アマゾンに見る戦略的な経営展開(世界、日本、米国)
スタートアップの資金調達に知的財産権の活用を(後編)

2021年2月16日

スタートアップにとって資金調達の成功は、事業を成功に導く上で極めて重要な経営課題だ。この報告の前編では、資金調達手法の種類、デット・ファイナンスとエクイティ・ファイナンスとの比較、知的財産担保融資とその特有の課題などについて概観。その上で、スタートアップが知的財産権を保有・利用していることにより、売上高営業利益率やROAなどの経営指標を改善につながる可能性を指摘。あわせて、デット・ファイナンスで債務不履行のリスクを低減し、資金調達を容易にする可能性についても論じた。

後編では、決算情報などを利用可能な米国の大手IT企業Amazon.comの創業間もないころから現在に至る経営戦略を参考に、資金調達に果たす知的財産権の役割について考察してみたい。特にIT系企業において、知的財産権がどのような役割を果たしているのかについて、検討を進める。

Amazon.comはキャッシュフローを重視して経営

通常、知的財産権の価値評価は、インカムアプローチによりなされる場合が多い。具体的な方法論についての問題はあるものの、キャッシュフロー(フリーキャッシュフロー、営業活動によるキャッシュフロー)により事業・企業の価値を評価し、そのうちの知的財産権の寄与分を割り出して財産権としての価値を決定すると言われている(注1)。また、IT系企業の一部では、積極的に先行投資がすすめられている。このような場合、固定資産投資額が控除されるキャッシュフローや減価償却費が控除される営業利益や経常利益は赤字となることもある。そのため事業や知的財産の価値評価には、利息支払前税引前減価償却前利益(EBITDA:Earnings Before Interest, Tax, Depreciation and Amortization)に基づくインカムアプローチが適しているとも言われる。いずれにせよ、事業から得られるキャッシュフローないし利益が高ければ高いほど、知的財産権の価値は高く評価されるはずだ。結果的に、これに担保権を設定するなどして調達できる資金も多くなると予測される。

キャッシュフローや営業利益の額は、通常、企業の総資産の多さに比例して多くなる傾向がある。総資産に対する営業利益の割合(営業利益÷総資産)は総資産営業利益率(ROA)と呼ばれ、事業利回りを示す。売上高営業利益率(営業利益÷売上高、一般に「利幅」とも)や総資産回転率(売上高÷総資産)をそれぞれ高めることができるビジネスモデルがROAを高め、営業利益やキャッシュフローを増大できることが一般的に指摘されている(注2)。

なお、Amazon.comはキャッシュフローを重視し、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)経営を実施する戦略を取っていると言われる。現在、その最も大きな骨組みはAmazonプライム(注3)のサブスクリプションビジネスにあると指摘されている。その料金(subscription fee)は毎月課金される仕組みのため、取引がなくても一定額以上の現金で入金する。加えて、当該料金は基本的に前払金としての特性を有する。製品入荷とそれに続く買掛金支払いに先立って現金を得ることになり、資金繰りが大きく改善する。実際、Amazon.comの経営状態はこれにより劇的に健全化したと指摘されている(注4)。このように、キャッシュフローを重視したビジネスモデルを展開している同社は、同様にキャッシュフローに着目した知的財産戦略を展開していると考えられる。

その戦略上、最も重要な知的財産はワンクリック特許(注5)だろう。クレジットカード情報と配送情報を事前にECプラットフォームに登録しておくことで、同じプラットフォームでのワンクリックだけでの商品購入を可能にした。ワンクリック特許は、カートに商品を投入した後、商品の購入に至らない取引の割合を示すカート離脱率を低下させることを目的として発明された。プラットフォーム上での料金支払いに必要なプロセスを短縮化し、入金サイクルを速める効果を狙ったものだ。これは利便性向上に伴う顧客吸引力を発揮。結果、総資産回転率を劇的に改善し、キャッシュフローを大きく改善させているものと考えられる。実際、図1に示されるようにAmazon.comの売上高は1999年以降、急激に増加するとともに、総資産回転率も増大傾向にある(注6、注7、注8)。

図1:Amazon.comの売上高と総資産回転率の推移
総資産回転率については、1997年に0.99、1998年に0.94、1999年に0.66、2000年に1.29、2001年に1.91、2002年に1.98、2003年に2.43、2004年に2.13、売上高については、1997年に1億4700万米ドル、1998年に6億982万米ドル、1999年に16億3984万米ドル、2000年に27億9198万米ドル、2001年に31億2243万米ドル、2002年に39億3294万米ドル、2003年に52億6370万米ドル、2004年に69億2112万米ドル。

