加速する韓国のスタートアップ支援
雇用創出を目指して模索する文在寅政権の公的支援

2020年4月8日

韓国政府は2019年4月、「第2ベンチャーブーム拡散戦略外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を発表し、「新規ベンチャー投資年5兆ウォン達成」や「M&Aの活性化」とともに、「2022年までにユニコーン企業20社創出」という目標を掲げた。既に韓国から10社のユニコーン企業が誕生しており、世界では6番手に位置する。同様の政策目標として、日本は「2023年までにユニコーン企業などを20社創出」、フランスは「2025年までにユニコーン企業25社創出」を掲げているが、韓国はこれらに先行している。近年、国際的に注目を集めている韓国のスタートアップ支援状況を紹介する。

図:国別ユニコーン企業数(2020年3月4日時点)
上位10カ国は、米国220社、中国109社、英国24社、インド20社、ドイツ12社、韓国10社、イスラエル7社、ブラジル7社、フランス5社、インドネシア5社となっている。日本は3社で第12位。

注:上位14カ国・地域までを掲載。
出所:CB Insights

過去最大規模の創業関連支援

韓国の中小ベンチャー企業部は1月、2020年創業関連予算規模が歴代最大の1兆4,517億ウォン(約1,307億円、1ウォン=約0.09円)(前年比29.8%増加)になると発表した。同部の「2020年政府創業支援事業統合公告」によると、2020年は16省庁がベンチャー企業の事業化や研究開発などを支援する90件(前年比21件増加)の創業関連事業を実施するという。代表的な事業としては、ベンチャー企業によるR&Dを支援する「創業成長技術開発」事業(4,780億ウォン)、創業3~7年目の跳躍期企業の製品改善や輸出拡大、販路確保などを支援する「創業跳躍パッケージ」事業(1,275億ウォン)などが挙げられる。

さらに、ベンチャー企業への資金流入を促す環境整備も進む。2月には、10省庁が合同で単年度予算としては歴代最大の1兆3,000億ウォンを追加出資し、2兆5,000億ウォン規模の政府出資ベンチャーファンドの組成が発表された。投資リスクが大きい創業初期を対象とした「スタートアップファンド」や、ユニコーン創出に向けた「ジャンプアップファンド」が組成される。今夏には、ベンチャー投資制度の一元化とともに、規制緩和を通じた投資機会拡大を目指す「ベンチャー投資促進法」の施行も控える。これは、アジア通貨危機を受けてベンチャー企業の育成環境が整備された1997年以来のベンチャー投資関連の制度改正となる。

加えて、新型コロナウイルス対策でも、スタートアップ企業への期待が高まっている。3月10日に朴映宣・中小ベンチャー企業部長官は、マスク購入に伴う問題解消に向けてスタートアップ企業との懇談会を開き、マスクの需給を正確に把握する「マスク地図」の開発について意見交換を実施した。今後、同部は「マスク地図」の開発企業への支援を予定している。

スタートアップ支援の展開

韓国の現在の積極的なスタートアップ支援は、朴槿恵前政権に端を発する。科学技術と情報通信技術(ICT)の活用によって新事業の育成を目指す「創造経済」の実現を掲げた前政権は、創造経済を担う未来創造科学部(当時)を新設した(注1)。スタートアップ支援の目玉として全国17カ所(現19カ所)に設立された創造経済革新センターは、中央政府と自治体、財閥企業が協力し、第5世代移動通信システム(5G)通信やICTなど分野別に各地で企業を支援している。

表:創造経済革新センターの支援体制
地域 支援主導企業 支援分野
ソウル特別市 CJ 都市生活
仁川広域市 KT・韓進 物流
世宗特別自治市 SK スマート農業
大田広域市 SK ICT
光州広域市 現代自動車 自動車
大邱広域市 サムスン 電子・繊維
蔚山広域市 現代重工業 造船
釜山広域市 ロッテ 流通・映画
浦項市 POSCO エネルギー・マテリアル
ピッカラム市 韓国電力 電力・エネルギー
京畿道 KT 5G、モノのインターネット(IoT)、ICT、人工知能(AI)
江原道 NAVER ビッグデータ
忠清北道 LG バイオ、ビューティー
忠清南道 ハンファ 太陽光エネルギー
全羅北道 暁星 カーボンファイバー
全羅南道 斗山 スマート機械
慶尚北道 サムスン スマート工場
慶尚南道 GS 農林水産食品
済州特別自治道 ダウムカカオ IT観光

