カーボンニュートラル目指すラオス
政策とその課題

2023年9月27日

ラオスの温室効果ガスの排出量は全世界の0.1%に過ぎないが、気候変動リスクが高く、また一人当たり排出量ベースでみると発展途上アジア諸国平均を超える。ラオス政府は2021年の第2次NDCで、2030年までに60%の排出抑制を約束し、先進国からの支援が受けられるという条件付きで2050年までのゼロエミッションへの道筋を示した。しかし、化石燃料の消費増加などにより排出量が増加しているとの指摘もあり、循環型経済への投資を進めるために国内の規制や障壁を解決し、国際社会からのさらなる支援が不可欠である。

気候変動による影響

2023年4~5月、東南アジア一帯を熱波が襲った。ラオスの北部ルアンプラバンでは、観測史上最高となる43.5度を記録した。科学者の国際研究グループのワールド・ウェザー・アトリビューションは、東南アジアの今回の猛暑は200年に1度の出来事で、人為的な気候変動がなければ「事実上起こり得ない」ことだったと指摘する。また、温暖化がさらに0.8度進むと、このような熱波の可能性は10倍高くなるという。 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書(自然科学的根拠、2021年8月)では、人間活動の影響と温暖化の関係について「疑う余地がない」と明言し、今後10~20年以内に国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)のパリ協定で合意された、産業革命以前の平均気温削減目標である1.5度を超える可能性が高いと指摘する。世界銀行とアジア開発銀行(ADB)による気候変動リスク分析レポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(2021年6月)によると、首都ビエンチャン近郊の気温は、20世紀初頭から21世紀初頭の間で1.03度上昇したと推定され、特にラオスの全地域で21世紀に入ってから温暖化が急速に加速しているという。また、同レポートによる将来予測では、温室効果ガス(GHG)の排出量が最も多いモデル(RCP8.5)で1986年~2005年の期間と比較して、2090年代までに平均気温は3.9度、平均最低気温は4.1度も上昇し、排出量が最も低いモデル(RCP2.6)でさえも、それぞれ1.3度、1.2度上昇すると示唆される。2021年の世界気候リスク指数(Global Climate Risk Index)によると、ラオスは気候変動による暴露度や脆弱(ぜいじゃく)性で、180カ国中45位とリスクが高い国とされる。中でも洪水や熱波、干ばつの頻度がほぼ確実に上昇すると予想されている。これらは確実に経済や人の健康にも影響を与える。特に農業では、降水パターンや気温、病害虫の変化などさまざまな直接的・間接的な影響が出ると指摘される。さらに、災害により貧困、疾病などが拡大することも懸念される。

気候変動へのこれまでの取り組み

2020年の世界のGHG排出量〔二酸化炭素(CO2)換算〕は52.6ギガトンに対し、ラオスは5万3,000キロトンとされていることから、全世界の0.1%程度の排出量にすぎない(Our World in Dataウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。しかし、1人当たり排出量でみると7.3トンで、2019年の世界平均の6.4トンや、中国を含むアジアの発展途上国平均の5.3トン(ADB「Asia in the Global Transition to Net Zero: Asian Development Outlook 2023 Thematic Report外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」参照)を上回る。ラオスのGHG排出源は土地利用変化と林業(LUCF、注1)が88%を占め、純排出量が4万2,758キロトンとされる。ラオスはかつて森林が多く、1990年には10万4,570キロトンのGHGを吸収する純吸収国だったが〔2023年1月5日付ラオス政府資料参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(849KB)(ラオス語)〕、わずか10年で排出量が大幅に増加し、純排出国に転じた。森林被覆率は1970年代に70%(1,650万ヘクタール)だったとされるが、焼き畑農業、無秩序な伐採、農地拡大、水力発電所などのインフラ開発により、2015年には58%にまで大きく減少した〔前述の(2023年1月5日付ラオス政府資料参照)参照〕。

