グリーン水素の内陸輸送、ライン川の活用へ(ドイツ)
ドイツのエネルギーコンサルに聞く

2023年7月24日

産業部門におけるグリーン水素(注1)の需要が欧州最大のドイツは、国内におけるグリーン水素生産だけでは需要量を賄いきれず、パイプライン経由や船舶輸送など、欧州域内外からの輸入に今後も大きく依存する。国内最大の産業集積地であるノルトライン・ウェストファーレン(NRW)州など北西部における、低炭素水素の輸送方法の方向性は日系関連企業のビジネスにも大きく影響する。

ジェトロは、ドイツのエネルギー系エンジニアリング・コンサルティング企業のEE エナジー・エンジニアーズ(注2)のウーヴェ・ホーファー・パートナー、トーマス・カッテンシュタイン・シニアコンサルタント(コンピテンスセンター水素・マネージャー)、渡邉楓紅美コンサルタント(コンピテンスセンター再生可能エネルギー)に、ドイツ北西部を中心としたグリーン水素の輸入ルートや、水素キャリアなどについて話を聞いた(取材日:2023年5月16日)。

グリーン水素の国内消費分の7割は輸入

ドイツ連邦政府は2023年中に、現行の「国家水素戦略」(2020年6月発表、2020年9月9日付地域・分析レポート参照)の改定版を策定予定だが、同改定案として、2030年までの国の水素需要の50~70%は輸入により確保するとの報道がある(2023年3月10日付「ハイドロジェン・インサイト」)。現行の戦略にも、中長期的にはクリーンエネルギーの輸入が必要との記載がすでにあり、いずれにしても国内のグリーン水素生産だけでは、今後の需要量を十分賄い切れない。カッテンシュタイン氏は「ヒートポンプの利用など建物などの電化およびエレクトロモビリティの普及推進を背景に、ドイツでは今後、電力需要が高まる。そのため、再生可能エネルギー(再エネ)による電力需要が高まるため、グリーン水素生産に振り向けられる再エネ電力は十分にはない。よって、2030年に国内で消費されるグリーン水素の25~30%は国内生産で対応できるかもしれないが、残り7割程度は輸入しなければならなくなるだろう」とみている。

欧州は2030年までに、低炭素水素を域内で1,000万トン生産するとともに、域外から1,000万トンを輸入する目標を掲げる。欧州の水素利用を推進する産業団体ハイドロジェン・ヨーロッパ(Hydrogen Europe)の「クリーン水素モニター2022年」(2022年10月発表)によると、産業部門における2030年までの低炭素水素の年間消費量(注3)は欧州全体で614万トン。ドイツはその3分の1超(211万トン)を占め、欧州最大の消費国となる。NRW州は州別の国内総生産(GDP)額が最大で、化学とりわけ鉄鋼産業などドイツ産業部門の象徴ともいえるルール工業地帯を擁する。そんな同州はドイツの中でも特に産業部門における水素需要が大きく、また州内需要の多くを州外からの「輸入」に頼る。同州の「水素ロードマップ」(2020年11月発表)によれば、2050年までは同州における水素の年間消費量の約9割を「輸入」に依存するとしている。

内陸部はライン川経由で水素を調達か

NRW州にとっては、同州と国境を接するオランダ経由での「輸入」は、低炭素水素の有力ルートの1つになり得る。NRW州を含むドイツ北部の一部は、オランダからの天然ガス用のパイプラインがすでに張り巡らされている(2023年5月26日付ビジネス短信参照)。同パイプラインの水素への再利用や新設により、水素をガスの状態で「輸入」する計画が進む。

この点について、カッテンシュタイン氏は「グリーン水素を輸入する際、パイプライン経由、船舶輸送、鉄道輸送がある。OGE(ドイツ)やガスニー(Gasunie、オランダ)を含む、欧州のガス輸送インフラ事業者による水素輸送戦略『欧州水素バックボーン』を背景に、今後、ドイツの水素パイプラインは整備されるだろう。ただ、南欧や北アフリカで(再エネ電力で)生産したグリーン水素をドイツに輸入する場合、パイプライン経由も可能だが、輸送距離がおおよそ5,000キロメートルを超えると、パイプラインより船舶輸送の方が経済効率はいい。特に(ドイツ北西部に位置する)NRW州の産業界では、パイプライン経由への期待が高いものの、様々な供給源/供給地を確保するための船舶輸送に対する関心も高い」と指摘する。北アフリカなど欧州域外からロッテルダム港などの欧州主要港に輸入し、そこで内陸水運用の船舶に積み替えてライン川経由でドイツ内陸に輸送する方法だ。