出所:Amazon.comの決算書(8)、(9)、(10)からジェトロ作成

特筆すべきなのは、1997年9月末のワンクリック特許出願に続き、同年12月に7,500万ドルに及ぶ資金調達に成功したことだ。この資金調達にあたっては、実質的な同社の全資産を担保として金融機関から返済期限を3年とする条件となっていた(注6)。7,500万ドルという資金調達額は、1996年末時点の資産総額800万ドルの約9倍に相当する。また、1997年の営業キャッシュフロー350万ドルの約21倍だ。融資を実施した金融機関はAmazon.comの急激な成長を見込んでいたことが読み取れるだろう。

またワンクリック特許は、同社に巨額の利益をもたらしたと言われている。ワンクリック特許が満了した現在、EC市場においてプラットフォーマーの間の競争が一層激化することが予測される。

知的財産を戦略的に活用して事業展開

Amazon.comの事業のうち、現在最大の売上高をもたらしているのは北米での電子商取引(EC)だ。同社は昨今、EC事業での当日・翌日配送の強化を進めている。2019年第4四半期決算によると、米国での当日・翌日配送件数は前年同期比で4倍以上に増加した(注9)。同社ECプラットフォーム上では商品発送時に課金されるシステムとなっている。そのため、当日・翌日配送の件数増大はAmazon.comのキャッシュ・コンバージョン・サイクルを改善して現金の入金を早める結果につながる。もちろん、利便性向上により顧客吸引力も発揮する。これらが相まって、総資産回転率が上昇してキャッシュフローの増大に大きく寄与したと考えられる。

実際、Amazon.comの2019年第4四半期決算で、北米EC事業の売上高は前年同期比22%の増。他地域でも前年同期比14%の増加となった。営業活動により得られるキャッシュフローも、前年同期比19%増加している。当日・翌日配送の拡大が業績に大きく寄与したことが分かる。

さらに、WIPOの特許情報データベース「PATENTSCOPE」を基に、2018年までの5年間のAmazon.comのPCT出願を追ってみる。同社のPCT出願件数は年間141~195件だ。企業規模に比較して極めて少ないと言えることはさておき、 2015年から2017年にかけて配送関連技術の出願(ドローンを利用した自動配送も含む)の割合が増大傾向にあったことは注目点だ。キャッシュフローの増大をもたらす当日・翌日配送実現のため、2019年の当日・翌日配送規模拡大に先立って各種関連技術を開発し、出願していたことが推察される(図2参照)。

図2:Amazon.comのPCT出願件数と配送関連技術の割合の推移
国際特許出願件数については、2014年に177件、2015年に153件、2016年に195件、2017年に141件、2018年に128件、PCT国際特許出願件数に占める配送技術に関する国際特許出願の割合は、2014年に2%、2015年に11%、2016年に10%、2017年に8%、2018年に5%。

出所:PATENTSCOPEを利用し、出願件数は優先日を基準として検索、配送技術はB65、B64、G08G、またはG01SのIPCカテゴリーにより集計

また、同時期のAmazon.comの出願を見ると、クラウド関連技術が57~69%と多数を占めた。並行して、AWS(Amazon Web Services、注10)のセグメント収益率も年を経るごとに増大傾向にあった(図3参照)。図4では、2014年から2018年にかけてのAWSのセグメント収益(売り上げ)とセグメント利益率の関係を示した。クラウド事業は売上原価に占める変動費の割合が低く、売上原価を売上高に比して少額に抑えることができる。そのため、セグメントの売り上げに該当するセグメント収益が増大することにより、セグメント利益率が大きく増大する(収穫逓増)。そして、売上高営業利益率に対応するキャッシュフローマージンを増大させて、キャッシュフローを劇的に増大させる効果があると考えられるのだ(注11、注12)。

このように、Amazon.comはキャッシュフローの増大に直結するワンクリック特許で巨額の収益を計上してきた。同社は、現在もキャッシュ・コンバージョン・サイクルを改善する技術に関して重点的にPCT出願を続けている。キャッシュフローに注目した経営戦略に対応し、キャッシュフローの改善を目的とした知的財産戦略を展開している様子がうかがえる。このような考え方は、スタートアップを含め、日本企業の戦略立案にあたっても大いに参考になるだろう。

図3:Amazon.comのクラウド関連PCT出願の割合とAWSのセグメント利益率
クラウド関連特許の割合については、2014年に69%、2015年に59%、2016年に57%、2017年に57%、2018年に59%、Amazon Web Servicesのセグメント利益率については、2014年に14%、2015年に24%、2016年に25%、2017年に24%、2018年に28%。