ラオスは気候変動に対しては1995年に国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)、2003年には京都議定書を批准した。2008年には森林炭素パートナーシップ基金(FCPF)に参加した最初の国の1つとなり、森林減少と森林劣化による排出の削減など(REDD+、注2)の取り組みを開始した。2009年には気候変動に対する国別適応行動計画(NAPA)を策定し、適応目標と優先順を特定した。さらに、2010年には初めて気候変動に関する国家戦略を策定した。ただし、当時は目標のタイムフレームが設定されないなど十分とは言えなかった。

ラオス政府が包括的な気候変動への取り組みを進めるきっかけとなったのは、2015年COP21パリ協定だ。ここで、地球温暖化を産業革命以前と比べた世界の平均気温の上昇を2度以下に、理想的には1.5度以下への努力を追求することにラオスを含む196カ国が合意した(前述のADB「Asia in the Global Transition to Net Zero: Asian Development Outlook 2023 Thematic Report」参照)。この目標を達成するため、パリ協定では国が決定する貢献(NDC、注3)を作成し、将来のGHGを削減し、気候変動への適応を高める約束を提出することとなった。ラオスも2015年9月に国として最初となるNDCをUNFCCCに提出した。2030年までに再生可能エネルギーの割合を30%にするという目標を掲げ、さらに、2030年までに大規模水力発電の容量を20ギガワット(GW)に拡大することを明記した。

その後、2019年9月18日付で気候変動に関する政府令(321号)を発布し、気候変動問題の管理やモニタリングに関する原則、規制、対策を定めた。2021年3月に第2次NDCPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(829KB)を提出した。同年4月には国家REDD+戦略を策定し、森林被覆率を70%へと高め、森林減少や劣化からのGHG排出を削減することを目標とした。2023年2月には、2010年国家戦略の改定版として、2030年までの国家気候変動問題解決戦略を発表した。現在、電気自動車(EV)導入などを含む再生可能エネルギー開発戦略や、中長期的な気候変動の悪影響を軽減する適応ニーズを特定し、戦略とプログラムを策定・実施するために、国家適応計画(NAP)などの策定を進めている。

第2次NDCで2030年までに60%の排出抑制を約束

2023年に策定された国家気候変動問題解決戦略では、2030年までにGHG排出量をベースライン(BAU)の60%以下に抑えること、天災による損害をGDPの0.2%以下、天災被害者を12万人以下に抑えること、1人当たりの年間GHG排出量を1.2トン以下とすること、森林被覆率を1970年レベルの1,650万ヘクタール(国土の70%)以上にすること、水力以外の代替エネルギーを30%以上とする目標を掲げている。第2次NDCでは、ラオスのGHG排出量(CO2換算)は2000年を基準年として5万742.91キロトンとし、将来のGHG排出シナリオとして、以下の 3つのシナリオを提示し、うち2030年までの無条件シナリオを約束している。

図:第2次NDCによるGHG総排出量シナリオの推移
GHG排出量(CO2換算)は2000年を基準年として5万742.91キロトンとし、将来のGHG排出シナリオとして、以下の 3つのシナリオを提示し、うち2030年までの無条件シナリオを約束している。

出所:第2次NDCからジェトロ作成

1) ベースラインシナリオ(BAU):

GHG緩和活動がない場合に発生する将来のGHG排出量。2020年に8万2,000キロトン、2030年には10万4,000キロトンへGHG排出量が増大するシナリオだ。このベースラインシナリオの下で2050年には12万キロトンを超えると算出されている。

2) 無条件緩和シナリオ:

次の表の5項目の自国資源と既に約束されている国際支援を考慮し、ラオスが約束できるGHG排出削減努力目標を反映したシナリオ。2000年以降に既に実施された緩和策を差し引くことで、2020年時点では約5万3,000キロトンとなり、BAUに対して34%抑えられたとしている。主な緩和策は、LUCFと電力セクターで実施された。今後も実現すれば、2030年には約4万キロトン、つまりBAUに対して60%以上抑制されることなる。これを第2次NDCで国家ターゲットとしている。

