メンフィス、医療機器製造が集積
米テネシー州ヘルスケア産業(1)

2024年5月16日

カントリーミュージックやブルースで有名な米国テネシー州。国際ビジネス拠点としても高い評価を得ており、日産自動車の米国本社のほか、米国フォード・モーターのブルーオーバルシティーに建設中の電気自動車(EV)関連工場などが所在する自動車関連企業の集積地でもある。一方で、同州の主要都市のメンフィスとナッシュビルにはそれぞれ、大手企業を中心としたヘルスケア産業の集積がある。メンフィスには著名な医療研究機関や物流ハブがあり、医療機器製造企業が集積している。前編ではそのメンフィスの実態を紹介する。

外科用器具・用品の製造企業が集積

テネシー州西部のメンフィス地域には、セント・ジュード小児研究病院やテネシー大学健康科学センターといった医療研究機関が多数立地している。また、優れた物流能力にも恵まれ、多くの医療機器メーカーが拠点を設けている。表1は、医療機器製造業の雇用人数の全米上位10郡について、製品分類ごとの雇用人数とその特化係数(LQ)を示している。LQとは、特定の地域における産業の集中度を、全国の当該産業の集中度と比較したものだ。米国全体の当該産業の集中度を1とした時に、その地域の集中度が米国全体のそれより高ければ、当該地域のLQは1を超え、低ければ1未満となる。

表1:医療機器製造業の製品分類ごとの雇用人数と特化係数(LQ)(2022年、全米上位10郡)(単位:人)(-は値なし)
郡名 医療機器・用品製造業雇用人数 外科・医療機器 外科用器具・用品 歯科医療機器・用品 眼科用品 歯科技工所
雇用人数 LQ 雇用人数 LQ 雇用人数 LQ 雇用人数 LQ 雇用人数 LQ
オレンジ郡
(カリフォルニア州)
20,953 10,967 7.07 1,701 1.47 1,274 7.11 1,445 5.52 5,566 11.43
ヘネピン郡
(ミネソタ州)
11,559 9,634 11.24 1,266 1.98 495 3.42 164 0.61
ソルトレーク郡
(ユタ州)
9,979 7,103 9.70 930 1.70 615 2.67
ロサンゼルス郡
(カリフォルニア州)
8,796 2,146 0.50 3,852 1.21 501 1.02 922 1.28 1,375 1.03
サンディエゴ郡
(カリフォルニア州)
6,552 2,958 2.07 1,355 1.27 925 5.59 1,021 4.22 293 0.65
シェルビー郡
(テネシー州)
6,455 395 0.84 5,871 16.77 163 1.11
コジオスコ郡
(インディアナ州)
6,172 6,172 235.77
マリコパ郡
(アリゾナ州)
6,080 2,674 1.30 2,419 1.57 818 1.26
アラメダ郡
(カリフォルニア州)
5,928 4,350 5.82 877 1.57 442 3.50 0.00
レーク郡
(イリノイ州)
5,047 4,612 14.88 328 1.42 35 0.36
全米 334,121 142,469 1.00 106,386 1.00 16,461 1.00 24,058 1.00 44,747 1.00

注:北米産業分類システム(NAICS)の「3911医療機器・用品製造業」より細かい分類までされていない場合があるので、全体と各分類の合計は一致しない。
出所:米国労働省労働統計局資料からジェトロ作成

メンフィスが位置するテネシー州シェルビー郡の医療機器製造業の2022年の雇用者数は6,455人で、全米6位だ。米国で最大のバイオライフサイエンス産業を持つカリフォルニア州のオレンジ郡(雇用数:2万953人)、ロサンゼルス郡(8,796人)、サンディエゴ郡(6,552人)、医療機器産業が集積しているミネアポリスに郡庁があるミネソタ州ヘネピン郡(同1万1,559人)といった郡と比べると、シェルビー郡の雇用数は少ない。

一方で、シェルビー郡はこれら雇用人数上位の郡と比べ、外科用器具・用品に強みがあるのが特徴だ。製品分類別の雇用人数をみると、カリフォルニア州オレンジ郡やミネソタ州ヘネピン郡、ユタ州ソルトレーク郡は外科・医療機器分野の雇用が多く、雇用人数のLQも高い。それに対し、シェルビー郡では医療機器製造業の雇用人数の約91%(5,871人)が外科用器具・用品分野で雇用されており、インディアナ州コジオスコ郡の6,172人に次いで、全米で2番目に多い。「外科用器具・用品」とは、外科用器具と消耗品を指しており、具体的には、整形外科器具、補綴(ほてつ)器具、手術用包帯、松葉づえ、手術用縫合糸などだ。

