スタートアップの資金環境悪化も、ヘルスケアや環境・エネルギー分野は成長(欧州)
日本企業は自社技術強化に向け連携目指す

2021年4月15日

新型コロナウイルスの感染拡大は欧州のスタートアップにも大きな影響を与えた。多くのスタートアップが資金調達環境の悪化を実感しており、欧州のスタートアップへの投資も鈍化した。その一方、ヘルスケア・健康分野や環境・エネルギー分野で躍進する欧州スタートアップもあった。

2020年の欧州スタートアップへの投資額は足踏み状態

ロンドンに本拠を置くベンチャーキャピタルのアトミコは2020年12月8日、「2020ステート・オブ・ヨーロピアン・テック・レポート」を発表した。この調査によると、同年の欧州のテック企業(注1)への投資で明らかになった金額は349億ドル。後日に明らかにされ金額が追加されると見込む推計額は411億ドルで、前年比でほぼ横ばいと予測した。これまで大きく伸びてきた投資額も、足踏みすることになった。

国別のスタートアップの資金調達金額を見ると、欧州内では引き続き、英国が圧倒的な存在感を見せつけた。2020年の英国のスタートアップの資金調達推定総額(注2)は125億4,000万ドル。前年比5.1%減ながら、2位ドイツの2.3倍以上の金額が集まった。ドイツは53億7,500万ドルにとどまり、前年比でも21.8%減。3位のフランスは、7.9%増の51億9,900万ドルとドイツに肉薄した。このほか、スウェーデン、フィンランドの北欧諸国で投資家からの資金流入増がみられた(表1参照)。

表1:国別スタートアップへの投資状況 (単位:100万ドル)
国名 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年
英国 5,236 8,758 8,201 13,210 12,540
ドイツ 2,194 3,515 4,890 6,877 5,375
フランス 2,286 2,758 3,830 4,818 5,199
スウェーデン 1,251 1,255 1,204 3,030 3,301
オランダ 619 869 1,011 1,520 1,351
スイス 578 838 988 1,662 1,280
フィンランド 378 375 733 982 1,211
スペイン 687 957 1,347 1,457 636

注:2020年のデータは1~9月分のデータを年に換算。

社会変化に対応した需要を拾い急拡大の事例も、資金調達環境は悪化

ベンチャーキャピタル関係のリサーチを行う企業Dealroomによると、2020年に評価額が10億ドルを超えた欧州企業は18社ある(2020年11月15時点)。垂直離着陸可能な電動小型航空機を開発するLilium(ドイツ)、中古車売買のプラットフォームを提供するCazoo(英国)、ゼロエミッション商用車開発のアライバル(英国)などが評価額10億ドルに達し、欧州の評価額10億ドル超の企業は合計208社となった。英国発のスタートアップでバーチャルイベントのプラットフォームを提供するHopinなど、新型コロナ禍がもたらした社会的変化が大きな追い風となって急成長を遂げた企業もあった。Hopinは2020年11月、1億2,500万ドルの資金調達を行ったと発表。同社はこれに先立つ2020年6月にも4,000万ドルの資金調達に成功していた。2019年6月の起業から2年かからないうちに評価額10億ドル超の企業に成長したことになる。その後、2021年3月にはさらに4億ドルの調達を発表している。


Hopinのバーチャルイベント(Hopin提供)

Liliumの垂直離着陸可能な電動小型航空機
(Lilium提供)

Hopinなどのサクセススト―リーがある一方、評価額10億ドル超の企業誕生数でみると、2020年はやや低水準にとどまった。2018年の39社、2019年の28社と比べると少ない。なお、2014年以降、欧州では毎年20社以上を輩出していた。

2020年の新型コロナ危機が欧州のスタートアップに与えた最も大きな影響は、資金調達環境の悪化だった。「2020ステート・オブ・ヨーロピアン・テック・レポート」によると、調査に参加したスタートアップ起業家が挙げた、ここ1年間で直面した課題(注3)の中では、46%が「資金調達」に言及、「製品の転換」(32%)、「新規の販売減少」(30%)を上回り、最大の課題となっている(図参照)。また、スタートアップ起業家の55%が1年前と比べて資金調達状況は悪化したと回答。特に、人材関連技術分野とフィンテックでこの割合が高かった。

