2021年度は昇給率が回復(インド)
インド日系企業2021年度賃金実態調査から

2022年3月28日

インド日本商工会(JCCII)とジェトロは2022年1月、共同で「第15回賃金実態調査」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(374.61KB) の結果を発表した。本調査は、JCCIIとジェトロが2021年11月、インド各地の商工会会員企業を対象に実施したもの。有効回答社数(注1)は385社に上った。

本稿では、賃金調査の結果を基に、現地人材の賃金実態や採用手段、日本人駐在員の動向など、労務に関する在インド日系企業の取り組みを紹介する。

コロナの影響により低下した2020年度の反動で、昇給率が回復

日系企業に勤務するインド人従業員の2021年10月1日時点の全国平均昇給率は、スタッフが7.9%、ワーカーが8.5%になった。スタッフ、ワーカーともに、新型コロナウイルスの影響により大幅に低下した2020年を上回る結果だ。2022年は、スタッフが8.5%、ワーカーが8.8%とさらに上昇する見通しが示された(表1参照)。

表1:昇給率(全国平均)(単位:%、件)
項目 2020年度調査
(調査時期:7月)
2021年度調査
(調査時期:11月)
2020年
見込み
2021年
実績
有効回答数 2022年
見込み
有効回答数
スタッフ 5.6 7.9 407 8.5 394
ワーカー 3.7 8.5 144 8.8 141

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」「第15回賃金実態調査」からジェトロ作成

賃金水準の決定にはインフレ率などが影響

では、賃金水準の決定に際して参考にされる指標は何か。この設問に、74.9%の企業が「インフレ率」と回答。次いで「各種調査結果」が73.8%、「他社の動向」が67.5%になった(図1参照)。ただし実際には、在インド日系企業は優秀な人材を確保するため、本調査の結果など各種調査結果や他社の動向などを考慮したうえで、代表的なインフレ指標とされる消費者物価指数(CPI)を大幅に上回る昇給率を設定している企業が多い。なお、前年度の賃金改定では、インフレ率の影響以上に、新型コロナの影響で経済活動が停滞したことによる業績不透明感が大きな影響を与えたと考えられる(図2参照)。

インド企業では、トップダウンで意思決定されるのが一般的で主流だ。特に管理職や専門性の求められる職種では、新型コロナの影響が顕在化する前まで賃金水準が大幅に伸びていた。しかし、コロナ禍による経済活動の停滞を受けて、2020年度は多くの企業が昇給を見送った。そのため、当年度は特に、コロナ前と比べて賃金上昇率が鈍化する傾向が見て取れた。そのような傾向は、役員や部長級をはじめとする管理職や、専門性の求められる法定秘書などで、顕著だった。

図1:賃金水準の決定要因(単位:%、複数回答可)
在インド日系企業が、勤務するインド人従業員の賃金水準の決定に際して、74.9%の企業が「インフレ率」を参考にしていると回答し、次いで「各種調査結果」が73.8%、「他社の動向」が67.5%、「組合との交渉」が8.8%、「その他」15.1%となった(複数回答可)。

出所:JCCII・ジェトロ「第15回賃金実態調査」からジェトロ作成

図2:昇給率、CPIインフレ率および実質GDP成長率の推移(単位:%)
 在インド日系企業は2018年度の場合、消費者物価指数(CPI)インフレ率が約0~5%なのに対し、昇給率は10%台であるというように、インフレ率の指標となるCPIの数値を大幅に上回る昇給率を設定している。しかし、2020年第2四半期はインフレ率が5%を超え昇給率を上回っており、新型コロナウイルスの影響で第1四半期の実質GDP成長率がマイナス約25%と、経済活動が停滞したことによる業績の不透明感が、インフレ率以上に昇給率に大きな影響を与えたと考えられる。

出所:統計・計画実施省発表資料、JCCII・ジェトロ「第13回賃金実態調査」「第14回賃金実態調査」「第15回賃金実態調査」からジェトロ作成

優秀な人材の維持・確保のため、離職率の抑制が課題

さらに、当地日系企業従業員の人事性向を確認してみる。勤続年数は、実績、見込みともに5~6年程度と短い。平均年齢は30代半ばで、働き盛りの年代が多いという結果になった(表2参照)。勤続年数が短い理由としては、短期間での転職を繰り返すいわゆるジョブホッピングがインドでは一般的であることが考えられる。また、従業員平均年齢が若い理由としては、インドの人口構成として、若年層の人数が多い完全なピラミッド型であることなどが挙げられる。なおこの傾向は、前回調査から変わっていない。

さらに、離職率(過去1年以内に離職した割合)を職位別にみる。トップマネジメント(部長級以上)では2.3%、管理職(課長、係長級)6.3%、スタッフ(セールス担当者、秘書、受付、事務員)7.6%、エンジニア6.6%、ワーカーが6.2%だった(表3参照)。スタッフやエンジニアは、前回調査よりも離職率が上昇した(注2)。一方で、トップマネジメント、管理職、ワーカーについては、むしろ低下する結果を示した。

