2022年の合計特殊出生率0.78の背景(韓国)
若年層の社会問題に迫る

2023年5月15日

韓国では、2022年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数、暫定値)が0.78と、1970年以降で過去最低となり、OECD加盟国の中でも最下位だった(注1)。深刻な少子化の背景には、若年層(注2)の婚姻・出生率の著しい低下が挙げられる。若者が結婚や出産を望まない要因として、就職難や都市部の地価高騰、多大な教育費負担といった経済的要因や、韓国独自の文化・価値観などが挙げられることが多い。さらに、近年では女性の社会進出も関係していると考えられる。本稿では、前述した韓国の若年層の社会問題に迫るべく、分析や識者インタビューを通じ、現状と政府対応など今後の見通しを明らかにする。

若年層の結婚・出産意欲減退の背景

韓国の合計特殊出生率は1980年代から低下し始め、1984年に2を、1998年には1.5を切った。それでも、2010年代半ばまでは一定水準を保ってきた。しかし、2016年ごろを境に出生率はさらに急速に低下し、2018年は0.977と初めて1を下回り、2022年には0.78にまで落ち込んだ。また、1970年には100万人を超えていた出生数も減少を続け、2022年には1970年の4分の1以下の24万9,000人にまで減少した。このような韓国の出生率低下・出生数減少に注目が集まっている(図1)。

図1:韓国の出生数・合計特殊出生率の推移
合計特殊出生率は2018年を境に1を切り、2018年0.977、2019年0.918、2020年0.837、2021年0.808、2022年0.780を記録。

出所:統計庁「人口動向調査」

韓国の出生率が低下している理由として、以下の要因が挙げられる。

まず、韓国では結婚が出産の前提になっていることだ。政府系シンクタンクの韓国保険社会研究院が2021年に行った「家族と出産に関わる調査」によると、19~49歳の未婚の男性と女性に「現在交際中の異性がいるか」と調査した結果、男性の27.5%、女性の30%が「現在交際中の異性がいる」と回答した。異性交際をしている人が男女ともに3割程度と少ないわけだ。韓国独自の伝統的価値観(儒教思想など)では、結婚があってこその出産であり、事実婚は一般的ではないため、結婚する男女の減少によって出産率も低下していることがうかがえる。実際、出生数は婚姻件数の動き(図2)と相関していると考えられる。一方、例えばフランスでは事実婚(パートナー婚)が主流で、出生に占める非嫡出子の割合が61.0%に達しており、韓国とは対照的だ。ただし、10年前の韓国では事実婚をする人は全体の1%だったが、現在は2%を占めている。10年で約2倍になった事実には着目する必要がある。

図2:韓国の婚姻件数の推移
2016年頃を境に急降下。2016年281,635件、2017年264,555件、2018年257,622件、2019年239,159件、2020年213,502件、2021年192,507件、2022年191,690件。

出所:統計庁 「人口動向調査」

韓国独自の文化も、出生率低下の理由に挙げられる。結婚挨拶の負担は依然として存在し、男性が女性の実家を訪れる際に、職業は何か、家は購入できるのか問われる。しかし、近年の都市部の地価高騰のため家を買えず、結婚自体を断念する若年層が増えている。若年層で結婚するためには家を建てることが最低限の準備として認識されている。かつては、ウォルセ(注3)で新婚生活をスタートできたが、今は住居の準備が必要条件だ。しかし、文在寅(ムン・ジェイン)前政権時の、ソウル市など都市部を中心とする大幅な地価高騰により、若年層の大半が家を購入できない状況下に置かれている。

新生児の出生性比(女児100人に対する男児の数)も、出生率低下の要因の1つと考えられる。韓国の出生性比は1970年代から継続して上昇しており、男児が圧倒的に多くなっている。30年近くも出生性比がアンバランスで女性が少ないため、男性にとって結婚の競争率が一段と高くなった。

男性の負担が増す一方で、不安定な経済的基盤も若年層の結婚意識の減退につながっていると考えられる。1997年のアジア通貨危機以降、終身雇用制度などが崩壊し、2008年にはリーマン・ショックが起こり、非正規職が増えた。2020年からは新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)感染症拡大によって労働需要が減少した。韓国青少年政策研究院が行った「2020年 青年の社会・経済実態および政策方案研究」(注4)によると、就業情勢の悪化により、全体の3.4%が引きこもりになった。新型コロナが落ち着いた2022年以降、雇用情勢は量的にやや改善したが、質的にはあまり改善していない(注5)。韓国社会は住みにくい状況となり、恋愛や結婚に対する前向きな考えが後退し、出生率が急低下した。

