拡大するスイスの日本産酒類市場

2023年10月16日

スイスは人口881万人の小国ながら購買力があり、評価する高品質のモノやサービスに対しては価格を気にせず購買する消費者が一定数存在すると言われる。そのため、欧州での販売拡大を目指す日本産酒類メーカーからの関心も高く、実際に市場は伸びている。一方で、スイスでは4つの公用語が使用されており、スイス市場の特徴を捉えるのは容易ではない。語圏による日本産酒類の味の好みの違いを定義付けることは難しいが、専門店の立地は語圏により分かれている。

本稿では、2022年12月にジェトロが行ったセミナー「スイス・イタリアへの日本産酒類輸出の可能性」のスイスの講演内容を基に、最新のデータを交えてスイスのアルコール市場や日本産酒類のスイスでの現状について概説する。

欧州最高水準の物価、多様な国民や越境労働者の存在

スイスの1人当たりGDPは9万2,371ドル(2022年、IMF)と、日本の2.7倍で世界4位の高い水準を誇る。物価水準はEU27カ国平均の1.5倍で、北欧諸国を上回り、欧州で最高水準だ。これらの事実から、豊かな消費者像が浮かぶが、「スイス人」といっても実に多様であり、ひとくくりに捉えるのが難しい。スイスでは4つの公用語が使われており、各々語圏が分かれている。さらには、総人口に占める外国人居住者の比率が高く(26.0%、2022年)、国境を接する近隣国からの越境労働者は全労働者の6.8%(2020年)にも上り、日々、多様な人々が行き来している。

週1回以上の飲酒が6割、ビールとワインが多い

まず、スイスにおけるアルコールの消費状況について紹介する。スイス連邦財務省発表の年間の1人当たりのアルコール飲料消費量(2020年)は、ビールが52.8リットルと最も多く、続いてワインが31.5リットル、スピリッツが3.8リットル、シードルが1.6リットルである。2005年からの推移をみると、スピリッツはほぼ横ばいだが、それ以外の消費量は減少傾向にある。

一方で、スイスで5年ごとに実施される健康調査の結果(連邦統計局発表、2017年)によると、消費量に占める割合はビールとワインがともに4割程度で、男性ではビールの消費割合が高く、女性ではワインの消費割合が高い(図1参照)。

図1: 消費量に占めるアルコール別の割合(2017年)
スイス人の消費量に占めるアルコール別の割合は、ビールが44.9%、ワインが41.5%、リキュールが11.9%、アルコポップが1.6%だった。男女別にみると、男性ではビールが51.9%、ワインが35.0%、リキュールが11.8%、アルコポップが1.4%とビールの割合が最大なのに対して、女性ではビールが28.6%、ワインが56.8%、リキュールが12.3%、アルコポップが2.3%とワインが最大となっている。

注:アルコポップは、果汁や炭酸が入った低アルコール飲料の総称。
出所:スイス連邦統計局、5年ごとに実施される健康調査

アルコールの消費頻度は週1~2回が3割と最も多く、週1回以上飲酒するのは全体の6割弱である。男性の方が女性よりも飲酒頻度が高い(図2参照)。1992年の調査と比べ、毎日飲酒する人の割合は半減したが、週1回以上飲酒する人の割合は6割弱とほぼ変わらない。また、男性でも女性でも年齢層が高くなるほど飲酒頻度が高い傾向があり、どの世代でも女性よりも男性の飲酒頻度が高い。

図2:アルコール消費頻度(2017年)
スイス人のアルコールの消費頻度は毎日が10.9%、週3~6回が14.7%、週1~2回が33.1%、週1回未満が23.1%、全く飲まないが18.1%だった。男女別にみると、男性では毎日が14.9%、週3~6回が18.8%、週1~2回が34.7%、週1回未満が18.8%、全く飲まないが12.9%だった。女性では、毎日が7.1%、週3~6回が10.6%、週1~2回が31.6%、週1回未満が27.4%、全く飲まないが23.3%だった。

出所:スイス連邦統計局、5年ごとに実施される健康調査

語圏ごとに、アルコール消費頻度の違いも見られる(図3参照)。フランス語圏は、フランスと文化的に近く、ビールよりもワインを好んで飲む傾向があるとされる。また、スイス産ワインのプロモーション機関、スイスワインによれば、スイスのワイン産地の多くがフランス語圏に集中していることからフランス語圏ではスイス産ワインを飲む割合が高い(ドイツ語圏の約2倍)。

