デジタル化進展の背景と今
進展するデジタル化、潮流をつかむ(日本)(1)

2020年10月19日

新型コロナウイルスの感染拡大により、デジタル関連サービス需要が急速に拡大している。今、企業活動におけるデジタルシフトが避けられない。本レポートでは急速に進展する世界のデジタルビジネスと日本企業の取り組みについて、2回シリーズでお伝えする。

デジタル化の背景にある技術の発展

近年のデジタル化進展の背景には、技術の急速な発展がある。第1に、人工知能(AI)の研究が飛躍的に進化したことが挙げられる(図1参照)。半世紀にわたって行われてきたAI研究は、2000年ごろから第3の波が到来。このころから機械学習や深層学習が可能になった。AI自身が知識を獲得し、またその知識を定義する特徴を定量的に表すことが可能になったことで、ビッグデータの活用が現実的なものとなった。

また、2019年は移動通信システムの第5世代(5G)が導入された年、いわゆる5G元年だった。5Gでは「超高速」「超低遅延」「多数同時接続」が実現され、データ処理が格段に速くなる。移動通信関連の業界団体、GSMAの発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、5Gは24の市場で導入され(2020年1月時点)、日本では2020年4月から全国での商用運用が開始された。さらには、コンピュータも躍進をみせた。新型コロナウイルスの研究・対策の計算資源として、理化学研究所が開発したスーパーコンピュータ「富岳外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」が話題となったが、近年では量子力学の原理を利用して計算を行う「量子コンピュータ」も整備が進む。2020年には、量子アルゴリズムの研究を進めるIBM のQシステムワンが東京大学に導入PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(493.07KB)される予定だ。また、日本での技術開発のためのスキルや専門知識を大企業やスタートアップなどに広く提供される予定もある。

図1:主なデジタル技術の進展
AIでは、1956年ダートマス会議で「人工知能」という言葉が登場し、その後第1の波が訪れ、第2の波で音声認識が可能になり、データマイニングが開始された。2000年頃からの第3の波では、機械学習、深層学習が可能になり、AlphaGoがプロ棋士に勝利した。 移動通信では、1960年に第一世代で音声のみによるアナログ様式だったものが、第2世代、3世代で世界標準方式へ移行。第4世だではLTEが誕生し、2019年ごろからは超高速、超低遅延、多数同時接続が実現される5Gの活用が始まった。 コンピュータでは、ミニコンピュータの普及が1960年代に始まり、マイクロプロセッサが登場した。1990年代からはスーパーコンピュータが登場し、近年は量子コンピュータの開発が行われている。

出所:各種資料から作成

第1の潮流:バーチャルからリアルへ

これら技術の急速な進展・普及は、企業活動にも大きな影響を与えている。近年みられるデジタル化の潮流として、第1に、オンライン・プラットフォーマーがバーチャル空間から、リアル空間に進出してきたことが挙げられる(表1参照)。これらの企業は、今まで検索データや電子商取引(EC)による購買履歴、SNSなどでの情報をデータ化することなどによって影響力を強めてきた。近年、それらのプラットフォーマーが現実世界のさまざまな産業への進出を始めている。グーグルの運営会社であるアルファベットは、製造業向けにVR(仮想現実)機能を搭載したスマートグラスを開発し、再生可能エネルギーの発電システムを建設している。アマゾンは、AIスピーカーを自動運転車に搭載するなど、モビリティ産業へ参入した。プラットフォーマーは、他企業との提携や買収などを通じて、より迅速に他業種への進出を果たしているケースが多い。

表1:オンライン・プラットフォーマーのリアルへの進出
企業名 バーチャル リアル
アルファベット
(グーグル)
  • 検索エンジン
  • 動画配信(ユーチューブ)
  • PC「クロームブック」の販売
  • ウェイモと共同で自動運転タクシーサービスを開始
  • 健康管理アプリの開発
  • 再生可能エネルギー発電システムの建設
  • 製造業向けVRの開発 など
アマゾン
  • EC
  • 動画配信(アマゾンプライム)
  • リアル店舗「アマゾン・ゴー」展開
  • AIスピーカー「アマゾン・エコー」「アレクサ」の販売
  • 人工衛星を使ったブロードバンド通信サービスへの参入
  • 自動運転の開発支援サービスの提供 など
バイドゥ
  • 検索エンジン
  • 自動運転プラットフォームのオープン化「アポロ計画」の実施
  • バスメーカーと無人運転のミニバスを量産・テスト運営 など
アリババ
  • EC(天猫国際(Tmall))
  • モバイル決済(支付宝)
  • 生鮮スーパー「盒馬鮮生」によるネットとリアルの融合
  • 「ファッションAIコンセプトストア」での最適なコーディネート提案
  • AIとビッグデータ分析を活用した市内交通渋滞緩和 など
楽天
  • EC
  • 楽天メディカル、保険、金融事業 など
ヤフー
  • 検索エンジン
  • モバイル決済(ペイペイ)
  • 企業、自治体などへデータを提供する「データフォレスト構想」
  • 携帯電話事業「Yモバイル」 など

