フランスで進む水素普及の取り組み
国家戦略の策定を契機に、地方自治体の動きが加速

2020年6月4日

フランス政府は、温室効果ガス排出削減の取り組みの一環として、また、2050年のカーボン・ニュートラル実現に向けて、2018年6月に「エネルギー移行のための水素普及計画」を策定し、国としての水素普及推進の方針を明確にした。この政府方針を受け、フランスの地域圏レベル、企業レベル双方で、水素普及の取り組みが加速している。水素については一日の長がある我が国にとっても、フランスでの取り組みの加速化は参考になると思われる。本レポートでは、フランス政府の戦略および地域圏・企業レベルでの水素普及に向けた動きを紹介する。

フランス政府の目標・方針

2018年6月に発表された水素普及計画では、水素普及のための3つの優先分野が以下の数値目標などとともに明らかにされた。

  1. 水素製造技術でのフランスの優位性を踏まえ、工業分野での経済合理的なCO2フリーの水素利用を推進する。
  2. 自動車の電動化を補完するものとして、燃料電池車両(自動車・大型車、船舶、鉄道、航空機)を普及促進する。
  3. 発電量が季節や天候に左右されるなど、間欠性の問題が指摘される再生可能エネルギーを中長期的に(2035年以降)安定化することを推進する。再生可能エネルギー起源の余剰電力を活用し、水電解で水素を製造・貯蔵する。または、直接もしくはメタネーションによりカーボンニュートラルメタンを合成して天然ガスと混合することで、天然ガス代替(Power to Gas)およびエネルギー供給システムを確立する。
表:フランス政府の水素普及の優先分野と目標
水素普及の優先分野 数値目標を含む目標
(1) CO2フリーの工業用水素(現在フランスの市場は100万トン、うち94%は化石燃料由来)
  • 工業用での水素利用のうち、CO2フリーの水素の割合
    - 2023年までに10%(約10万トン)
    - 2028年までに20~40%
    補足1: 高温でのプロトン交換膜による水電解技術に、フランスは強みがあるとされる。
    補足2: 現在の水素製造コスト1キログラム当たり4~6ユーロは、2028年に2~3ユーロになる見込み。
  • CO2フリーまたは再生可能エネルギー起源の水素の普及のため、2020年までに水素トレーサビリティのシステムを導入する。
    補足3: 現在改正に向けて協議中の再生可能エネルギーの使用促進に関するEU指令(Direcitve (EU) 2018/2001)への記載を視野。
(2) 燃料電池車両
  • 燃料電池車両の普及目標
    - 2023年までに小型商用車5,000台、大型車両(バス、トラック、鉄道、船舶)200台、水素ステーション100基
    - 2028年までに小型商用車2万~5万台、大型車両800~2,000台、水素ステーション400~1,000基
  • 企業・ユーザーを巻き込んだ地方エコシステム形成促進(燃料電池車両の普及・インフラ整備計画、再生可能エネルギー生産、実用化リスクに対応したファイナンスシステムなど)
(3) 水素貯蔵、天然ガス網への水素注入(Power to Gas)
  • 都市部での水電解装置を活用した電力システム向けのサービスを特定する。
  • 再生可能エネルギー比率が高い電力系統非連携地域に適したサービス(水素貯蔵利用)を特徴づける。水電解装置を活用し、電力貯蔵と水素に関する目標設定に資すことを狙う。
  • ガス管への水素導入のための技術的・経済的条件を決定する。ダンケルクでのPower to Gas実証(表注1)およびマルセイユ北西地域でのPower to Gas実証(表注2)の結果をフィードバックする。

表注1:GRHYDプロジェクトと呼ばれる。2014年~2019年(投資予算1,500万ユーロ)。電気・ガス事業者のエンジーを含め11社のパートナーが参画。天然ガスと水素の混合ガスを燃料電池バス用・住宅用に活用することに関して、技術的・経済的な妥当性 を評価・検証するプロジェクト。
表注2:Jupiter 1000プロジェクトと呼ばれる。ガス送電会社であるGRTgazを含め9社のパートナーが参画。再生可能エネルギーの余剰電力を活用して、水電解により水素を製造・貯蔵するプロジェクトをマルセイユ北西地域で実施。2017年からスタートし、2020年にはサービス開始を予定。
出所:フランス政府発表「エネルギー移行のための水素普及計画 」

政府は、前述の優先分野における水素普及促進のため、水電解装置の取得、燃料電池車両普及のパイロットプロジェクトの実施、水素貯蔵やPower to Gas実証プロジェクトの実施に、2019年から毎年1億ユーロを投じることとしている。

