10年を迎えるECFAの行方(中国、台湾)

2020年1月27日

台湾と中国が「海峡両岸経済協力枠組協定(ECFA)」を2010年6月29日に締結してから、2020年6月で10年を迎える。2020年1月11日に再選を決めた蔡英文総統率いる、台湾の民主進歩党(民進党)政権が2016年に誕生して以来、中国とのECFA交渉が中断している中、ECFAがまもなく期限を迎える、終了する、などと台湾メディアが昨今報じるケースがあり、注目を集めている。本稿では、ECFAの概要やそのもたらす効果を一部振り返りつつ、ECFAの「終了問題」が指摘される背景や見通しについて、2019年12月下旬の台湾でのヒアリングも踏まえて、紹介する。

2010年6月に締結されたECFA

中国と台湾は2010年6月29日に「海峡両岸経済協力枠組協定(ECFA)」を締結、同年9月12日に発効した。ECFAは、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)に相当する両岸間の協定である。重要な内容として、物品貿易の自由化があり、その実現を目指して2011年1月1日から、アーリーハーベスト対象品目(台湾側267品目、中国側539品目)の関税引き下げを開始。関税引き下げは3段階で行われ、2013年1月1日からは対象品目すべてがゼロ関税となった(注1)。

また、サービス貿易の自由化も含まれ、その実現を目指してアーリーハーベストとして、台湾が9業種(研究開発、銀行など)、中国が11業種(病院サービス、銀行、保険など)を2段階に分けて開放した。さらに、投資の保護、利便性の向上や促進も目指しており、2012年8月9日には「海峡両岸投資保障および促進協定」が締結された(2013年2月1日発効)。

なお、知的財産権、金融、税関、電子商取引などの分野での両岸の経済協力推進もうたわれており、2012年8月9日には「海峡両岸税関協力協定」が締結された(2013年2月1日発効、このほかにも幾つかの分野の協力協定が締結されている)。

しかし、両岸間でサービス分野での双方の市場開放を一層進めるために2013年6月21日に締結した「海峡両岸サービス貿易協定」は、ひまわり学生運動(注2)を受けて、台湾の立法院での審議が止まり、発効していない。さらに、「海峡両岸物品貿易協定」などは2015年まで両岸間での交渉が続けられたものの、2016年に国民党から民進党の蔡政権へ政権交代をした後は交渉が中断しており、締結の見込みが立っていない。蔡政権が「1つの中国」の原則を認めていないことなどが背景にある。

一定の企業がアーリーハーベストを活用

前述のような状況にあるため、両岸企業が優遇を享受できる目玉はECFAアーリーハーベストとなる。その利用状況について、物品貿易を一例として見てみる。台湾当局の資料によると、2018年の台湾から中国への輸出額は965億ドルであるが、うちアーリーハーベスト品目の輸出額は236億ドルになっており、減免された関税額(推計)は10億ドルになっている。中国への輸出額に占めるアーリーハーベスト品目の構成比は24.5%であり、一定の割合を占めている。そして、2018年の台湾の中国からの輸入額は、538億ドルであるが、うちアーリーハーベスト品目の輸入額は59億ドルになっており、減免された関税額は9,100万ドルになっている。中国からの輸入額に占めるアーリーハーベスト品目の構成比は11.0%にとどまる。

なお、ジェトロの「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(2019年8月26日~9月24日調査)によると、台湾から中国への輸出を手掛ける在台日系企業66社のうち30.3%が、中国から台湾への輸入を手掛ける在台日系企業57社のうち22.8%がECFAのアーリーハーベストを活用している(表参照)。

前述の通り、「海峡両岸物品貿易協定」の交渉が中断していることから、優遇を享受できる範囲はアーリーハーベスト品目のみに限られており、台湾にとって中国が最大の輸出先(構成比:28.8%、2018年実績)、輸入先(18.8%、同)とはいえ、貿易全体への影響は限定的ではあるものの、一定の企業が中国との貿易の際に活用していることがうかがえる。

表:進出日系企業のFTA・EPAの利用状況(東アジア・インド・オーストラリア)(—は値なし)
国・地域 相手国・地域 輸出 輸入
企業数 活用
企業数
活用率
(%)
企業数 活用
企業数
活用率
(%)
中国 ASEAN 89 47 52.8 54 37 68.5
韓国 57 23 40.4 31 11 35.5
香港 61 17 27.9 39 9 23.1
台湾 43 8 18.6 32 10 31.3
シンガポール 32 11 34.4
香港・マカオ 中国 125 21 16.8 97 15 15.5
ASEAN 95 22 23.2 49 12 24.5
台湾 中国 66 20 30.3 57 13 22.8
シンガポール 25 3 12.0
韓国 ASEAN 27 11 40.7 17 11 64.7
中国 41 18 43.9 44 28 63.6
EU 20 12 60.0 13 11 84.6
米国 28 14 50.0
ベトナム 18 10 55.6
インド ASEAN 55 30 54.6 103 74 71.8
日本 68 23 33.8 201 115 57.2
日本(GSP) 18 10 55.6
韓国 26 14 53.9
EU(GSP) 16 10 62.5
SAARC 21 8 38.1
オーストラリア ASEAN 19 10 52.6 32 19 59.4
日本 33 15 45.5 58 39 67.2
中国 23 12 52.2
ニュージーランド 24 11 45.8