表2:従業員の勤続年数、平均年齢(単位:年、歳)
項目 2020年度調査
(調査時期:7月)
2021年度調査
(調査時期:11月)
2020年
見込み
2021年
実績
2022年
見込み
勤続年数 5.7 5.9 6.5
平均年齢 34.6 34.6 35

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」、「第15回賃金実態調査」からジェトロ作成

表3:職種別離職率(単位:%)
職種 2020年度調査
(調査時期:7月)
2019年実績
2021年度調査
(調査時期:11月)
2021年実績
トップマネジメント
(部長級以上)
4.8 下降2.3
管理職
(課長、係長級)
6.7 下降6.3
スタッフ
(セールス担当者、秘書、受付、事務員)
7.1 上昇7.6
エンジニア 5.2 上昇6.6
ワーカー 6.7 下降6.2

注:離職率は、各役職レベルにおける過去1年以内に離職した割合。なお、当年度から調査時期が下期に変更となったことから、今回の調査の実績値は2021年時点の数値になる。一方で、前回調査の実績値は2019年の数値。
出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」「第15回賃金実態調査」からジェトロ作成

昇給や昇格により定着率の向上を図る

インドは、転職者が多い労働市場だ。モチベーション維持向上を目的とした施策としては、昇給が最重要と言える。当該調査でも、「昇給」が圧倒的多数を占めた。次点として、「昇格」「有給休暇」が続いた。

スタッフ向けに最も実施されているのは、「昇給」(94.2%)だった。これに、「昇格」(82.5%)、「有給休暇」(54.5%)、「医療保険」(52.7%)、「社内イベントの実施」(51.0%)などが続いた(図3参照)。

ワーカー向けも、やはりトップは「昇給」(89.9%)。続いて、「昇格」(66.9%)、「有給休暇」(62.8%)、「医療保険」(62.2%)、「社内イベントの実施」(62.2%)、「表彰制度」(61.5%)、「食堂の充実」(60.1%)、「通勤車・バス手配」(58.8%)になった(図4参照)。

図3:従業員のモチベーション維持向上のため施策(スタッフ)
(単位:%、複数回答可)
「昇給」が94.2%で、「昇格」が82.5%、「有給休暇」が54.5%、「医療保険」が52.7%、「社内イベントの実施」が51.0%と続く。

注:有効回答のうち50%以上の回答があった施策。
出所:JCCII・ジェトロ「第15回賃金実態調査」からジェトロ作成

図4:従業員のモチベーション維持向上のため施策(ワーカー)
(単位:%、複数回答可)
トップが「昇給」の89.9%で、続いて「昇格」が66.9%、「有給休暇」が62.8%、「医療保険」が62.2%、「社内イベントの実施」が62.2%、「表彰制度」が61.5%、「食堂の充実」が60.1%、「通勤車・バス手配」が58.8%となった。

注:有効回答のうち50%以上の回答があった施策。
出所:JCCII・ジェトロ「第15回賃金実態調査」からジェトロ作成

コロナ禍で多くの企業が新たな労務・福利厚生制度を新設

新型コロナの影響を踏まえた動きはどうか。コロナ禍で新設・導入した労務関連・福利厚生制度があるかどうかについての設問では、「ある」という回答が全体の約6割に上った(表4参照)。

中でも、「従業員本人による新型コロナ感染時の特別休暇新設」という回答が全体の59.1%と、最も多かった。次に、「新型コロナ感染も付保対象になる健康保険への新規加入」が48.8%となった。他にも「ワクチン接種に係る特別休暇の新設」が35.3%、「公共交通機関から自家用車への切り替え等に伴う追加通勤手当の支給」が25.0%、「社内定期健康診断を導入」が14.3%だった。その他の回答として、在宅勤務に関する制度やワクチン接種の費用負担を新たに導入したという回答も挙げられた(図5参照)。

表4:新型コロナを踏まえて新設した
労務・福利厚生制度の有無(単位:%)
回答 割合(%)
ある 59.4
ない 40.6

出所:JCCII・ジェトロ「第15回賃金実態調査」からジェトロ作成

図5:新設した制度(単位:%、複数回答可)
「従業員本人が新型コロナウイルス感染時の特別休暇を新設」という回答が全体の59.1%と最も多く、次に「新型コロナウイルス感染も付保対象となる健康保険への新規加入」が48.8%となった。他にも「ワクチン接種に係る特別休暇を新設」という回答が35.3%、「公共交通機関から自家用車への切り替え等に伴う追加通勤手当の支給」が25.0%、「社内定期健康診断を導入」という回答が14.3%、「その他」が29.8%となった。

出所:JCCII・ジェトロ「第15回賃金実態調査」からジェトロ作成

即戦力の確保には相応のコストが必要

既述の通り、インドでは転職者が多い。このことから、従業員を中途採用する機会は、日系企業でも多い。2021年度調査結果では、中途採用の昇給率(前職基本給からの給与増加率)を10%以下と回答した企業が、有効回答の36%を占めた。前年度の18%から、倍増したかたちだ。一方で、10%超とした企業の割合は依然として6割を超えた(図6参照)。コロナ禍でも、優秀な人材の確保、流出防止には、高い昇給率で応える必要があるということがわかる。

