当面は「低位安定」が見込まれるロシア経済
侵攻から2年(1)

2024年5月13日

2023年のロシア経済は、大方の予想を大きくたがえるかたちで、堅調に推移した。国際通貨基金(IMF)など国際金融機関ばかりでなく、ロシア経済発展省やロシア中央銀行も、経済成長見通しの上方修正を繰り返した。好調な経済の背景には、比較的高い水準で推移したエネルギー資源価格や、ウクライナ侵攻に伴う一部製造業での「特需」がある。また、サプライチェーン再構築によって製品供給が再開し、侵攻開始以降低迷していた消費が回復したことも、経済の底上げに貢献した。ロシア経済は成長の鈍化はあるにしても、短期的には安定的に推移するものとみられる。

製造業が経済回復を牽引、軍需も貢献との見方

2023年のロシアの実質GDP成長率は3.6%だった。経済活動別でみると、製造業(前年比6.9%増)、建設業(6.6%増)、卸売り・小売り・車両修理業(6.6%増)、金融・保険業(8.7%増)の伸びが目立った(表参照)。経済成長の牽引役となったのは、寄与率(注1)で約24%を占めた製造業だ。品目別では金属製品、コンピュータおよび電子機器・光学機器、自動車以外の輸送用機器が伸びに貢献した。なお、これらの品目には「軍需関連製品が含まれる」とブルームバーグ・エコノミクスのアレクサンドル・イサコフ・ロシア担当エコノミストが指摘している(RBK2023年3月29日、注2)。

表:経済活動別GDP成長率の推移(単位:前年/前年同期比伸び率、%)(△はマイナス値)
項目 2022年 2023年
通年 1Q 2Q 3Q 通年
国内総生産(GDP) △ 1.2 △ 1.6 5.1 5.7 3.6
農林水産業 7.0 1.8 1.4 2.5 0.1
鉱業 0.6 △ 5.1 0.0 △ 1.7 △ 2.0
製造業 △ 2.0 △ 0.9 10.0 10.7 6.9
電気・ガス・熱供給業 0.3 △ 0.6 0.0 0.4 0.1
水道・廃棄物処理業 △ 4.8 △ 11.4 △ 3.9 0.9 △ 3.0
建設業 7.1 7.8 9.9 8.0 6.6
卸売り・小売り・車両修理業 △ 12.8 △ 10.9 11.1 13.9 6.6
運輸・倉庫業 0.1 1.6 3.4 4.0 3.2
宿泊・飲食サービス業 5.1 8.8 15.2 6.4 10.0
情報通信業 0.9 4.5 6.6 12.8 9.8
金融・保険業 2.4 6.5 6.7 9.6 8.7
不動産業 1.5 0.7 0.9 0.5 0.8
研究開発・コンサルティング等各種専門サービス業 1.1 4.6 5.6 6.4 5.9
リース、観光、HR、護衛業 △ 0.2 6.7 7.0 7.7 8.0
公務・国防・社会保障 9.5 7.5 5.7 6.2 5.8
教育 2.0 1.4 1.7 2.3 1.8
保健・社会サービス業 △ 6.6 0.4 0.2 1.1 0.5
文化・スポーツ・娯楽業 7.5 △ 4.2 △ 0.4 2.8 1.0
団体活動、電気製品修理、生活関連サービス業 △ 2.5 △ 3.8 △ 3.8 △ 2.5 △ 3.0
家事補助サービス業 18.6 25.2 0.6 △ 1.6 9.6

出所:連邦国家統計局資料から作成

自動車生産は、伸び率でこそ前年比11.3%増だったものの、GDP成長に占める寄与率では1%に届かなかった。モスクビッチ(モスクワ市の所有となった旧ルノー工場)、アフトトル(カリーニングラード州にあり、以前はBMWや韓国車を生産)での中国車の組み立てが拡大したものの、経済の回復には貢献しなかった。2024年に入り、サンクトペテルブルクの旧現代工場や旧日産工場でのロシア企業による生産再開、また、モスクビッチでの新ブランド導入による増産の可能性が報じられる。しかし、生産台数は限定的との見方もあり、自動車産業が今後順調に回復軌道に乗るかは予断を許さない。