表1:無条件緩和シナリオにおける緩和策
セクター 緩和ターゲット(2020-2030年) 2020~2030年のGHGの年間平均削減量(キロトン)
土地利用変化と林業(LUCF) 森林減少と森林劣化によるGHG排出を削減し、森林保全、森林の持続可能な管理、国立公園やその他の保護区の緩衝地帯を育成し、森林の炭素蓄積量を増加させる。 1,100
エネルギー:水力 水力発電所を13GWとする(国内/輸出用) 2,500
エネルギー:効率化 エネルギー効率の良い5万台の調理ストーブの導入し、バイオマス使用を削減する   50
輸送 首都でNMT(徒歩や自転車など)を伴うBRT(バス高速輸送システム)の導入   25
輸送 中国ラオス鉄道 300

出所:第2次NDCからジェトロ作成

このシナリオでは、2050年には年間2万キロトンまで削減できる可能性があると算出しており、中でもLUCFは年間1,100 キロトンの削減を目標としている(ただし、個別の対策がどのように積み上げられているのかは不明だ(「JEC Assessment:Lao PDR. 2022PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.26MB)」参照)。国家REDD+戦略では、森林・樹木の減少によるGHG排出量を2万1,000キロトン削減し、森林の回復と植林による除去を約9,000キロトン追加することで、2025年までに3万キロトンを削減する計画としている。なお、石炭火力については、無条件緩和シナリオでは特に言及されていないが、新規発電所の計画は進められており(注4)、廃止について焦点を当てるべきと指摘される(ESCAP「SDG 7 Roadmap for the Lao People’s Democratic RepublicPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(10.89MB)」参照)。

3) 条件付き緩和シナリオ:

先進国からの支援が得られるという条件付きで、ラオスが追加的にGHG排出削減を行うことができるシナリオ。森林回復や太陽光の導入などラオスが支援や投資を求める8項目の案件を挙げており、それに必要な資金は47億6,000万ドルと見積っている(注5)。

表2:条件付き緩和シナリオの詳細
セクター 緩和ターゲット(2020-2030年) 2020~2030年の年間平均削減量(キロトン) 必要な資金ニーズ(100万ドル)
土地利用変化と林業(LUCF) 森林減少・劣化に由来する排出の削減、森林保全の促進、森林の持続可能な管理、国立公園やその他の保護区の緩衝地帯、森林炭素蓄積の強化を通じて、森林被覆を土地面積の70%(1,658万ヘクタール)に増加させる。 45,000 1,700
その他の再生可能エネルギー 太陽光と風力:国内の総設備容量を1GW とする 100 1,500
バイオマス:国内の総設備容量 300MWとする 84 720
運輸 二輪車と乗用車の電気自動車(EV)の普及率を30%にする 30 500
バイオ燃料を輸送用燃料の10%に充てる 29 230
エネルギー効率 BUAシナリオと比較して、最終エネルギー消費量を10%削減 280 30
農業 5万ヘクタールの低地稲作の水管理慣行調整 128 65
廃棄物 1日500トンの持続可能な都市固形廃棄物管理プロジェクトの実施 40 17

出所:第2次NDCからジェトロ作成

ここでは、条件付き緩和シナリオの実現により、2050年ゼロエミッションが達成できると算段されている。中でも最大の貢献となり得る森林被覆率70%を達成するには、ラオスは森林再生と植林の促進に加え、2030年までに森林減少を終わらせる必要がある(前述のJEC「JEC Assessment:Lao PDR. 2022」参照)。このため、ラオスは一次木材製品や原木の輸出を減らし、ゴムなどの産業用樹木の生産を促進することを計画している。また、交通セクターではEV普及率を2030年までに30%とする目標を掲げ、輸入化石燃料を国産電力に置き換えることを計画している。

