コロナ禍における日本企業の海外サプライチェーン強靭化に向けた動き(世界、日本)
海外サプライチェーン多元化等支援事業も後押し
2021年3月12日
新型コロナウイルス禍(以下、コロナ禍)においても、海外進出意欲を有する日本の製造業企業は少なからず存在する。これら企業が海外で事業拡大を図る対象国・地域数も増加し、中国、ベトナムはじめアジア諸国・地域や米国などでのさらなる事業展開が見込まれる。一方、コロナ禍などで海外での販売、調達、生産体制の見直しを迫られる企業もみられる。海外サプライチェーン多元化などの政府支援策により、生産拠点の多元化を通じたサプライチェーンの強靭(きょうじん)化が後押しされている。
海外進出意欲のある日本の製造業企業は4割強
コロナ禍における日本企業の海外進出方針に関し、進出拡大意欲は例年に比べ低下したものの、一定割合、存在している。ジェトロによるアンケート調査(注1)によれば、日本の製造業企業1,395社の今後(3年程度)の海外進出方針に関し、「現在、海外に拠点はなく、今後とも海外での事業展開は行わない」が32.8%あった。その一方で、「現在、海外に拠点はないが、今後新たに進出したい」23.6%、「現在、海外に拠点があり、今後、さらに拡大を図る」が19.3%と、“海外進出の拡大を図る”旨の意欲を有する企業が4割強(42.9%)みられた(注2)。
また、海外で事業拡大を図る対象国・地域の数も、製造業企業では、1社あたり5.3と、前年の3.9から大幅に増加。業種別でみると、石油・プラスチック・ゴム製品が1社あたり8.1(前年は4.1)、一般機械が7.0(同3.9)、衣料品・化粧品6.3(同4.0)などと、事業拡大対象国・地域数の増加が顕著となっている。さらに、「海外で事業拡大を図る国・地域」(複数回答)として、中国と回答した企業の割合が半数弱の48.1%で、引き続き首位を維持。日本の製造業企業が、事業展開先として巨大市場有する中国を重視していることがうかがえる。中国に次ぎ、ベトナム(40.9%)、米国(40.1%)、タイ(36.7%)といった国々もそれぞれ前回(2019年)調査時を上回る割合となっている。上位15カ国・地域のうち、米国(3位)、西欧(6位)、カナダ(14位)以外は全てアジアの国・地域となっていることも注目に値する(表1参照)。
コロナ禍などで、海外サプライチェーン見直し機運も
また、前出アンケート結果では、コロナ禍などでの海外ビジネスリスクが顕在化する中、海外事業戦略を見直すコメントが少なからず見られた。具体的には、「中国からベトナムへ移管してくる顧客に対して、グループ全体で取りこぼしのない営業フォロー体制の構築」(プラスチック製品販売)、「中国調達をASEAN調達に切り替える」(自動車部品)、「一部の生産機能を中国からベトナムへ移管」(その他製造業)など、販売、調達、生産の見直しに関するものだ。
そもそも、新型コロナウイルス感染拡大前の2019年には、米国による対中制裁関税賦課を回避するため、主に中国の生産ラインの一部をベトナムなどの第三国へ移管する“チャイナプラス1”の動きが顕在化していた。“チャイナプラス1”は、2010年に尖閣問題を機にした反日デモなど日中関係の悪化や、中国における人件費などコスト増、人民元切り上げの動きなどを理由に、中国進出日系企業が生産ラインの一部を近隣アジア諸国・地域に移管させる動きが見られたことに起因する。一方、生産拠点の移管先となったベトナムなどにおいても、比較的低廉な人件費などコスト面での優位性だけでなく、インフラ整備の進展などから、投資先としての魅力を相対的に高めていったことも事実である。
強靭なサプライチェーン構築に向けて
日本でも、コロナ禍の感染拡大当初、マスクや医療用具など中国生産に大きく依存していた製品の不足が深刻化した。そうしたこともあり、一極生産集中是正の必要性が声高に叫ばれた。そして、日本政府はポストコロナの時代を見据え、企業による中長期的なサプライチェーン強靭化の取り組みを推進。具体的には、2020年4月に、梶山弘志経済産業相とASEAN議長国ベトナムのチャン・トゥアン・アイン商工相の電話会談での合意を踏まえ、「経済強靭性に関する日ASEAN共同イニシアティブ」を発出し、リスク対応力とコスト競争力が両立する「強靭なサプライチェーン」構築を目指すとした(注3)。
さらに、7月の日ASEAN経済大臣特別会合(テレビ会議形式)では、同イニシアティブの方針具体化に向け、50を超える具体的なプロジェクトを盛り込んだ「日ASEAN経済強靭化アクションプラン」を発出(注4)。その中で、サプライチェーン強靭化支援に関する施策の1つとして「海外サプライチェーン多元化等支援事業」がある。同事業は、強靭なサプライチェーン構築のため、ASEANなどにおいて製造拠点の多元化などを行うことを目的とした設備導入(製造設備の新設・増設に必要な機械装置の購入および備え付けなど)や、設備導入のためのFS(事業実施可能性)調査、実証事業などにかかる経費の一部を補助するもの。生産拠点の集中度が高い製品の供給途絶リスクを解消し、日本の製造業の競争力強化を目指すものだ。2021年3月5日時点で既に3回にわたる公募が行われ、設備導入関連では60件、実証事業・FS調査関連では21件の案件を採択している。