鉱業は前年比2.0%減と伸び悩んだ。ロシア経済の屋台骨を支えるエネルギー資源採掘(注3)は、石炭、原油、天然ガスのいずれも前年比で減少した。連邦国家統計局は2023年3月以降、原油の生産統計を公表していないが、アレクサンドル・ノワク副首相は連邦上院に対し、2023年の原油生産量は前年比0.8%減の5億3,060万トンと報告した(タス通信2月6日)。西側諸国が設定した原油や石油製品に対する価格上限設定を含むエネルギー資源輸出に対する制限措置のほか、OPECプラスの枠内での原油減産が影響したとみられる。欧州向けの輸出が大幅に減少した天然ガスの生産は同7.5%減だった。天然ガスは2022年も13.4%減で、欧州に代わる新規輸出先の開拓が進まない現状が浮き彫りとなった。2022年は8.1%増と好調だった液化天然ガス(LNG)生産も2.4%減とマイナスになった。ただしこれは、ヤマルLNGプロジェクトやサハリンの生産施設での定期点検によるもので、想定の範囲内だったとする向きもある。

製造、輸送・倉庫向けが国内投資を牽引

固定資本投資は前年比9.8%増だった。投資の伸びを牽引したのは製造業向けだ。2022年は前年比減だった製造業向け投資では、化学、冶金(やきん)向けが牽引し、15.8%増と大きく回復した。また、寄与度はそれほど高くはなかったが、生産増が顕著だった金属製品、コンピュータおよび電子機器・光学機器なども、前年比でそれぞれ1.4倍、1.3倍となり、金属製品の伸び率は前年のマイナスからプラスに転じた。輸送・倉庫向け投資も、製造業と並んで、投資の拡大を牽引した。特に陸上輸送・パイプライン輸送と倉庫・その他輸送関連サービスは2年連続で高い伸びとなった。そのほか、資源採掘が9.4%増と2年連続で2桁に迫る勢いで、特に石油・天然ガス採掘は10.7%増だった。建設は、2022年に比べると鈍化傾向にあったものの、住宅を中心に高い伸びが続いた。IT関連では、政府が進めるソフトウエア国産化の流れを受けたものとみられるコンピュータソフト開発が前年比24.9%増、IT関連サービスが同42.6%増と、2年連続で高い伸びを示した。また、映画やビデオの制作を含む映像・音響分野への投資も拡大が続く。2年連続で前年比マイナスとなった分野も幾つか残るが、投資は全体として回復傾向が見られた。

賃金上昇、消費者心理の好転で消費が急回復

ロシア経済を支えるもう1つの柱は消費だ。ロシア経済はエネルギー資源の輸出など外需のほか、消費を中心とする内需が牽引する部分も大きい(図1)。ロシア経済の動向を見る上では、消費の推移を観察することが重要となる。消費を支える所得の動きも含め、2022年までさかのぼって俯瞰(ふかん)してみよう。

図1:ロシアのGDPの需要項目別内訳の推移(2010~2023年)
寄与度の面からみると、ロシアのGDPは外需(エネルギー資源などの輸出)よりも内需(消費と投資。特に消費)の動向に左右されることが分かる。2022年以降、統計局は輸出及び輸入の寄与度を公表していない。

出所:連邦国家統計局資料から作成

2022年3月以降の西側諸国の制裁発動、それに伴う輸送、金融決済の一時的な機能不全などによる通貨ルーブル為替レートの急落、また、それらを複合的な背景とするインフレの高進から、実質賃金と消費動向を表す小売売上高は2022年4月に大きく落ち込んだ(図2)。実質賃金はその直後から徐々に回復傾向を示し、2023年に入ってプラスに転じた。特に4月以降は過去最高の伸びに近い回復ぶりを示した。実質賃金の急回復は前年の落ち込みの反動のほか、2022年末~2023年初にかけ、上昇したインフレが落ち着きを見せたことや、人手不足による賃金の引き上げが背景にある。

図2:実質賃金と小売売上高の推移(2022~2023年)
実質賃金は2022年4月を底に徐々に回復し、2022年10月以降、前年同月比でプラスに転じた。その一方で小売売上高は、2022年4月以降前年同月比マイナス10%前後と低迷を続け、プラスに回復したのは2023年4月になってからだった。