図3: 言語圏別のアルコール消費頻度(2017年)
言語圏別のアルコールの消費頻度は、ドイツ語圏で毎日が9.5%、週3~6回が14.6%、週1~2回が33.7%、週1回未満が24.7%、全く飲まないが17.5%だった。フランス語圏では、毎日が13.3%、週3~6回が15.6%、週1~2回が32.3%、週1回未満が19.3%、全く飲まないが19.6%だった。イタリア語圏では、毎日が21.9%、週3~6回が10.7%、週1~2回が28.3%、週1回未満が18.7%、全く飲まないが20.4%だった。

出所:スイス連邦統計局、5年ごとに実施される健康調査

スイスの2大消費アルコールの1つ、ワインについてはその消費のされ方について詳しい調査がある。スイスワインの2021年の調査によると、ワインが飲まれる主な場面は自宅での会食と、週末の夕食だ。これらの場面では「毎回、ほとんど毎回」ワインを飲むと回答した割合がそれぞれ77%、49%と特に高かった。ワインが飲まれる主な場所は、自宅が56%、友人宅などが25%、パブ・レストランが19%であり、総合すると、主に自宅や友人宅で会食や週末の夕食に飲まれていることがうかがわれる。また、ワインの購買に影響を及ぼす割合が高い2大要素は「口コミ」と「プロモーション」である。

ガラス容器流通大手ユニベールがまとめた2022年のアルコール市場トレンド予測では、(1)カクテルの持ち帰りまたは配達、(2)アルコール飲料の健康志向、(3)オンライン購入、(4)地産地消、(5)プレミアム化などの動きが、他の欧米諸国と同様に加速するとされた。(2)については、スイスは人口1人当たりのオーガニック食品購入額が2020年で世界1位(出所:スイス有機農業研究所 ・FiBL、2022年)であり、オーガニック食品が広く普及している。アルコール飲料の健康志向の例として、砂糖の代わりにオーガニックの蜂蜜を使用したハードセルツァー(米国発祥の低アルコール炭酸水)「タナカ」が販売されている。取り扱う小売店の担当者によると、健康志向を意識して当時の世界最長寿の記録保持者の名字「田中」からつけられた名前だという。

大手小売店から専門店まで日本産酒類を販売

次に、日本産酒類の普及状況を紹介する。まず、日本からスイスへの酒類の輸入額が最も大きいのはウイスキーで、日本酒、ジンが続く。ウイスキーは、2012年以降急速に増加し、2012年からの11年間で数量は約18倍、金額は約15倍になった。2022年のスイスへのウイスキー輸入全体において日本は、英国、米国、アイルランド、ドイツに次ぐ第5位の輸入元国だった。日本酒は、1988年からの33年間で数量は3.3倍、金額は7.5倍と順調に増加した。ジンも、2017年以降急速に増加し、6年間で数量は約26倍、金額は約16倍になった。焼酎については、増減を繰り返しながらも、増加基調にある(表1参照)。

表1:日本からのスイスへの酒類の輸入数量・金額(2022年)(単位 :kg、スイス・フラン)
品目 HSコード 数量 金額 (参考)左記HSコードにおける最大の輸入国
ビール(2L以下の容器) 2203.0031、2203.0039 28,718 124,310 ドイツ
スパークリングワイン 2204.1000 1 129 フランス
白ワイン 2204.2121、2204.2129 793 11,584 フランス
赤ワイン 2204.2141、2204.2149 23 1,166 イタリア
日本酒(注1) 2206.0090 113,427 1,333,598 ドイツ
ウイスキー(2L以下の容器) 2208.3020 33,827 2,105,602 英国
ジン(2L以下の容器) 2208.5021 46,430 997,604 英国
焼酎(2L以下の容器)
(注2)
2208.9022、2208.9099 7,522 93,080 イタリア

注1:日本酒のHSコードは「その他の醸造酒」のカテゴリーであり、日本酒以外も含まれる。
注2:焼酎のHSコードは、他のリキュールを含むカテゴリー。
出所:スイス連邦関税局

スイスで日本産酒類を扱う店舗は、多岐にわたる。酒類を扱う主な大手小売り事業者は、以下の通り(表2参照)。これらは食品全般を取り扱う大手で、一部にウイスキーなどの日本産酒類を置いている。また、グローブス以外は、イタリア語圏を含むスイス全土に店舗を構えており、国内に広く販路を持っている点が特徴だ。

表2:スイスの主な大手小売り事業者(酒類)
カテゴリー 名前 語圏・店舗数 EC販売 日本産酒類
デパート Manor(マノール) FR、 DE、 IT(注1)
27店舗(注2)
ウイスキー、日本酒、ゆず酒、ジン
Globus(グローブス) FR、 DE
9店舗
ウイスキー、ビール、日本酒、ゆず酒、梅酒、ジン
スーパー COOP(コープ) FR、 DE、 IT
960店舗
ウイスキー、日本酒、ビール(オンライン販売、店舗にはない場合もあり)
Denner(デナ―)〔Migros(ミグロ)系列、Migros本体ではアルコール販売はなし〕 FR、 DE、 IT
580店舗(注3)
ジン