循環型経済を目指して

前述の第2次NDCに対し、国連開発計画(UNDP)(2021)(UNDP「Circular GHG mitigation opportunities Lao PDRPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(7.50MB)」参照)は、ラオスの2019年の実質的なGHG排出量は8万9,000キロトンで、化石燃料の使用が増加しており、第2次NDCのBAUの数値により近い実態があると試算する。仮に第2次NDCの表で示された無条件・条件付きの13の全ての緩和策を実施したとしても、排出量はいったん減少、2035年ごろに約5万キロトンと最小となるが、その後再び増加に転じ、2050年には年間6万3,000キロトンに達すると分析する。ただ、これに加えて、再生可能な建設資材(木材)の優先的な使用、家畜の生産性向上、食品ロスの削減、気候変動に対応したスマート農業の導入など、追加的な循環型経済による11の主要な介入策を導入することで、2040年までにカーボンニュートラルに到達可能とした。また、これにより160万人のグリーンジョブを創出し、化石燃料などの炭素集約型製品の輸入を減らすことで、他国でも年間2,200キロトン相当の追加的排出削減に貢献できるという。ただし、介入策には41億ドルの新たな投資が2022~2036年に必要とした。UNDPレポートでは、このような潜在的削減量の85%は6年未満の資金回収で実現できる魅力的なビジネスモデルだが、循環型経済を目指すベンチャー企業などが投資資金にアクセスできるように、国内の規制や障壁を解決することが極めて重要と指摘する。

2020年12月に行われた気候野心サミットでは、トンルン首相(当時)は2050年までのゼロエミッションの実現のために国際社会の支援を要請した。国際環境開発研究所(IIED)の調査では、後発開発途上国(LDC)、小島嶼(とうしょ)開発途上国(SIDS)59カ国のうちラオスを含む9カ国で、2021年の公的債務返済額が気候変動関連支援額を上回っていた。ラオスは気候や自然環境に悪影響を及ぼす排出を抑制しつつ、開発を達成するという2つの課題に直面している。このため、NDCに基づく削減努力に加え、高品質なクレジットによる市場・非市場アプローチを含む国際社会からのさまざまな支援が不可欠だ。


注1:
土地利用変化と林業(LUCF)では、土地転用や林業分野からのGHG排出と吸収を示す。コンセッションなどにより森林から農地への転換が進み、天然林資源に大きな影響を及ぼす活動が増加している。森林被覆の喪失は、生物多様性や生態系の健全性の低下につながる。
注2:
REDD+とは、発展途上国の森林減少・劣化の抑制や持続可能な森林経営などによってGHG排出量を削減あるいは吸収量を増大させる努力に、成果ベースの支払いというかたちでインセンティブを与える国際的な気候変動対策。
注3:
2030年までの同国の自主的なGHG削減の約束を記載し、パリ協定実施の足がかりとなるもの。2015年から2030年まで5年ごとに更新するプロセス。しかし、意図された緩和貢献の引き上げを強制したり、誘導したりするメカニズムは存在しない。また、最も費用対効果の高い場所で緩和が行われるようにするための明確な方法もないと指摘される〔前述のADB「Asia in the Global Transition to Net Zero: Asian Development Outlook 2023 Thematic Report」参照〕。
注4:
2023年気候変動戦略によると、2040年までに石炭による電力生産は22%に上昇し、GHG排出量は2015年の4倍となる見込み〔前述の(2023年1月5日付ラオス政府資料参照)参照〕。第2次NDCで石炭火力による排出がどのように反映されているかは不明。
注5:
2009年からの気候変動対策プロジェクトは、森林セクターを中心にこれまでCDM、REDD+、JCM、NAMA(エネルギー運輸セクター)など10事業を超える事業が実施されている(2023年気候変動戦略)。
執筆者紹介
ジェトロ・ビエンチャン事務所
山田 健一郎(やまだ けんいちろう)
2015年より、ジェトロ・ビエンチャン事務所員