出所:連邦国家統計局資料から作成

その一方で、消費は2022年を通じて低迷を続けた。これまでは賃金が回復すると消費も同様に回復傾向を見せてきたが、今回は約1年のタイムラグが生じた。以前は、ここまでの長期間にわたり消費が賃金動向とかけ離れた動きを示すことはなかった。その差が解消したのは2023年も第1四半期(1~3月)を過ぎようとしたころだった。消費の拡大は実質賃金の上昇に牽引された側面が強いが、それを背景とした消費者心理の改善や消費者ローンの拡大なども、複合的に消費を支える要因となった。また、2022年には経済制裁も含めてロシア向けの物流が大きく混乱した1年だったことから、2023年に入っての部品・原材料から完成品に至るまでのサプライチェーンの再構築、これによる国内製造業の回復と製品供給の復活も、消費の回復に寄与した可能性がある(図3)。

図3:製造業と小売売上高の推移(2022年~2023年)
製造業は2023年3月に大きく落ち込み、その後プラスマイナスゼロから若干のマイナスが継続。2023年3月以降大きく回復し2023年5月から2023年11月まで前年同月比10%前後の伸びを見せた。小売売上高は2022年4月から2023年2月まで前年同月比マイナス10%近い落ち込みが続いたが、2023年4月以降急速に回復し、2023年12月まで前年同月比10%前後の成長を示した。

出所:連邦国家統計局資料から作成

非石油ガス収入の増加で下半期は財政黒字基調

2023年の連邦財政状況は、歳入は非石油・ガス収入を中心に、前年比4.7%増の29兆1,241億ルーブル(約49兆5,110億円、1ルーブル=約1.7円)、歳出は同4.0%増の32兆3,537億ルーブルで、3兆2,297億ルーブルの財政赤字だった。2023年初に巨額の赤字(2023年5月31日付ビジネス短信参照)が懸念された。しかし、通年では当初予想を3,000億ルーブルほど超過したものの、GDP比で見れば当初案の範囲内に収めたかたちだ。単月ベースでは、下半期を中心に黒字になる月もみられた(図4)。財政赤字の大部分の2兆9,000億ルーブルは国民福祉基金で補填(ほてん)されたもようだ。

図4:連邦財政の推移(2022年~2023年)
2022年の歳入は、年央に一時的に月額で2兆ルーブルを割り込んだが、9月以降拡大基調だった。2023年は年初こそ低調だったものの、3月以降は徐々に歳入が増加し、2023年12月まで月額2兆から3兆ルーブルの水準を維持した。財政収支は、月次ベースでは2023年上半期を除き基本的に黒字を維持した。歳入に占める石油ガス収入の比率は、月によりばらつきが大きいが、2022年から2023年にかけては徐々に低下傾向にある。

出所:ロシア財務省資料から作成

2023年の財政収支の特徴は、非石油ガス収入の増加だ。輸入や国内消費の回復から、付加価値税収入が大きく増加した。また「その他の税」(石油ガス以外の輸出関税や国有企業からの配当、リサイクル税など)の伸びも税収増に貢献した。その一方で、石油ガス収入は大きく減少した。背景には、エネルギー資源の国際価格の下落、OPECプラスの枠内での減産合意、2018年のエネルギー資源関連税制改正(2018年9月21日付ビジネス短信参照)により自動的に低下する資源関連の輸出税率などがある。ロシア財務省は2022年5月以降、歳出の詳細を公表していない。歳出増に関して、同省は「年初に国家発注、特に例年には見られない種類の発注の前払いが行われたため」と説明している(コメルサント2024年1月11日)。

鉱物製品の輸出減で貿易黒字が縮小

連邦税関局によると、2023年のロシアの輸出は前年比1,674億ドル(28.3%)減の4,251億ドル、輸入は298億ドル(11.7%)増の2,851億ドルで、1,400億ドルの貿易黒字だった。主要輸出品目の鉱物製品の輸出額が3割減となったほか、輸入が増加し、貿易黒字は前年の3,372億ドルから縮小した。