政府のパイロットプロジェクト

前述の戦略に基づき、まず2018年10月に燃料電池車両普及のプロジェクトの公募が行われ、20プロジェクト(政府の投資総額8,000万ユーロ)が選定された。この中には、オーベルニュ・ローヌ・アルプ地域圏とミシュランおよびエンジーが主体となり、同地域に2023年までに燃料電池車両1,000台と水素ステーション20基(うち14基は電解装置を備えたもの)の整備を目標とするゼロ・エミッション・バレー(ZEV)のプロジェクト(後述)や、ディジョン都市圏による家庭ごみの焼却施設で生産される電力を利用した水素製造工場建設と燃料電池ごみ収集車両8台、燃料電池バス27台の配備プロジェクトなどが含まれている。

工業用のCO2フリーの水素製造に関するプロジェクトについても、政府の未来投資計画の枠組みで2019年2月に公募が行われ、3件の水電解装置を使った水素製造設備の設置を含む5件のプロジェクト(政府投資総額1,150万ユーロ)が選定された。

以上のほか、今後、ディーゼル列車を代替する燃料電池列車の普及のための公募、水素関連産業の発展に貢献するプロジェクトの公募なども予定されている。

加速化する地方自治体の取り組み

政府の水素戦略策定を受けて、地方自治体での水素普及に向けた取り組みも加速している。

1. オーベルニュ・ローヌ・アルプ地域圏

同地域圏は、ZEVプロジェクトが欧州委員会のモビリティー分野のイノベーションを推進する「ブレンディング・コール2017」に採択されるなど(約1,000万ユーロの補助)、早くから欧州での水素モビリティーのリーダーとなることを目指してきた。10年間で総額7,000万ユーロの投資を予定し、プロジェクト主体となる地域圏とミシュラン、エンジーが中心となって官民の関係者を巻き込んでプロジェクトが進められている。

燃料電池車両購入の補助による需要創出と水素ステーションの整備による供給創出を同時に進めることで、燃料電池エコシステムの形成を目指す。2019年2月21日付「レゼコー」紙によれば、特に車両購入補助については、年間2万5,000キロメートル以上走行した場合に、その走行距離に比例して最大1万8,000ユーロが補助される仕組みを導入している。水素ステーションについては、2020年2月にシャンベリ市で最初のステーションの除幕式が行われた。再生可能エネルギー起源の電力を使った水電解装置を備え、1日当たり40キログラムの水素生産能力がある(注1)。今後、リヨン、グルノーブル、サンテティエンヌなどで水素ステーションの順次、設置が進められる予定となっている。

特筆すべきは、この水素ステーションの設置・配備は、地域圏とミシュラン、エンジーおよびクレディ・アグリコルのジョイント・ベンチャーであるアンピュルシオン(Hympulsion)が中心的役割を担っていることで、水素普及に官民連携(PPP)の手法が活用されている。

2. ブルゴーニュ・フランシュ・コンテ地域圏

水素開発・普及について、同地域圏は1999年以来20年の歴史を有し、フランスの先駆者的な自治体だ。国で最初の燃料電池システムの研究開発がFCラボと国立科学研究センター(CNRS)により1999年に同地域圏で始まり、現在では燃料電池システムにかかる国の学術研究成果の約60%は同地域圏で生み出されている。多くの競争力ある研究機関、企業、クラスターの関係者からなるエコシステムが充実し、2016年には水素実証地域(Territoires Hydrogène)の1つとして国から認定された。認定を受けたプロジェクト「ENRgHy」は、(1)水素貯蔵タンクの検査・認証機関(ISTHY)の設立、(2)高出力燃料電池のテストベッド(HYBAN)の設立、(3)風力発電起源の電力での水素製造・貯蔵・流通・利用(5台のバス・乗用車に供給)のプロジェクト(EOLBUS)、その他Power to Gasの実証実験やCO2フリーの水素製造などを含めた7つのプロジェクトで構成される。このほか、政府の燃料電池車両普及プロジェクトの公募では、ディジョン都市圏のプロジェクトを含め2つのプロジェクトが同地域圏から採択されている。同地域圏の中で水素製造・貯蓄・利用のサプライチェーンを整備することを目指している。

なお、ディジョン都市圏と建築土木のルージョ・エネジー(Rougeot Energie)は、ディジョン・メトロポール・スマート・エネジー(Dijon Metropole Smart Energhy)を共同で設立する。PPPの手法で再生可能エネルギー生産を推進し、ケオリス(Keolis)やフランス電力公社の子会社であるイナミクス(Hynamics)が燃料電池車両普及に協力している。また、同地域圏の水素タンク製造のマイテック(MAHYTEC)、燃料電池システム開発のH2SYSなどのスタートアップもエコシステム形成に寄与している。