出所:創造経済革新センター

スタートアップ支援は、企業のイノベーション創出を通じた経済発展を目指す「革新成長」を掲げる文在寅現政権で加速している。2017年に「庁」から「部」に昇格した中小ベンチャー企業部は現政権で唯一の新設省庁で、創業関連政策を総括している。同部の2020年予算は13兆4,000億ウォンと、全省庁中で最大の前年比30.2%増加を記録した。

朴槿恵前大統領と財閥企業との癒着が報じられた前政権末期には、各地の自治体が創造経済革新センターへの予算拠出を取りやめようとする動きもあった。2016年11月に朴元淳ソウル市長は2017年度予算として創造経済革新センターの予算を全額削除すると発表していた。しかし、文政権はスタートアップ支援の流れを止めなかった。これは、過去の政権を否定する「積弊清算」を積極的に推進した文政権で異例の選択だったともいえる。いかにスタートアップ支援が現在の韓国で重要かがわかるだろう。

雇用創出政策の一環としてのスタートアップ支援

それでは、なぜ、文政権はスタートアップ支援に力を入れるのだろうか。「第2ベンチャーブーム拡散戦略」によると、スタートアップ支援のゴールは「良質な雇用を創出し、革新的な包容国家の基盤の構築」だという。すなわち、韓国政府は起業→投資→企業の成長→資金回収・再投資という循環を強化し、スタートアップ企業に親和的なエコシステムをつくり出すことにより、イノベーションを通じて多くの国民が豊かになる社会を目指している。

こうした雇用創出という長期的目標は、具体的な企業支援でも明確に意識されている。筆者がヒアリングした韓国の政府系支援機関によると、とりわけ「(1)創業3~7年目の、(2)シリーズA段階の、(3)ICT分野企業による、(4)海外展開」を支援することで、雇用創出効果を高めようとしているという。

(1)について、韓国のベンチャー企業はこの時期に企業の生存を左右する「死の谷(Valley of Death)」を迎えるため、公的支援を通じ安定的な利益を確保した企業の生存を目指しているという。(2)について、製品・サービス開発を進める創業からシード段階までは通常の中小企業と同程度の雇用しか生まれないが、市場展開を始めるシリーズA~Bにかけて飛躍的に雇用人員が増加するため、この段階の資金調達などを集中支援しているという(注2)。(3)について、ICT企業がベンチャー企業の3割以上を占めるため、これらの企業が成長すれば、雇用拡大が期待できるという。(4)については、大韓貿易投資振興公社(KOTRA)の海外展開事業に参加した企業は創業3~5年目と、8年目以降に人員が急増し、他の中小企業と大きな差がつくという。


創業振興院がソウル市内で運営するインキュベーション施設「TIPS Town」。
起業に失敗した起業家の「再起業」も支援しているという。(ジェトロ撮影)

スタートアップ支援の成果と課題

こうした集中支援は近年、実を結びつつある。海外のスタートアップカンファレンスでは、韓国のスタートアップ企業が存在感を高めている。1月に開催された世界最大級の家電見本市CES(米国ラスベガス)には、韓国からスタートアップ企業が200社以上参加し、Innovation Awardを24社が受賞した。この受賞企業全社が、創業振興院(KISED)が提供する「TIPS(民間投資主導型技術創業支援)プログラム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」など中小ベンチャー企業部の支援を受けた経験があるという(注3)。さらに、アウトバウンド支援のみならず、情報通信産業振興院(NIPA)が主催する「K-Startup Global Challenge」や、韓国貿易協会(KITA)が主催する「Next Rise」といった外国企業が参加可能な国内プログラムも誕生し、スタートアップエコシステムの成熟化へと着実に向かっている(注4)。