輸出を地域別でみると(注4)、アジアが3,066億ドルと全体の72.1%を占めた(前年は49.0%)。エネルギー資源の輸出が大幅に減少した欧州向けは849億ドルにとどまり、地域別割合では前年を24.8ポイント下回る20.0%だった。しかし、アジア向け輸出額は、全体に占める割合の急増にもかかわらず、前年比162億ドル(5.6%)増と微増にとどまり、欧州向けの減少(1,807億ドル、68.0%減)を補うには至らなかった(図5)。

図5:ロシアの地域別輸出
2022年はアジア州向けが2,904億ドル、欧州種向けが2,656奥ドル。2023年はアジア向けが3,066奥ドル、欧州向けが849億ドル。

出所:連邦税関局資料から作成

輸入は、アジアからが前年比29.2%増の1,875億ドル(全体の65.8%。前年は56.9%)となった。物流ルートの変更や、並行輸入を含む調達元の切り替えによる工業製品の増加がアジアからの輸入増の要因とみられる(イズベスチヤ2023年9月11日)。その一方で、欧州からの輸入は輸出ほどの落ち込みを見せず、1割強の減少にとどまった(図6)。EUからは、例えば、制裁対象外の医薬品や、一部の機械設備を含む工業製品の輸入が続いている。

図6:ロシアの地域別輸入
2022年はアジアからが1,452億ドル、欧州からが895億ドル。2023年はアジアからが1,875億ドル、欧州からが785億ドル。

出所:連邦税関局資料から作成

品目別では、輸出は鉱物製品が全体の61.2%、輸入は機械・設備・輸送用機器が51.1%を占めた。輸出入品目構成はこれまでと大きく変わるところはなく、ロシアの貿易構造は基本的に資源を輸出し、機械類を輸入するかたちが2023年も継続して見られた。

貿易の面で特筆すべき点は、対中貿易の急拡大だ。中国税関によると、2023年のロシア向け輸出は1,110億ドル(前年比46.9%増)、輸入は1,291億ドル(同12.7%増)だった。ワールド・トレード・アトラス(2023年1~9月)で中国のロシア向け貿易上位10品目をみると、中国からの輸出は、乗用車・商用車、建設機械のほか、テレビなどの機械類が伸びを牽引した。その一方で、ドローンや航空機部品の輸出も伸び幅は大きいが、金額的に輸出全体の拡大に寄与したとはいいがたい。輸入では、エネルギー資源、特に石油製品と石炭の伸びが大きかった。なお、原油は伸びこそ大きくないものの、2023年も引き続き中国のロシアからの輸入の45%を占める最大の輸入品目だ。

不安材料抱えつつも「低位安定」で推移

ロシア経済の今後の見通しは、ロシア政府や中銀だけでなく、国際金融機関もプラス成長を見越す。IMFは2024年1月に発表した世界経済見通しで、「世界経済の成長へのリスクは残るが、ソフトランディングの可能性が見えてきた」としつつ、世界経済の下振れリスクとして「地政学的ショックがもたらした供給の混乱による一次産品価格の高騰」を指摘したことも、ロシアにとっては逆説的に好材料ともいえる。

ロシア経済には、エネルギー資源価格依存が続く産業構造、人手不足による生産性の低下と賃金上昇、軟調な為替レートなどの不安要因があることも事実だ。とはいえ、エネルギー資源価格や生産、消費両面でのサプライチェーンの回復など、ロシア経済の基礎的条件は安定している。当面は大きな伸びも落ち込みもない「低位安定」の成長軌道とみられる。


注1:
「寄与率」は、データ全体としての伸び率(変化率)を100とした場合の各構成要素(データ)の影響度(増減分)を構成比(%)で表したもの。
注2:
イサコフ氏によると、統計分類上、金属製品には武器・弾薬が、コンピュータおよび電子機器・光学機器にはマイクロチップ、レーダー、無線装置が、自動車以外の輸送機器には軍用機や戦車などが含まれる(RBK2023年3月29日)。
注3:
2023年の連邦財政(歳入)に占める石油・天然ガス収入(採掘のほか輸出関連を含む)は約3割。過去には5割を超える時期もあった。財政赤字の補填(ほてん)などに利用される国民福祉基金も石油輸出収入からの繰り入れであり、エネルギー資源は今でも政府の財政政策の重要な柱だ。 注4:連邦税関局は2022年以降、国別、HSコード4桁以下の分類など、貿易統計の詳細を公表していない。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課