図:スタートアップ起業家がここ1年で直面した企業活動に関する課題
(3項目まで選択可)(単位:%)
資金調達 46、 製品の転換 32、 新規の販売減少 30、 社員の士気の維持 29、 リモートワークでの社員の管理 25、 経費削減 20

出所:アトミコ「2020ステート・オブ・ヨーロピアン・テック・レポート」

資金調達額を技術・産業分野別でみると、旅行(62%減)、輸送(23%減)、メディア(55%減)、イベント関連技術(85%減)、フィンテック(7%減)などで、投資額が前年比で大きく減少した。

ヘルスケア・健康、環境・エネルギー分野に注目集まる

一方、2019年より多くの投資を集めた分野もあった。例えば、ヘルスケア・健康分野は23%増と大きく伸びた。このほか、マーケティング技術(19%増)、通信分野(53%増)で前年より増加。新型コロナウイルス感染拡大により、社会の既存概念や生活様式の変更が余儀なくされる中、新たな生活スタイルやビジネスのニーズに応える分野への投資が増えた。

特に、ヘルスケア・健康分野では、新型コロナ危機以前から大型資金調達に成功する事例も見られる。最も有名な事例は、人工知能(AI)を活用したオンライン診断サービスを提供するBabylon Health(英国)だろう。AIを活用して患者の症状を分析、医師による診断が必要か否か、また、必要な場合は医師の診察に際して情報提供を行う。同社は2019年8月に5億5,000万ドルの投資を獲得した。同社は新型コロナウイルス感染拡大にも対応、症状などを分析して感染可能性について評価するサービスも導入している。2020年の大型投資としては、kry(スウェーデン)の例がある。同社も携帯端末を使用したオンライン診断アプリを提供、物理的な診断予約まで可能にしている。同社は2020年1月、1億4,000万ユーロの資金を調達した。

このように、患者が独自に自分の端末などで診断、健康管理相談を行うことができるデジタル・ヘルス分野での大型調達が近年顕著にみられる傾向だ。先進事例としては、血糖値の管理や指導などを行う糖尿病管理アプリ開発のオーストリア企業mySugrの例がある。同社はアプリの提供にとどまらず、保険会社とも連携し、糖尿病対策機器なども提供する。スイス製薬大手ロッシュが2017年6月に同社を買収、2018年10月には、デンマークのノボノルディスクと、mySugrのプラットフォームを活用したデジタル・ヘルス分野での協業に合意している。


Babylon Healthの新型コロナウイルス対応アプリ
(Babylon Health提供)

環境・エネルギー関連のスタートアップへの投資も、引き続き堅調だった。欧州のスタートアップは、社会解決志向型のものが多いとされる。この点、Dealroomが、各スタートアップの事業が持続可能な開発目標(SDGs)に貢献するかを判定・集計したデータによると、2020年のスタートアップへの投資は、SDGsの17目標のうち「目標13:気候変動」に貢献するスタートアップへの投資が引き続き最大となった。「2020ステート・オブ・ヨーロピアン・テック・レポート」は、投資家(LP)の45%がファンドマネジャー(GP)に対して、投資先企業の活動が社会・環境に与える影響に関する報告を求め、41%がそうすることを検討していると回答したアンケート結果を明らかにしている。実績があるファンドマネジャーに対象を限ると、さらにこの割合が引きあがり、47%が報告を求められ、53%が検討中となっている。不要・検討していないとした割合は0%で、社会・環境へのプラスの影響を与えるビジネス活動を行うスタートアップに投資が集まる傾向が進んでいる。これは、資金調達環境が悪化する中でも、社会・環境へ貢献できる企業には資金が流入するチャンスが十分あることを示唆している。

2020年の環境・エネルギー分野での大型資金調達・躍進事例として、スウェーデンの電気自動車(EV)向けバッテリー企業ノースボルトの例がある。同社は2020年9月に生産・リサイクル能力拡大と研究開発強化のため、6億ドルの資金を調達したと発表。同社は2030年までに欧州で150ギガワット時(GWh)相当までバッテリー生産能力を拡大することを目的にしている。なお、同社は2021年3月に資本関係があるフォルクスワーゲン(VW)から、今後10年で140億ドル相当のバッテリー受注を受けたと発表。これによりノースボルトが主要自動車メーカーから受けたバッテリー提供に関する契約は総額270億ドルとなる。また同時に、VWとの合弁事業であるドイツ・ザルツギッター工場の持ち分をVWに売却するとともに、VWはノースボルトの持ち分を引き上げると発表している。