注1:実店舗がフランス語圏にある場合FR、ドイツ語圏にある場合DE、イタリア語圏にある場合ITと記載。
注2:食品を扱うManor Food(マノール・フード)の店舗。
注3:パートナー店を含まない数、パートナー店を含むと850店。
出所:ウェブサイトなどを基にジェトロ作成

日本産酒類を主に扱う専門店は以下の通り(表3参照)。これら専門店では、実店舗はフランス語圏またはドイツ語圏どちらかにのみに構えているのが特徴だ。小売店での日本産酒類の販売価格は、日本国内の小売価格の約3~4倍である。

表3:日本産酒類を扱う主な専門店
名前 小売り EC
販売
概要
UCHITOMI
FR
1990年設立、スイス最大の日本食専門輸入卸・小売業者。レストランや現地小売業向けに幅広い販路を有するほか、小売店をジュネーブに2店舗、ローザンヌに1店舗運営。酒類を含む日本食全般を取り扱っており、来店客の9割以上は現地のスイス人。EC販売あり。
Uchino
FR
1987年設立の日本食専門輸入卸・小売業者。卸売りの割合が高く、ジュネーブで最も歴史の長い日本食専門小売店を営む。
Le Passeur de vin
FR
2002年設立、ワインをはじめとする酒類専門卸・小売業者。ジュネーブに2店、ローザンヌに1店を構える。EC販売も行う。2018年から日本酒の取り扱いを開始。プレミアムな日本酒をコンセプトや知識とともに解説して販売。
Nishi Japan
DE
1980年設立、40年以上日本食品を取り扱う輸入卸・小売事業者。チューリッヒで「Nishi Japan Shop」を2店舗展開。同じくチューリッヒ中心部で日本食レストラン「BIMI」を15年以上運営。EC販売あり。
K. Lee Trading
(店舗名:Yumihana)

DE
2003年設立、主に日本・韓国の食品・化粧品・雑貨を扱う輸入卸・小売業者。チューリッヒに2店舗、バーゼルに1店舗を構える。小売店・レストランなどに販路を持つ。EC販売あり。
Silverbogen 2010年設立、スイス最大規模の蒸留酒専門輸入卸。小売店・レストラン・ホテルなどに販路を持つ。自社ECサイト「DRINKS.CH」も運営。近年はドイツでもディストリビューションとEC販売を行う。
FOODEX フランスで最大規模の日本食材輸入卸会社FOODEXのスイス子会社。2001年設立、2010年から宝酒造グループとなった。レストラン、ホテル、バー、卸売店、小売店などに販路を持つ。現在、カタログでは600品目の食品を扱っている。
Smith & Smith
DE
2013年設立、ワインをはじめとする酒類専門卸・小売業者。チューリッヒに2店、ベルンに1店を構える。ベルンにバーを1店、新たに開店。EC販売も行う。
Shinwazen
DE
2011年設立の日本食専門小売業者。元はレストランから事業を始めており、現在の小売店では味噌(みそ)を自家製で生産するなどこだわりの商品を扱う。
Shizuku
DE
2013年設立、日本酒に特化したEC販売専門として事業を開始し、現在では火曜日午後限定営業の1店舗を構える。

注:実店舗がフランス語圏にある場合FR、ドイツ語圏にある場合DEと記載。
出所:ウェブサイト、登記簿情報などを基にジェトロ作成

スイスにおける日本産酒類の普及の状況について、複数のバイヤーや小売店、レストラン関係者へのヒアリングを行った結果を以下に紹介する。

語圏による好みの違いについて、明確に定義することは難しく、語圏の違いよりもむしろ個人の好みによるところが大きいという意見が大半だ。しかし、ある酒類大手バイヤーからは「ラム酒の味に対する好みはフランス語圏とドイツ語圏ではっきり違いがあり、日本酒の好みもこれと同じになるかもしれない。つまり、フランス語圏の好みはフランスに近く、ドイツ語圏の好みは英国やドイツに近くなるかもしれないと考えている」との見解が聞かれた。