また、シェルビー郡の外科用器具・用品分野の雇用人数のLQは16.77と高く、同分野の産業集積を示唆している。インディアナ州コジオスコ郡のウォーソーも外科用器具・用品分野の産業集積地として知られており、メンフィスはウォーソーの次に同産業が集積しているといえる。

医療機器製造の大手企業や製造受託企業が多数立地

グレーターメンフィス医療機器委員会(GMMDC)によると、メンフィスにおける医療機器産業の集積の歴史は1900年代初頭にさかのぼる。1909年、のちに米国整形外科学会を設立して初代会長となるウィリス・キャンベル氏(注1)が、メンフィスに整形外科クリニックを開設した。1910年、テネシー大学メンフィス医療キャンパスを開設する際に、キャンベル氏が同大学初の整形外科プログラムを設立し、メンフィスでの整形外科分野の人材育成が始まった。

さらに、前出のインディアナ州ウォーソーで創業された医療機器メーカー、ジンマーの元従業員のドン・リチャーズ氏が、キャンベル・クリニックや第一線で活躍する施術者へのアクセスを目的に、メンフィスにリチャーズ・マニュファクチャリングを1934年に設立してから、医療機器産業の集積が始まった。その後、メンフィスの企業を買収することで、メドトロニック、英国のスミス・アンド・ネフュー、中国のマイクロポート、日本のオリンパスといった大手企業がメンフィスに拠点を構えることとなった。

2014年にはGMMDCが設立され、メンフィス地域の医療機器産業の労働力開発などで、加盟企業間の連携が図られている。2022年のGMMDCのレポートPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.78MB)によると、メンフィス地域の医療機器産業は約40億6,478万ドルの経済効果をもたらしており、2015年の同様の調査結果と比較して、実質で24.5%伸びているとのことだ。

表2はGMMDCに加盟しているメンフィス地域の主なヘルスケア関連企業を示している。メンフィス地域には、メドトロニック、スミス・アンド・ネフュー、ストライカー・コーポレーション、マイクロポート・オーソペディックス、ジンマー・バイオメットなど、米国内外の大手企業が製造・物流拠点を設けている。また、オリンパスも製造や修理、物流機能を持つ拠点を設置している。

大手企業以外にも、メンフィスに本社を構える医療機器メーカーが多くある一方で、他社に買収されるメンフィスの企業も確認できる。例えば、2020年にストライカー・コーポレーションは、生物製剤製造のライト・メディカルグループを買収し、メンフィスで生物製剤製造も行っている。

さらに、医療機器メーカーのほかにも、医療機器製造を請け負う企業が多数立地している。整形外科手術で利用する医療機器やインプラントなどの受託生産を行う企業や工場が集まり、メンフィス地域の医療機器産業クラスターを支えている。

