柔軟性の高いオフィススペース提供サービスで差別化を図るユニコーン企業「ノーテル」(米国)
最高執行責任者に聞く

2020年6月4日

2019年8月に4億ドルの大型資金を調達し、ユニコーン企業に成長したニューヨーク発のノーテル(Knotel)。コワーキングスペース市場が拡大し続ける中、同社は企業向けに柔軟性の高いオフィススペースを提供するサービスを手掛ける。同社の最高執行責任者(COO)であるユージーン・リー氏にインタビューを行った(4月10日)。また、新型コロナウイルス感染が拡大し、ニューヨークを拠点とする同社も大きな影響を受けているが、対応状況について、広告担当者のアイビー・チャオ氏に聞いた(5月21日)。

貸しオフィスでもコワーキングスペースでもない未開拓の市場を切り開く

ノーテルは2016年創業の新興企業だ。これまで、貸しオフィスや事務所スペースを利用者間で共有するコワーキングスペースは存在したが、同社は「サービスとしての本社施設の提供(Headquarters as a service)」というコンセプトで、成長中の中規模企業をターゲットとし、ニーズに合わせて柔軟性の高いオフィススペースを提供する。起業のきっかけは、同社の最高経営責任者(CEO)兼共同創業者のアマル・サルバ氏と会長兼共同創業者のエドワード・シェンデロビッチ氏が、自身でオフィスの賃貸手続きに費やす時間と資金などで苦労した経験だ。この経験を新たなビジネスチャンスにつなげられるという思いからこの事業を始めた。


ノーテルがデザインしたオフィススペースの様子(ノーテル提供)

伝統的な商業不動産市場で、オフィスの賃貸契約は成長中の企業にとっては厳しい条件が定められている。まず、長期の賃貸契約を結ぶ上に、多額の資金も必要となる。また、オフィスを開設するまでには単にスペースの契約だけでなく、場所の選定から入居に至るまで複数の業者と商談し、自社スペースを設けるための設置・入居工事などさまざまな工程を管理する必要になる。企業にとっては重荷だ。

そこでノーテルは、高額の保証金や長期の賃貸契約を不要にするなど、不動産市場の仕組みを根底から変えた。さらに、単なる貸しオフィスでもコワーキングスペースでもないサービスを提供することで、新規市場を開拓してきた。一般に、コワーキングスペースは利用者間の交流や協業を促進することに重点を置く。しかし、ノーテルでは、本社施設を探している企業に本社施設と付随するサービスを提供するのが特徴だ。狙いは、顧客企業に対して事務所の立ち上げまでの全行程にわたる支援サービスを提供することで、企業の事務所運営に費やす時間や負担を減らし、業務に集中しやすい環境作りをサポートすることにある。

ノーテルのCOOであるユージーン・リー氏は、「オフィスの賃貸契約を結ぶ場合、その企業に勤める人材が事務所の立ち上げに関わるが、担当者は内装工事などに関して詳しくないため、予定よりも工期が遅延する上、予算も超過するケースが多々ある」と指摘する。「そこで当社は、事務所立ち上げまでの工程に専門の担当者を配属することで、オフィスを仕上げるまでのプロセスを簡便化するとともに、入居期間中の契約条件も絞らずに、短期間で借りられるオフィススペースを提供する」と話す。同社のサービスを利用した場合、申し込みからオフィス立ち上げまで最短2週間で準備が可能と述べる。

柔軟性、カスタマイズ性、収益モデルにより事業が急成長

こうした独自のサービスが高い評価を受け、ノーテルは創業からわずか3年以内で世界各地に200カ所以上のオフィススペースを展開した。2019年8月には日本企業も含む複数社から計4億ドルの大型資金を調達し、ユニコーン企業(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)として成長を遂げている。その成功の要因として3つのポイントが挙げられる。

まず1つ目は、ノーテルが最も重視する「柔軟性」だ。これは、物理的な場所だけでなく、入居企業に提供する契約期間の柔軟性も含む。従来の貸しオフィスやコワーキングスペースでは、ビジネスがある程度成長するまで一時的なスペースを借りられる。だが、社員数が増減すれば、いずれ別の場所に移転する必要があり、多額の費用も発生する。一方で、ノーテルでは入居企業の社員数が変動しても、最初の契約に縛られてスペースが制限されることがない。各企業のニーズに合わせてオフィスを入れ替えられる。

2つ目は、カスタマイズ性だ。一般的なコワーキングスペースは内装のデザインが統一されているが、同社は専属の建築担当者やデザイン担当者を有する。それぞれの企業の文化や社風に合わせたオーダーメードのスペースをデザインするため、同じノーテルの会員であっても、企業ごとに内装が異なる。

3つ目は、収益モデルだ。貸しオフィスやコワーキングスペースは、企業が必要とする席数に応じて料金を徴収する仕組みなのに対して、同社は50~200人規模の企業を対象に、フロアごとにスペースを貸し出している。フロア単位で場所を提供することで、入居企業も長期的に契約を持続するケースが多くなる。結果的に、ノーテルは安定した収入を得ることができる。

時代の変化に合わせたオフィススペースを提供

ノーテルは顧客層のターゲットを成長中の中規模企業に絞っている。その理由についてリー氏は、一般的なコワーキングスペースの事業モデルは数人程度のスタートアップには適しているだろうが、成長中の企業に対しては、物理的に限界があると述べる。その満たされないニーズをノーテルが満たそうというわけだ。

さらに、大企業からの引き合いも少なくないという。リー氏は「最近は金融業など伝統的な産業でも、新たなテクノロジーを積極的に取り入れようとする動きがある。さまざまな職種や価値観を持つ従業員に合ったオフィスを提供する必要性が増している。こうした時代の変化により、企業は従来とは異なる雰囲気のオフィススペースを持ちたいと考えるようになってきた」と指摘する。現時点で、フォーチュン100の2割の企業が同社のサービスを利用しているとリー氏は明かす。

ノーテルは今の時代の企業ニーズを読み取り、成長段階に応じてオフィススペースや関連サービスを提供するという新たなビジネス市場を開拓した。2020年には日本進出の計画を進めており、今後は日本での展開も注目される。


ノーテルの最高執行責任者 ユージーン・リー氏(ジェトロ撮影)

今後は顧客の安全面を強化したバイオセーフティーに注目

ニューヨークでは3月以降、新型コロナウイルスの感染が拡大し、米国で最も感染者数が多いホットスポットになっている。このため、ニューヨークを拠点とする同社も大きな影響を受けている。同社の新型コロナウイルスへの対応状況について、広告担当者のアイビー・チャオ氏は「顧客には、従業員への対応策としてコンタクト・トレーシング(接触履歴追跡)や体温測定、時差出勤を導入するよう勧めている」という。また「多くの地域が事業再開に向けて前進するとみている。顧客がこの前例のない危機を乗り越えるために、当社は顧客と密にコミュニケーションを取りながら柔軟に支援する」とした。ここでも、同社の強みである柔軟性を生かした顧客支援に重点を置いていることが分かる。今後は「顧客のニーズも変わり、より密度が低く広いオフィススペースの需要が高まるとみている。過去10年間は入居ビルのエネルギー効率を図ることに焦点を置いたが、この先はバイオセーフティー(注)の管理が重要となる」とも述べた。


注:
バイオセーフティーは、生態学や化学、農業、薬学、生物学などの各分野で、人間の生命と生態に深刻な影響を及ぼすことを防ぐことを指す。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査部
樫葉 さくら(かしば さくら)
2014年、英翻訳会社勤務を経てジェトロ入構。現在はニューヨークでのスタートアップ動向や米国の小売市場などをウォッチ。