地方からソウル首都圏への人口移動という社会問題も、出生率低下の主要要因だ。ソウル市は人口面で高密度空間であり、教育、就業環境、情報などが全て集約化され整っているが、高密度空間は少子化が進みやすい。ドイツのような連邦国家は、教育水準の平準化や情報などが分散されやすいが、韓国などの中央集権の色彩が濃い国家は都市に情報が集約化される。ゆえに韓国では地方の出生率が比較的高いにもかかわらず、上京する人が過半数を占めるため、少子化が進んでいる。現に、韓国の統計庁が発表した「2022年 出生および死亡統計」によると、ソウル市の合計特殊出生率が0.59だったのに対し、韓国南西部に位置する全羅南道霊光郡は1.81と比較的高い。また、高密度空間は物価が高く、生活費用もかさむため、職場と住居の距離が遠ざかり、生活の質が落ちる傾向がある。所得水準は必ずしも物価に比例して変化するわけではないため、家族を構成することが非常に難しくなったといえる。

さらに、出生率が近年急激に低下した背景として、女性の社会的地位の向上による人々の認識の変化も考えられる。韓国では大学進学率が2022年で71.9%と、OECD加盟国でもトップを誇る。性別比では男性が70.0%、女性が73.8%と、女性の割合がやや高い。「男性は働き、女性は家で家事をする」という根強い儒教思想が浸透していた韓国社会に変化が起きていることがうかがえる。高学歴の人が増えたことにより、結婚や家族を成すことと1人で生きていくことの意義など、自身で決定する生活判断能力が昔より高くなっているといえよう。また、前述したように、物価は高騰しているが所得の変化がない、もしくは減っているため、独身の方が楽という考え方が若年層に広がっている。現に、家族を成すことが標準的なモデルではないと、男性、女性ともに考えるようになった。最近は、経済的な要因よりも結婚をしないことがトレンドとなりつつあり、文化的側面でも変化が起こっている。

女性の経済的活動の推進によって、「子供が先か、自身の人生が先か」という言葉が国内で広がっており、子供を産むこと自体が大きな負担となっている。女性が産休や育休を取ることによって賃金を稼ぐ期間が減ってしまうためだ。また、金大中(キム・デジュン)政権時の2000年代初頭に女性部(現・女性家族部)が発足してから、女性の地位を向上させるために数多くの施策や事業を行ってきた。しかし、行き過ぎた男女意識や過度なフェミニズムにより、近年では男性側が反発し、男女対立が深刻化した。例えば、若い男性の間では、なぜ男性だけが兵役で軍隊に行かねばならないのか、女性を優遇しているのではないかという声が多数寄せられている。

少子化対策を急ぐ韓国政府、専門家からの提言

韓国政府は2006年から「低出産・高齢社会基本計画」という少子化対策を進めている。2021年までの16年間で総額280兆ウォン(現時点のレートで約28兆円、1ウォン=約0.1円)という、巨額予算を投入してきたが、出生率低下の傾向を変えることはできなかった。「第3次低出産・高齢社会基本計画」(2016~2020年)では、晩婚化が出生率低下の核心とし、結婚文化の変革や新婚夫婦の住宅費負担軽減などを試みたが、目標値の合計特殊出生率1.5に満たず、思うような成果は出なかった。「第4次低出産・高齢社会基本計画」(2021~2025年)を策定した文政権は、政策として出生率を上げるのではなく、国民の人生の質を上げようという方向に切り替え、教育費の援助や就職支援などに力を入れたが、人生の質が出生率と相互関係にあるかは疑問だ。