出所:PATENTSCOPEを利用し、出願件数は優先日を基準として検索、クラウド関連特許は、G06F、G06N、G06Q、G11B、H04B、H04L、H04M、またはH04WのIPCカテゴリーにより集計

図4:2014年から2018年のAWSのセグメント収益とセグメント利益率との相関関係
セグメント収益が増えるほど、セグメント利益率が増大している傾向がみられる。セグメント収益が46億4400万米ドルの場合、セグメント利益率は14%、セグメント収益が78億8000万米ドルの場合、セグメント利益率は24%、セグメント収益が122億1900万米ドルの場合、セグメント利益率は25%、セグメント収益が177億8600万米ドルの場合、セグメント利益率は24%、セグメント収益が256億5500万米ドルの場合、セグメント利益率は28%。

出所:Amazon.comの決算書(11)、(12)、(13)からジェトロ作成

この報告のテーマは、スタートアップにとっての資金調達である。そこで、改めて資金調達面に焦点を当ててみる。スタートアップがキャッシュフローの改善をもたらす技術を知的財産権により保護・独占することができれば、自社の業績を大きく改善することができる。その結果、前編図で示されたとおり、デット・ファイナンスにあたっての債務不履行の割合を低下させることが期待できそうだ。また、前編図のとおり、知的財産権にはROAを改善してキャッシュフローを増大させるとも考えられる。知的財産権には独占権としての性質があり、そもそも価格競争を回避し売上高営業利益率を改善する効果があるためだ。すなわち、スタートアップが有形固定資産を多く保有していないとしても、適切な知的財産権の保有により、財務状態を改善し、資金調達を経て事業を成功へと導く確率がより高まるのではないだろうか。

前編で論じたように、デット・ファイナンスで資金調達するにあたり、有形固定資産を多く保有しないIT系やサービス系のスタートアップの場合、知的財産担保融資自体は困難かもしれない。しかし、各キャッシュフローを考慮した事業の根幹となる技術思想を知的財産権により保護・活用することができれば、経営状態を改善し事業を成功に導く期待は持てる。これが、結果的に資金調達の成功にもつながるのではと考えられる。

IT系・サービス系のスタートアップは一般に、知的財産権に対するなじみが薄いと指摘される。しかし、キャッシュフローを考慮した事業の根幹となる技術思想の保護・活用に焦点を当てた知的財産戦略は、事業を成功に導く上で重要と考えられる。円滑な資金調達のために知的財産の役割を再考することをお勧めしたい。

〔補足〕この報告は、日本弁理士会発行「月刊パテント」2021年1月号所載の論文を地域・分析レポート記事としてまとめ直したもの。参考文献については、注の中で紹介する。


注1:
特許庁、発明協会アジア太平洋工業所有権センター「知的財産の価値評価について」(2017)
注2:
西山茂「企業分析シナリオ[第2版]」、東洋経済新報社(2006)
注3:
Amazon.comの登録商標。
注4:
成毛眞「amazon世界最先端の戦略がわかる」、ダイヤモンド社(2018)
注5:
One Click Buying特許として、米国特許第5960411号。1997年9月12日出願、1999年9月28日登録。
注6:
Amazon.comの1997年12月期有価証券報告書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(273.00KB)
注7:
Amazon.comの2001年12月期有価証券報告書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(415.56KB)
注8:
Amazon.comの2004年12月期有価証券報告書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(358.38KB)
注9:
Amazon.comの2019年第4四半期決算報告書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注10:
AWS、Amazon Web Servicesとも、 Amazon.comの登録商標。
注11:
Amazon.comの2018年12月期有価証券報告書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(764.11KB)
注12:
Amazon.comの2015年12月期有価証券報告書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(854.77KB)

スタートアップの資金調達に知的財産権の活用を

  1. デット・ファイナンスに向けて果たしうる役割とは(世界、日本)
  2. アマゾンに見る戦略的な経営展開(世界、日本、米国)
執筆者紹介
ジェトロイノベーション・知的財産部知的財産課
渡辺 浩司(わたなべ こうじ)
2006年弁理士登録、2018年特定侵害訴訟代理業務付記。特許法律事務所勤務などを経て、2019年からジェトロイノベーション・知的財産部へ出向。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
武井 健浩(たけいたけひろ)
2002年特許庁入庁。特許審査・審判業務経験を経て、2018年からジェトロへ出向、現職。