図6:中途採用者採用時の前職基本給からの昇給率(単位:%)

2020年度調査(調査時期:7月)
5%以下が5%、10%以下が13%、20%以下が39%、30%以下が32%、40%以下が1%、51%以上が1%、無回答が9%であった。
2021年度調査(調査時期:11月)
5%以下が15%、10%以下が21%、20%以下が35%、30%以下が26%、40%以下が2%、無回答が1%であった。 中途採用者における前職基本給からの昇給率を10%以下と回答した企業が全体の36%と前年度の18%と比べ増加する結果となった。一方で、10%超とした企業の割合は依然として6割を超える結果となった

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」「第15回賃金実態調査」からジェトロ作成

新型コロナによる配置転換により日本人駐在員は一時的に減少

調査時点で、日系企業の従業員のうち日本人駐在員が占める割合平均は、4.5%だった(表5参照)。新型コロナの流行により駐在員を日本へ退避させた、または退避させたまま帰任とした企業も多い。その影響も受け、2020年度の8.4%から大きく減少する結果になった。業種別にみると、製造業全体では駐在員の割合が増加した。対照的に、商社やその他サービス業、駐在員事務所で、日本人駐在員が占める割合が大幅に減少。全体としてはマイナスになった。

しかし、当面の配置方針については、全体の59.2%が「現状維持」(変更なし)、29.7%が「増加させる」との回答だった。「新型コロナ禍に伴う安全面の配慮や経費削減のため、前年度に駐在員を帰任」→「その段階的な落ち着きによって、事業拡大のため駐在員を再度インドに配置」という方針の企業が多いことが明らかになった(表6参照)。

表5:2021年10月1日時点での日本人駐在員率

日本人駐在員率(現地法人・支店)(単位:%)
業種 2020年度調査
(調査時期:7月)
2021年度調査
(調査時期:11月)
製造小計 4.4 7.1
階層レベル2の項目自動車・同部品 2.4 7.9
階層レベル2の項目電気・電子・同部品 5.4 5.3
階層レベル2の項目機械・同部品 3.7 7.7
階層レベル2の項目その他製品 6.3 4.6
販売小計 9.1 2.7
階層レベル2の項目自動車・同部品 7 3.4
階層レベル2の項目電気・電子・同部品 4.9 3.7
階層レベル2の項目機械・同部品 7.8 2.5
階層レベル2の項目その他製品 16.6 2
貿易 14.3 3.2
建設・エンジニアリング 8.5 3.6
運輸・流通 8.9 3.7
情報通信技術サービス 2.9 3.3
金融サービス 5.3 7.7
その他サービス 12.3 1.9
その他 8.9 5.3
日本人駐在員率(駐在員事務所)(単位:%)
項目 2020年度調査
(調査時期:7月)
2021年度調査
(調査時期:11月)
駐在員事務所 18.5 4.1
日本人駐在員率(全体)(単位:%)
項目 2020年度調査
(調査時期:7月)
2021年度調査
(調査時期:11月)
全体 8.4 4.5

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」「第15回賃金実態調査」からジェトロ作成

表6:日本人駐在員の配置方針

増加(単位:件、%)
理由 2020年度調査
(調査時期:7月)
2021年度調査
(調査時期:11月)
事業拡張 21 5.5 105 24.4
その他 10 2.6 23 5.3
無回答 0 0 0 0
合計 31 8.2 128 29.7
減少(単位:件、%)
理由 2020年度調査
(調査時期:7月)
2021年度調査
(調査時期:11月)
経費節減 43 11.3 13 3
事業縮小 6 1.6 9 2.1
技術移転終了 17 4.5 13 3
その他 23 6.1 12 2.8
無回答 2 0.5 1 0.2
合計 91 23.9 48 11.1
変更無し (単位:件、%)
理由 2020年度調査
(調査時期:7月)
2021年度調査
(調査時期:11月)
合計 258 67.9 255 59.2

出所:JCCII・ジェトロ「第14回賃金実態調査」「第15回賃金実態調査」からジェトロ作成


注1:
調査票が回収できた企業数のこと。
なお各設問では、無回答や「わからない」「不明」とみなされる回答を無効として扱うのを原則とした。すなわち、とくに断りのない限り、それらを除いた有効な回答を分母として回答率を計上した。
注2:
スタッフには、他社との接点が多いセールス担当者が含まれる。またエンジニアは、即戦力として重宝される傾向がある。これらで離職率が上昇したのは、そうした要因もあるだろう。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
髙際 晃平(たかぎわ こうへい)
2014年、株式会社日本政策金融公庫入庫。2021年4月からジェトロ出向。ビジネス展開・人材支援部ビジネス展開支援課を経て、同年10月からジェトロ・ニューデリー事務所勤務。