成功するセルビアICT産業の現状
日本企業の本格的進出始まるか

2019年1月4日

セルビアでは、設備投資と国内消費に牽引され、2016年以降は2~3%台の経済成長が続いている。セルビアの成長産業として注目されているのが情報通信技術(ICT)産業で、国内市場は規模が小さいものの、技術者の高いスキルや語学力を活用して外国企業との取引が増加している。

セルビアは、人口約700万人の旧ユーゴスラビア構成国の1つである。冷戦の終結後、経済が混乱し、ユーゴスラビアが解体する過程で内戦も経験したが、他のユーゴスラビアの構成国と同様、最近は低い賃金水準などを背景にセルビアに進出した外資系企業の設備投資や国内消費に牽引されて、オーストリアのエアステ銀行が2018年12月12日に発表した経済予測では、2018年のGDP成長率は4.3%、その後の2年は3.5%、3.1%となり、経済循環が好転し始めているようだ。予測成長率が向こう2年間で鈍化しているのは、好調な内需により消費財や資本財の輸入が増加し、純輸出が減ることによる。主力産業は、自動車や機械類、発電、穀物・果物・家畜などの農業関連であるが、ICT 産業も好調だ。技術者の高いスキルや語学力などが成長を支えるほか、セルビア商工会議所(CCIS)がICT産業の競争力強化に大きな役割を果たしている。ドイツやオーストリアなど経済的な関係が深い国の企業と連携して、各種イベントや商談会を開催している。1857年設立という古い歴史を持つCCISのイェレーナ・ヨバノビッチ国際関係部長は、CCIS内に設置されたICT業界団体である電気通信・情報社会協会の事務局長を兼任している。同部長によると、協会の会員は、コンピュータなどのメーカーや、ソフトウエア開発や電子商取引などのサービス業を営んでいる企業で、会員数は2,253社(2018年10月時点)、会員企業全体の売上高は1億ユーロ超で、この10年で売上高は10倍に成長している。目下の目標は、西バルカン地域での「デジタル単一市場」の形成に向けて活動することであるという。

セルビア北部のボイボディナICTクラスターが作成した年報「セルビアのICT産業概要2018」によると、海外企業からのアウトソースとセルビアで開発されたソリューションを合わせた「コンピュータ・情報サービス」の輸出額は2007年の6,200万ユーロから7億6,000万ユーロに急増している(図参照)。

図:セルビアのコンピュータ・情報サービスの輸出額推移
2007年0.6億ユーロ、2008年1億ユーロ、2009年1億ユーロ、2010年1.3億ユーロ、2011年1.7億ユーロ、2012年2.3億ユーロ、2013年3億ユーロ、2014年3.4億ユーロ、2015年4.6億ユーロ、2016年5.9億ユーロ、2017年7.6億ユーロ。
出所:
ボイボディナICTクラスター、セルビア中央銀行

また、近年は年間200社程度のICT企業が新規に法人登記され、2016年には2,046社が2万1,514人を雇用している。ICT企業のうち、従業員数が250人以上の大企業は8社のみで、中小企業が2割、零細企業は8割弱である。6割に相当するソフトウエア企業で、その25%ほどが輸出している。ソフトウエア輸出企業は、ソフトウエア産業全体の7割の雇用を創出し、売上高の7割を占め、資産の8割を保有している。賃金水準は、セルビアの平均給与と比べるとかなり高水準で、ソフトウエア産業全体では平均賃金(グロス)が月1,450ユーロで、被雇用者の45.7%が1,500~2,000ユーロ、4.1%が2,500~3,000ユーロ、8.7%は3,000ユーロを超える賃金を得ている。

国内最大のボイボディナICTクラスター

セルビアには、いくつかのICTクラスターが形成されているが、前述の年報を作成したボイボディナICTクラスター(VOICT)は国内最大のクラスターで、ベオグラードの北西約80キロメートルにある工業都市ノビ・サド市を中心とするボイボディナ自治州に立地する。ここでは4,000人以上のICT技術者が雇用され、クラスター参画企業の9割はEUや北米、中東の企業と取引をしている。ノビ・サド市一帯には、ドイツ系などの自動車部品や家電関連メーカーが多数立地していることもあり、特に、こういった企業を顧客として各種機器を操作するための組み込みソフト(ファームウェア)の開発が盛んである。セルビアの組み込みソフト産業は、近年は毎年10%以上、売り上げを伸ばしている。

ノビ・サド市に拠点を構えるNTT データ・ルーマニアのセルビア支店で戦略研究開発部上級マネジャーを務めるボヤン・ムラゾバッツ博士は、ノビ・サド大学在学中からドイツ企業との産学連携プロジェクトを遂行し、最終的には博士号を取得してドイツ企業に就職した。同氏は、ICT人材育成の重要性を認識し、ノビ・サド大学において非常勤の教授として、自身の経験を役立てながら後進の指導を行っている。ここでは、理想的な形で産学連携が行われている。

日本のICT企業が2017年にセルビア進出

2017年に、日本の独立系大手ソフトウエアハウスであるSRAがセルビアに進出し、日本のソフトウエアハウスとしては初めて、現地法人を首都ベオグラードに設立した。同社は、欧州や日本、北米企業向けのシステム開発を行う。ゼネラルマネジャーのゼリコ・ブロビッチ氏は、セルビアの強みとして、人材が優秀であること、時差の関係で日本の顧客とも米国の顧客とも電話会議で打ち合わせをしながらの開発が可能なことを挙げた。SRAの日本、米州、欧州の拠点で、時差を利用して24時間、常にどこかで開発業務を行うことが可能で、欧州ではEU域内の拠点もあるが、セルビアにおいて欧州や日本も含めた社内の業務を回していく意気込みであるという。また同社は、ベオグラード大学やノビ・サド大学の工学部出身のICT技術者のみならず、ベオグラード大学日本学科の優秀な学生を、日本企業が得意とする社内教育によってICT技術者として育て、開発業務に携わらせようとしているという。そのため、日本の外国語大学を卒業し、ベオグラード大学言語文学部で教鞭(きょうべん)を執っていた日本人社員が、社内の業務運営全般を取り仕切っている。

ICT産業にも配慮した2019年度予算が成立

セルビア政府の2019年度予算案が12月7日に可決され、成立した。予算の目玉は、年金増額、公務員給与引き上げや公共事業費の積み増しであるが、初等・中等教育課程におけるパソコン授業の実施、ノビ・サド市の科学技術センターの設立、クラグイェバツ市の計算センター設立など、ICT関連の新規事業も複数盛り込まれた。今後のセルビアのICT産業に、日本企業も注目する必要があるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・ウィーン事務所長
阿部 聡(あべ さとし)
1986年通商産業省(現経済産業省)入省。2016年7月より現職。