注:企業数(有効回答数20社以上)、または活用企業数(有効回答数10社以上)の国・地域。アーリーハーベスト(特定品目の早期関税引き下げ)の利用も含む。2国間FTA・EPAは多国間FTA・EPAに含む。FTA・EPA活用率は、FTA・EPA活用企業数/輸出入企業数で算出。
出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(2019年11月21日)

ECFAは継続の見通し

一部の企業がメリットを享受しているECFAであるが、昨今、台湾メディアがECFAはまもなく期限を迎える、終了する、などと報じるケースがあり、注目を集めている。例えば、中央通訊社の2019年10月15日の報道によると、立法院経済委員会での質疑の際、国民党の曽銘宗立法委員は、国家安全局の報告でECFAの10年の協議期間が終了するためにECFAは終了するだろうとし、ECFAがもし終了するならば、台湾の伝統産業が真っ先に影響を受けると指摘した、としている。

このような指摘の背景には、後述の状況がある。WTO協定付属書である関税および貿易に関する一般協定(General Agreement on Tariffs and Trade、略称GATT)第24条5項外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、自由貿易地域の設定のために必要な中間協定を締結することが可能となっており、この中間協定は妥当な期間内に関税同盟を組織し、または自由貿易地域を設定するための計画および日程を含むものでなければならない、としている。

そして、GATT24条解釈了解3項外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでは、「『妥当な期間』は、例外的な場合を除くほか、10年を超えるべきでない。中間協定の締約国である加盟国が10年では十分でないと認める場合には、当該加盟国は、一層長い期間を必要とすることについて物品の貿易に関する理事会に十分な説明を行う」となっている。

台湾のシンクタンクである中華経済研究院の研究者は、中間協定に当たるECFAが2010年6月29日に締結されており、まもなく締結から10年を迎えることから、前述の「10年を超えるべきでない」という記述を基に、終了するとの指摘がされているのだろう、とした。

これに関して、台湾の経済部国際貿易局の担当者は「妥当な期間は10年を超えるべきでないという記述はあるものの、WTO加盟国・地域で一致した認識はなく、両岸で締結したすべての協議は引き続き有効である」とした。そして、「ECFAの第16条によると、一方がECFAを終了すると書面で通知した場合は、その30日以内に協議を開始する。もし協議がまとまらない場合、通知後の180日目でECFAが終了するとなっている。しかし、われわれはその通知を中国から受け取っていない。このため、ECFAは引き続き有効である」と強調した。

前述の中華経済研究院の研究者も「台湾メディアでECFAが終了すると報じられることがあるが、これには誤解がある。10年という期間は参考であり、加盟メンバー同士で話し合って決めてよい話である」とした。確かに、GATT24条解釈了解3項でも「例外的な場合を除くほか」となっているし、「10年では十分でないと認める場合」への対応の言及もあり、これらの発言は妥当であると考えられる。

このほかに、台湾メディアの論調として、民進党政権下で両岸関係が良好でないことから、特に総統選挙の結果を踏まえて、中国がECFAの終了を通知するのではないかとするものもある。これに対して、台湾の対外貿易発展協会(TAITRA)の担当者は「民進党にせよ、国民党にせよ、台湾側から終了を通知することはないと思うし、中国側も同様に終了を通知することはないだろう」とした。

台湾産業界からは、ECFA継続の声があるし、中国としても中国のサプライチェーンに深く入り込み、生産や輸出を下支えしている台湾企業に不利となるような行動は取りにくいとみる向きが多い。

なお、台湾の総統選挙終了後の2020年1月15日、中国の国務院台湾事務弁公室の馬暁光スポークスパーソンは、ECFAが締結から10年を迎え終了するか注目されていることについて記者から意見を求められた際、(1)ECFAの貨物貿易のアーリーハーベストの実施で、台湾の中小企業や農民・漁民に確かな利益をもたらした、(2)遺憾なことに周知の理由で「海峡両岸サービス貿易協定」はまだ発効していない、(3)「海峡両岸物品貿易協定」の交渉は中断を余儀なくされ、ECFAは台湾同胞により多くの利益を与えられない状況にある、ことなどを指摘した。その上で、ECFA締結は容易でなかったとし、「両岸同胞はこの重要な成果を失うことを望んでいないと信じている」と強調した。

また、2019年11月4日には、国務院台湾弁公室や国家発展改革委員会などが両岸経済文化交流協力のさらなる促進に関する若干の措置外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを発表した。この台湾企業・住民向け優遇策は、台湾企業向けに13条、台湾住民向けに13条、合計26条で構成されている。

こうした状況も踏まえると、ECFAが10年を迎えて終了する、あるいは中国がECFAの終了を台湾に通知する事態は、現時点では発生しそうにない。ただし、2期目となる蔡政権の対中政策を受けて両岸が緊張関係を招かないかは、2020年5月20日の総統就任式、10月10日の国慶節、2021年の春節などでの蔡総統の発言などに、今後注意していく必要がある。


注1:
2017年1月1日から、台湾および中国はHSコード2017年版を適用したため、アーリーハーベスト対象品目は、台湾側が314品目に、中国側が653品目になったが、対象品目の範囲に変更なし。
注2:
台湾の国民党(当時の与党)が「海峡両岸サービス貿易協定」を強行採決しようとしたことに反発して、学生たちが2014年3月18日から4月10日まで立法院を占拠した。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課 課長代理
宗金 建志(むねかね けんじ)
1999年、ジェトロ入構。海外調査部中国北アジアチーム、ジェトロ岡山、北京センター、海外調査部中国北アジア課、ジェトロ・北京事務所を経て、2018年8月より現職。