デジタル技術を活用した再生可能エネルギー由来の電力小売りの英国のオクトパスエナジーは2020年4月、オーストラリアの電力会社オリジン・エナジーからの資金調達を発表。「2020ステート・オブ・ヨーロピアン・テック・レポート」はその金額を3億9,600万ドルとした。同社はまた2020年12月に東京ガスとの連携も発表した。東京ガスはオクトパスエナジーに2億ドルを出資、株式の9.7%を獲得する。日本で合弁会社を設立し、2021年秋からの日本での事業開始を予定しているという。この発表の中で、同社はオリジン・エナジーから追加で5,000万ドルの投資を受けていることを明らかにしている。

ゼロエミッションバスなどの公的交通機関車両や商用車を開発・製造する英国のスタートアップ、アライバルは2020年1月、韓国の現代・起亜から1億ユーロの投資を受けると発表した。現代・起亜はアライバルの技術を活用し、電動商用車の開発を進めるとしている。また、2020年10月には、米国の大手投資企業ブラックロックから1億1,800万ドルの資金調達を発表。米国サウスカロライナ州に設置する予定の組み立て工場のための投資資金などに活用するとしている。2021年1月には、貨物輸送大手UPSから貨物輸送用車両1万台を受注したと発表。2020~2024年に納入され、この期間中の1万台の追加発注の可能性も契約上含まれるという。


UPSから受注した電動バン(アライバル提供)

日本企業は自社の強みを補完する欧州スタートアップに出資

直近の日本企業による欧州のスタートアップ企業への投資動向でも、ヘルスケア・健康分野での事例が目立った(表2参照)。特に、各社の強みを補完する技術の入手を目標とした案件が多かった。オリンパスは、内視鏡分野での強みを強化するために欧州のスタートアップと連携。イメージング技術や腫瘍検出率を高めるための機器開発・製造スタートアップ企業を傘下に収めている。アステラス製薬は、自社のミトコンドリアバイオロジー技術に、最先端のスクリーニングプラットフォームを提供する企業を買収することにより、創薬研究を加速するとしている。

環境・エネルギー分野では、再生可能エネルギー導入促進などのカギとなるエネルギー貯蔵技術面で、住友重機械工業が液化空気エネルギー貯蔵技術開発を行う英国企業ハイビューへ出資した事例や、丸紅が排ガスから二酸化炭素(CO2)を回収する技術を持つカーボン・クリーン・ソリューションズへ出資した事例などがあった。また、自動車産業のEV・デジタル化に対応すべく、日立オートモティブシステムズがソフトウエア開発のゼネオスを完全子会社化した事例も目を引いた。

個人情報保護など欧州の先進的なデータ管理制度が今後、他国に展開されていくことを見越し、その知見をアジアなどの新興国で展開しようとする日欧連携も見られる。EUを中心とする欧州ではEU一般データ保護規則(GDPR)をはじめ、データ主体(本人)に帰属するデータ主権性などが厳密に保護されている。換言すると、データを扱う企業はこうした先進的ルールに従う必要がある。こうした中、インターネットサービス大手のデジタルガレージは、欧州の有力データプラットフォーマー1plusXと資本業務提携を発表。1plusXは、欧州の先進的ルールの準拠するかたちで事業を実施しており、サードパーティクッキーを利用せずに顧客データの分析、ターゲティングが可能なデジタルマーケティングソリューションを提供。多くの国や地域で個人情報保護に対する意識が高まる中、デジタルガレージは1plusXとの連携により、個人情報などに高水準の配慮を実現しつつ、実施可能な次世代広告をもって日本やアジアでの展開を目指すとした。