日本酒は、アルコール度数が高く熱燗(あつかん)で飲むものという偏ったイメージが普及していたが、常温や冷酒でも飲めるという認識が徐々に定着してきている。しかし、消費者に味の違いがよく知られているとは言えず、価格を目安に、最も高いまたは最も安いものを購入する人が多い。あるバイヤーは「ワインと違い、日本酒は開栓後すぐに悪くなるわけではなく、(種類にもよるが)1カ月間ほとんど品質は変わらない。時間をかけて最後まで飲むこともできることも消費者に理解してもらいたいポイント」と語った。レストランにおいては、特に高いものを選んだ場合、香りを楽しむためにワイングラスで飲むことを希望する顧客もいる。日本酒の浸透はフランスや英国に比べると進んでいないが、日本食以外のレストランにも着実に広がっている。ゆず酒、梅酒なども人気で、リモンチェッロ(アルコール度数25度)から、ゆず酒に切り替えたレストランもある。昨今、オーガニックワインが好まれるようになっており、日本酒に対しても同じ傾向がみられる。ドイツ語圏の新聞で、日本酒が体に良いという特集が組まれた際、実際に効用を期待して日本酒を買い求める顧客が増加した。近年は様々な関係者によって、寿司のほか、スイスが誇るチーズ、チョコレート、肉などとのペアリングを提案する日本酒の試飲会が実施されている。また、今後の市場拡大に向けては、日本酒に触れる機会を増やすため、カクテルの一部としてバーで提供するのがよい、との声が聞かれた。実際、チューリッヒでは日本酒をカクテルやロングドリンクとして提供しているバーがある。

焼酎は、日本酒より知名度が低く、消費者にとっては日本酒に続くニッチな商品を探すようなものだ、という声が聞かれた。また、スイス市場には焼酎が受け入れられるポテンシャルがある、と評価するバイヤーもいる一方で、酒税がウイスキーやジン並みに課税される点において、参入を難しくしている、とも指摘されている。

ウイスキーやジンは、商品名で購入をする顧客が大半だが、ウイスキーの人気は他の日本産酒類への関心にもつながり、日本酒にも良い影響を及ぼしているという。ウイスキーは、特にシングルモルトが人気で、ブレンドはあまり売れないという声も聞かれた。ウイスキーやジンでは、消費者は他の生産国の商品との比較を楽しんで飲んでいる人が多い。

関税、VAT、その他の税に留意

最後に、日本産酒類をスイスに輸入する際の関税などについて、表4にまとめた。日本・スイス経済連携協定を活用すると、ワイン以外は関税が無税となる。VAT(付加価値税)は標準税率7.7%が課税され(2024年から8.1%が適用)、アルコール度数によって異なる酒税(またはビール税)が課される。これらはスイス連邦関税局のデータベースTares(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます で調べることができる。

表4:日本からスイスへの酒類の輸入に係る主な税
品目 HSコード 日本からの輸入時にかかる関税(注1) VAT その他の税
ビール(2L以下の容器) 2203.0031、2203.0039 0 7.7%(標準税率) ビール税:16.88~33.76CHF/ヘクトリットル(100L)
スパークリングワイン 2204.1000 65CHF/100kg 7.7%(標準税率) 製品の総重量に対して包装材料(包装、充填など)の重さ分が10%加算。「輸入品の正味重量+10%」が関税が適用される総重量となる。(以下、同条件が対象となるものは※1と記載)
白ワイン 2204.2121(関税割当対象、注2) 50CHF/100kg 7.7%(標準税率) ※1。スイスワイン貿易検査所に登録の上、連邦経済省農業局から許可を取得する必要がある(以下、同条件が対象となるものは※2と記載)。
2204.2129(関税割当対象外) 3CHF/L 7.7%(標準税率) ※2
赤ワイン 2204.2141(関税割当対象、注2) 50CHF/100kg 7.7%(標準税率) ※1、※2
2204.2149(関税割当対象外) 2.45CHF/L 7.7%(標準税率) ※2
日本酒 2206.0090 0 7.7%(標準税率) ※1。
酒税:アルコール度数15度を超える度数(天然ワインの場合は18度を超える度数)の飲料アルコールに課される。15~22度の日本酒は軽減税率14.50CHF/100%のアルコール1L(注3)。
ウイスキー(2L以下の容器) 2208.3020 0 7.7%(標準税率) ※1。
酒税:29CHF/100%のアルコール1L。
ジン(2L以下の容器) 2208.5021 0 7.7%(標準税率) ※1。
酒税:29CHF/100%のアルコール1L。
焼酎 2208.9022、2208.9099 0 7.7%(標準税率) ※1。
酒税:29CHF/100%のアルコール1L。

注1:日本・スイス経済連携協定を活用した場合。
注2:スイスはワインの輸入に関し、年間1億7,000万リットルの関税割当枠を設けている。10月13日時点で2023年の枠は約63%が使用済み。
注3:酒税はアルコール飲料のアルコール部分にのみ課税される。(例)15%の日本酒1Lに対して、14.50CHF×0.15=2.175CHF 課税される。なお、1CHF(スイス・フラン)=約163円。
出所:スイス連邦関税局、データベースTares

執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
深谷 薫(ふかや かおる)
2015年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ワルシャワ事務所、対日投資部外国企業支援課を経て、2022年7月から現職。