韓国政府が対応できる少子化対策として、専門家からの提言をもとに次の5つが挙げられる。

  1. 育児休暇活用制度の促進
    まず、女性と男性の育児休暇制度活用を促進させることだ。現在までの政策は保育に力を注いできたが、就業者を優先する施策をたてなければならない。韓国の育児休暇制度は、月間最大300万ウォンの支援金や休暇取得の分散化など、整備されているにもかかわらず、大企業や公務員以外の中堅・中小企業では活用が進んでいないという問題がある。韓国中小・ベンチャー企業部の2020年の統計によると、賃金労働者全体の18.7%が大企業、81.3%が中堅・中小企業に就業しているが、中堅・中小企業では育児休業制度の活用が十分ではなく、深刻な問題だ。現在、男性の育児休暇制度活用率は4.1%(2021年、統計庁「育児休職統計」)とわずかで、企業が育児休暇制度を積極的に推進している欧州とは大きく異なる。韓国保険社会研究院のチョ・ソンホ副研究委員は「ドイツや北欧の企業は育児の重要性を理解しているが、韓国企業は利益重視で、目先の利益に結びつかないことは行わない」と述べ、韓国企業は利益至上主義を捨てる必要があると強調した。
  2. 教育機関の改革
    経済的側面(インフラ投資)にプラスして文化的側面を重視し、生活改善を行うことが重要だ。例えるなら、教育機関の改革を行う必要がある。韓国は、保育園や小学校の放課後学級などで、子どもの面倒を遅くまで見るシステムは十分に整っていない。女性の社会進出の拡大などで共稼ぎが増える中、母親の育児負担が増し、仕事との両立が困難となっている。
  3. 少子化対策専門機関の設立
    また、少子化対策を進める政府組織の見直しを行うことが重要だ。漢陽大学国際大学院のチョン・ヨンス教授は「人口政策(少子高齢化問題)を保健福祉部が他の業務と同時進行せず、新たに専門的な政策部署を作る必要がある」と述べた。「低出産・高齢社会基本計画」を担う低成長・高齢社会委員会は意見交換をするだけで、委員会に決定権がないことも問題だと認識されている。状況によっては、委員長である大統領が積極的に会議へ出席することも必要だろう。
  4. 都市と地方の格差是正
    都市と地方の不均衡も解消する必要がある。権力や予算を都市部に集中させず、地方へ徐々に分散する政策を行うべきある。しかし、現在の中央集権的権力を分散させるために、韓国では憲法の改正が求められる。また、消滅危機のある地域に経済支援を行う「地方消滅対応基金」政策が2022年度から施行され、一定金額の配賦が行われた。今後の動向が注目されている。
  5. 若年層の就業支援
    最後に、若年層の就業支援が必須だ。韓国の特殊事情として、大企業と中小企業の賃金格差があまりにも大きいことがある。大企業の賃金水準を100とすると、中小企業は60程度だ。都市部にある大企業への就職競争が激しいものの、企業数が少ないため、郊外にある中小企業への就職率が高く、都市部の結婚率低下の要因となっている。最近では、Z世代と呼ばれる若年層に「就職先」ではなく、より幅広い意味で「仕事先」を探す機会を提供しようと、大学などが積極的に支援している。政府は若年層が職場などにとらわれず、自由に賃金を稼ぐことができる環境を構築する必要性がある。人的資源管理は従来のやり方ではうまくいかないとの見方が若年層をはじめとして韓国社会で広がっており、環境の改善が求められる。

今後の見通し、改善余地があるのか注目

韓国の少子化問題は深刻で、どのような対策を行うか、各国から注目されている。現に、日本も2022年の出生数が79万728人と80万人割れしており、合計特殊出生率は1.27と、決してひとごとではない。東アジア地域に根強く残る「儒教思想」をここ数年で完全になくすことは不可能といえよう。ゆえに、人々の生活水準や就業形態の変化に伴う政府対応が必須だ。女性が出産、育児と仕事の両立を負担なく行うことができ、男性も積極的に育児に関与する社会を形成するために、各種制度の活用促進が重要だ。生活水準と幸福度は相関性が高く、生活に余裕が持てるようになれば、韓国や日本などで結婚に価値を見いだせない若年層の意識が変化するのではないかと考えられる。


注1:
韓国は1970年から出生統計の作成を開始した。
注2:
一般的に若年層とは15~34歳だが、本稿では、結婚・出産適齢期と考えられる19~49歳を指す。
注3:
毎月決められた額の家賃を払う制度で、契約時に保証金を払うのが一般的。
注4:
18~34歳の3,520人を対象に就業状況、経済生活、人生の満足度、教育水準、精神状態などの実態についてアンケートやインタビューで調査を実施。また、専門家や青年政策関連委員会の見解も併せて記載。2020年10月10日公表。
注5:
「質的」とは、賃金水準(賃金水準が最も高い40代に対する20代の賃金水準の比率)、正規職比率、大企業・公共機関への就業状況などを指す。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課
益森 有祐実(ますもり あゆみ)
2022年、ジェトロ入構。中国北アジア課で中国、韓国関係の調査を担当。