韓国最大手検索サイトNaverが運営するインキュベーション施設「D2 Startup Factory」。
優れたIT技術を有する日本のスタートアップ企業とはぜひ協業したいとのことだった(ジェトロ撮影)

一方で、韓国の支援機関にヒアリングしたところ、次のような課題が指摘された。1点目は、国内における投資環境である。韓国政府は政府ファンドへの出資金の増額や規制緩和を通じてスタートアップ企業の資金調達を支援している。その成果として、スタートアップ企業の資金調達額は増加しており、韓国ベンチャーキャピタル協会「Venture Capital Market Brief」によると、2019年にはVCによる投資額が歴代最大となる4兆2,000億ウォンを超えたという。しかし、依然として大規模投資が可能な韓国投資家は限られており、国内での多額の資金調達は容易でないという。その証左として、現在のユニコーン企業10社全てが海外投資家から資金調達をしている。ただし、海外投資家から高い評価を得ているという事実は、韓国のスタートアップ企業がグローバルに成長する可能性を十分に秘めていると前向きに評価することもできる。

2点目は、公的資金への依存度の高さである。現在、韓国のVCやアクセラレーターの多くが政府ファンドを主な母体ファンドとして、ベンチャー企業に出資をしている。本社の収益を原資としたCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)が近年続々と誕生する日本とは市場構造が異なっているという。韓国のあるアクセラレーターは「公的資金への依存度が高い市場は突然の政策変更に対して脆弱(ぜいじゃく)であり、健全だとは言い難い」と語った。政権交代後もスタートアップ支援は継続されてきたが、政治環境が将来変化する可能性は否定できない。

3点目は、異なる機関における支援内容の重複である。例えばCESでは、ソウル市やKISED、KOTRA、KITA、韓国国際協力団(KOICA)、韓国科学技術院(KAIST)などがスタートアップ企業のブースを出展しており、支援機関間の連携が欠けているという印象を受けた。これに対して、中小ベンチャー企業部は今後、他機関への管理体制を強化し、自治体などによる支援の重複を防止していく予定だという。既に同部は、さまざまな機関のスタートアップ支援策に関する情報を集約したポータルサイト(K-Startup)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを構築している。韓国のスタートアップ企業は、このウェブサイトで自社の状況に合った支援情報を確認することができる。さらに、事業策定の段階から支援機関との間で情報を共有することで、効率的な支援の実施を目指していく。

韓国のスタートアップ支援機関は、ユニコーン企業の創出という目標に向かっているが、各機関の担当者に確認した限り、依然としてユニコーン企業を創出するための方法を模索しているとのことだった。ある担当者は「これまで中小企業を主に支援してきたため、スタートアップ支援の知見がまだ十分ではない」と述べていた。シリコンバレーをモデルにしたスタートアップ支援が世界中に広がる現状に違和感を抱く担当者もおり、今後、韓国では試行錯誤を重ねつつ自国に適した支援モデルの構築に向かっていくとみられる。


注1:
詳しくは百本和弘『韓国経済の基礎知識(第2版)』、向山英彦「広がり始めた韓国のスタートアップ支援」『環太平洋ビジネス情報』。
注2:
詳しくはBorn2Global Centre “Korea Startup Index 2018PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(6.21MB)
注3:
TIPSプログラムは、世界の市場を先導し得る先端技術を有するスタートアップのために、草創期支援を実施するアクセラレーターやVCを運営主体として、スタートアップ企業1社当たり最大9億ウォンを支援するプログラム。草創期に公的資金による支援を受けたスタートアップ企業が後のステージで新たに多額の民間投資を獲得することを目指している。
注4:
韓国のスタートアップエコシステムの詳細については、安倍誠「韓国のスタートアップ」木村公一朗『東アジアのイノベーション』、Austrade(オーストラリア貿易投資促進庁)“Korean Startup Ecosystem GuidePDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(12.58MB)
執筆者紹介
ジェトロイノベーション・知的財産部スタートアップ支援課
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課を経て現職。