出所:各社ウェブサイトなどから作成

また、中国のEC大手アリババは、ビッグデータやAIを駆使した「ニューリテール」の概念を提唱し、オンラインとオフラインを融合した生鮮スーパーマーケット「盒馬鮮生」をオープンした。通常のスーパーでの店頭販売に加え、オンラインショッピングや調理加工、配送を行う。検索エンジン大手のバイドゥは、政府の支持の下、自動運転のプラットフォーム計画を進めており、自動運転レベル4(一定の条件下での完全自動運転)の試験サービスを開始している。

第2の潮流:デジタル化による既存ビジネス領域の拡大

第2の潮流として、デジタル化による既存事業領域の拡大が挙げられる。伝統的な製造業や対人サービス業は、顧客情報やプロセスをデータ化・ネットワーク化することにより、新たな価値を付加したりビジネスモデルの転換を行ったりしている。IoT(モノのインターネット)やセンサーによるあらゆるモノのデータ化、またシェアリングやサブスクリプションなどモノのサービス化の進展など、各産業で新たな領域への拡大がみられる(図2参照)。

図2:デジタル化による既存ビジネス領域の拡大
モノの製造・販売、対人サ-ビスの提供などをおこなう既存事業領域ではデータ化、ネットワーク化によるプロセス・顧客情報の分析による新たな価値の付加、モノのサービス化、ビジネスモデルの転換が行われており、新規事業領域が拡大している。

出所:ジェトロ作成

例えば、自動車製造大手のダイムラーは、修理工などの利用者向けに、ICタグによる部品管理システムを開発した。ICタグで在庫が管理され、不足するとスマートフォンで発注・自動的に補充される仕組みを導入し、利用者の利便性を向上させた。タイヤ製造大手のブリヂストンは、タイヤにセンサーを備え付け、路面の状態を感知し、安全運転をサポートしている。東レは、NTTと共同で、スマートテキスタイルを開発した。タオルにセンサーを埋め込むことにより、日々の健康状態を把握することが可能になった。エンターテインメントでも、デジタル化の動きがみられる。米国ナショナル・フットボールリーグ(NFL)は、選手の動きをデータ化することでアプリが開発され、新たに若年層のファンを獲得することに成功した(表2参照)。このように、既存の事業をデジタル化・データ化することによって新しい価値を顧客に提供し、市場の拡大、顧客層の拡充を進める企業などの動きが世界的に活発になっている。

表2:デジタル化で事業領域を拡大する企業事例
企業名 既存事業 デジタル化 拡大事業
大塚製薬 創薬・薬の販売 米プロテウス・デジタルヘルスと共同でデジタル薬の開発 センサを錠剤に埋め込み、
服薬を記録、介護者に情報を提供
資生堂 スキンケア商品の開発・販売 肌の質をIoTでデータ化 各個人に最適な美容液と乳液の製造
TORAY 繊維の開発・
販売
NTTと共同で心拍数や心電波形を検出できるスマートテキスタイルを開発 熱中症対策システム、ドライバー向け眠気探知の実証実験を開始
ミシュラン タイヤの製造・
販売
IoTによりタイヤの空気圧と温度を監視 異常値を認識すると、ドライバーに警告され、運行遅延リスクを低減
NFL
(米ナショナル・フットボールリーグ)
スポーツ 選手の動きをデータ化し、公開 オープンデータを利用したアプリが開発され、客員動員数が増加
コマツ 建機の製造・
販売
GPS、ドローン測量による建設現場状況のデータ化、クラウド処理 建設の総合的なコンサルティングサービスの提供
ブリヂストン タイヤの製造・
販売
タイヤにセンサーを備え付け、路面の状態を感知 路面状態(乾燥、湿潤、積雪など)を判別し、安全運転をサポート
ダイムラー 車の製造・販売 デジタルによる遠隔操作でドアの施錠・解除が可能に 職人向けにリペアパーツを車内に宅配するサービスを実現
トヨタ 車の製造・販売 車のサブスクリプションにより、所有からシェアが可能に 多様化する車の利用形態に対応したモビリティ企業への転換
DHL 運送 アウディ、アマゾンと共同でデジタルキーを開発 自動車を宅配ボックスにする「インカーデリバリー」サービスを開始

注:事例の並びは、事業拡大において、より「データ化」したものを上、より「ネットワーク化」したものを下に記載。
出所:各社ウェブサイトなどから作成

進展するデジタル化、潮流をつかむ(日本)

  1. デジタル化進展の背景と今
  2. 新たな競争優位を確立する原動力となるか
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
伊尾木 智子(いおき ともこ)
2014年、ジェトロ入構。対日投資部(2014~2017年)、ジェトロ・プラハ事務所(2017年~2018年)を経て現職。