表2:メンフィス地域の主なヘルスケア関連企業(―は項目なし)
企業名 分類 概要 備考
メドトロニック 外科用器具・用品 米国の大手医療機器メーカー。メンフィスでは、脊椎手術に使用される生物製剤と機器に注力している。2021年には、総額1億3,300万ドルを投じて、メンフィスに製造・物流拠点を設立すると発表している。
スミス・アンド・ネフュー 外科用器具・用品 英国本社の大手医療機器メーカー。米国には4カ所の拠点を持ち、メンフィスでは整形外科用手術器具を製造している。
ストライカー・コーポレーション 外科用器具・用品 米国の大手医療機器メーカー。メンフィスの拠点では、足と足首のインプラントおよび生物製剤を製造している。 2020年、メンフィスの生物製剤製造のライト・メディカルグループを買収した。
マイクロポート・オーソペディックス 外科用器具・用品 中国上海が本社の大手医療機器メーカー。メンフィスでは、膝関節のインプラントなどを製造。
ジンマー・バイオメット 外科用器具・用品 米国の大手医療機器メーカー。メンフィス近郊のミシシッピ州オリーブブランチに流通拠点を設置している。
オリンパス・サージカル・テクノロジーズ・アメリカ 外科用器具・用品 日本の精密機械器具製造大手オリンパスのグループ会社。メンフィスには、耳鼻咽喉科向けの製造部門、研究開発部門、米国東部を担当する修理部門および倉庫機能がある。
エロス・メドテック・Onxy
(ELOS Medtech Onxy)
外科用器具・用品 整形外科手術で使用するドリル、ワイヤー、スクリュー、ピンなどを製造。 2015年にスウェーデンの医療機器メーカーのエロス・メドテックにOnxyが買収され、エロス・ドメスティック・Onxyとなった。
グレイスメディカル 外科用器具・用品 1995年にメンフィスで創業した医療機器メーカー。耳鼻および喉の疾患のための医療機器を製造。
ヘモスタティクス・メディカル・テクノロジーズ
(Hemostatix Medical Technologies)
外科用器具・用品 血管を切開すると同時に血管をシールし、効果的に切断と凝固を同時に行う外科用メスを製造、販売。 2019年創業の医療機器メーカーのC2Dxが2022年に同社を買収。
アリステ・メディカル
(Ariste Medical)
外科用器具・用品 2007年にメンフィスで創業。薬剤溶出性外科用インプラントを開発。
ニューサーフェイス
(NUsurface)
外科用器具・用品 半月板インプラントを開発。欧州やイスラエルでは既に販売済みで、米国での販売開始に向けて手続き中。
イン2ボーンズ・グローバル
(In2Bones Global)
外科用器具・用品 上肢(手、手首、肘)および下肢(足、足首)の障害や損傷の治療用医療機器の開発、製造、販売を行う。 2022年に医療機器メーカー大手のコンメッドに買収された。
ニューベイシブ
(NuVasive)
外科用器具・用品 脊椎手術に使用するインプラント、固定製品、術中モニタリングサービスなどを提供。 2023年に同業のグローバス・メディカルに買収された。
ソマバック・メディカル・ソリューションズ
(SOMAVAC Medical Solutions, Inc.)
外科用器具・用品 2016年にメンフィスで創業した連続吸引装置などの医療機器メーカー。
オーチッド・オーソペディックス
(Orchid Orthopedics)
医療機器製造受託 整形外科で使用する医療機器の製造受託企業。
テグラ・メディカル
(tegra medical)
医療機器製造受託 整形外科、心臓治療、神経学、眼科、耳鼻咽喉科、放射線科、疼痛管理、糖尿病など、幅広い領域における医療機器の製造受託企業。
オデッセイ・メディカル・テクノロジーズ
(Odyssey Medical Technologies)
医療機器製造受託 整形外科、脊椎、外傷用医療機器の製造受託企業。
エンジニアード・メディカル・システムズ
(Engineered Medical Systems)
医療機器製造受託 整形外科手術で利用される医療機器やインプラントなどの製造受託企業。
エリート・メディカル
(Elite Medical)
医療機器製造受託 インプラントなどの製造受託企業。
スイートバイオ
(SweetBio)
医薬部外品 2015年にメンフィスで創業。ハチミツを使った絆創膏(ばんそうこう)を開発。
セレオ
(Cellero)
バイオ 細胞療法開発・製造業者向けに細胞製品を提供。 米国の大手製薬のチャールズ・リバー・ラボラトリーズが2020年に買収。

出所:GMMDCウェブサイトや各社ウェブサイトなどからジェトロ作成

医療機器産業を支える物流や著名な医療研究機関

国際空港評議会(ACI)の2023年の「世界で最も忙しい」空港ランキングによると、メンフィス国際空港の航空貨物量は世界第2位だ(2024年4月22日付ビジネス短信参照)。メンフィスには、物流大手のフェデックス・エクスプレスが本社およびワールドハブを構えている。メンフィスは地理的に米国の中心に近く、温暖な気候といった点などから、フェデックスは1973年にメンフィス国際空港からサービスを開始した。その後、メンフィスにワールドハブを設置し、今では同社の世界最大の航空ハブとなっている。さらに、2016年には、コールドチェーンセンターも開設し、通関保留や悪天候など予期せぬ遅延が発生した場合でも、温度を一定に保つための最先端の機能を備えている。

メンフィス地域の医療機器製造企業も、この物流の利点を最大限活用している。例えば、スミス・アンド・ネフューのメンフィスにおけるフェデックスのカットオフ時間(注2)は午後10時以降という。全米各地の病院で行われる手術に合わせて、必要な医療機器やインプラントなどを必要な数量だけ迅速に届けることができる点が大きなメリットだ。フェデックスはメンフィスのワールドハブに15億5,000万ドルを投じ、新たな仕分け施設の建設や新システムの導入など、2025年までに施設の現代化を完了する予定だ。

メンフィス地域には著名な医療研究機関も立地している(表3参照)。セント・ジュード小児研究病院は、米国国立がん研究所指定(注3)の小児に特化した唯一の総合がんセンターだ。セント・ジュードには、22の学術部門に基礎研究や橋渡し的研究を行う120を超える研究室があり、「研究室からベッドサイドへ」を実現して、小児がんなどの重い病気の治療法に対する理解を促進している。2021年には、発生神経生物学、免疫学、細胞・分子生物学、遺伝子編集、ゲノミクスなど多くの分野にまたがる共同研究のための先端研究センター「Inspiration4」を開設。計算生物学の実施、人工知能(AI)の利用、遺伝子編集、世界最先端の顕微鏡による細胞サンプルの分析など、専門的な技術を導入した研究が進められている。また、小児がんのゲノムや白血病の異種移植片などのデータを公開し、世界各地との共同研究も多数行っている。