3. オクシタニ地域圏

同地域圏は、2019年5月に水素の製造・貯蔵・流通・利用を包含する包括的な「グリーン水素計画」を採択した。2030年までに水素列車3台を購入、2つの水素製造工場の設立、55の水素ステーション設置、10カ所の水電解装置の設置、3,250台の燃料電池自動車の普及を目標とし、2030年までに10億ユーロの投資を見込んでいる(地域圏として1億5,000万ユーロを投資予定)。地域圏とエンジー・ソリューションがPPP手法によりイポール(Hyport)を設立し、トゥールーズ・ブラニャック空港とタルベ空港でそれぞれ再生可能エネルギー起源の電力を利用した水電解装置による水素製造施設を設置するほか、トゥールーズ・ブラニャック空港ではサフラ(Safra)製の燃料電池バス5台とレンタル燃料電池自動車50台を配備する。同プロジェクトは、政府の燃料電池車両普及プロジェクトの公募でも採択されている。

また、同地域圏では、ドイツでも既に配備事例のある、アルストム製の水素列車3台の実証が行われており、この実証にはタルベ空港の水素製造施設で製造された水素が使われている。このほか、エンジン製造大手のサフランの子会社であるサフラン・パワー・ユニッツは、5年間で5,160万ユーロのピパ(PIPAA)プロジェクトを推進しており、飛行機の補助エンジンに燃料電池を利用する研究開発などを進めている。

同地域圏では、航空分野の集積・強みを生かして、空港や飛行機での水素利用を進めているほか、水素列車の実証を進めるなど、自動車以外のモビリティーに力を入れている点も特徴である。

4. ノルマンディー地域圏

同地域圏では、2018年10月に「ノルマンディー水素計画」を策定し、計画策定前からの投資500万ユーロに加えて、向こう5年間で1,500万ユーロを、この計画に盛り込まれた46のプロジェクトの実施のために投資する予定となっている。この計画は、国の水素普及計画の3つの優先分野全てを視野に入れつつ、地域内の水素普及エコシステムの形成を目指す野心的な内容となっている。

中でも、燃料電池自動車普及については、EAS-HyMOB(Easy Access to Hydrogen Mobility)プロジェクトがフラッグシップ・プロジェクトだ。地域圏全体で15カ所の水素ステーションの建設と250台の燃料電池自動車の配備を計画している。地域圏のほか、燃料電池自動車製造のサンビオ(Symbio)(同社は2019年11月にミシュランと自動車部品大手のフォレシアが買収)と建築土木のセルフィム(Serfim)がプロジェクトの中心的担い手となっている。水素ステーションの建設費用の50%は、EUからの補助金でまかなわれる。

前述のほか、ノルマンディー水素計画に沿い、工業用のCO2フリーの水素生産(DEPLHY VDSプロジェクト)、水素のエネルギーとしての利用に関する研究(RAPHYDプロジェクト)、ガス管への水素導入の実証(FENHYX de GRT gazプロジェクト)などのプロジェクトが現在推進されている。

フランスの水素普及に向けた取り組みについての評価

フランスの「エネルギー移行のための水素普及計画」と日本の水素基本戦略を比較すると、フランスでは、(1)2022年までの石炭火力発電所閉鎖を打ち出していることもあり、化石燃料由来の水素ではなく、水電解によるCO2フリー水素の製造・普及を重点推進している、(2)燃料電池車両の普及台数の目標では日本には及ばないものの、燃料電池車両普及のために地方レベルで官民関係者を巻き込んだエコシステム形成に力点が置かれている、(3)「燃料電池=自動車」と捉えるのではなく、自動車以外のモビリティーとして飛行機や列車、船舶での水素利用も視野に入れている、(4)住宅用の燃料電池についてはこれまでのところ大きなウェイトが置かれていない、(5)将来的なPower to Gasの実用化を視野に取り組みを進めている、ことなどが特徴として挙げられよう。特に、エコシステム形成に関連して、水素ステーションの整備拡充などの課題に対して、地方自治体と企業がPPPの手法を活用して共同で取り組んでいる点は特筆すべきだろう。

水素普及の取り組みに関しては日本が先行しているが、水素ステーションが1基当たり2,000万~3,000万円(注2)程度と、新規のステーション建設コストが全体で4億~5億円かかる日本と比較して、かなり安価に建設できることを勘案すれば、エコシステム形成の動きが進んでいることから、燃料電池自動車普及のカギとなる水素ステーション整備のスピードが今後、加速することも十分にありうる。


注1:
これに先立つ2019年9月に、クレルモン・フェラン市所在のミシュランの敷地内に水素ステーションが設置されているが、これは「臨時ステーション」と位置付けられている。
注2:
2018年2月、燃料電池自動車製造のサンビオからの聴取による。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所長
片岡 進(かたおか すすむ)
1991年、経済産業省入省、副大臣秘書官、繊維課長、内閣官房日本経済再生総合事務局参事官(総合調整担当)などを経て、2016年7月より現職。