前者の設備導入関連を例にとると、補助対象は企業によるASEANなどへの設備投資などだ。一般枠での補助額は1件当たり1億円(注5)〜15億円で、補助率は大企業が2分の1以内、中小企業が3分の2以内、などと設定されていた。また、表2からこれまで採択された60の事業者の設備投資先国をみると、ベトナムが30件と最も多く、海外進出先としての人気の高さがうかがえる。製造品目では、ベトナムの特別枠としては医療用マスクや防護服・ガウン、新型コロナ検査キットなど、特別枠以外では自動車部品や電気・電子部品などの設備投資関連が補助対象となっていた。2021年3月下旬には、第4回公募も行われる予定だ。補助率や対象分野については未定ながら、ASEAN等の地域での設備投資を予定する企業においてはその利活用の検討等を通じ、日本企業の海外サプライチェーン強靭化が一層推進されることが期待される。
国・地域名 | 2020年度 | 2019年度 | 2018年度 | |
---|---|---|---|---|
(n=1,156) | 順位 | (n=1,871) | (n=1,800) | |
中国 | 48.1 | (1) | 46.3 | 49.9 |
ベトナム | 40.9 | (2) | 38.9 | 34.0 |
米国 | 40.1 | (3) | 31.9 | 30.2 |
タイ | 36.7 | (4) | 32.7 | 31.8 |
台湾 | 33.3 | (5) | 26.8 | 24.7 |
西欧 | 30.4 | (6) | 25.3 | 21.4 |
インドネシア | 25.8 | (7) | 22.3 | 20.8 |
シンガポール | 25.1 | (8) | 20.0 | 18.2 |
マレーシア | 23.1 | (9) | 15.3 | 14.2 |
香港 | 20.2 | (10) | 17.2 | 17.1 |
フィリピン | 17.8 | (11) | 12.0 | 9.9 |
インド | 17.5 | (12) | 15.7 | 16.1 |
韓国 | 15.5 | (13) | 10.7 | 12.9 |
カナダ | 12.5 | (14) | 5.1 | 3.2 |
ミャンマー | 11.1 | (15) | 10.0 | 8.1 |
ASEAN6 | 65.4 | ー | 69.4 | 65.7 |
設備導入 実施国 |
企業件数 | 製造品目 |
---|---|---|
ベトナム | 30 | 医療用品(防護服、サージカルマスク、アルコールウエットティッシュ、ヘアキャップ)、ハンドソープ、エアコン部品、両面プリント配線板、自動車部品(トランス、小型モーター基幹部品、ワイヤーハーネス)等 |
タイ | 12 | 消毒液(血液透析装置用)、自動車部品(エンジン構成部品、シャシー、トランスミッション用部品、EV車用ワイヤーハーネス)、タイヤ生産用金型、マグネシウムダイカスト部品、ボールベアリング用ゴムシール等 |
フィリピン | 7 | 医療用ガウン、PCR検査機器等用電子回路基板、サーマルプリントヘッド、自動車部品(ワイヤーハーネス)等 |
インドネシア | 6 | 医療用ガウン、自動車部品(無段変速機用構成部品、自動変速機関連構成部品、EV車用ワイヤーハーネス)等 |
マレーシア | 6 | ニトリルゴム製手袋、医療用シリンジ、アルミ電解コンデンサ用リード線端子、レアメタル、自動車部品(EV車用ワイヤーハーネス)等 |
ミャンマー | 3 | 医療用ガウン・キャップ・検査着、業務用手袋等 |
ラオス | 2 | 医療用ガウン、ハードディスクドライブ用部品 |
カンボジア | 1 | 自動車部品(ワイヤーハーネス) |
注1:設備導入補助型の公募がされた第1回および第3回公募の採択事業者の合計件数。
注2:採択事業者の中には複数の実施国で設備導入を行う企業があるため、設備導入実施国の企業件数の合計は、採択事業者数とは一致しない。
出所:ジェトロウェブサイト(第1回公募)、(第3回公募)より作成
- 注1:
- 「2020年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」ジェトロ、2021年2月参照。海外ビジネスに関心が高い日本企業(ジェトロの会員企業およびサービス利用企業)を対象に2020年10月30日〜12月6日に実施。ジェトロウェブサイト参照。
- 注2:
- その他の回答項目として、「現在、海外に拠点があり、現状を維持する」16.0%、「現在、海外に拠点があるが、縮小、撤退が必要と考えている」1.1%、「その他」7.2%。
- 注3:
- 経済産業省2020年4月22日付ニュースリリース参照 。
- 注4:
- 経済産業省2020年7月29日付ニュースリリース参照。
- 注5:
- マスク、人工呼吸器など「国民が健康な生活を営む上で重要な製品・部素材の製造設備に係るもの」は“特別枠”とされ、補助申請金額の下限は100万円〜となっている。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部上席主任調査研究員
川田 敦相(かわだ あつすけ) - 1988年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、シンガポール、バンコク、ハノイ事務所などに勤務、海外調査部長を経て2019年4月から現職。主要著書として「シンガポールの挑戦」(ジェトロ、1997年)、「メコン広域経済圏」(勁草書房、2011年)、「ASEANの新輸出大国ベトナム」(共著)(文眞堂、2018年)など。