女性用ズボン(合成繊維製) 183 3.5 12% 無税
5 61102091 男性用ジャージー、カーディガン類(綿製) 163 3.2 12% 無税
6 10063098 精米 149 2.9 175EUR /
1,000 kg
無税
7 61046200 女性用ズボン(綿製) 137 2.6 12% 無税
8 61034200 男性用ズボン(綿製) 136 2.6 12% 無税
9 61102099 女性用ジャージー、カーディガン類(綿製) 119 2.3 12% 無税
10 62046231 女性用デニムパンツ 118 2.3 12% 無税

注1:品目は一部省略して記載。各税率は2024年3月時点。
注2:MFNは、WTOで定められた原則に基づいて、全ての国に対して適用される共通の関税率であるMFN税率を指す。
出所:グローバル・トレード・アトラス、TARICを基にジェトロ作成

在カンボジア日系企業に焦点を絞ると、ジェトロの2022年度海外進出日系企業実態調査によれば、主要輸出先は日本で、輸出先内訳の56%を日本が占める。同様に、日本のカンボジアからの輸入金額上位10品目をみると、衣料品、革製品、履物は特別特恵関税(GSP-LDC)により、無税措置が与えられていることが分かる(表3参照)。

表3:カンボジアから日本に輸入された上位10品目と各種関税率(2023年)(単位:100万ドル、%)(―は項目なし)
順位 HSコード 品目 金額 構成比 MFN GSP-LDC AJCEP RCEP
1 854430010 自動車用配線セット 177 9.2 無税 無税 無税
2 620462200 女性用ズボン(綿製) 108 5.6 9.1% 無税 無税 無税
3 420292000 革製バッグ類 75 3.9 8% 無税 無税 6.5%
4 10611000 霊長類 55 2.9 無税 無税 無税
5 611030099 ジャージー、カーディガン、ベスト類(人造繊維製) 54 2.8 10.9% 無税 無税 無税
6 620342200 男性用ズボン(綿製) 47 2.5 9.1% 無税 無税 無税
7 610910020 Tシャツ、肌着類(綿製) 46 2.4 7.4% 無税 無税 無税
8 610463000 女性用ズボン(合成繊維製) 45 2.4 10.9% 無税 無税 8.9%
9 620343200 男性用ズボン(合成繊維製) 44 2.3 9.1% 無税 無税 無税
10 640399029 革靴 43 2.3 30%または4,300円/足のうちいずれか高い税率 無税 無税~5% 19.5%

注1:品目は一部省略して記載。MFN税率、LDC税率は2024年2月時点。AJCEP税率、RCEP税率は2024年1月時点。
注2:MFNは、WTOで定められた原則に基づいて、全ての国に対して適用される共通の関税率であるMFN税率を指す。
出所:グローバル・トレード・アトラス、実行関税率表を基にジェトロ作成

日本向け輸出で代替措置としてのEPA

特別特恵関税の適用を前提としてカンボジアから製品を輸出していた企業は、カンボジアがLDC卒業となったとき、他の関税減免措置の活用を検討する必要がある。そこで代替措置として考えられるのが、経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)の利用だ。EPAやFTAは特定の国や地域同士で貿易や投資などを促進するための条約で、経済関係の強化を目的として、輸出入にかかる関税の撤廃・削減を定めている。LDCを卒業し、特別特恵関税の適用除外となった後も、EPAやFTAを利用することで、引き続き関税優遇措置を受けられる可能性がある。

カンボジアが外国と締結している2国間または多国間のEPA・FTAの一覧は表4のとおりだ。11件が発効済みで、ASEANとカナダの間でも、協定の締結交渉が進んでいる。しかしながら、第2の輸出先であるEUとの間ではEPA・FTAを有しないため、業界団体は危機感を募らせている。日本との間では2国間の協定はなく、カンボジアと日本が加入している日ASEAN包括的経済連携(AJCEP)協定と、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定が利用可能となる。

表4:カンボジアのEPA・FTA一覧(―は項目なし)
名称 加盟国・地域 段階 発効年月
ASEAN物品貿易協定(ATIGA)​ シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー​ 発効済み 1993年
1月​
中国・ASEAN自由貿易協定(ACFTA)​ 中国、ASEAN​ 発効済み 2005年
7月​
韓国・ASEAN自由貿易協定​ 韓国、ASEAN​ 発効済み 2007年
6月​
日本・ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)​ 日本、ASEAN​ 発効済み 2008年
12月​
ASEAN・インド包括的経済協力枠組み協定​ ASEAN、インド​ 発効済み 2010年
1月​
ASEAN・オーストラリア・ニュージーランド自由貿易協定​ ASEAN、オーストラリア、ニュージーランド​ 発効済み 2010年
1月​
香港・ASEAN自由貿易協定​ 香港、ASEAN​ 発効済み 2019年
6月​
地域的な包括的経済連携(RCEP)協定​ 日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、ASEAN​ 発効済み 2022年
1月​
中国・カンボジア自由貿易協定​ 中国、カンボジア​ 発効済み 2022年
1月​
韓国・カンボジア自由貿易協定​ 韓国、カンボジア​ 発効済み 2022年
12月​
アラブ首長国連邦・カンボジア包括的経済連携協定​ アラブ首長国連邦、カンボジア​ 発効済み 2024年
1月​
カナダ・ASEAN自由貿易協定​ ASEAN、カナダ​ 交渉中​

出所:「世界のFTAデータベース」(ジェトロ)、アラブ首長国連邦経済省

実際に特別特恵関税を適用してカンボジアから日本へ輸入されている品目のうち、輸入額の大きかった上位10品目の各種関税率をみると、多くの品目でAJCEP協定またはRCEP協定の利用により、無税措置が継続できることが分かる(表3参照)。なお、EPA・FTAでは、品目によって関税率が段階的に撤廃または引き下げとなるため、発効日から年月が経過するほどEPA・FTA税率は下がる。表3では、革製バッグ類、合成繊維製女性用ズボン、革靴は、いずれもRCEP協定税率が現時点で無税ではないが、譲許表(関税撤廃・引き下げスケジュール)によると、2036年4月1日からは無税となる。

ただし、利用にあたっては、産品の原産性を規定する品目別原産地規則がEPA・FTAごとに異なるため、注意が必要だ。特に衣類(HSコード第61類、第62類)について、AJCEP協定ではより厳格な原産地規則を採用しており、縫製工程に加えて、糸からの編立または製織工程も締約国内で実施されなければ、原産品と認められない。業界関係者によると、現時点ではカンボジアに生地の工場はほとんどなく、製品製造に用いる原材料の95%を輸入の上、最終製品化して輸出しているとされる。縫製業の川上産業は利益を出しづらいとされており、投資拡大には慎重な企業が多い。この場合、EPA・FTAの締約国から原材料を輸入して加工することになるが、物流費など、コスト競争力の面での課題は引き続き残る。一方、カンボジア縫製・製靴・旅行用鞄(かばん)協会(TAFTAC)の会員企業数は約770社(2024年3月29日時点)あり、生地の国内調達など、EPA・FTAに基づく原産地規則の充足策を検討できないか、業界団体と政府での協議が進められている。なお、カンボジアの縫製業でも、コスト競争力を維持する策として機械化や自動化、AI(人工知能)化を進める企業も増えつつある状況だ。


注:
EUはカンボジアでの人権侵害の状況に鑑み、2020年8月から一部の衣類と履物、全ての旅行用品などのEBA適用を除外している。
執筆者紹介
ジェトロ・プノンペン事務所
藤田 奈緒(ふじた なお)
2021年、ジェトロ入構。情報データ統括課を経て現職。