表2:2020年以降の日本企業による欧州スタートアップの買収・出資事例
分野 買収・出資企業 被買収・出資企業 発表日時 国籍 概要
ヘルスケア・健康 オリンパス Quest Photonic Devices 2021年1月28日 オランダ 医療用蛍光イメージング技術企業を完全子会社化することで合意。買収金額は最大で5,000万ユーロ。手術用内視鏡ソリューションを強化する。
ヘルスケア・医療健康 オリンパス Arc Medical Design 2020年8月7日 英国 腫瘍などの検出率を高める大腸内視鏡など付属機器を製造開発する企業の株式100%をオランダの製薬企業Norgineから取得する契約を締結。
ヘルスケア・医療健康 テルモ クイレム・メディカル 2020年7月15日 オランダ がん細胞を攻撃する放射線放出ビーズの開発・生産企業を完全子会社化。生産体制や臨床開発機能を強化する。買収金額は2,000万ドル。業績に応じて2030年までに最大2,500万ドル。
ヘルスケア・健康 アステラス製薬 Nanna Therapeutics 2020年4月21日 英国 ミトコンドリアバイオロジーを活用し、加齢疾患に対する創薬研究に注力する企業の完全子会社化。買収を通じて、創薬能力を強化する。買収金額は1,200万ポンド(約18億3,600万円、1ポンド=約153円)。業績に応じて、Nanna社株主に総額最大合計5,750万ポンドを支払い。
EV/自動化 日立オートモティブシステムズ ゼネオス 2020年4月16日 ドイツ 自動車部品のソフトウエア開発などに注力するシステムエンジニアリング会社を完全子会社化。電動化、自動運転、コネクテッドなどに伴い増加する自動車に組み込むソフトウエア開発力を強化。
環境・エネルギー オリックス Gravis Capital Management 2021年2月1日 英国 インフラや再生可能エネルギー、不動産などの投資ファンド運営企業の株式70%を取得。オリックスの再生可能エネルギー事業との相乗効果を狙う。
環境・エネルギー オリックス Elawanエナジー 2020年12月28日 スペイン 風力および太陽光発電所の開発・運営企業Elawanエナジーの株式80%を取得することに合意。同社はこれまで北米や南米などで設備容量合計約2.9ギガワット(GW)の開発実績があり、10GW以上の開発パイプラインを確保している。再生可能エネルギー事業展開を重要な経営戦略としているオリックスのグローバルな事業拡大の足掛かりとする。
環境・エネルギー 東京ガス オクトパスエナジー 2020年12月23日 英国 英国の電力小売りスタートアップに2億ドルを出資し、9.7%のシェアを獲得。日本に合弁会社を設立し、日本で事業を展開。
環境・エネルギー 住友重機械工業 ハイビュー 2020年2月25日 英国 液化空気エネルギー貯蔵技術開発を行う企業へ出資。エネルギー変換効率が高いエネルギー貯蔵が可能で、性質上、電力供給が不安定となる再生可能エネルギーや分散電源の安定化に貢献。協業を進め事業化を推進する。出資額は4,600万ドル。
環境エネルギー 丸紅 カーボン・クリーン・ソリューションズ 2020年2月17日 英国 火力発電・産業プラントなどの排ガスからCO2を回収する技術を開発する企業に出資。共同での事業開発に取り組む。
フィンテック SBIインベストメント、Innovation Growth Ventures Token 2021年1月27日 英国 支払いプラットフォームを提供するTokenが1,500万ドルの資金調達を発表。SBIインベストメントとInnovation Growth Ventures (ソニーと大和証券の共同ファンド運営企業)が参加。その他Octopus Ventures, EQT Venturesなども出資。
フィンテック SBIホールディングス B2C2 2020年12月16日 英国 12月15日、暗号通貨の取引執行などを行う暗号資産分野のリーディングスタートアップの株式90%を取得。個人・法人・機関投資家などの顧客向けサービス拡大を目指す。
デジタルマーケティング デジタルガレージ 1plusX 2021年2月3日 スイス インターネットサービス大手のデジタルガレージが欧州の有力データプラットフォーマー1plusXと資本業務提携を発表。GDPRに準拠し、サードパーティクッキーを利用せずに顧客データの分析、ターゲティングが可能な1plusXのプラットフォームを活用することにより、高い個人情報保護水準を維持しながらの次世代広告を日本やアジアで展開。

出所:各社発表


注1:
ただし、バイオテクノロジー企業は含まれていない。
注2:
1~9月分のデータを年に換算。
注3:
設問上、3項目まで選択可能。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 欧州ロシアCIS課
福井 崇泰(ふくい たかやす)
2004年、ジェトロ入構。貿易投資相談センター対日ビジネス課、ジェトロ北九州、総務部広報課、ジェトロ・デュッセルドルフ事務所(調査及び海外展開支援担当)等を経て現職。