ほかにも、基礎的、橋渡し的、あるいは臨床的な研究に特化した30万平方フィート(2万7,870平方メートル)のリサーチセンターを持つメソジスト・ル・ボヌール小児財団研究所や、バイオセーフティレベル(BSL)3および動物BSL3の生物学的封じ込めラボを保有するテネシー大学健康科学センターなどの医療研究機関が立地している。

また、メンフィス地域でスタートアップ支援を行うEPIセンター・メンフィスも医療機器分野での支援を実施している。EPIセンター・メンフィスが運営するZeroTo510では、医療機器分野のスタートアップに特化したアクセラレーションプログラムを提供しており、表2のスイートバイオも2015年に同プログラムに参加している。さらに、メンフィス大学と連携した「Patent2Product」プログラムは、特許権取得済みの知的財産を活用してスタートアップを立ち上げるポスドク研究員を雇用するためのプログラムだ。採択された起業家はメンフィス大学の職員として雇用され、給与と福利厚生に加え、起業のための初期費用と知的財産権のライセンスが提供され、起業家カリキュラムも受講可能だ。

表3:メンフィス地域の主なヘルスケア関連機関
機関名 概要
セント・ジュード
小児研究病院
米国国立がん研究所指定の小児に特化した唯一の総合がんセンター。米国ニュース&ワールドの2023年のランキングで、がん治療のための小児病院部門で全米5位にランクイン。
メソジスト・ル・ボヌール
小児財団研究所
テネシー大学健康科学センター、ル・ボヌール小児病院およびメンフィス子供財団のパートナーシップにより運営。2010年には、基礎的、橋渡し的、あるいは臨床的な研究に特化した30万平方フィート(2万7,870平方メートル)のリサーチセンターを開設。
テネシー大学
健康科学センター
医学、看護学など6つの学部で構成される大学で、政府や民間の資金を活用して、基礎研究や臨床研究などを実施。バイオセーフティレベルBSL3および動物BSL3の生物学的封じ込めラボを保有。
バプティスト臨床研究所 病院付属の研究所。心臓病学や腫瘍学などに焦点を当て、入院および外来患者を対象とした第I相から第IV相までの臨床試験を実施し、患者のための革新的な医療の開発を支援。
EPIセンター・メンフィス
(Entrepreneurship-Powered Innovation Center)
米国マイノリティー企業開発局の助成金などで運営されているスタートアップ支援機関。医療機器分野のスタートアップ支援も行っており、メンフィス大学と連携した「Patent2Product」プログラムと医療機器に特化したアクセラレーターのZeroTo510を運営している。

出所:各機関ウェブサイトなどからジェトロ作成

グレーターメンフィス商工会議所は2022年、メンフィス地域をより包摂的で豊かにするための新たな戦略的成長計画「プロスパー・メンフィス2030外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を発表した。同計画では、2030年までの活動を規定する戦略的優先事項として、医療機器製造を含む先端産業の企業を700社増やすことや、質の高い雇用を5万件創出すること、年間2万件のSTEM(科学・技術・工学・数学の教育分野)関連の学位を授与することを挙げ、新しいトレーニングセンターの設置など、目標達成に向けて地元経済界が取り組みを進めている。物流網の発達や著名な医療研究機関の存在など恵まれた環境に加え、労働力開発などの取り組みが進むメンフィス地域は、関連企業の進出先として有望な選択肢となるだろう。

テネシー州ナッシュビルのヘルスケア産業の動向に関しては、後編「米テネシー州ヘルスケア産業(2)ナッシュビル、医療支援が充実」を参照。


注1:
整形外科に関する最初の教科書「キャンベル整形外科手術書」の執筆者。
注2:
荷物を預けた日のうちに配達処理が可能な最も遅い時間。
注3:
がんの予防、診断、治療に対する新しくより良いアプローチの開発に焦点を当てた、学際的で最先端の研究を行うための厳しい基準を満たした研究機関が認定される。2023年9月時点で、全米で72カ所が認定されている。

米テネシー州ヘルスケア産業

  1. メンフィス、医療機器製造が集積
  2. ナッシュビル、医療支援が充実
執筆者紹介
ジェトロ・アトランタ事務所
檀野 浩規(だんの こうき)
2015年、ジェトロ入構。ジェトロ福岡、特許庁(出向)などを経て、2023年6月から現職。