石炭などの資源からコンテナまで様々な貨物船がライン川をよく利用しているが、2018年や2022年の夏に猛暑や雨不足で水位が低下し、貨物輸送に影響が出ていた(2022年8月26日付ビジネス短信参照)。ライン川を利用した水素輸送については、「水位が低下しても、軽量の船舶であれば運航は可能だ。ただ、ライン川を利用した水素の輸送量が増大すれば、将来的には(輸送効率を維持しながら低水位のライン川を運航可能な)新たな船舶の開発は必要になるかもしれない」と、カッテンシュタイン氏は語る。

ライン川は、NRW州(ケルンなど)だけでなく、ヘッセン州や南ドイツまで流れている。同氏は「北西部のNRW州だけでなく、もっと上流(ドイツ南部方面)への輸送のニーズもあるだろう。同川沿いの各拠点で水素を陸揚げし、そこから周辺の大口需要家に輸送することになれば、川沿いの主要拠点周辺では水素貯蔵施設への関心が今後高まる」とみている。

アンモニアが主流だが、ニーズ次第で他の水素キャリアも

船舶輸送時の水素キャリアについては、「既存の船舶でも輸送可能なアンモニアは最も有望であろう。ただし、ニーズ次第で他の水素キャリアへの関心が高まる(関心が分散する)可能性もある。例えば、グリーンアンモニアのターミナル港として存在感を増すドイツ北部のハンブルク周辺には、航空機産業が集積している。そのため、液体水素(LH2)のニーズもあり、同水素キャリアを軸とする実証プロジェクトも立ち上がっている」と、カッテンシュタイン氏は話す。

ドイツは、再エネ由来のグリーン水素をベースに、脱炭素化をこれまで推し進めてきた。他方で、生産コストや低炭素水素の需給バランスとの関係では、グリーン水素だけでなく、ブルー水素(注1)の輸入(活用)は視野に入らないのだろうか。

カッテンシュタイン氏は以下のようにみている。「現在策定中の国家水素戦略の改定版で、ブルー水素を『ブリッジング・テクノロジー』(移行期の技術)として取り扱うかどうかが今後の注目点の1つとなるだろう。需給バランスの観点では、(国内生産や輸入による)グリーン水素だけでは国内における低炭素水素需要量を賄いきれなくなるとみている。ただ、ドイツとしては、グリーン水素を軸に脱炭素化を進めていきたい。ロシアのウクライナ侵攻以降、(ブルー水素のベースとなる)天然ガス価格は上昇しており、(再エネの発電コストの低下による)グリーン水素と、(ガス価格上昇による)ブルー水素との価格差も考慮する必要がある」

欧州域内外からの輸入の玄関口となる、ドイツ北部の港湾周辺だけでなく、内陸水運で活用されるライン川沿いでも、今後、グリーン水素の積み降ろしや貯蔵のビジネスが期待される。


パートナー
ウーヴェ・ホーファー氏
(同社提供)

コンピテンスセンター水素・マネージャー シニアコンサルタント トーマス・カッテンシュタイン氏
(同社提供)

コンピテンスセンター再生可能
エネルギー コンサルタント
渡邉楓紅美氏(同社提供)

注1:
グリーン水素は、再エネ由来の電力を利用、水を電気分解して生成され、製造過程で二酸化炭素(CO2)を排出しない。グレー水素は、化石燃料を原料とし、生成過程でCO2を放出。ブルー水素は、化石燃料を原料とするが、生産過程で発生するCO2を炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)などで有効利用または地中に貯留する。 なお、パイプラインによる輸送以外の「水素」については、一般的にはアンモニア、液体水素(LH2)、液体有機水素キャリア(LOHC)などの水素キャリアに転換されるが、本稿では「水素」と整理して記載している。
注2:
同社は従来、ドイツ北西部ノルトライン・ウェストファーレン(NRW)州政府の委託のもと、環境・エネルギー分野における幅広い専門知識を持った実効的なプラットフォームとして活動していたエネルギー・エージェンシーNRWを構成していた。これまでの事業領域の中心であったNRW州だけでなく、現在はドイツ全域の企業や政府(連邦、州)、さらには海外向けにも環境・エネルギー関連のビジネスサービスを幅広く展開している。ドイツの第三者認証機関テュフ・ノルド(TÜV NORD)のグループ企業。環境・エネルギー関連の日本企業向けコンサルティングや日独自治体連携支援なども行っている。
注3:
産業部門の各プロジェクトにおける低炭素水素の消費計画をもとに、同団体が消費量を推定。一部、消費時期が不明なプロジェクトも含まれる。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所 ディレクター
作山 直樹(さくやま なおき)
2011年、ジェトロ入構。国内事務所運営課、ジェトロ金沢、ジェトロ・ワルシャワ事務所、企画課、新産業開発課を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ企画部企画課 課長代理
古川 祐(ふるかわ たすく)
2002年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(欧州班)、ジェトロ愛媛、ジェトロ・ブカレスト事務所長、中小企業庁海外展開支援室(出向)、海外調査部国際経済課などを経て現職。共著「欧州経済の基礎知識」(ジェトロ)、共著「FTAの基礎と実践」(白水社)。